3話
とんでもない騒ぎになった。
でも全く後悔はしていない。寧ろ心が晴れ渡っているようだ。
今まで入念に準備を重ねて来た。
3D技術の勉強を重ね、自らの理想の女の子を創り上げて、折角上手く出来たのだから色んな人に見て貰いたくて、始めはそれだけだった。
いつからだろう、自らの性癖が囁き出したのは。
「この子が実は男で、それを隠しているっていうのはどうだ?」
「真面目な皮を被った生意気なオスガキで、語尾にハートマークがつく喋り方をしたらどうだ?」
「沢山の男を騙して、それを公衆の面前で暴露したらと思うと、気分が良いとは思わないか?」
回答は全て、とても良い、だった。
更に性癖はとんでもない事を言い出した。
「それを現実にする為には、どうすれば良い?」
それからと言うもの、私は努力をした。
この子を、小森こずえを生きたものにする必要がある。
幸い3Dモデルに関しては技術的な下地がある。動画として動かす事も出来るだろう。
足りないものは何かと考えたら、すぐに浮かんだ。
声だ。
始めは人に声を充てる事を依頼する事も考えたが、すぐに無理だと分かってしまう。なぜなら人にこんな性癖を言えないからだ。
私は誠実な人間でありたいと思っている。思っているからこそ、こんな腐った性癖の塊に人を巻き込む事が出来なかった。
機械音声も考えたが、違う。ボイスチェンジャーも同様だ。
どうしても理想像と離れていってしまうし、コメディ色が強く見える。
小森こずえは、自らが開示するまでは真面目な子だと思われていなければならないのに……。
「お前がその声を出せないのか?」
いつだって性癖は無茶を言ってくる。
一応……と思って調べてみると、この世がおかしいのかそういったノウハウを纏めたデータは割と見つかった。
声を低くする事は手術など行わない限り不可能だが、声を高くする事は訓練を行えば可能であるという事。
男性と女性の喋り方の違いにおいて、発音、発声に占める部分が多くあり、それを意識して行う事で女性的な声を出す事が不可能ではない事。
やるしか……ないのか……。
いざ覚悟を決めて行ってみても、どうにも上手くいかない。
高い声自体は出せるようになった。録音したものを聞き比べてみても、すぐに男だとは分からないだろう。
しかし、この高い声は小森こずえの声ではない。
元々小森こずえは男であり、それを隠して世界を嘲笑っているのだ。
計画は行き詰まったかのように見えたそんな時、垂れ流していたテレビを見て、性癖が言った。
「このニュースのお姉さん、エッチじゃない?」
ニュースなんて真面目なものをお前はなんて目で見ているのだと、私は憤慨した。
しかし、キッチリとしたスーツに身を纏った国営放送のニュースキャスターは、不思議ととてつもなくエッチに見えた。
分かっていた。いつだって性癖は私に嘘を吐かない、誰よりも誠実であるという事を。
それからと言うもの、声の出し方を更に研究した。
ニュースキャスターやアナウンサーはそれ程声自体は高くはない。
声が高くないという事は、いかにもな女声ではなく低い声をコントロールしなくてはならない。
低い声というものは男の声に近いという事。ここが一番苦労した所ではあるが、なるべく抑揚は薄く女性的な発声を心掛ける事と、自らの性癖に対する誠実さを見せる為の根性で合格点にまで持っていった。
それからは早かった。今までの苦労が何だったかと思うほど、トントン拍子に設定は定まって行く。
服装は黒いセーラー服。これは実際に通っていた学校が黒いセーラー服を採用していた為。
上には白い白衣を着ている。これは知的な所を記号的に表現する為。
髪の毛は黒。これは髪の毛を染めない、ナチュラルであるという表現の為。
そうして生まれたのが『小森こずえの小さい森チャンネル』
私の最も大切なもの。
それを予定通り、壊した。
さて、SNSではどうなっているかな、とウキウキしながらアプリを開くとタイムライン上はもう大騒ぎで思わず笑ってしまった。
ただ予想外であったのが、勿論炎上沙汰になってはいるのだけれど、この性癖暴露配信、評判が悪くない。
最初の暴露後はひたすら「可愛い女の子だと思った〜?? ざぁ〜んねぇん♡ ガチ恋してくれてた人いる? 男だよバーカ♡」と男声と女声を行ったり来たりと煽りに煽り倒して気が済んだので配信を停止した。
今思い出しても気持ち良過ぎて身震いする。
そんな好き勝手かましてやった配信だが、ガンガン再生数が伸びている。
「それはそうだ、この時の為に何年も何年も一生懸命に努力を重ねて来たんだから」
性癖もそう言ってくれている。
「さぁ早く次の準備しよう。きっと楽しい」
そうだ、自らの手で壊したものの、『小森こずえの小さい森チャンネル』は全壊していない。
ここからもう一度、皆様へとご挨拶するのだ。