ようこそひより至上主義の教室へ 作:nagai
なんか新キャラのオリキャラ出てきますが、今回以降一生出てこないんで気にしないでください。主人公の背景的な回ですので、究極読まなくても無問題です。
オリキャラ出てるの無理だとか、オリ主の背景はどうでもいいやという場合は、軽く流してください。
「みたいなことがあって、とにかく俺の彼女、宇宙一可愛いんですよねぇ」
「そ、それはよかったね」
長谷川新次郎は、高度育成高等学校の一年生の生徒、志島修治の言葉に苦笑しながら返事をした。カウンセラーとしてそこそこ長い期間この学校に勤めた長谷川にとっても、志島はこれまでで一番厄介な生徒だ。
そもそも志島に臨床心理の知識があり、最初に行ったバウムテストやらHTPテストやら、ことごとく遊ばれてしまった。それでも無意識に彼の心理が現れているはずだと思っても、そもそも名画をそっくりそのまま描いて見せたらしく、お手上げだった。
仕方なく、長谷川は志島とカウンセリングを通じて、彼の心を読むことにした。
志島修治、高校に入学したばかりの年齢でありながら、その知識は広範。だからと言って浅くも無く、その分野の専門家ですら舌を巻くほどだ。
運動能力もかなり高い。格闘技に関しては優勝経験があり、この学校に入ってから行われた水泳の授業では圧倒的な泳力を見せている。一方で、球技は苦手のようだが。
奇行については、一つ一つ記録されていて、長谷川のもとに報告が来ている。やれ避妊具を舐めまわしていただとか、サウナで真っ白のジグソーパズルを遊んでいただとか。正気の沙汰とは思えない。
やはり彼の過去は、その精神に大きな影を落としている。
志島修治の詳細は、教師間で共有されている。そもそも、彼を入学させるかどうかでひと悶着あったと聞く。
彼の母親とその環境を知った中学の担任が、最大限できることとしてこの学校に入学させようとしたらしい。都合のいいことに、この学校は志島修治を入学に値する生徒だとしていたこともあって。
この学校の仕組みでは、その時点で彼の入学は決まっていたのだが。
志島修治が母親に刺されて、助かったのちに自殺未遂をして状況は変わった。
彼自身も理解していたが、学校がそのような生徒を入学させるのはリスクでしかない。ましてや全寮制だ。どれだけ気を付けても、何かがあったときには、世間から学校の責任問題だとされかねない。
結局理事長の鶴の一声で入学が決まったらしいが、その事件の後入学まで精神状態が安定していたという報告も、充分影響しているだろう。
志島修治のカウンセリングをする中で、彼の方からその事件について詳細が語られたことがあった。
母親は、父親――自らの生み出した、志島修治の上に張り付けた人格――が約束を忘れていたから刺したとのことだ。「そもそも俺の母親は、『俺』に対して殺意を向けるほど興味を持ってないですよ」と、あっけらかんとした様子で彼は語った。
次いで、自殺しようとしたのは自分ではないとも。
その言葉の意味を、長谷川は理解したくなかった。自殺未遂をしたのが『志島修治』ではなく、その父親の人格だとするのならば、両親二人から殺されかけたということになってしまう。
「じゃあ、せんせーまた来ますねー」
そう言って、元気に部屋を出ていった志島修治に、心配な点は見つけられない。高校生らしく、恋愛にうつつを抜かしている、ごく普通の男子生徒と言った様子だ。
長谷川は改めて志島修治に関する詳細な資料を開いた。
人格やら脳や精神を専門に研究しているわけではないので確かなことを言えないが、例え能力が高くても、人格を上書きするなんてできるとは思えない。ましてや、性格を変えるなんて言うのではなく、既存の人間の人格をそっくりそのまま上書きするなんて。
「おそらくは、志島君が自ら生み出したのだろうな」
一見複雑に見えるが単純な話。志島修治の言う父親の人格は、父親を模倣しようとして彼自身が生み出したもの。母親の希望を叶えるために、子供が努力した。それだけの話。
狂っていたのは、母親が積極的にそれを完成させようとした事。母親が、人格を上書きできると信じていた事。
志島修治も、きっと最初は必死に演じていただけなのだ。どこかで、どちらが本当なのか分からなくなっただけ。
それでも、少なくとも志島修治が父親の人格が確かにあったと感じているのならば、それが真実である。あっけらかんとしているように見せているが、両親から殺されそうになった事にストレスを感じていても――いや、感じている方が自然。
最新の報告書に目を通すと、彼の奇行は相変わらずだった。
寮の前でマジックを見せたり、ブレイクダンスをしたり、ヨーヨー釣り屋台を開いたり。
報告書には、志島修治の奇行は相変わらずだというようなニュアンスのコメントが書かれていたが、長谷川には確かに、志島修治の変化を感じられた。
他人を意識するようになっている。結果として奇行であれど、他人を楽しませようとしているようだ。これはきっと、良い傾向だ。自分という存在を、必要に感じて欲しがっているのだと思う。
だからこそ、長谷川は不安に感じた。彼が恋人について楽しそうに話し始めた時に、聞こうと思って、結局聞きそびれていた事。今では、それを尋ねなくてよかったと心の底から思う。
椎名ひよりのどこが好きなのかと。
もしかしたら彼は、父親の人格から抜け出せたということに縛られてはいないか。自分が父親とは別の存在であるために、何かに執着しているだけではないか。
『椎名ひよりに対して向ける行為には、少々過剰なものを感じさせる』
その報告は、小さくとも、破滅の亀裂を長谷川に感じさせた。