しぶでは書きましたが、愛理さんは既に帰宅しております!
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夏。
こっちの世界の夏は、ムシムシと暑い。バーチャルの世界とは、比べ物にならないくらい。
まあ、そもそも人間にとって快適な気温に維持されているセブンスコードの中じゃ、四季なんて起こりようもないけれど。
ホメオスタシスって聞いた事あるでしょ? 人間の体は、常に一定の温度を保つようにできてるんだ。体内を模したあの街も、同じ構造だからね。
まぁ、それはそれとして。
年中この格好でも問題ないボクとは違って、こっちの人たちは当然、薄着になる。
バーチャルならともかく、さすがにリアルでの暑さには、メロも着物姿に耐えかねたらしくって、薄っぺらな洋服のことが多い。
……が、それには多少問題点がある。
ぼくはちらりと、隣で慌ただしく掃除機や箒を手に駆け回る彼女を眺めやった。
ただでさえ小柄で華奢な彼女のこと、着ている洋服も、当然ながらぶかぶかだ。
いや、別に体格や外見がどうであろうと、体にちゃんと合う服ならなんだっていいと思うよ。ボクみたいに。
彼女の場合、なんというか……そう、服がでかすぎる。
「いやぁ、晴れてきて助かった~。梅雨時なのにほんとラッキーだったね! 室内干し覚悟しながら回したのに、洗濯機動かした後に太陽出て来るって奇跡じゃない!?」
とびっきりの幸運だというように、満面笑顔でベランダの引き戸に体を滑り込ませる彼女の肩から、襟ぐりの広いTシャツが、思いっきりずれ落ちていた。
鎖骨とブラの紐が丸見えになるくらい。
「~~~~ッッ!」
「え? あぁ、ありがとー」
慌てて直してやっても、この始末。
家の中ならまだしも、この格好で外に出歩くもんだから、気が気じゃない。
ボクがどれだけ気を砕いてやってんのか、わかってるのかな。
この間、前かがみになったら胸元が見えそうなほどぺらっぺらの服で買い物に行った時に、歩きながら「あ、これ結構下着の下のブラ透けちゃうな……」とか言うもんだから、ボクが慌ててカーディガン持って来てやって、帰るまで監視する羽目になるし。
しかも、その服貸したのがアイリだっていうから、後から問い詰めたら「え? だってメロにも似合うだろ? 僕も気に入ってるんだよね、あれ」とか普通に言うし。
まったく始末に負えない。
ホント、なんでこの二人は、こんなに服装に無頓着なんだろう。
こんなに気を揉んでるのはボクだけなの?
いくら田舎とはいえ、メロをそういう邪な目で見る犯罪者っぽい人間が、まったくいないとも言えないと思うんだけど。
今日の服。友達にもらったって言ってた、お下がりの白いTシャツ。下はやっぱり、ゆるゆるだぼだぼの、紺色のストライプのパンツ。
いいセンスだけど、やっぱり背中が結構開いてる。
前から見たら、鎖骨を彩る紺色の下着のレースが、むしろ最初からそうだったくらいしっくり合って綺麗に見えるものの、本当にこのままにしといていいものだろうか。
だって、一応あれブラジャーの一部だよ? 見てる人には、そんなのわかんないだろうけど。
だいたい、なんでボクが、ボク以外のことをこんなに心配しなきゃならないのさ。なんか腹立って来た。
いっそ、もっと目立たないキャミソールにするとか。肩紐が太くて、下着には見えないぐらいの……うん。それならいい。
……でも、これはこれで、組み合わせがちょっとダサい気がする。けど、似合うようにしようと思えば、その分肌の露出は増えるわけで……
ああ、くそ、悩ましい。
「あのー……ヨハネさん、さっきから何そんな呻ってるの? 難しい顔で」
「っ、わっ!」
いつの間にか、座卓についたメロが目の前に心配そうな顔を寄せていた。
家事は終わったらしい。
ひらひらと目の前で手を振ってから、ボクがこっちを見たことに安心した顔をすると、ごそごそ紙とペンを取り出した。
「今日七夕だよ。ヨハネさんも何か書く? 笹はないけど」
吊るすものがないけど、書くだけタダってことらしい。
切った折り紙を渡されて、だからボクは、咄嗟に目の前のペン立てから取り出したペンで、その場で思いついた事を書き付けていた。
仏頂面のボクからぺらっと紙を受け取ったメロが、声を上げる。
「うわ、ヨハネさん意外と字きれー……じゃなくてえぇ! 何これー!?」
『メロがだらしないカッコを止めますように』
べらべらと音がしそうなほど紙を振りながら、メロはぷんぷん膨れていた。……全然怒ってるようには見えないけど。
「私がいつどこでだらしない恰好を……っしてるか! しょっちゅうしてるか! 風呂上がりとか! でも許してよ! 暑いんだもん!」
「そのぐらいは目ぇつぶるけど! そういうことじゃないだろッ!」
「え? じゃあどーいうこと?」
「自分の格好に聞いてみたら!?」
「ええっ嘘! 今日の服そんなに変!? ってかいつもそんな変なの!? うう、そりゃヨハネさんのセンスに比べたらアレかもしれないけど……」
メロがしょげそうになる前に、一応はきちんと説明しておくことにして、ボクは溜め息をつきながら口を開く。
「あのさあ、そんな胸元スケスケの服じゃなくて、もっと襟がしっかりしたやつとか、ジャストサイズのやつにしてよ」
「……ショートパンツ?」
「それはそれで問題がある」
「えー……でもさぁ、ワイシャツだと首絞まっちゃうし、ぴったりの服はラインが強調されるからヤダよ。ヨハネさんみたいにスタイルいいならともかく」
「あんたの服は、大概全部ダボダボだろ……」
「サイズが小さいよりは、こっちの方がいいの。私、楽な服が好きだから。楽で、お洒落な奴がいいな」
微笑んでみせるメロの顔を見た。
そういえば……着物だって、腰が締めてある以外は、袖も足元も、風通しがいいと言って遜色ないかもしれない。
似てないように見えて、そういう部分にメロの服の好みは共通しているんだな。
「それに、愛理だって結構ラフな服装してるじゃん? 私がダメってことはないでしょ」
「うぐ……そう、だけど……」
アイリは、あんたほどなで肩じゃない。
とも言えず、思わず口ごもったボクに、メロは別の短冊を渡す。
「別にこれでもいーけど……即物的なやつじゃなくて、もっと願い事ないの。こう、ロマンチックな感じの」
「じゃあ」
もう一枚、今度は違う色の紙に、サラサラ書いて渡してやった。
『夏が終わるまでに、せいぜいメロがまともな格好の時しか出掛けませんように』
「もーーーーっ! なんでこんなイジワルばっかりするの!?」
「ちゃんとあんたの幸せを願ってやってるだろ!」
「ちがーうっ! そうだけど、なんかそうじゃない!」
子供のようにバタバタ暴れるメロの傍を、アイリが丁度通りかかって、呆れた目で僕達を見下ろしていた。
「相変わらず、仲いいねえ君達……」
「あ……愛理は? 愛理は短冊何か書く?」
「ん? そりゃあまあ、僕の願いはもう決まって……」
そう言って、何気なくボクの短冊を取り上げたアイリは。
しげしげと丸い目で見つめた後に、ぷっと噴き出した。
「あ、愛理さんまで笑う! 私の服のセンスってそんなに酷いの!?」
「いやぁ、随分愛されてるね? と思って」
「むぅ……愛されてるってのはわかるけど、こういうのって普通、ずっと一緒にいれますようにとか、もっとこう……」
「メロって、そういうとこ意外と鈍感だよなぁ」
肩をすくめて短冊を返しながら、台所に向かうアイリが、振り返って肩越しに楽し気に笑う。
「それって、『ボク以外の人の前でセクシーな格好見せないで』ってことだろ。下手な願い事よりも、よっぽど愛に溢れてると思うけど?」
わざわざ、ボクが込めてもいない願いまでご丁寧に解説したアイリは、すたすたとお茶を淹れに行ってしまった。
「……」
「……えーと、ヨハネさん?」
「ボクッ、笹買いに行ってくるからッ!」
「ええっ? 急にどうしたの!? このへんに笹生えてるとこなんてないよ!? っていうかどこに行ったら買えるか知ってるの!? おーい!」
こんな状況じゃ、慌てて呼ぶ声にも構わず家を飛び出すしかない。
ったく、アイリの大馬鹿野郎!
何勝手に変な解釈してるんだよ、あいつ!
『ボク以外の前で見せないで』? 単に心配だったからに決まってるだろ!
そんなの、別にボクじゃなくたって心配になる。普通に常識の範囲内だ。
ボクだけが見たいとか、そんな浮ついたバカみたいな独占欲でそんなこと……思うはずがない。絶対にない。
「……絶対に、ないからねッ!」
そう叫んだら、道端の紫陽花が驚いたみたいに揺れた。
夕方には雨予報だったけど、このままじゃ怒髪天を衝くあまり、織姫と彦星を邪魔する雨雲なんて蹴散らしちゃうかもしんない。
……それはそれで、あの願い事が叶ってしまうから、迷惑な話だなと思った。
叶って欲しいのか、欲しくないのか、ボクにももう分からなかった。