2022年。
サキの住んでる時代から見て、新年のはじまり。
セブンスコードのトレーニング室に来て、いつもと同じようにミッションを確認した彼女は、ふと気まぐれに最近やっていなかったある曲のファイルを、練習用に開いた。
それは、かなり前に挑戦したけど、クリアこそ難くないものの、フルコンボにはほど遠いレベル10を誇る曲。conflict。
ミッションにあった課題曲を楽々と攻略したボクの調子の良さを見てとってか、彼女もいけるんじゃないかと思ったらしいけど、ミスの数は余裕で10以上ある。フルコンするには骨が折れそうだ。
「ぐおお……やっぱ無理だよねえ」
「そんな簡単には、取らせてくれなさそうだね」
フルコン取るには、ちょっと本腰を入れないと勝てそうにない。
けど、ボクと彼女の相性で、いけないはずがないと思うんだけど。今日のボクの感覚が、心の内側でボクにそう告げていた。無意識の言葉が、口から零れ出る。
「……やりたい」
「おっ。珍しくヨハネさんの方から攻略する気満々な感じ? 今日は絶好調じゃん」
「当たり前でしょ。久しぶりのあんたとの共闘なんだから」
特に気にしてない素振りでそう答えてやると、はにかんだ笑みが返ってくる。
だって、サキは最近ずっとヨルハにかまけてばっかりだし。それは悪いことじゃないから別にいい……というかボクとしては願ったりだけど、たまには背中合わせでガッツリバトルする感触が、恋しいことぐらいある。絶対に口に出しては言ってやらないけど。
「よーし! じゃあやろうか! 今日はとことんまで付き合うよ!」
そう言った彼女が、気合を入れるように脇を締めて息巻く。
かくして、心を一つに、久しぶりのボクらの挑戦は始まった。
*****
「とはいえ、やみくもにやってもミスの数は減らないよねえ……」
ある程度、譜面に慣れるまでの練習を繰り返したら、あとは分析が不可欠だ。
操作板の上を、次々にノーツが行き来する様子を、サキは目を凝らして見つめていた。顎に手を当てて、忙しそうに視線を行き来させる。こういう時のサキの冷静な顔が、ボクは好きだったりする。
「どこがミスってるかわかった?」
「うーん……序盤は簡単だし、曲自体もよく知ってるから、最初から最後まで一切手も足も出ない、みたいな譜面ではないんだよね。現によくできてるし、S以上なら取るのも楽勝って感じ」
「確かに、トレーナー相手にはほぼ確実に勝利出来てるよね」
「てことは、やっぱりミスる箇所を把握して潰すしかないね。ちょっともう一回流してくれる?」
動きをミスする場所をサキが見つけて、ボクと打ち合わせしながら、なんとか合わせようとする。けれど、さすがレベル10の譜面。そう簡単には抜けさせてくれない。
「とにかく中盤が局所難だな。あそこは本当にどうしたらいいかわからん……」
少し息切れして、汗を手で拭うサキを見て、ボクは時計を見上げた。
「少しペース落とそう。最後まで走れなくていい。今引っ掛かってるところを掴めるようになるまで、リトライで繰り返すよ」
「ぐう……でも、途中撤退するとヨハネさんの戦績にならないから、カッコつかないしあんまりやりたくないんだけど……」
「バカ。今は体裁なんか気にしてる場合じゃないでしょ。延々とバカみたいに曲の最後まで反復練習続けて、あんたの体力がもつと思う?」
「……もちません」
「今大事なのは、クリアの回数重ねることじゃなくて、譜面を出来るようになることなんだからね。感情に流されず、体力と集中力を計算して、目の前のことに優先順位をつけること。
カッコなんて、弾けるようになったらいくらでもつければいいんだから。見るべきことを見誤らない。わかった?」
「はーい……」
気持ちだけでフルコンできるんだったら、誰だってこんな苦労しない。
特に、具合の悪い時まで無理しがちなサキの管理は、ボクの仕事だからね。
大人しく頷いたサキは、攻略動画に頼ることにしたらしい。正直なところ、悪くない手だと思うよ。だってあんたの大事な体力を、ただいたずらに削って努力するのは、あんたの身に合わない。イカサマだろうと何だろうと、要は勝てばいいんだ、勝てば。
スマホの画面を、早送りと巻き戻しを繰り返して何度か見ていた彼女は、頷いた。
「うん、わかった」
「もう!?」
「たぶんね。収穫的には、自分の手元を動画で撮るのと大して変わらなかったかと思うけど……けど、それしなくてよかっただけでも随分楽。
多分一個だけ、どう動かしたらいいか分かったと思う……そこがとっかかりになればいいんだけど。出来るかどうかはともかく」
中盤の、いわゆる局所難。
サキの手元の操作板に現れるのは、メロディーに合わせた「7」の字が四つと、スラッシュ三つ、上下からのドラッグが二つ。続けざまに攻撃をブロックするノーツを連打。
それを、フィールドの左右で同時に、入れ替わりながら連続四回。……ボクでも、ちょっと目の前に攻撃を食らったら混乱して防ぎ切れない量だ。サキの指示を待ってる時間がない。
サキも
「うう……あああどう指示出せばいいんだよおおおお」
「落ち着いて。最悪後日に回すことにして、一旦置いておこう。
後半の混フレも、確実ってわけではないよね。局所難をノーミスで行けても、ここをミスったら意味ないでしょ。こっちも練習するよ」
「らじゃ」
ぱちぱちと、慌ただしくノーツを跳ね返す音が響く。ターンして最後の攻撃を防ぎ切り、ボクは息を切らして振り返った。
やっぱり、ちょっとブランクがあるせいなのかな。二人の動きに若干のズレがあるように見えて、ボクは一戦一戦のトレーニングを通しながら、サキと戦闘中のイメージについても話し合った。最終的には、ここがものを言うからね。
サキもボクも、武器や武闘の専門家ってわけじゃないし、SOATのボクはともかく、サキなんて本当に戦闘とは縁がない。そんなボクらを繋ぐのは、音楽を介して通じ合う気持ちの連携と、精神力とイメージ力。ボクのコルニアと、サキの「プレイヤー」としてノーツを具現化する力の連携。
だから、曲に対する向き合い方や、戦闘に際する気持ちの擦り合わせっていうのは、意外と大事だ。
「サキの中でこの曲は、どんなイメージ?」
conflictは、争いとか抗争、対立っていう意味だよね。
戦争や人類の不和みたいな、さぞかし禍々しく、緊張感のある場面を思い描いているのか……と思いきや。
「うーん……前々から思ってるんだけどね。
私の中では、この曲聴いた時のイメージはいつも、うちの子の冷蔵庫のプリンの取り合いなんだよね」
可愛らしく首を傾げたサキからは、ずっこけそうな答えが返ってきた。
「プリン……? なんで……???」
「あ、いやいや。原曲がかっこいいのは知ってるんだけど、私が初めてこの曲を知ったのは、別のゲームで8bitのアレンジを聴いた時だったのね。だからなんというか…音がテッテレーしてて、印象が随分可愛らしい感じだったのよ。
だからそんな風に……」
「だ、だからってプリンの取り合いはあまりにも平和すぎでしょ」
「舐めちゃいけないよ。食べ物の恨みは恐ろしいんだよ? 冷蔵庫の中に入ってた、帰ったら楽しみに食べようと取っておいたプリン、お風呂上がりに誰かが食べようもんなら、もう戦争勃発だよ。こんなん戦争の火種でしかない」
「そうだけどさッ!」
そうなんだけど、なんか違う。
大真面目な顔して語りながら、うーんと首を傾げるサキに向かって、思わずボクは頭を抱えて言った。
「サキにはさぁ、こう、闘争心が足りないんだよ……」
「闘争心?」
「なんかこう、何がなんでも絶対勝ってやるーっていうか、ガーって燃える気持ちっていうか……」
「そんな事言われても、私争いごとはもともと好きじゃないしなぁ」
「この曲の曲名はconflictなんだけど!?」
何もサキのせいだけにするつもりじゃなかったけど、あまりにもサキがのんびりのほほんとしてて、「闘争」ってイメージとはかけ離れているから、ちょっと心配になる。
「とにかく、もうちょっとそういうのイメージして、真剣度高めにやってみたらどうかな。
攻略できたら、あとはプリンでもなんでも想像してくれていいから」
「ヨハネさんと夜羽くんがプリンの取り合いしてるところなんか、この曲にぴったりだと思ったんだけど……」
だから、なんでだよ。
これだけボクらのイメージがかけ離れていたら、馬が合わないのも当然なので、とりあえずサキに方向性の要求だけして、ボクらは再びフィールドに立った。
*****
「ん〜〜〜〜〜〜……」
さっきから、如実に迷いがノーツから伝わってくる。
わかってる。さっきからサキが、ボクの言ったことを気にして、音にどう思いを込めようか悩んでいる証拠だ。まだ、これといったものが掴めていないらしい。あとは、ここの擦り合わせが出来てくるまでの時間だと思うから、ボクも構えずに待つことにする。
「ふぅ…………」
「少し、休憩しようか」
ペットボトルの飲み物を差し出すと、フィールド外のベンチに戻ってきたサキは、頷いてボクの隣に座った。喉が渇いてぬるいお茶を一気飲みしながら、サキがぼんやりと光の当たるステージを眺める。
「ねえ、ヨハネさん」
「うん?」
「この曲に必要なのは、本当に『闘争』なのかなあ?」
「……どういうこと?」
思わず隣から顔を覗き込むと、サキはペットボトルの口を噛みながら、何かを考えていた。
「さっき、サキと一緒に闘ってる時に、サキが考えてることは何となく伝わってきたけど」
「うん……私、私やヨハネさんにとっての闘争って何かな、って考えてて。
何かを奪われたくない、って自分が必死にまでなって闘おうとするシチュエーションってなんだろう……って考えたのね」
「そう、だったね。ボクにとっては……この体を嗤う、社会や学校からの圧だったり」
「私もそれ、思い出してた。
あとはさ、私とヨハネさん達との時間を邪魔するものは、何であっても許せないから。旦那も含む親族間に起こる付き合いや面倒ごととか、体力を削っていく雪や寒さとか。
そういうものは、確かに憎しみを向けるし許せないものだなって。
でも……それを考えるの、しんどくない?」
「そう……だよね」
そうだった。
サキはやさしい人だから、彼女は真剣に、自分が憎むべき場所のことを考えたんだろう。
でもそれが、彼女を孤独に追いやったり、絶望を感じさせるものであることを思うと、いたたまれずにボクは俯いた。
「対戦の度に、それをあんたに思い起こさせることが、ボクのできること……じゃないよね」
「それは、ヨハネさん対しても言えるでしょ。
ていうか! この曲絶対、そんなシリアスな曲じゃないよ! そう思わない!?」
サキが、こっちを振り向いてボクの両手をぎゅっと握りしめる。手袋越しにでも伝わってくる、サキの手の柔らかさと温かさ。
だけど、もしそうだったら、ボク達はどうやって、この曲に勝てばいいんだろう。
彼女は、手のひらを着物の香が漂う胸に当てながら、目を閉じて微笑んだ。
「こういう言い方は何だけど、これはゲームなんだから……もうちょっと、楽しめるような作曲意図があるんじゃない?」
「楽しめる?」
「そう。たとえば、戦争は戦争でもスターウォーズとか、インベーダーとか……創作の中で、エンターテイメントとして楽しめる、わくわくするような。
ね、ヨハネさん。この曲を聴いて、これを聴きながら闘って、一番最初に抱いた感情のことを、思い出してごらんよ」
「一番、最初に……」
にっこりした彼女にそう言われて、ボクは真似して目を閉じながら、ゆっくりと深呼吸する。
テーマパークや映画のことを、ボクは思い出す。
心の中を覆っていた、重苦しい霧が晴れていくような気がした。
「これは、すごくカッコいい曲だったからさ。
タイトルに合った解釈をしなきゃって、だから必死になって闘争心とか規模の大きな感情を……ボク、重く考えすぎてたかな」
「それも間違いじゃないと思うよ。カッコいいはめちゃくちゃ同意するし。
ただ、私の考え的には……」
スマホに繋げたイヤホンを、彼女は耳に嵌める。
左右で色が違う、紫とピンクのイヤホン。彼女そのものみたいなオーディオ機器を使って、目を閉じながらリズムを取るムラサキの周りに、不思議な光と風が舞う。
ボクは、目を見開いた。コルニアを通して波長を視覚的に変換しなくてもわかる。これは、彼女の音……心の音だ。いつもフィールドを駆け回りながら、離れていてもすぐ近くに感じている、ムラサキの音色。ボクを包んで、彼女が何をどんな風に感じたかを、伝えてくれる。
今の彼女が、音楽を聴いて込み上げる感情を、全身からボクに教えようとしてくれているのが、黙っていてもわかった。
楽しげに微笑んだその口元が、多少大袈裟かもしれないけど、その時のボクには、なんだか女神様みたいに見えたんだ。
「この曲から伝わってくるのは、もうちょっと、そんなんじゃなくて……
何かを楽しみたい、って心じゃない?」
楽しむ、か。
闘いを、楽しむ。サキと、背中合わせで敵を倒す、あの瞬間を。
顔を上げたサキに微笑み返して、けれどボクは、考えながら前を向いた。
「……けど、それだと、なんか人殺しを楽しんでるみたいにならない? ボクら一応、致命傷は与えられないとはいえ植能を扱ってるんだし」
「だよねええええ。そこ実は私も引っ掛かってたから言えなかった。絶対に殺してやるぜ! みたいな感じだと、違和感あるというかうちらには合わないよね。
SOAT隊員とはいえ、極力人殺しなんかしたくないしさ」
殺戮の楽しみっていうのは、まあ、あるのはわかる。海賊とか格好良いしね。
ただ、あんな風に海の浪漫と命を自分の人生に賭けられるのかというと……残念ながら、そこまでバカにもなれない。なんかボクら、中途半端に大人になったみたい。こういう時、割り切って妄想に没入できない自分が、冷めてるなって思う。
ふうっと、肩を落としてついた溜息が、サキと重なった。
「なかなか難しいねえ」
「だね」
ぴったりくる答えが見つからないまま、何戦ものトレーニング重ねた。ノーツの音を変えてタイミングを計ったり、戦闘中に色々思念をかつけ合わせてみるけどダメ。そしてボクらは休憩する度、トレーニング場のドームから屋根を見上げる。
開く屋根のスイッチを弄ると、今日は街の空と繋がっているみたいで、よく晴れ渡った青空が見えた。
ぽっかり開いた空を見上げ、フィールドにある芝生の上に寝転がりながら、思わずボクは掌を広げたまま、呟いた。
「ボクは、勝ちたい」
「私は、ヨハネさんを勝たせたい」
ほぼ同時に、似たような答えがすぐ隣から返ってくる。
思わず丸くした目を開いて、お互いの顔を見つめ合い——ふっと腹の底から笑いが込み上げた。
「ボク達、同じこと考えてら」
「最初から、二人の気持ちなんて同じだったんだね」
人には見せないだけで、ボクたち二人とも、負けず嫌いだから。
答えは案外、身近で簡単なところにあったのかもしれない。
勝ちたい。
この気持ちを純粋に大事にしていくことにして、ボクらはもう一度、手を繋ぎ合った。
10年後、20年後、サキも年を取って、同じことはもしかしたら出来ないかもしれない。闘争、なんて生易しい言葉では表せないほど、深い絶望に突き落とされるのかもしれない。
それでも、そんな懸念に囚われないで、ボク達は今を大事にする。今この瞬間、ボク達の上げる成果が、未来のボクらのことですら、きっと強く支えてくれるはずだから。
そう信じて、ボクはサキの手を強く握ったまま、走り出した。
*****
「勝ちたいって気持ちを、更に具体的に想像できればいいんだよね」
もう一息。いい感じに詰まってきたけど、まだ何かが足りない。
そう思って、ボクはタオルで汗を拭いながら、何気なくふと思ったことを口に出した。
「じゃあさ、そんな殺したいほどじゃないけど、憎くて憎くてたまらない相手を想像すればいいんじゃない? 単純に」
最初は、漠然とした大掛かりなことを考えすぎて失敗した。
だったら、もっと気楽に考えられることをイメージすればいいんじゃないだろうか、っていう気持ちだった。
それは盲点だった、というように、サキが納得の顔で瞳を輝かせながらぶんぶん頷く。
「なるほどね〜。ヨハネさんはそういう相手はいる?」
「ボクは、ニレか……エリスかな」
殺したいほどではないけど、今浮かぶ一番苦手な相手、って言えばこいつだ。
まだ本編で出会えたわけじゃないけど、サキが生きてるリアルの方の世界で、ボクの分身はこいつの分身にかなり厄介な目に遭わされている。
「ふむふむ……なるほど。愛理さんにとっての琢真みたいな相手を、思い浮かべればいいのか」
「とはいえ、サキはあんまり人と喧嘩しないし、そこまで中途半端に嫌いな相手っていないよね」
痒いところに手が届かないというか、なんとも言い表し難い気持ちだ。
あまりに大嫌いな相手や深い憎しみを抱く相手じゃ、こんな楽しい曲の時に思い浮かべたくもないだろうし、かといって、殺したいとは違うけども反発を抱く相手っていうのは……ライバルとか、そういうのが近いのかな?
何はともあれ、あんまり人とぶつかり合わないサキには、ピンと思いつきにくいかもしれない、と勝手に結論づけながら、ボクが飲み物を置いてベンチから立ち上がった時だった。
「……いる」
「?」
「いる。一人だけ」
ペットボトルを手にしたサキが、真顔で正面を向く。
それは正直、ちょっと意外な回答だ。ていうか、サキにそこまで思わせる相手って、逆に興味がある。一口お茶を煽って、ボクは問いかけた。
「へぇ。誰?」
「ナラハシさんよ」
そして、尋ねた瞬間の答えに別の意味でずっこけそうになった。口に含んでいたお茶を噴くかと思った。
「ナラハシくん!?!?!?」
「だっっって超ムカつくでしょ!? 何なの、今になってもヨハネさんの心を掴んで離さないとかさぁ! こんなクールなヨハネさんに、一度ならず『最高の人だ』とか言わせてんだよ!?」
思わずあんぐりとしてしまう。
超・意外な答えだった。いや、ある意味これ以上なく想定しやすい答えではあったかもしれないが、まさかそうくるとは思わなかった。ナラハシくん、そんな嫌な奴認定されてたのか。
っていうか、ナラハシくんとはそんなんじゃないって言ってるのに、一体いつの話持ち出してるんだ。根が深すぎるだろ。
目を白黒させるボクに反して、サキが勢いよく袴のまま立ち上がる。
「よーし! なんかピンときた! 燃えてきたぞ! うらああああナラハシ貴様! 許さああん!」
ここにいないナラハシくんの名前を叫びながら、フィールドのど真ん中に駆けて行ってしまう。
……よかったんだろうか。
ボクの心配とは裏腹に、なんとここからサキの怒涛の快進撃が始まった。
音楽が始まって、的確に相手の攻撃を防いでいたサキが、ボクと交互にバリアを張りながら叫ぶ。
「ナラハシいいいいい! お前バカにしてんだろ! 自分がちーっと長い間ヨハネさんと同期だったからって調子に乗りやがってよぉお!
あん!? その関西弁で人のことナメてんのか!? 自分がいい曲作れるからってヘラヘラヘラヘラしやがって! お前が何しようと、今はあたしが一番ヨハネさんのこと分かってんだよ! 何回もしょーこりもなく過去回想シーンに出てきてんじゃねーよ! ふざけんなーーーーっ」
(う、ウソだろ……一回も当たってない……)
ギンッ、と嫉妬に満ちた目つきで弾の飛んでくる方向を睨みつけたサキが、植能とノーツの描写能力で、全部綺麗に弾き返す。ばばばんっ、と目の前で火花が弾け飛び、煙の向こう側でムラサキは怯む事なく、怒りの吐息を吐き出していた。火を吹く前のドラゴンかよ。
さっきも、何度か足を取られて済むぐらいに精度が上がってきてたけど、それとはもう比べ物にならない。完全に、向こうの攻撃を見切っている。
はっと、声を出しながらサキが上から目線で挑発する。
「どーした! 手も足も出ねぇかぁ!? それならこっちから行ってやるよ! てめぇのふざけた面をお見舞いによ!
なーにがコクリアだ! んな卑怯な攻撃食らったところで屁でもねぇくらい強くなってやるわ! オレとヨハネさんの連携ナメんなぁ!」
言いながら、手どころか足まで使ってどかっとノーツを蹴り返す。もうなりふり構わない、いつものサキにはあるまじき蛮行。
……どうしよう。サキが酔っ払いのチンピラみたいになってしまった。
これ、なんか植能使ってる? でも、コルニアにもウームにもエリスの植能にも、こんな力ないはずだけど。今憤怒の審判中じゃないよね?
あまりの怒りの剣幕に、技を出すSOATトレーナー人形くんが、ひっと悲鳴を上げて引いていた。なんかごめん。
それでも、さすがに最後までミスなしとはいかなかったみたいで、サキはぜえぜえ言いながら、悔しそうにフィールドをゴロゴロ暴れ回っていたけど……得点板を見たボクは、ぽかんとしてしまった。
残りミス3。ほぼ0に近いじゃないか。
この「殺すほどではないが憎くてたまらない」怒りのパワーで、サキは上手くコツを会得してしまったらしく、残りミスが1になってもなお悔しがって暴れているところで、ボクは耐えかねてサキの肩にぽんと手を置いた。これ以上ブチ切れて血管が切れちゃったりしたら困る。
「サキ、わかったから。そこまで言うなら、ボクとあんたで、ナラハシくんを倒そう」
「えっ」
ボクの口からその言葉が出たことが、あまりに意外だったのか、サキは一瞬でしーんとなった。
酔っていたのではない証拠に、とたんに慌てておずおずと、気弱な顔になる。
「で、ででででも、ナラハシさんはヨハネさんの大事な人でしょ。尊敬してるって言ってたし、私が好き勝手感情をぶつけてるだけで、ヨハネさんがそんなことする相手じゃ」
「ヤキモチ焼きのあんたが言うんだから、今回は別。……けど、あくまでそういう想定で、ね? 実際にナラハシくんとやり合うと、あのコクリアはマジでキツいから。まずは、ここでトレーナーを倒せるようになろう。ね」
自分の所業と暴言を恥じるように、こっくりと頷いたサキを前にしてほっとしながら、ボクは心の中だけでナラハシくんに合掌した。
ごめんナラハシくん。あんたは一ミリも悪くないけど、可愛い彼女のワガママには逆らえない。
ボクの今の一番は、ムラサキだから。彼女があんたに猛烈にヤキモチを焼くというなら、ボクは彼女に味方するしかない。あんたが嫌いとかそういうわけじゃないから、許してくれ。
(よし、合掌終わり)
ここからは本気で行く。
ボクはコルニアを発動させて、流星のように尾を引く敵の銃撃の、焦点を狂わせる。
もはやこちらがついて行くのも大変になってしまったサキの動きと方向指示を見て、こっちは笑いが漏れてしまった。
まったく、お姫様の仰せのままに、だ。ボクの体力値なんかまったく考慮せずに、引き摺り回すようにドラッグノーツを動かすサキを見て、ああ、本当に勝ちたいんだなぁ……と思った。
「よく考えたら、ナラハシさんとヨハネさんだけじゃなくてムカつく! 今までの人生全部!
私の友達を盗ろうとする奴とか! 何の他意もないんだろうけど、楽しそうにあの子とくっちゃべっちゃってる奴とか! 私の方がずっと好きなのに、なんか知らないけど私よりずっと強くて才能もあって、傍にいられる人とか! 」
スラッシュの一撃で敵を屠ったサキが、口を動かしたまま次々背後で攻撃を防ぐ。
その動きに、迷いは一切ない。
「ずっっと他の子にべったりで全然帰って来ない愛理さんとか!
そいでもって狭量すぎる自分とか!!!
もーー全部ムカつく! なんなの! 別に分かってんだけどさぁ! 誰も悪くなくて私が悔しいだけだって! でも、」
「サキ、ストップストップ! あんま言うと個人情報だから!!!」
いや、ほんとに。いくら創作世界だからって、具体的な人名が出るのは避けたい。
さすがに慌てたけど、その頃にはもう難所を抜けていて、ボク達は顔を見合わせたまま、一気にラストスパートに突入した。
サビの前に敵が錯乱しようと仕掛けてくる激しい回転のせいで、周囲が明滅して、ボクらは互いのことを見失わないようにしっかりと手を繋ぎ合う。
ボクが攻撃を弾く傍で、サキがメロディーライン通りに、あらゆる方向へ光線の連射とスラッシュの蹴り出しを繰り返す。それが終わったら、役割交代。ステップを踏むみたいに、冷静に、だけど情熱的に。
最初はボクが引っ張ろうと躍起になっていたのに、いつの間にかサキに引っ張られる形になっていた。女神は女神でも、今は戦場を駆ける女神って感じ。
(ボクが攻略したくてこの曲選んだはずなのに、なんか最終的にムラサキの鬱憤晴らしに付き合ってるみたいになったような……)
そんなことを思って笑ってしまったボクが、勢いのまま最後のノーツをゴールテープ代わりに切って、ボク達はようやくフルコンボを達成したのだった。
*****
「だいぶ、品性を疑われることを言ってしまっていたような」
「言ってたよ」
「ううううう」
休憩用のベンチに戻ったサキが、小さくなってごめんなさいと肩を縮める。
本当に、我に帰るととんでもない猫の被りようだ。いくらしおらしくしていても、ボクはもう全部聞いてしまった。
呆れながら、ボクは掌をムラサキの頭に載せる。
「まったく。あんたがこんなに嫉妬の鬼だったなんて」
「とっくに知ってるでしょお……?」
「知ってるけど、まさかこんな、日常的に四方八方に、ありとあらゆる人材に対して嫉妬を向けてるとはね」
「お願いいいい嫌いにならないでよおおお」
泣きつく彼女を、半目で眺めるボク。
まったく、これじゃミライ隊長もびっくりだ。
でも……。
「? どうかした?」
「いや、なんでも」
頬が赤くなってないことを祈りながら、ボクはふいっと顔を逸らした。
正直、嫉妬する恋人なんて見苦しいし面倒なだけだと思っていたけど、実際自分がされてみると、なんていうか、案外悪いもんじゃない。
だって、ニヤニヤしたくならない?
この子って、こんなにボクのこと好きなんだなぁ、って。
どうしよう。今ちょっと、バトルの高揚感とはまた別の、陳腐で甘ったるい感情で、胸が爆発しそうだ。まともに顔を見られたら、えらいことになってるかもしれない。
「ね、ねえ、何? どうしたの?」
覗き込もうとする彼女から必死で身を躱して逃げていると、怒っていると勘違いしたのか、ムラサキは余計に気にして、ボクのことを見つめてくる。
ようやく頬の熱が引いてちらりと目を合わせると、彼女は揺れる瞳を潤ませていた。
相手のことを試したい、とかそんなことは露にも思わないけれど、こんな風に不安そうにボクを見上げてくるところを見ると、こんな顔をもっと見たい、なんて思ってしまう。
ボクだけに見せてくれる、必死で取り繕わない顔を。
「ねえ、ヨハネさん……」
「あんたはさ」
「え?」
「あんたは、本っ当に、ナラハシくんのこと、あんたと同じようにボクが愛してると思ってるわけ?」
こんな風に、情熱的なキスをしても?
舌が逃げる暇も、言葉を発する暇もない、熱い熱いキスを交わすような相手だと、本当に思ってるの?
黙ったままでたっぷり唇を食んで、腰が抜けた彼女にそう問い掛けると、蚊の鳴くような声でいいえの答えが返ってきた。
「好きだよ」
「っ……」
「ナラハシくんのことも、他のみんなのことも、同じように大切で好きだけど。
けどあんたのことは、もうどうしようもないぐらい好き」
まったく、これで心配になるなんて、どうかしてる。
取るに足らないことで嫉妬を滾らせる彼女も、そんな彼女を可愛く思うボクも。
恋をすると、世界はイカれた奴ばっかりなのかもしれない。
ナラハシさんには申し訳ないので後でダイヤで買います(byムラサキ)
エッセイだから、戦闘に際する謎の設定が色々とつきましたね←
「プレイヤー」力とか…
本編にも輸入するかはちょっと考え中!