SEVEN's CODE二次創作エッセイ   作:大野 紫咲

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久しぶりにヨハネさんと二人きりでお風呂に入る、ムラサキのお話です。
この一年、【オレンジ】の世界でも外でも、一緒に過ごしてきた二人。
夜羽くんという新たな魂の片割れの出現もあり、常に一緒というわけではなくなったけど……?

おそらくですが、年内最終更新ではないかと思います!
来年は本編も頑張れたらと思いますので、またよろしくお願いします!m(_ _)m


慣れても、君にときめきたい

「今日はヨハネと一緒に入るんでしょ?」

 

 夕食の後。お風呂上がりのほこほこの顔をタオルで拭きながら、パジャマ姿の夜羽くんが私を見上げた。

 いつも私と一緒に入ってたから、自分だけさっさとお風呂に入ってたことにも驚いたけど、思わぬ提案というか再確認に、私は言葉に詰まりながら声にならない返事をしていた。

 そう、実は久しぶりに、ヨハネさんからお風呂に誘われていた。

 

「あ、うえ、その……」

「いいじゃん。あいつが一緒に入りたいって言うなんて珍しいし、入って来れば?」

 

 そう言って、すとんと私の炬燵の定位置に座る夜羽くん。目の前には私のiPadとイヤホン。

 ぐいっと首を回して振り返りながら、夜羽くんは気合の入った顔でこちらを見つめてくる。

 

「ボク、ここでお風呂上がりのプンスコしてるから(`・ω・´)」

「う、うん……プンスコ……ふふっ、プンスコしてていいよ……

私の上着とクッション、好きに使っていいからね」

 

 ブンスコしてる夜羽くんの絵面だけでもかわいいのに、ブンスコではなくプンスコになっているところにじわじわ来て、笑いが込み上げながら私はプルプルと震える肩で目を逸らした。

 まあ、ヤキモチは焼くけど許してはくれているってことなんだろうな。うん。

 その厚意に甘んじて、私は髪を束ねて着替えとタオルを持ってから、脱衣所に移動した。既に私服を半分くらい脱ぎ終わった、スタイルのいいヨハネさんがそこに立っている。

 

「あ、来たんだ」

「う、うん」

 

 立ったまま、私達はしばらくお互いを見つめ合って、すぐまた各々の脱衣作業に入った。

 二人きりでゆっくりお風呂に入るのが、思えばかなり久しぶりで、こんな間抜けな会話を交わしてしまう。ここ最近ずっと夜羽くんばかり見ていたから、ヨハネさんの体の膨らみにも、衣擦れの音にもいちいち心臓が煩くて、相手のことをまともに見ていられない。

 だって、だって、素敵なんだもん。

 

 とにかく待たせないよう無言のまま手を動かして、ショーツの端に手を掛けてから、ほぼ終わりかけだけどまだ生理中だったことを思い出す。

 もうお風呂は心配ないほど微量だろうけど、出血の程度を確認しておきたかったし、何よりヨハネさんの目の前で、お尻から思いっきりショーツを下ろすのがとてつもなくはしたないように思えて、私は急に固まってしまった。

 なんか、ほら、寒いにしろ、もうちょっと色気のある脱ぎ方が出来たらいいのに。慣れたから何とも思わないとかじゃなくて、ちょっとくらいは刺激的に感じたり、ドキドキしたりして欲しい、私だって。

 恥じらっているように見えたらドキドキしてくれるかな、と戸惑っていたら、既に服を脱ぎ終えていたヨハネさんから、訝しむような声が返ってきた。

 

「……? どうかした?」

「あ、あの……先入ってて。トイレ行ってから行くから」

「あ……ああ、うん。わかった」

 

 とっさにそう言ったけど、ぎこちない喋り方から、なんとなく向こうも私が脱ぐのを待っていたような気配を察してしまい、余計に心臓がぴゃっとなった。

 蛇腹式の浴室の扉を開ける音が響く。肩越しに振り返った瞬間、滑らかな褐色の肌と、すらりとした腰に続く形のいいお尻が見えて、私は慌てて目線を元に戻した。

 今更ヨハネさんの裸にどうこう騒ぐこともないのに、久しぶりに見た大人の体の艶っぽさに妙にどぎまぎしてしまうっていうか……あまりにも綺麗だから。

 やっぱり何回見ても、胸が苦しくなってしまう。あんなに美しい人を、私が独り占めしてもいいのかな。

 トイレに入ってても、浴室の扉越しに漏れる灯りを思い出しただけで、もう中に裸のヨハネさんがいるんだなって緊張して、なんのために先に入ってもらったのかすら忘れそうになる。

 

(お、落ち着かなきゃ)

 

 とりあえず冷静になろう、と私は最近乗っていなかった体重計を洗面所の下から引っ張り出し、気を紛らわせるために乗ってみることにした。

 最近は冬だからあんまり動いてないし、クリスマスにはケーキ食べちゃったし、最近は美味しいお菓子も鳩人さんや色んな人にもらったり作ったりしたし。昨日は和菓子も買っちゃったし、最近はお肉だって買い溜めするし、こんな日がな一日ゲームばかりしていたら、太るはずだ。

 去年の冬よりは、ちょっとだけど筋トレしたり縄跳びしたり、筋肉だって付いてるはずだし。うん、大丈夫大丈夫。

 

(41キロくらい余裕でしょ。大丈……夫? うん?)

 

 叩き出された数字に、目を疑ってしまった。瞬きしながら、何度か目を擦って見る。

 ……いや、そんなバカな。秋と大して変わらないじゃん。あんな食ってるのに?

 ちょっと待って、私さっき夕ご飯ちゃんと食べたばっかりだよね? それなのにこれ? むしろ秋より減ってない???

 

(……何も見なかったことにしよう!)

 

 勢いよく体重計をしまい、現実を見ないことにして思いっきり風呂場の扉をばぁんと開けた私は、すっかりヨハネさんが中にいることなど忘れていた。すっ裸で隠しもせず勢いよく入って来た私に、湯船の中に身を沈めていたヨハネさんが飛び上がる。

 

「うっわっ! びっくりしたッ!」

「あっ、ごめん……」

(うわあああやっちゃったあああ)

 

 思わずすごすごと肩を縮めて、物置棚にタオルを置きながら誤魔化そうとしたけど、案の定目を細めたヨハネさんが疑い深そうな目でじーっとこっちを見て来る。

 

「何かあったの?」

「いや、別に、何も……」

「怪しいね。何かあって、わざとらしく隠そうとしてるように見えたけど」

「なんでもないんだってばぁ……いやその、体重がね、ちょっと」

「体重?」

 

 ああ、もう、無理。

 これ隠すの無理です、ハイ。

 怒られる、と思いながら、冷え性の手足足先に飛び上がりそうな程あっつく感じる湯を、そろそろと掛けながら湯船にしゃがみ込み、私は白状する。

 

「体重が……服脱いで計ったんだけど、38キロ? みたいな……」

 

 目盛り式の体重計だから、デジタルのより多少誤差があるにしても、言い訳のできる範疇の数字ではない。

 ちなみに一緒にいたから、ご飯を食べた直後でこの数値だということをヨハネさんも知っている。

 なんでまたそんなに痩せてと怒鳴られるかと思ったが、彫りの深い綺麗な顔で眉を歪めたヨハネさんは、私の傍で難しい顔のまま静かに黙っていた。

 

「……後で、もう一回体組成計乗ってみた方がいいね」

「うん、そうだね……」

「あんたの場合、内臓脂肪が溜まってるって感じではなさそうだけど……。

後で、ヨルハと一緒にマドレーヌでも食べれば? 和菓子もあるし。

……けど夜に胃腸に物入れると、寝つき悪くなるしな」

 

 食べては欲しいけど、ここ最近の寝つきの悪さの方を優先して心配しているみたいな言い方で、ヨハネさんはふぅと溜め息をつく。

 とりあえず報告が終わって、湯船の端に座りながら脚と体を伸ばすと、私は入浴剤をぽちゃんと落として遊び始めた。

 

「……今日は、緑色?」

「すだち柚子の香りだって」

 

 もわもわと煙を吐き出して、あっという間に湯船の中が乳白色と翡翠を混ぜたような色に染まっていく。

 お互いの裸を直視できずに、ずっとドキドキを誤魔化すのに必死だったけど、お湯の中で互いの肌色が、霧の中に溶けるみたいにすうっと遠ざかっていくのを見て、私達は胸を撫で下ろした。

 今日の入浴剤が、にごり湯のやつでよかった。

 そうじゃなかったら、今、真正面からお互いの何も纏わない肢体を直視してしまったら、止まるものも止まらなくなってしまいそうで。

 

「……」

「……」

 

 静かだな。

 いつも、夜羽くんと入る時は遊んだり喋ったり、携帯で音楽聴いたりしてずっと何かしてるから、こうやって黙ってヨハネさんの隣にいると、何かする以上にうんと、お互いの存在を意識してしまう。

 ちょっとだけ、見えないお湯の中で小指の端と端が、ぴっ、と触れ合ってしまうだけで、電気が走るみたいに胸が苦しくて、私はきゅっと拳を握り締めた。

 

 どきどき、どきどき。

 

 なんで今更のように、こんなにドキドキするのかな。

 すぐにくっついたりべたべたしたりしたいのに、私、どうやってたっけ。

 困り果てて、すぐ隣にいるのにひたすら目を逸らしていたら、ヨハネさんの方から、私の肩に手を伸ばしてきた。

 

「もっと、こっち」

 

 大きな掌が、力強く私の左肩をぎゅっと引き寄せる。

 ちゃぽんと音がして、すぐ右側の胸元と肩先に、肌が触れ合った。

 骨の形からして繊細で美しく感じる指先をしているけれど、ヨハネさんの手って結構大きくて、広げると包み込むような温かさと逞しさがあるところが好き。

 水の伝う、滑らかな褐色の甲をした手で、何度も私の肩にお湯を掛けては、するりと撫でさすってくれる。柔らかな緑色のにごり湯が、とろとろとして気持ちいい。

 ただそれだけで、会話もなく並んでいるだけなんだけど、その無言の時間が落ち着くし、とても愛おしくて、思わず小さな笑いが鼻から零れた。

 

「ふふ」

「何だよ」

「いいなあって」

「こうして、ただ並んでるのが?」

「うん。じっと、目を閉じて隣で温もりを分け合っているだけでね……こうやって、何もせずただヨハネさんと居られることが、幸せだなって思うの。

あったかいんだもん、ヨハネさんって」

 

 胸とか見るのはちょっと恥ずかしいから、私はヨハネさんの片腕をお湯の中で持ち上げて、マッサージするようにもにゅもにゅ解し始めた。

 両手でぐにぐに触っていると、細いながらに、筋肉の隆起してる場所があるのがわかる。

 力を入れて揉み解していると、触られるがままになっていたヨハネさんは、力こぶの「ち」の字もない私の腕を、目を細めて眺めた。

 

「まったく。あんたはこの細腕で、こんなに毎日、ご飯作りだの掃除機だの雪かきだの……よくやるよね」

「ヨハネさんも十分に細いと思うけど」

「あんたのは、細いとかいう以前に筋肉がろくになさすぎだよ」

 

 さっきとは反対に、私の腕を持ち上げて、もにゅもにゅと触り始める。

 不意に肘から折り曲げさせた私の手を取ると、ヨハネさんは丁度脈の通うあたり、手首の内側に、優しく唇を押し当てた。

 

「ヨハネさん……?」

「本当に、この一年お疲れ様。……よく頑張ったね」

 

 それは――何のてらいもない、純粋な労いの言葉だった。

 驚いたけど、僅かに微笑みを浮かべたその表情と声から、本気で私にそう言ってくれているのがわかる。

 雫がついた髪を撫でられて、私は水面へ俯いたまま、思わずうっすらと目に涙の膜が張るのを感じていた。

 

「う……うん」

「? なんで泣くの……ボク、何か変なこと言った?」

「ううん。違うの。うれしいの……」

 

 鼻の奥がつんとなったまま、私は思わずヨハネさんの胸元に抱き着いた。

 

「わっ、と」

 

 ばしゃん、と水が揺れて、自分ごと水の中に倒れそうになりながら、ヨハネさんが私を受け止める。

 やれやれ、と少し呆れながら、お湯の中で私を抱き締めてくれた。その胸元に、私はほっぺたを擦り寄せて顔を埋める。柔らかくてやさしい、ふわふわした胸の手触り。私が安心する、大好きなヨハネさんの体。

 じっと目を閉じたまま、私は皮膚と皮膚が融け合ってしまうんじゃないかってぐらい、べったりとヨハネさんにくっついていた。呆れたような笑い声が降って来る。

 

「……そろそろ頭洗ったら?」

「お願い、もう少しだけ……」

「あんまり長湯すると、湯あたりして湯冷めしやすくなるよ。洗い場は寒いんだから。

ほら、のぼせないうちに早く。……さっさと出ないと、イタズラしちゃうよ」

「ひゃっ。もう」

 

 からかうようにお湯の中で脇腹をこしょこしょ触られて、楽しそうな笑い声に追い出されながら、私はしぶしぶ洗い場に上がった。

 もう。急に優しくなったと思ったら、やっぱり意地悪だ。

 でも洗い場が寒いのは事実なので、体が冷えないうちに超特急で頭と体を洗って、早く湯船に戻れるようにする。

 もう、シャンプーとボディーソープが少なくなってきた。少しずつでも、毎日使っていたら意外と減るものだなぁ。

 

「次は、もうちょっと贅沢なシャンプー買ってみてもいいかな。たまには、メリットじゃなくて」

「別にいいんじゃない? 早く乾かしてオイルが基本だけど、髪質に合うシャンプーも見つかれば、モチベも上がるし」

「なんかあの、ヒマワリのパッケージの奴が気になってるんだよね。コスメサイト見てもあんまり上位には出て来ないけど、実際どうなんだろ。

あ、大島椿のシャンプーでもいいなあ。あれ詰め替えあったっけ」

 

 私はマイボトルを使っているので、出来れば詰め替えできるシャンプーがいいんだけど。

 そんな会話をしながら、少し温くなった湯の中に戻る。

 さっきと同じように並び、肩まで浸かってふ~っと息を吐きながら天井を見上げれば、乳白色と緑の湯から、白い湯気がもわもわと浴室中に漂って充満している。

 しんしんと雪の降る外から、聞こえてくるのは火の用心の音色だけ。

 かぃん、かぃんと鐘が打ち合わされる音が、目を閉じた体の奥まで、空気を漂って染み渡る。

 静かだ。

 お湯の中で、手を握って繋いでくれていたヨハネさんが、私の方を見ずに言った。

 

「なんか慣れたよね、ボク達」

「そうだね。ヨハネさんなんて、あんなに私の裸見て騒いでたのに、もうすっかり平気になっちゃって」

「それで……いいのかな」

「いいのかなって? 平気になるのは、別にいいことでしょ。新鮮なリアクションが見られなくなるのは、確かにちょっと寂しくはあるけど、誰だって慣れたらそうなる宿命なんだし」

「それはそうかもしれないけど、そうじゃなくて」

 

 不思議に思って隣を見ると、ヨハネさんは迷うように、言葉を探して口を開いた。

 

「……ボクはちゃんと、あんたのこと、大事に出来てるのかなって」

「……ヨハネさんって、旦那さんみたいなこと言うねぇ」

「……!? っだ……!?!?」

「まあ、実質私の旦那さんみたいなもんか。うんうん。責任感強いっていうか、一生私に添い遂げるつもりでいてくれてるんだもんね」

「……あ、当たり前でしょ」

 

 怒ったように、赤くなった顔を逸らしながら。でも、そう答えてくれる。

 

「まだ、私達知り合って一年なのに。

一年でそこまで決意固まるものなの?

一年なんて、まだまだだよ。私なんて結婚二年目でもう旦那と喧嘩してるのにさ、ヨハネさんだって、これから先じゃんじゃん、私の嫌なところばっかり見えてくるのに」

「それでも、一緒にいたい。……嫌なところがあったって、その後にいいところを見つけるには、一緒にいるしかないでしょ」

 

 二人が一緒にいるために、努力をしようって思ってくれる。

 これだけ懐疑的な私を前にしても、どれだけ「慣れ」があっても、慈しむ気持ちを捨てないでいようとしてくれる。

 それが、嬉しい。微笑みを浮かべながら、私はその細い肩に寄り添った。

 

「分かってるよ、ちゃんと。

離れて過ごしてる間も、ご飯やお菓子を作ってる間も、ブンスコで戦闘中の時も、ずっとずっと、ヨハネさんの気持ちは、音や触れ合う感情を通して、直に私に伝わってくるから……」

 

 だから、大丈夫。

 そう思いを込めて手を握り返すと、ほっとしたように指先が絡まる。

 

「……じゃあ、今ボクが何をしたいかも、もしかして分かってる?」

「この厭らしく太腿を撫で回してくる手の動きで、大体わかっちゃうけど」

「イヤらしいって感じる方がイヤらしいんじゃない?」

「どっちもどっちでしょ、それ、もう」

 

 するりと湯の中で脚を撫で回す掌がくすぐったくて笑うと、こちらを見つめ返す瞳が優しげに滲んで、私達は見つめ合った。

 どちらからともなく、互いの顔が近付く。

 改まったキスなんて、随分久しぶりだ。

 キスは寝起きも夜一緒に寝る時も、よくしているような気がするけれど、流れるようなキスじゃなくて、こうやって相手の唇を待つ時間まで、触れ合うその瞬間までの一分一秒を、余すことなくきっちり味わうキスなんて、なんだか恥ずかしくて最近はしてなかった気がして、胸が高鳴る。

 

「っ……」

 

 顔を傾けたままで、ちょっと戸惑った私を、頬に添えられた褐色の掌がリードしてくれる。

 優しく塞がれた唇が、音を立てて触れ合う。

 どうしよう。私、どこまで本気になっていい?

 このままでも十分幸せだけど……もっと、貪っていいのかどうかが分からない。だって、服着てないし。あまり本気になったら、キスなんかじゃ終われない気がして。

 我慢してる痛みさえも甘やかで、ちゅっちゅと浴室に響く音と、目の前に感じる儚げな吐息だけで、狂おしいほどの「好き」と余裕のなさが伝わって来る。

 頬に触れて、私の濡れた髪を掻き上げていた掌が、ゆっくりと耳から肩先に移動する。裸の肩をぐっと掴まれる感触に、ぴくんっと体が跳ねた。

 

(私……どうしたらいい?)

 

 驚いた拍子にこつんと前歯が当たって、それが申し訳なくて引こうとした瞬間、向こうも戸惑うように、けど繋ぎ止めるように、ちろりと舌先で唇の端を刺激してくる。

 

(……いい、のかな)

 

 何回やってもキスなんて上手になれないから、私ほんとにこれでいい? って聞きたくなる。

 でも、遠慮がちに唇を開く私の背後で、ヨハネさんの手も、肩先から首の後ろあたりのどこを触ろうか、決めかねて彷徨っているのが分かる。いつもは結構思い切りがいいのに、私が乗り気ではないんじゃないかと、気を遣っているみたい。

 それは――恥ずかしがっている場合じゃ、ないよね。

 私がおずおずと首の後ろに手を回すと、はじめてホッとしたように、我儘な掌がぎゅっと私の背中を掻き抱いて、口づけが深くなった。

 開いた唇の間から、交わる舌の感触。ざらざらした面と面が触れ合う感触に、くっついたり離れたりしながら、頭がぼーっとなってしまう。波が打ち寄せ返すリズムみたいに、胸もきゅうっと苦しくなったり、ふわふわと甘くなったりを繰り返している。

 ふ、と吐息が漏れる唇を離して、鼻先が触れ合う距離で互いを見つめながら、ヨハネさんが微笑んだ。

 

「……上がろっか」

「う、うん」

 

 これ以上入ってたら、さすがに本当にのぼせてしまいそう。

 夢中になるその一歩手前くらいで、引き返して先に湯船を出たヨハネさんの背後で、私はお湯に沈みそうになっていた。色々な意味で。

 

「寒くならないうちに出なよ。これ、タオル」

 

 なんとか腰を立たせて、完全に沈む前に湯船を脱出する。

 いつもはヨルくんと同時に出るから、誰かが私より先に体を拭いて先に待ってるっていうのも、なんだか新鮮な気分だ。

 既にインナーを身に付けたヨハネさんが、ちゃっかり釘を刺した。

 

「後で、ヨルハに体組成計で計ってもらうの忘れるなよ」

「……今ので忘れてくれたと思ったのに」

「これくらいで忘れるわけないでしょ。大事なことなんだから。ボクを甘く見ないでよね」

 

 でも、大事って思ってくれたのは、嬉しかったな。

 久しぶりに、自分を甘やかしてパックでもしようかな。着替え終わったヨハネさんとリビングに出てから、私は戸棚を漁った。

 誕生日に友達がくれた、美容液たっぷりのパックがある。冷たいから冬場はやらないと思ったけど、今は十分あったまったし。

 びたびたと冷たいパックを顔に貼ってみたけど、思った以上に中身は潤っていて、とろとろの美容液がしたたり落ちそうな勢いだ。空になったパックの容器の中にも、かなり液が余っている。

 

「そーだっ。もったいないし、いいこと考えた」

 

 顔の皮膚によいものが、肌に悪いわけはあるまい。

 手についた美容液の残りを、私は乾燥気味の脚に塗りたくる。タイツを穿いたりすることも多いから、最近痒くなりやすいのだけど、思った通り、つべつべひんやりしていい感じだ。

 

「おー、これはいい」

「何やってるの?」

「ヨハネさん、丁度いいところに! 君にも分けてあげよう」

 

 パックの顔で振り向いても全然ぎょっとしないところに、この子も美容用品を使い慣れてるなぁ感がある。

 ぎゅっとプラスチック製の袋をしぼって、透明な中身を出す私の手元を、ヨハネさんがじーっと見つめた。

 

「それ、パックの美容液の残り?」

「うん、そう。めちゃくちゃあるから、もうあるだけ塗っちゃっていいよ」

「ふーん。なんかそれ、まるでローション……」

 

 そこまで言ってから、ぱっと口を押えて目を逸らす顔を、私はぱちぱちと見つめた。

 思わず、掌についた、とろとろの液体を凝視してしまう。

 

「……ヨハネさん?」

「い、いや、なんでも」

「ヨ・ハ・ネ・さん? 聞いちゃったなぁ。私はこの耳でしかと聞こえちゃったんですけど。何に似てるって? ねぇ」

「だから、何でもないってばッ!」

 

 炬燵にいた夜羽くんも聞き咎めたのか、白い目でこっちを見てくる。

 あまりに私がからかうから、ヨハネさんはヤケを起こしてしまったらしい。ばっと私のパジャマと下着をはぐると、美容液の残りを掌で思いっきり塗り付けてきた。

 胸元だろうとシャツの下だろうと、脇だろうと背中だろうとお構いなしだ。

 

「だっ、わっ! ちょっ!」

「そこまで言うなら、お望みどおり全身に塗ったらいいだろッ! ほら! もう胸元までべったべたにしてやるよッ!」

「わぁ、ちょ、ヨハネさん、冷たいってば! シャツ濡れちゃう! 塗りすぎだってどんだけ塗ってんの! ひぃ、もういいってば! ぬるぬるする!」

「せんせ~、この二人がまたエッチなことで喧嘩してま~す」

 

 夜羽くんが、遠い目でいるはずもない天の声に向かって助けを呼ぶのが聞こえた。

 い、いないよね?

 こんなくだらない日常の幸せを、最後まで覗き見してた人なんていないでしょ?

 もしいたら、こんな話を、どうか来年も。

 こころゆくまで、一緒にできますように。

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