ヨハネさんのぬいぐるみである小翰さん視点です。
(我が家にはヨハネさんの他に、ヨハネさんの分霊的な存在であるあみぐるみの小ヨハネさんこと小翰(コハネ)さんがいます)
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部屋に、アイリの好きなポルノグラフィティの音楽が朝からずっと流れてる。
ボク――こと、小さいヨハネと書いて小翰は、下がすっぽんぽんのまま新しいタンクトップを宛てがわれてはしゃぐ、相棒のちびアイリを尻目に、メロのミシン作業を眺めた。
外は30度を超える猛暑。
採寸のために服を剥ぎ取られたボク達は、順次出来上がってくるまで裸みたいな状態で過ごしてたけど、冷房が効いてる部屋でも苦にならないくらい、外の日差しはエグい。
午前中、服の生地に型を写して切る作業をしていたメロは、アップチューンを聞きながら何とか気力を保っているみたいだが、正直なところだいぶ疲れが見て取れる。
ボクが傍にいれば、ちびはハサミや針を怖がったりしないとメロが大喜びしてたけど、ちびはともかく、疲れてるメロを見ると、ボクでもうっかりボタンを間違えて自分の指を縫い付けるんじゃないかと心配になる。
「大丈夫? 少し休憩挟んだら?」
「ん……ふぁあ、そうだね……お腹空いたし……」
「ボク、何か淹れるよ」
「ありがとう。じゃあここの襟ぐりだけ終わったら休憩しようかな……」
分かっていたが、メロは何事も一気にやり遂げるタイプで、キリがつくまで全然休憩しない。
それでも、ボクが小さい体で動くのは危ないからと、自分からスコーンをオーブンに入れておやつの準備をしてくれた。
「飲み物は何がいい?」
「う〜ん……じゃあ、あったかいカフェオレ」
真夏にしては意外な答えが返ってきた。
スプーンを抱え持ちながら、訝しい目を向けてしまう。
「ひょっとして、この部屋寒い?」
「あ、ううん、そうじゃないの。冷蔵庫に牛乳余ってるの思い出して……カフェオレってなんだか、お腹膨れるんだよね」
なんだ、そういうことか。
いつも賞味期限を把握してなきゃいけないメロは大変だな、と思う。
ご要望通りのたんぽぽコーヒーのカフェオレを、しみじみ美味しそうに味わってゲームで遊んでから、またミシンをかけ始めるメロ。
あの青い布地は、ちびのズボンにするって言ってたやつかな。
当たり前だけど、人間用の服じゃないから、小さい。
何度も何度も、布の角度を細かく変えてミシンを止めながら、地道にカーブを描いて服の縁を縫っていくメロの手元を、ボクは見ていた。
ズボンを待ってるちびもすっぽんぽんだけど、ボクも新しく作ってもらったブラとショーツ1枚だ。
フェルトは暑いだろうから、夏用のを作ってあげる、と殊更縫いにくそうに作ってくれた。
ちょっと地味めな布だと思ったけど、ボクの肌の色に映えると、白地に綺麗な模様があるように見えて、なかなかいい。
(うん、確かに涼しい……)
快適だ。
とはいえ、一応今これがあるんだから、これ以上予備の下着とか、今日中にムリして作る必要ホントないと思うんだけど。
「うあ、やばい、ご飯の時間だ……」
時々死んだ目で遠くを見ていたメロが、時計を見つつそれでも作業を続けるのを見て、ボクは言った。
「そこまで大変なのに、楽しいの? それ」
「まあ、確かにしんどいけど……でも出来上がる時は楽しみだし、それを思ったら手が止まらなくなっちゃうのよねー、どうしても」
「絶対、人間用の服よりボク達の服の方が時間掛けてるよね、あんた」
ちびのズボンは、左脚が少し狭いけど、なんとか履けるように完成したらしい。
やれやれ、とボクは型を竦めて、ゆっくりと背に寄りかかる。
まあ、夏だしね。
元々ヨハネの格好なんて水着みたいなもんだし、ボクだってこれに前着てたクチュールを巻けばそれなりに……でも柄に柄かぁ、このままでもいいかなぁ。
なんて思っていたら。
「はい」
そう言って、さっきまで目の前で縫っていた布を渡された。
何度か手元と顔に視線を往復させて、ボクは目をぱちぱちさせる。
「……え? だってこれ、ちびの……」
「ううん、これは小翰さんのワンピースだよ。
……まあ、あの、露出もクソもないし、普通の服って時点で櫟夜翰のアイデンティティ消失甚だしいけど、それでよければ……」
思わず、目の前の布をまじまじと見つめてしまう。
ざっくりとした、デニム地っぽいワンピース。ボクもヨハネも着た事がないだろう代物だ。はっきり言って地味。
ところどころ、綺麗に御しきれなかった布がはみ出ていて、糸もボロボロにほつれていて……正直、かなりカッコ悪い。
もちろんヨハネのクチュールなんかには及びもしないそれは、でも、世界で一つだけ。
何度も布を往復させながら、メロがボクのために、一生懸命作ってくれた服。
「……ありがとう」
「えっ! うそ、着てくれるの!? やったあ! ヤダって言うかと思った!」
「まあ、折角ちびとお揃いだし、ボクはどんな服着たって絶対に似合うからね」
「ですよねー。さすが小翰さん」
少し鼻にかけた言い方にも嬉しそうにしながら、メロがボクを抱えて袖を通してくれる。
ちびのタンクトップより、もう少し裾を長めにしたワンピース。
ぴったりと体に合うそれを見て、メロはにっこり笑うと、黄金色のリボンを首に巻き直してくれた。
「よかった〜! これでやっと二人とも完成した〜!」
「だぅ! あうあう」
「よかったねぇちび愛理、小翰おねえちゃんとお揃いだよ」
ちびがボクのクチュールを羨ましがるので、メロがそのうちスカートも作るつもりでいるらしいが、今はこの揃いの生地を使ったズボンとワンピースで、ちびは十分満足しているようだった。
「よし、なんとか8時前に仕上がった……今からご飯だ!」
これから作るのか。
いつも手抜きだと言ってるけど、メロは同居してるパートナーのために、お弁当の分も足りるよう、一つか二つは必ず夕飯のおかずを作っている。
もう今日は一日ミシン作業でへとへとのはずなのに、炒め物と味噌汁が並んだ食卓で手を合わせたメロは、パートナーの帰りが遅いから、と洗い物や片付けまで食後に済ませていた。
休め、とボクといいヨハネといい、日頃から口酸っぱく言っているのに。
いや、言ってるけど、メロは目に付いたら仕事をしてしまう。
網棚に乾いた食器があれば片付けてしまうし、やかんが空なら洗ってお茶を作ってしまうし、タッパーがぐちゃぐちゃなのを見れば整理を――それが必要なことだからとはいえ、体力が続く限り無限に仕事を見つけてくることができる奴なのだ。
なんとかして上手く、強制的に休ませることは出来ないだろうか。
(こうなったら……)
水仕事が終わって、疲れを滲ませた顔で座卓の前にメロが座り込むのを確認してから、ボクは打ち合わせ通りに、ちびと目配せして頷き合うと、胡座をかいたメロの膝を、横からよじよじ登り始めた。
気付いたメロが、慌ててボク達二人を体の上に引き上げる。
「あらあら、どうしたの。甘えんぼさん」
「別に? 折角服作ってもらったんだから、自慢しに来ようと思って」
「だぅ!」
驚いたような顔をしたメロは、得意げに胸を反らすボクらを、並んで胡座の上に乗せてくれる。
スカートが、トランポリンというかハンモックみたいで居心地いい。
「ふふふ、二人ともほんとによく似合ってるよ。私が言うのも何だけど。可愛い可愛い」
「あう。んばばっ、んば」
「ちび大丈夫? そのズボンキツくない? 足パンパンだし、もう少し余裕持たせればよかったねぇ」
「ぬいぐるみだからキツいの気にならないし平気だってさ」
「うー」
「そっかそっか。あ、タンクトップにしたから、もう頭のリボンじゃなくていいね。髪留めも可愛いけど、久しぶりに首に戻してあげようか」
そう言って、頭のリボンを取って首に結び直そうとすると、ちびはきゃきゃっと声を上げながら、メロの手にすりすり頬っぺたを擦り寄せていた。
「どーしたの、嬉しいの?」
「あぅ!」
「んふふ、涼しくなったもんねぇ。これで小ハネさんも、どこへ出しても恥ずかしくない格好になったし」
「ちょっと、ボクは最初から恥ずかしい格好なんてしてないから!」
「まあそうなんだけど、人前に出るには色々問題があったでしょー」
こんな幼稚園児みたいな服ボクじゃない、と口を尖らせつつも、膝からどかないボクを、メロが優しく撫でてくれる。
よし、作戦大成功。
少なくともボクとちびがここに乗っている間、メロは何も出来ないはず。
それを知ってか知らずか、メロはずっとボク達を膝に抱えたまま、だんだん眠くなって布団に入るまで、ずっと一緒にいてくれた。
……まさか、ボクらを膝に乗せたまんまで、頼まれた論文の添削するなんて思ってなかったけど。
ホント、働きすぎだってば。
たまには、自分のことスゴいって思ってよね。
ボク達のために、こんなに一日中時間を使ってくれる人なんて、世界中にあんたしかいないんだから。