夢成分注意。
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「や~~~~っっほう! あそぼあそぼ!」
そう言いながら、いつも炬燵机でiPadとヘッドフォンを装着しログインしてくる私を、画面の向こう側でヨハネさんは呆れた目で見つめながら相手してくれる。
遊ぼうも何も、日曜に礼拝へ引き摺って一緒に行ったり、私の住む家でも普通にリビングや台所で姿を見せたりしているくらいだから、わざわざログインして画面越しにヨハネさんに会わなくても、四六時中一緒にいるも同然だ。
でも、それはそれ、これはこれなのである。
とりあえず、このiPadを介さなければ
指先で選曲画面を繰る。
いつも好きな曲を順番に流していくのだけど、そういえば今日ツイッターでフォローしている人が、ある譜面をいいねしてるのが上がって来た。
相互フォローのその人は、たまに私にもリプライを返してくれるほど優しくて気軽な方だが、実はとある音楽グループの
この世界で選べる彼らの曲3つのうち、2つはなんとか攻略していた。残り1曲の譜面(と呼ばれる攻撃パターン)を編み出した人が、自らその譜面をプレイする動画が、
思い出したように、ヨハネさんが聞いて来た。
「そういえば、残り1曲か……。まだなんだよね? これ」
「そう。レベル9なんだけど、いかんせん速いからなかなか目がついていかなくってさ、今までちゃんと練習する機会なかったなぁ」
かなり前から、手元に曲はある。ヨハネさんのライフを削らずに走り切ることはできる。
けれど、一度も間違えずに弾けたことは、まだ一度もない。
たまたま今日やる気になり、軽い気持ちでその曲――「あなた」を一回プレイしてみた私は、リザルト画面の成果に目を見張る。
「うわっ、ちょっ、えっ、残りミス1!!?!?! ねえこれならいけるんじゃない!!?!?!?」
首根っこを揺さぶらんばかりの勢いに、ヨハネさんが目を白黒させた。
なんで何も考えずにやった時に限って、一番いい戦績が出るのだろう。
これ絶対、フルコンボ取ろうと思ったらミスり始めるやつだ……と思いながらも、私はスクショしようとボタンを押し掛けた指を離した。
どうせ拡散するなら、フルコンボ取ってからだ。
「そうでしょ? ヨハネ」
「当たり前でしょ。1ミスで完走出来るなら、フルコンなんて目と鼻の先だよ。折角ならボクの偉業を広めるその時にしてよね」
鼻で笑って言ってくれるが、そこから先をミス0に縮めるのが大変なのである。
その晩、私は珍しく、他の曲へ移らずに「あなた」にだけ留まって、叱咤されながらもヨハネに付き合ってもらった。
1ミスどころかミスの数自体は増えていたが、フルコンを目指すならば、とりあえず今は攻撃のパターンを覚えるのが先だ。自分がどこで防ぎ損ねているか覚えれば、意識して指を動かすこともできる。
「ぐぅ……縮まらない……やっぱ今日はやめといた方がよくない? ほら、集中力落ちて来た時にやっても泥沼だし」
「……あんたの言わんとすることは分かるけど、それ他の曲を気分転換にやったとしても同じことじゃない?」
呆れたように言われたが、ただ気分転換の成果はあったようで、程々の戦績を残して他の曲を回ってくると、また新たな気持ちで「あなた」に接することができた。
フルコンしようと思うと、間違えないようにとだけ意識が凝り固まりがちだ。
けれど、楽しむのが一番大事。
ボーカルの歌が入っている曲は、感情移入も何となくしやすい。
「もう少しなんだけどなぁ……」
休憩がてら、一度ヘッドホンを外し、お茶を飲んで少し伸びをする。
2、3くらいまでのミスには縮まるのだが、最初以来一度も1ミスの戦績は上げられていなかった。
もう少し……と分かっているのに、混フレと呼ばれる片手でリズムよく防御しながらもう片方の手で指示を出す攻撃パターンと、最後の敵からの攻撃が駆け足に速くなるところで、どうしてもミスしてしまう。
リズム通りに叩こうとすると、逆に手をすり抜けて攻撃を食らったりしてしまうので、開き直って無駄打ちを多くする作戦を取ってはいるのだが……それでも、一発も食らわないというのは難しいらしい。
「うあああああ、愛かなぁ」
愛が足りないのかもしれない。
ごろり、と床に寝転がりたい気分で戦績をチェックしていた私は、ふと以前に別の曲をフルコンした時のことを思い出した。
「ね、ヨハネ、どうしよう。そろそろ選手交代する?」
「交代……ミライ隊長に代わるってこと?」
ヨハネは、察しよくそう尋ねて来た。
一応、セブンスコード内には、それぞれのキャラクターを象った曲というものがある。
もちろんヨハネさんにもあって、その曲をものにするためにまた膨大な労力を割いたのだが、今取り組んでいるこの曲は、ミライこと片桐未蕾隊長の曲だった。
彼女がユイトを想う気持ちを、曲にしたものだと言われているのだ。
本人の曲ならば、本人にやってもらえば、当然士気も上がるのではないか。
あと一歩、というところで私が詰めるための人選というか、作戦のようなもの。なのだが。
「……前もボクなしでクリアしたのに?」
嘲笑するような声を出しながら、頬杖を突いたヨハネさんがむっつりする様子に、思わず苦笑する。
彼と一緒に詰めてきた「Épine rouge」を、あと少しというタイミングでサヤコさんに交代して、サヤコさんで初めてフルコンを取ってしまったことを、今でも根に持っているみたいだ。
そのあとの「SUPER FULY」も「Bigfoot」も、一緒に挑戦してフルコン取ったのはヨハネさんとだったのに。よほど悔しかったらしい。
まぁ……ヨハネさんにとってあまり愉快な手段ではないのはわかる。
私の我儘でパートナーとして据え置かれているとはいえ、肝心なところで交代されるのは、鳶が油揚げを攫われるようなものだろう。
むしろ、私はヨハネさんを贔屓しすぎなので、たまには交代ぐらいあった方がいいかと思っていたのだけど。
もう一回練習しようかなあ、と座り直しかけた時、不意にヨハネが尋ねる声がした。
「ねえ。あんた、この曲やる時に何考えてるの?」
「え? ……何、って?」
出し抜けすぎる質問にぽかんとすると、ヨハネさんは少しいらっとしたように首を振る。
「さっき、愛がどうのとか気持ちがどうのとか言ったから。一応、聞いておこうかなと思って」
「え? うーん……そだねぇ。ミライさんの事も考えるけど……自分の気持ちに重ねて聴くことが多いかな。自分のことみたいに、自分が歌ってるつもりで」
正直に言えば、そうだった。恋愛の歌だし。
もしかしたら歌の中の子は、大好きな相手に振り向いて欲しくて、魅力的な人間になりたくて必死なのかもしれない。そんな思いには、共感出来るところがあるから。
誰に対して、とは言わずに(もちろんヨハネさんに決まってるが)そう留めておくと、ふぅん、と声を漏らした彼は、すっと立ち上がりながら私を振り向く。
「じゃあ、ボクだと思って聞いてみれば」
「え?」
「上手くいかないなら、逆にしてみればいいんじゃない?」
「えーと……私が歌うんじゃなくて、ヨハネさんが歌う歌ってこと?」
逆転の発想というか、目から鱗すぎて私は本気でぽかんとしてしまった。
この曲を、ヨハネさんの思いとして聞く? 考えたことなかった。
「だって、ミライさんの曲だし」
「曲は曲として作られてるんだから、別に何を思って聞いても罪にはならないよ」
「や、ま、そらそうなんだけど」
「ボクが歌うから、歌詞に集中して」
「……ヨハネさんが?????」
「ボクの曲だってボーカルは女性が担当してるんだから、別にボクのイメージで女声曲を想像することだって変じゃないでしょッ!」
ついにはブチ切れながら、その腰のクチュールをぷりぷり揺らして行ってしまったが、歌ってくれるらしい。
(そういえば、これヨハネさん視点で見たらどういう歌詞になるんだ?)
考えたこともなかったので、歌詞の内容を詳細には覚えていなかったことに、今やっと気が付いた。曲が始まって、指を画面に載せながら、いつも以上に歌声に耳を傾ける。
(えっと……歌い出しの歌詞はなんだっけ?)
それから。序盤で既にどきどきしながらも、平静を装いながら聴けたのはせいぜいBメロの手前ぐらいまでで、そこから先は、格段にミスが増えた。
世界の色が、急に変わった気がする。
主に、ヨハネさんが言ってくれそうもない言葉のオンパレードのせいで。
もう顔が熱くなってしまって、縦横無尽に横切る譜面をろくに追っていられない。
対戦中でなければ机に突っ伏してしまうところだ。這う這うの体で走り終えたら、何故か私の方が息切れを起こしていた。
「ちょ、あの……なんなの、これ……」
「あのさあ、折角ボクが提案したのに、なんで逆にミスが増えてんの」
「増えるに決まってるでしょうがこんなもん!!!!!!!!!」
形良い眉を顰めながらそう言われても、今更ながら、歌詞の甘さが身に染みてきて死にそうになる。意図してやってんのかこの子は?
ところが、私のその反応が面白かったらしい。にやっと見上げるように視線を投げかけてきたヨハネは、涼しい顔で問い掛ける。
「それで? これでもまだ交代するつもり?」
「しません」
食い気味で即答した私を、ヨハネはくすくすと楽しそうに笑っている。
こんな曲を自分の気持ちだと思って聴けと言われて、交代する奴がいるだろうか。死んでもここをどきたくない。
「ねえ、あのさ」
「うん?」
「……これ、ヨハネさんの本心だと思って聴いていいの?」
おずおずとそう確認してしまうぐらいには。いくら情けないとか大人気ないと思われても、結構本気だった。
じっ、と私を澄んだ青い目で捉えたヨハネさんは、ついっと綺麗な顎を反らす。
「さあ? ボクは嘘つきだからね」
「さあって!!! そこはうんって言ってよ私のやる気に影響するんだから!!!」
「それはどうかな~。だいたい、こんな乙女チックな言い回しがボクの趣味なわけないでしょ。そうだね、もしあんたが全部クリアしたら、本当かどうか教えてあげてもいいよ」
そうからかうような事を言いながらも、曲が流れる度に耳元で愛を囁くのをやめてくれない。
素直になりたいのに、なれないヨハネさん。
本当は相手が大好きなのに、伝えられないヨハネさん。
もういっそ、本心でも本心じゃなくてもいいから、今だけはそうだと思わせといて欲しい。頭がおかしくなりそうだ。
けれど、そんな(いい意味で)拷問のような作戦が、功を奏したらしい。
何戦かを経て、軽く息を弾ませながらとんっとフィールドに着地したヨハネさんは、少し驚いた様子で目をしばたく。
「前半のミスが、起こらなくなった……さっきよりずっと、体が軽い」
ヨハネさんの声として、歌のメロディーを追っていたからだろうか。
あれほど引っ掛かっていたAメロの混フレで、ミスをせずに安定して後半へ繋げられるようになった。それどころか、後奏以外の箇所は確実に潰せる回数が増えた。
本当に、もうあと一息。
「うぐぐぐぐ最後さえミスらなければなぁ……」
「ボクが歌ってるってことは、ボーカルのところは、ボクからの愛ってことだよね? じゃあ歌のない後奏は、あんたからの愛に掛かってるってことになるよね。ボーカルの部分だけノーミスでいけるってことは……」
「足りてないんじゃん! 私からが足りてないんじゃん結局! くそおおおおお」
しゃあしゃあと得意げな顔でそう言われたら、何がなんでも間違えるわけにいかなくなってきた。
サビの最後を高らかに歌い上げる部分まで抜けた! と思ったら、あとは私の仕事とばかりに引き受けて、必死で画面を叩く。
「まだいける?」
「もちろん。あんたさえ平気なら、いくらでも付き合う」
幾度となく押下されるリトライボタン。
ヨハネさんの防御は私のタップひとつに掛かっているのだから、どれほど傷を負わせられずに済むかと考えれば、確かに愛だ。
ボクはこれだけ頑張ってやってるのに足りないとか言われても仕方がない。
指の下をすり抜けないよう必死で食らいついて。そして。
「やっ…………たあ…………やっと……やっとフルコンボした……!」
静かに拳を握り締める。
念願のノーミスを達成した時には、もう真夜中近かった。
今から寝る前に中国語勉強のノルマをこなすのかと思ったらげっそりするが、もうそんなことどうだっていいぐらいにうれしい。
「やりました! やりましたよ! 今度こそはヨハネと一緒だったよ! ほら! どうですかほら!」
「はいはい、よかったね」
ツイッターで喜びを触れて回る私を見て、ヨハネさんはどこ吹く風といった様子で涼し気な言い草だが、その顔は得意そうに緩んでいた。
ようやくアプリを閉じてから、まだ嬉しさの余韻で体を揺らしている私の元へ、向こうの世界からヨハネが帰って来るなり、私は慌てて振り返った。
「あ、そうだ! それで!? 本当かどうか教えてくれるってやつ!」
「え? そんな約束したっけ?」
「はいきた! そうですねどうせそうだろうと思いましたよ!」
ヨハネさんのことだから、きっとしらばっくれるだろうと思った。
敢えてめげずに、私は先に寝支度へ向かうヨハネさんの後ろ姿を、肩をすくめて見送る。
(本当は好きでたまらない、かぁ……)
もしそうだったら嬉しいけれど――それはさすがに虫が良すぎだよな、と思いながら、もう少しだけ起きているつもりで問題集を開く。
だから私は、
「……まさか本当にやるなんて思わなかった」
とヨハネさんが背中越しに小さく呟いたのを知らなかったし、彼が寝る直前に私の腕を捕まえながら、突然愛理にこう聞いた時も、まだぽかんとしていた。
「アイリ。ボクが一晩借りてもいい?」
「へ? ……ああ、どうぞどうぞ。もちろんいいとも。何ならちびのヨハネと愛理も僕が預かってようか?」
「あいつらは多分、隣にいても問題ないし……二人で喋ってるうちに、こっちのことなんか気にしないで寝るよ」
「こっちの事……ふぅん、なるほどねぇ」
「……あんた、気を悪くしないだろうね?」
「いいや? 僕なんか幾らでも独り占めしてるもの。ふふっ、ただ、ヨハネが自分からメロと二人きりになりたいなんて言うの初めてだから、珍しいと思ってね」
「……別にいいでしょ、たまにぐらい」
事態が飲み込めずぼけっとする私と、なぜかまだにやにや顔の愛理に狭苦しい廊下で囲まれて、ヨハネさんは怒り出したいのを我慢するような顔でそっぽを向いていた。
……まあ、私が勉強やら生け花の水替えやら、食器の片づけやらで、そこから寝に行くまでに随分と時間が掛かってしまったので、結局怒られたのだけれど。