ようこそひより至上主義の教室へ 作:nagai
楽しんで頂けたら幸いです。
俺の予定とはだいぶ違っているが、どちらにせよひよりと付き合い始めてから初めてのデートである事に変わりはない。初デートで美術館(館というか、ケヤキモールの展示スペースに行くだけだが)というのは、一般的なのだろうか?
まあ、細かいことは気にしないことにしてひよりと並んで美術展で、入場料の二千ポイントを支払う。
こういう時にひよりの分も出したらかっこいいのかとも思うが、ひよりは却って恐縮しそうだし、いちいち細かい支払いをやりたがる男はそれはそれでうざいとネットで見たので辞めておく。もっと自然にスマートに奢ることが出来る時にやるべきだろう。
渡されたパンフレットには、ひよりから聞いていたとおりボタニカルアートの展示であることが示されていた。ピエール・ジョセフ・ルドゥーテや、マリア・シビラ・メーリアンだとかの絵や、この学校の卒業生の絵も展示されているらしい。もともと卒業生の作品はずっと展示されていて、それにプラスする形でたまに特別展が行われるようだ。
「…………」
こういう風に卒業生の展示があるのは、ありがちと言えばありがちだろう。これが例えば、小説家になったりした場合は本が置かれて、画家の場合は絵が置かれる。
ならば、俺がもし将来プロのエロ漫画家になったら、エロ漫画がこの学校の図書館に置かれたりするのだろうか。
いや、この学校の卒業生を名乗ってたら学校から「名乗るな、やめてくれ」って連絡が来そうだ。
そんな余計な考えを追い払ってから、展示室を眺めた。有名画家の絵や卒業生の絵が、豪華そうな額縁に入れられ、壁に並んで掛けられている。
「……残酷なことするなぁ」
思わずそんな言葉が零れた。当たり前と言えば当たり前だが、歴史の波に飲まれずに現代まで残った画家の絵と、現代の無名の画家の絵とで、あからさまにレベルが違う。特別展は、卒業生の絵が置かれている場所と別の場所でやっても良かったのでは? いや、それはそれで酷いか。難しいなぁ。
「……魅力的な絵か」
俺が漫画を描きだしたのは、元々坂上先生にお礼をするためだったが、徐々に自分の画力が上がっていくにつれて普通に面白くなった。最近は飽きて描いていなかったが。
「綺麗ですね」
「あ、うん。そうだなぁ」
単純に写実的なだけでなく、画家独特の絵柄も相まって魅力となる。
魅力的な絵の正体が俺にはわからない。単純に画力が高くても、才能があっても、なぜだか届かない境地のようなものが存在する気がして。
「何か一つを極めるために人生を使うのもありなのか」
「……修治君? どうかしました?」
「ああ、いや。ひよりはどの絵が一番好き?」
「そうですね……私はこの絵が一番気に入りました」
ひよりが言いながら指さしたのは、俺の知らない日本人画家の描いたツユクサの絵だった。色合いが淡い、素朴な絵で、俺にはあまり魅力的に映らない絵だった。
☆
美術展を見終えた俺とひよりは、予定通り喫茶店で読書をすることにした。と、その途中でクレープ屋を見つけて。
「あ、ひより。よかったらあれ一緒に食べようよ」
なんでかわからないが、ラノベにもエロゲにも漫画にも共通の事象として、デート回ではクレープを食べている。クレープには惚れ薬的な効能があるのかもしれない。
というか、今さらながらひよりはどうして俺のことを好きになってくれたんだろう。俺もひよりを好きになった理由を話していないしお互いさまではあるのだが。
なんか気になると同時に不安になってきた。
クレープを買って、近くのベンチに座る。と、横に座ったひよりが俺の手の上に手を置いて――――
「!?!?!!?」
「……美味しいですねっ」
ひよりは特に変わった様子を見せずに、クレープを一口食べた。もしかして本当にクレープに惚れ薬か媚薬かが入っているのか? いや、食べる前に俺の手の上に手を置いたし。あれ? これマジで今日中にお手々繋げる?
とりあえず落ち着くために俺もクレープを食べる。ちなみにひよりと同じ味を選んだ。俺の脳内コンピューターが、「違う味を頼んで交換っこしましょう」とかほざいたが、そんなの婚前交渉じゃあないか。可能性を消すために同じ味にした。
暫く沈黙が流れる。ひよりと一緒に過ごすときは本を読んでいることが多いので、別に沈黙自体は苦にならないはずなのだが、今日はなぜだか耐えられず。
思い切って先程気になったことを聞いてみることにした。
「ひよりはさ、どうして俺と付き合ってくれたの?」
「……そうですね。修治君と過ごすのは楽しいですし落ち着きますから。それに、修治君が私に対して特別な思いを抱いて下さっているのはよくわかったので、色々と考える機会がありましたから」
「え? よくわかったって? いつぐらいから?」
「えっと……四月の終りくらいには」
「…………」
なんか好意がバレバレだったのは恥ずかしいな。
「あのさ……あの時、しっかり告白できなかったから、改めて言いたいんだけれどさ」
恥ずかしさついでだ。あの時俺がひよりのことを好きだと言ってしまったのは、ほとんど勢いだった。改めてしっかりと好意を伝えておこうと思った。
「あー……えっと……そのー」
しかし改めて言葉にしようと思うとなかなか口にできない。こういう時は、あえて遠回りに、複雑で難しそうな話をして、婉曲的に伝えよう。そう、それこそ月が綺麗ですねに変わる何かを。
「生まれてきた理由だとか、生き物が増える理由って何だと思う?」
「え? いえ、あまり考えたことは」
「哲学的な命題ではないんだ。もっと単純な話でさ、増える性質を持っていない生き物はとっくの昔に死に絶えているんだ。増えるように出来ている生き物だけが今に残っている。だから、結局生き物に、人間に、生まれてきた意味も生きる意味もないんだよ。たまたま一個人という現象が生じただけだ」
俺の手の上に重ねられていたひよりの手に、少し力がこもった。ぎゅっと握られて、どきりとするが、今の俺の発言はこうしてひよりと過ごしていることに意味がないと言ったようなものだ。不安に感じたのかもしれない。意識を切り替えて話の続きをする。
続きと言っても、少し話は変わるのだが。
「突然だけれどさ、俺が神を信じるって言ったらどう思う?」
「……意外だとは思いますが」
「まあ、神と言っても特定の宗教の物じゃなくてさ、記号みたいな。神って言う表現を使ったら便利だから使っているだけなんだけれどね。だから宗教的な神様を信じている人からしたら信じてないって言われるんだろうが、便利な記号として神を使うから、俺は信じているって言い張っているんだけれど」
「えっと……」
「あはは、話はつながるから大丈夫。また話は変わるんだけれどさ、なんで宇宙人が地球にやってこないのかっていう疑問に対して、そもそも生命がそれほど発展するまでに壁があるっていう考えがあるんだ。グレート・フィルターって言って。単細胞生物が生まれて多細胞生物になって、その後人間並みの知性を得る。そのあと宇宙進出するまでに戦争で滅ぶだとか、色々と続くんだけれど、俺はそもそもこの宇宙に人間ほどに知性を発達させた生き物はいないと考えているんだよね」
ひよりに想いを伝えると言ってから、生きる意味や神や、宇宙の話になって。けれどひよりは黙って話を聞いてくれている。
「この宇宙で最も賢い生命である人間に、きっと神が褒美を出したんだと思っている。つまり、人間は生き物の中で唯一、生きる意味を見出せる。死ですら単なる終わりじゃなくてさ、達成感や幸福、恐怖や未練、色々なものを感じられる。たとえそれがまやかしでも勘違いでも、少なくともさ、宇宙で唯一生きる意味を決めつけて、満足して死ねる生き物が人間なんだ」
神は人間にとって都合のいい存在であることが多いが、俺の言う「神」も、俺の考えに都合のいい神。生き物を生み出す神の存在は信じられないが、生き物を採点する神は信じられる。結局人間が知性を得たのもたまたまだし、それでよりよく生きることが出来るのもたまたまだろうけれど、こんな神がいたら、嬉しいと思うんだ。だって、その方が幸せに生きられるから。
勇気を出して、手をひねって、ひよりと手を繋いだ。所謂恋人繋ぎ。痛くない程度に力を込める。ひよりの手は小さくて、柔らかくて、細くて。けれど暖かさをしっかりと感じることが出来た。
「だから、俺は……なんて言うか、ひよりに会えて良かったし、生きる意味が出来たと思うんだ。神からの祝福が、俺が感じているこの幸福。これまでの絶望もこれからの希望も、痛みも快楽も、悲しみも喜びも、宇宙一静かな、生命の到達点に立った人間へのファンファーレだと思うんだ」
「修治君……」
ひよりは俺の眼をじっと見て。
「修治君って、物凄く愛が重いんですね」
「ぐふっ!」
いや、自覚はあったし……正直後半は羞恥心と興奮で何言ってんのかわかんなくなってきてたし、でもひよりと会えて幸せなのは本当だし。
「それを嬉しいと感じている私も、重いのかもしれませんね」
そう言ってひよりは、握っていた手をさらに強く握り返してくれた。
とても愛おしく思う。
とある文豪は、恋愛は性欲の詩的表現だと言った。これだけ聞くと、身も蓋もないように思うかもしれない。けれど、これには続きがあって、少なくとも詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しないとある。
この愛おしさも、所詮はそういう風に進化してきた生き物のシステム――性欲に過ぎないのかもしれない。それでも、今こうしているだけで幸せだと思うこの気持ちは、宇宙一美しい詩的表現を受けたものなのだと思う。人間が他者に抱くことのできる愛こそが、この世の全て、最も高度な知性の在り方だから。
暫くは、ひよりに溺れてしまおう。ひよりへの気持ちを何よりも重要なものにしてしまおう。
高校一年生の、今はまだ夏。
俺のひより至上主義の教室は、まだ始まったばかりだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
高評価ありがとうございます。やはり評価バーが赤いと嬉しいもので、筆も早くなりますね。面白いと思っていただけたら、ぜひ高評価をお願いします。
感想も、筆者は返信があまり上手ではないのですが、感想でしか取れない栄養があるのですごく嬉しいです。
ここすき機能も、楽しんでもらえたかなと、実感がわいてすごくいい機能でした。ここすきを使ってくれた方、ありがとうございます。
誤字脱字など、筆者のチェックが甘いばかりにたくさん報告頂いて、ありがたいやら申し訳ないやら、ともかくありがとうございます。すごく助かりました。
打ち切りではなく普通に次回から無人島編始まるのでよろしくお願いします。
最後に不穏な描写を挿入する予定でしたが、美しさ優先にしたら、打ち切りっぽくなっちゃった。