オリキャラありの作者×ヨハネさんの夢小説。
今回は特に作者の願望多め。
けれど、とっても好きな話になりました。
しぶ→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15489390
「おい、もう一週間だぞ。どういうつもりなんだ」
「あはは、ごめんごめん。君に何の説明もしてなかったし、連絡するのが遅くなっちゃったね」
メロからスマホを受け取って、背を向けるなり開口一番小声で怒鳴りつけたボクに、アイリは緊張感もなくのほほんとした声を返した。
ちらっと背後を振り向けば、既に布団に入ったメロが、ちび達と話しながら寝かしつけている。
あんまり会話が聞こえないように、さりげなく寝室を離れたボクは、薄暗い廊下の壁に寄り掛かったままスマホを手に、苛々と眉を吊り上げた。
「で? ボクに代われってことは、何かろくでもないニュースなんだろ、どうせ」
「ろくでもないって……いや、まぁ、ボクは無事だからそういうわけでもないけど、察しが早くて助かるよ」
いつもあいつにべったりのアイリが、わざわざボク一人と話したいなんて、世間話でもなければあいつに聞かせたくない話に決まってる。
なんなんだよ、もう。ボクを巻き込まないで欲しい。
思わずため息をついて肩を落としたボクに構わず、アイリは続けた。
「用件自体は、さっきメロにも言ったことと同じなんだけど……しばらく留守にするから、その間にメロとちび達のことを、よろしく頼めないかなって」
「そりゃ別にいいけど……どのくらい」
「う~ん……あんまりいつまでとは言えないんだけど、とりあえず一ヶ月か二ヶ月か……長ければ夏の間中くらい?」
「はァ!? ふざけんじゃないよッ! あんなねんねみたいな奴らの面倒を一ヶ月以上もボク一人で見ろって!?」
いつものクセで思わずキンキン声で怒鳴ってしまってから、ばつが悪くなって周りを憚ったボク。
いくら住人に聞こえないとはいえ、まあまあ気まずい。
もう一度声を潜めてから、スマホに向き直った。
「なんでまたそんなに長期……仕事忙しいとか?」
「ま、それはほどほどって感じなんだけど。急にふらっと一人になってみたくなることってあるじゃないか。ここしばらく旅行にも行けてなかったし、たまには一人で旅して見聞を広めるのも、悪くないかと思ってね」
「……このクソみたいなウイルスが流行ってるご時世に……???」
何言ってんだこいつみたいなボクの語調を察したのか、アイリが電話の向こうで苦笑する雰囲気が伝わってきた。
「大丈夫、概念としての僕はウイルス関係ないから罹らないし」
「いやそういう問題じゃなくてさ。何、急に……なんか変なこと考えてない?」
「君もメロも、ほんっと同じこと考えるよなぁ……そんなに僕って自殺か失踪でもすると思われてるわけ? 言ったじゃん、最後にはちゃんと帰るって」
んなこと言ったって、アイリは前例起こし過ぎなんだけど。
一番メロに愛されてるくせに、情緒不安定ナンバーワンじゃない?
なんとなく疑い深い視線をスマホに投げ掛け続けていたら、観念したように、やがてアイリがぽつりと口を割った。
「僕もメロもね、飽きっぽいんだ。飽き性なんだよ。ずっと同じ場所に留まれない。どんなに満ち満ちていても、日常の繰り返しを送れない。……そういう奴なんだ」
突然の転換に、眉根を寄せたまま目を瞬いてボクは考える。
停滞。足踏み。
この時代の人達が、特に今は、誰もが好きでそういう生活を送ってるわけじゃないことぐらい、ボクだって知ってる。
けど……その中でもメロは、いつも大きい幸せを見つけてるんじゃないのか。それを分け合えたあんただって、嬉しそうな顔してたじゃないか。
些かの怪訝さを覚えて、ボクは柄でもない言い回しを使いながら、ごにょごにょ小声で呼び掛ける。
「日々の生活が平穏だったとしても、あんたの日常に何の大きな変化が訪れなかったとしても、あいつはいつもあんたのことを想ってる……だろ」
「それは分かってるよ。もちろんいい事だ。ただ……疼くのさ。どうしようもなく、ここがね。どこか遠くに飛び立ちたくて、うずうずしてる。その気持ちって、もう本能なのかな。誰といても、最後はどうしても止められないんだよ」
どこかふうっと、遠くに意識を飛ばしているようなアイリの言葉だった。
なんとなく、嫌な予感がして、握り締めた掌に汗が滲んだ。
なんで――ただの定期連絡なのに、家を空けて心配掛けたことを詫びるだけの電話なのに、どうしてこんなにも嫌な感じがする?
「正直なところを言うとね……」
瞬きをする間、躊躇うような間を置いたアイリが唐突に口にしたのは、信じられないような言葉だった。
「……いくら待っていても物語が進まないんじゃあ、僕がいてももう意味ないかなって思うんだ」
「ッ!!! あんたが! あんたがそれ言うのか!? あいつがっ、メロが、どんな思いで生きてきたのかを、一番知ってるのはあんただろッ!? それをなんで……っ、どうして今……!」
愕然とし過ぎて、狼狽で、降った言葉がじれったいほど口から出て来なくなった。
これが本当に、あのアイリの言うことなのか?
誰よりも、あいつの幸せを願っていた人間が、言えることか?
「バカ言ってんじゃないよ。『いくら待っても』って、そんな幾許かも経ってないクセに何言って……慌ててるわけじゃないんだろ。期限なんてないんだろ。なんで急に、そんなこと言い出したんだよ」
「や、不意にね。期限がないからこそ、というか。それこそ、あの子は僕らの『この先』をもう書かないんじゃないかって、漠然と思って」
「そんな訳ないだろ!? あんな……あんな、あんたのために指輪まで買ってさ。ずっと一緒にいるって、誓いまで立ててんだぞ。それなのに――」
「いくら肌身離さず持ってるったって、モノはモノだよ。何年間か毎日していたものを、急に外して置くようになったからって、世界の流れが変わったり、何かが変わるような事はないんだからさ」
噛んでいたギザギザの爪の先が、指の肉に突き刺さった。
聞いたことが信じられなくて、とても信じたくなくて――頭がぐらぐらする。
ああ、そうさ、これはボクの問題じゃない。アイリとあいつが勝手に悶着起こしてればいい話だよね。でも――
これを直接聞いたら、あいつはどれほど傷付くだろう。きっと今のボクも、なぜだがあいつと同じくらい痛みを負っている。そう思っているボクの心を見透かすみたいに、アイリは電話口でくすりと笑った。
「……メロのためにあんたが悪役《ヒール》になろうとか、そういう魂胆じゃないよね」
「やだなぁ、そこまで小難しいことは考えてない。僕は君ほど、頭がいい人間じゃないからね」
「ボクだって、別によくはないけれど」
思わず、鼻で笑ってしまった。
本当に頭がよかったら、もっといい術を考える。
考えろ。考えろ。こんな不毛な会話じゃなく、なんとか――なんとかしなくちゃ。なんとか、繋ぎ止める方法を。
「そもそも、あいつがあんたのこと飽きたって言ったのか? そうじゃないだろ。何勝手にいなくなろうとしてんだよ」
「口でどれだけ大事だって言ってもね。なんていうか、分かるんだよ。別に、僕だってメロに飽きられたって思ってるわけじゃない。嫌われたとも思ってない。気持ちは変わらないよ。愛されてるのも知ってる。ただ、僕が……」
はぁ、と小さくアイリは息を吐いたけれど、その先は続かなかった。
「君は知らないかもしれないけど、メロにもそういう部分がある。僕の思う以上に、メロって薄情で、強欲なんだよ。僕と同じなんだ。心にケリさえつけば、どんなに大事なものでも、いくらでも平気で捨てる覚悟が出来る」
「……だから?」
そんな質問、何の意味も持たないとばかりに、言ってしまった。
電話の向こうの時が、きょとんとしたように数刻止まる。
これが言い募るチャンスとばかりに、気が付いたらボクはぶちまけていた。
「それで? もし相手が最低のクソ野郎でしたって分かったところで、それを理由にポイッと相手を捨てられるほど、あんたはあいつのことどうでもいいってのか。
ボクだったら仲間ですら見捨てることはできない。絶対に見捨てない。どうしようもなかろうがうんざりしようが、傍なんか離れない。ましてや恋人以上に大事で大切な存在なんだろ? 一個や二個欠点があったら終わりなのか? あんたの名前に冠してる愛って、その程度のもんなのかよ」
一気に言い終えた時には、軽く息が切れていた。
怒ってた。震えていた。
自分の心臓が、こんなに熱く震えるのだということを、久しぶりに知った気がする。
沈黙して聞いていたアイリは、不意に耐えかねたようにして、電話の向こうで笑い出した。涙の滲む顔が、向こうに見えるようだ。
「あははっ……! ヨハネ……やっぱ君、最高だなぁ。ほんと、君メロの伴侶にふさわしいよ」
自分だって伴侶を豪語していたくせに。
そう憤るボクが口を開く前に、アイリが先手を切っていた。
「あーあ……君が名実ともに、うちの『家族』になってくれたらなぁ」
「あ……」
溜め息を零しながら漏らされた言葉に、目の前の現実が浮かび上がる。
ボクは――いくらこっちで自由に生きていても、帰る場所はセブンスコードの中で、あっちの世界にある仮想現実とリアルを往復して生きてきた、別次元の人間に過ぎない。
ボクにとってはここが十分家族だし、そう扱ってもらってるけど――でも、アイリが〝名実ともに〟って言うからには、多分そういうことだろう。
「二次創作」という概念を逸することは、ボクには出来ない。どんなに愛してもらっても、この体は、メロのものじゃない。
「ボクに……ボクが、あんたたちの世界の人間として、生まれ変われたら。完全に、メロが創った概念として生まれられたら。……そういうことだよね」
フィクションとかで見た事あるけど、アメリカには証人保護プログラムっていうのがある。
裁判で証言した人が、犯人に命を狙われないように、名前はもちろん、経歴やパスポートや免許証まで変えて、完全な別人になる制度だけど、ボクにとっては、それと同じようなものだよね。
二次創作として扱われているボクが、彼女の……メロにとっての一次創作の住人になるということは、多分そういうことだ。
括弧付きではない、メロの中から生まれてメロの中に生きる、存在になるということ。
「まさか、あんたの口から今この手の話が出るなんてね」
「いや。僕もメロも、それからみんなも、ヨハネのことを軽んじてるわけじゃないんだよ。おんなじくらい、大切に扱ってる。これ以上なくね。
君は君として生まれたから、僕らと出逢って、大切な存在になった。
ただ……君に付与されてる一次的な概念が、メロではない原作にある時点で、どうしても君に、度を越した好き勝手をさせるわけにはいかないだろ? 永遠を望むにも、同じ世界を生きるにも、理由が要る。
それなしに、誰に文句を言わせることもなく、君が問答無用でメロの傍にいる権利を得られたら……僕が安心するだろうなって、勝手にそう思っただけなんだ」
考える必要もないと思っていたことが、ふと頭の中に翻った瞬間だった。
アイリは――本気でボクなんかに、メロを託したいと思ってるのか?
帰って来ると言ってるとはいえ、その時はボクがメロの傍にもアイリ達の傍にも、何に気兼ねしたり社会的な人目を気にしたりすることもなく、唯一無二の存在として在って欲しいと――そう望んでくれていると、いうことなんだろうか?
「……ごめん。今のは君に対して失礼な妄言だったね。忘れてくれ」
ボクの沈黙を気分を害したと受け取ったのか、アイリが早々に話を畳んだけれど、そうじゃなかった。
ボクは、迷っていた。
今のままで居られたら――そもそも今のボクじゃなくなってしまったら、ボクがボクとして愛されることなんて、なくなってしまう。
結構、このスタイルも声も、気に入ってはいるんだよね。
けれど、ボクをボクたらしめる属性が、彼女が「表現者としてボクを外に出したい」と欲求を抱いた時に、制約を被ってしまうことはたしかだ。
不可侵の領域――そこに、ボクは辿り着けない。
色んな人に、色んな世界に顔が知られている以上、彼女にとってのボクはいつだって、「侵される」可能性と隣り合わせなんだ。
誰かの争いによって醜く歪められることも、彼女の本意としない方向性に進むことも、ボクという存在そのものが、消えてしまうことだって――
「ボクが……あんたの不在を守れるように、あんたがいない間、ボクがもっと確固とした存在を築くようになれって、そう言いたいのか」
「いやいや、だからそこまで頭回んないって」
「あんたの考えてることは時々読めないんだよ。まるで、ボクとメロを二人にするために、わざとあんたが姿を消したみたいじゃない?」
「うーん、それはある意味では正しい、けど……別にそうなることを意図してたつもりはないし。僕だってメロのこと放っとくつもりはないし。ヨハネって想像力豊かだよね」
「いやボクは目の前で見えてることしか信じないから。だから、あんたみたいに遠回しな野郎を相手してるとイライラして仕方ないんだよね。さっさと戻って来てよ」
嫌味を含ませて言うと、アイリはまた電話の向こうで小さく肩を揺するようにして笑った。
……この儚げな笑い方にもイライラする。もっと、いつもみたいに豪快に笑えよ。ボクがうるさいって怒鳴り返すぐらい。
「帰るよ、うん。いつか、ちゃんと帰る」
ふう、と遠くで吐息の掛かる音がして、アイリの声が続く。
「なんていうか、少しの間、このままでいたいだけで……ほんとにわからない。僕は……僕は、僕がわからないんだ」
謎めいた言葉を残して、電話が切れた。
わからないのはこっちの方だとキレそうになりながら、いつの間にかちび達と一緒に眠りこけていた彼女の隣に、そっと潜り込んだ。
華奢な背中。ちびもメロも、ちゃんと息をしてるし、ちゃんとボクには見える。コルニアを通して見ても……やっぱり同じ。こんな当たり前のことが、アイリにとっては今、そんなに捉え所なく苦しいことに感じられるんだろうか。
しばらくその様子を眺めてから、肩先に手を伸ばし、いつもするみたいに背中から抱き締めると、パジャマ越しにふわりと香りが漂った。あいつを忘れないように、メロが付けてる、あいつの香水の香り。
「あの、さ」
「うん……?」
思わず呟いたけど、まさか起きていると思わなかったから、マジでびっくりした。既に半分眠りの中にいるメロに、この動揺は伝わってないらしい。
「んん……どうしたの……?」
「……あのさ。もし」
紡ぎかけた言葉が、途中で止まる。
もしボクが、生まれ変わって何の制約もなくあんたの傍に居たいって願ったら、あんたはどう思う?
もしもの話だ。先も具体的な展望も何も見えない。
けれどボクが――櫟夜翰としての人生故のアイデンティティを背負って来たボクが、似通ったものになるとはいえそれを捨てて、全く新しい自分になった時、その「ボク」は本当にあんたに愛してもらえるのだろうか。
そして――新しい「ボク」が生まれたら、今のこの「夜翰」は、あんたにとってどうでもいい存在になってしまうんじゃないのか。
「……いや。なんでもない」
そう思ったら込み上げた怯えと執着が、抱き締める腕の力を強くさせた。
あんたさえ居なくならなければ、それでいいと思ってた。
けれど、それだけの願いを叶えるために――この力は、本当に不足などないと言い張れるだろうか。
あんたと「その先」を生きるために。いや、続いていくことだけが物語ではないけれど、あんたがもし望んでくれたら、そしてボク自身が望むのならば――ボクは、このままでいちゃいけないのかもしれない。
こんな矛盾と苛立ちで裂かれそうな夜は、久しぶりだった。
今の自分のまま、あんたに愛されてたい。あんたに愛されるために、完全無欠の《一次創作の》存在になりたい。
終着点は同じはずなのに、ボクらの目の前には、ひどく大きな壁が、立ち塞がっていたんだ。
次の日の朝、リビングに起きていくと、メロは朝の洗濯を終えてもう着替えているところだった。
モノトーンは珍しいけれど、どこか南国を感じさせる植物柄の黒いワンピースが、白いシャツとレギンスにくっきりと対比を作って綺麗だった。それに合わせてか、ハーフアップの髪留めも落ち着いた茶色にしてある。
どうやら前髪が伸びてきたみたいだが、切るのが面倒くさいのか、これまた珍しく猫のピンで留めている。おでこを出すのは嫌いって言ってたクセに、よほど前髪が邪魔だったらしい。
耳元に浮かぶ月みたいなイヤリングも、たしかボクではない「誰か」の概念だったはず。
「洋装はこっちじゃ見慣れたつもりだったけど、なんか今日は珍しい格好だね」
「あ、そう? このワンピース、久しぶりに出したんだ。たまには着てみたくなってね。薄手だから生足にはちょっと寒いけど、気に入ってるんだよ。レギンスに合わせてみても、まあまあいけるね」
ヨハネにも貸してあげる、と言いながら、お茶を淹れてスカートで円を描いた彼女が振り返った。
……別にいいけど、それあんたが着るからワンピースになるだけで、本当はチュニックだったんじゃないだろうか。透けそうなぐらい薄いし、多分背の高い人が下にTシャツか水着着るのを前提に作られてるデザインだと思う。
あんたみたいなちんちくりんがよく着こなせるね、と口には出さずに感心しながら、座卓の隣に腰を下ろした。
雨予報が当たらない最近は、午前中も天気がいい。よく日が入る窓の前でお茶をすすった彼女が問い掛ける。
「昨日は珍しく随分と長電話だったね。愛理、元気だった?」
「え? ああ、……うん」
まさか、本当のことなんて言えるはずない。
それとも、メロはもしかして、全部知っているのだろうか。この世界が「物語」なのだとしたら。
思わず複雑な気持ちで俯くと、パソコンから顔を上げて、しばらくぼくをじーっと見たメロは、優しい顔でボクの頭に手を伸ばした。
……撫でられてる。ボクがあんたを励ますとかしなきゃいけないんだろ。なんでボクの方が慰められてるんだ。
「やっぱりね……どうせ何か抱えてたんでしょ」
「わかるの?」
「愛理が『大丈夫』って言う時、だいたい大丈夫じゃないからね。あんまりそれ言うと、僕の言葉を信用してくれないとかでまた拗ねるんだけど、愛してる人の言葉なんて大概信用できないものだよ。大好きであるが故の、互いへの疑いっていうか……向こうもそんな感じじゃないのかな」
呆れたように微笑む顔は、メロ自身にも向けられているように見える。
ボクには、感情の機微ってあんまりわからない。恋ってした事がないから。
そのせいでアイリにも笑われてるような気がするけど……どうしてアイリは、ボクにあんたを託そうなんて思ったんだろう。
「ねえ。愛理、帰って来るよね。帰って来るんだよね」
「……」
それは、いくらボクと同じ布団に寄り添っていても、必ずあんたが最後には聞いてくる言葉。
あの電話の後じゃ、この質問に、答えられなくなってしまった。
ふと思う。嘘を吐け。得意分野じゃないか。イカサマ師のボクには、これ以上なく簡単なことだろう。
そう言い聞かせても、わずかに揺れる瞳を見たら、返事が出来なかった。答えられない。馬鹿正直な反応があんたを傷付けるくらいなら、いくらでも嘘を吐けばいいなんてこと、分かり切ってるのに。
「……そっか」
言葉に詰まったボクを見て、前を向いたあんたの瞳が、これ以上なく切なげに染まりながら滲んだけれど――泣いてはいなかった。
泣いてもいい、とも言えなかった。あんたが泣いたら、本当のことになってしまいそうで。
帰って来ると信じているから、泣かないんだな、と思った。
ティッシュで鼻をかみながら、あんたが言う。
「やれやれ……でも、あんまり心配はしてないんだよ。あの子が帰って来ないなんて、あり得ないことだってわかってるから」
「つらく、ないの」
「つらいよ、それはね。でも、一日中そのことばっか考えててもしょうがないし……なんかこう、愛理なりに考えてることがあるのかなと思って。私が中国語の勉強で忙しくしてるのも、それで作品が書けなくて気に病んでるのも、多分知ってるからさ」
私自身が気力に充実してないんだよね……と膝を抱えた彼女は、確かに疲れているようだった。動けないほどではないけど、いつも何かに追い詰められて……けれど彼女自身が選んで迷ってきたことでもあるから、ボクもアイリも何も言えなかったことを思い出す。
もしかして、アイリはただ単に、彼女の苦しむ姿を見ていたくなくなって、逃げ出しただけじゃないだろうか。
昨日は辿り着かなかった解答に、一晩寝た頭ではすんなり辿り着いた。合っているかは分からないけど。
メロの考えは、少し違っていたらしい。
「気を遣ってくれてる……のかもしれないよね、と思って。ほら、今までこういう時ずっと愛理と一緒だったけど……我儘し放題のスズと、しっかり物事を分析できて甘えられるヨハネがいた方が、自分が押し込めちゃってる無意識の欲求には、目が行きやすくなるでしょ。
私が心で悲鳴を上げてるの知ってるから、わざとそういう采配にしてくれてるのかな……と思ってるんだけど」
たしかに。ボクはともかく、スズは甘やかし上手だよね。
あの子自身が、常人では考えられないくらい我儘だ。
あの我儘に振り回されているうちに、他のことは大体どうでもよくなってしまう。あの子の我儘を聞いてる過程で、自分にも知らず知らずのうちに贅沢を許せる。
それを計算のうちに動いているんだとしたら、スズも愛理も、本当に大したものだ。
「……でもあの子の事だから、変なところで真面目さを発揮して『狼少年になるのは申し訳ないから』って言いながら本当に居なくなりそうで怖い。帰って来るための嘘なら、いくらでも作ってもらって構わないのにさ」
「あいつ……帰って来たら絶対殴る……」
殴れるようになりたい。
そう思った時、ふと昨晩の会話が頭を過った。それと同じタイミングで、メロが思い出したように口を開く。
「そういえば、昨日の夜何か言おうとしてなかった? 途中で言い掛けてやめちゃったけど」
「あれは……」
眠かっただけだから今聞くよ、と向き直った彼女に、ボクは躊躇った。
名実共に「家族」になる。それは、生まれ変わりを賭ける、ということ。
言ったら、本当に取り返しのつかない事にならないかな。どっちの意味でも。
「……」
「……。なぁに、ヨハネさんまで隠し事? もう勘弁してよ、一人で充分間に合ってるんだからさぁ~」
「いや、違……っ! そういう事じゃなくて!」
肘をついてからかいがちに苦笑する彼女を見ながら、いったいこうやって笑顔を浮かべられるようになるまでに、どれほどの痛みと疑念をその内に隠してきたのだろう、と思った。
愛しているから、疑うことしかできない。
そんな風に、悲しい言葉を彼女にはもう言わせたくなかった。
ボクだって似たような人間だけれど、そうやって色んな人を傷付けたり、欺いたりしてきたけれど。
それは、彼女がこれ以上傷付いてもいい理由にはならない。
――救《たす》けたい。
そんな思いが、唐突に胸の内を貫いた。
アンフェアでいい。欲望のままに貫いたとしても、いっそこの手を届く場所すべてに、伸ばしてしまいたい。
そう思ったボクは、ひとつ息を吸った。
たとえ今すぐに変わる先が見えなくても、決断が下せなくても、この悩みごと、あんたは多分受け止められる人だ。傍で力強く頷いて、歩んでくれる相手だ。きっと、自分だって同じように悩んできたから。
だったら、もう隠し立てすることはしない。
アイリがいようといまいと、ボクだけは傍でまっすぐに真実と向き合ってみせる。
作者と創作物って、心で繋がってるんだったよね。
だとしたら、ボクがこう意図することすら、あんたの思い描く願いや理想と、脚本の上なのかな。
だったらきっと、この世界に神様なんて、いやしないんだろうな。
なんて、そんな事を思ったら、不意におかしくて笑いが込み上げてきたもんだから、きょとんとするあんたを、ボクはますます不思議がらせてしまった。