レースに出るウマ娘にとって、トレーナーは必要不可欠な存在だ。
己の能力を最大限に引き出してくれる上に、体調管理も万全。
場合によってはおかあさんと呼べる程徹底したサポートをしてくれる貴重な相棒である。
しかしここで疑問が出てくる。
古代の超文明の時代ならともかく、何故当時よりも技術水準が落ちた後世でもウマ娘の能力は一定以上を保たれているのだろうか。
トレーナーは単に相性の良さだけで選ばれているのか?
この章では走るウマ娘に必須のトレーナーについて考えてみよう。
トレーナーは先ずトレーナー試験に合格するところから始まる。
ではどの程度の能力があればトレーナーになることができるのであろうか?
残念ながら、一般的なヒトではトレーナーになることはできないのだ。
トレーナーに必要な資質は、ウマ娘の状況把握、体調管理、初期治療、食事管理など多岐にわたる。
高度な機器があれば多少は管理を任せることもできるが、基本的にはそれらすべてをトレーナーが瞬時のうちに判断しウマ娘に助言という形でフィードバックしている。
でははたして、そのような超常的な能力を持つヒトが普通と言えるのだろうか?
常識を遥かに超えた運動量と運動負荷、そして食事管理と健康管理を一手に引き受け、詳細検査をすることもなく状態を把握できる。
一般のヒトではまず不可能だ。
だがそれが可能なのがトレーナーという「人種」なのだ。
歴史的に、トレーナーの家系はトレーナーを輩出しやすい。
これは統計学的にも明らかになっているが、近親にトレーナーがいない家系からトレーナーの素質を持つ子が生まれる確率は、トレーナー家系の6.7%である。
そしてトレーナーの免許をもつ人達は、必ず特定の遺伝子を有しているのだ。
その遺伝子は脳の形質に影響を与え、高速計算や感覚の鋭敏化、タフネスに影響している。
すべてのトレーナーにこの遺伝子は発現しているが、トレーナーの能力の差にもこの遺伝子量が大きく影響しており、例え訓練したとしても自分の能力の上限を超えることはできない。
ウマ娘の現状把握が苦手なトレーナーもいれば、プランニングが下手なトレーナーもいる。
努力によって能力の最大値まで近づけることはできても、能力の上限値を超えることはできないのだ。
ではこの「トレーナー遺伝子」とは一体何なのか。
私はこれを、「ウマ娘を管理するために作られた新人類の名残」と仮定している。
先の章でも述べた通り、ウマ娘は古代文明によってヒトをベースに作られた生物兵器である。
そしてその管理のために、ウマ娘管理専用の人種としてヒトをベースに作られたのだろう。
場合によっては共に行動し、現場で指示を与える役割を担ったのかもしれない。
現代のトレーナー達に受け継がれるタフネスはその名残であろう。
戦争が終わり、古代に作られたトレーナー達も普通のヒトやウマ娘達と交わり、世界の人々ににその遺伝子を拡散していった。
しかし戦争は終わったがウマ娘は存在し続けた。
そして人類文明が再び回復し、人類の文化に余裕が生まれた。
そして人々やウマ娘達が「競走」というものに価値を見出した時、ウマ娘の管理に秀でたトレーナーの末裔達に再び脚光が当たるようになったのだ。
ウマ娘は本来戦うために創られたため、本能的には気性が荒い。
しかし古代の超文明が滅んだあと、ウマ娘がヒトを使役し、隷属させた文明の証拠が残っておらず、基本的には多数のヒトと少数のウマ娘が差別なく共存していたようだ。
遺跡の壁画などにはウマ娘の長が描かれていることもあるが、ほとんどすべての場合、その横にはトレーナーと見られるヒトも一緒である。
中央アジアのある文明では、王であるウマ娘が「我が半身」と記載させている程重用されたトレーナーもいたようだ。
権力者であったウマ娘が世話人として侍らせたのかもしれないし、ヒトとの交流を円滑にするためにヒトの社会から派遣されたのかもしれない。
いずれにせよ、トレーナー抜きではウマ娘の闘争性が抑えられず、人類の文明は滅んでいた可能性もある。
まさかそのような役割を背負うことになるとは、トレーナーの先祖たちも思いもよらなかったことだろう。