ぬいぐるみのちび愛理がとっても可愛い、ヨハネさんやコハネさんやみんなとのエッセイ。
2週間前くらいからずっと頭にあって書きたかったネタをようやく文章化しました。めっちゃ癒しです……。
しぶ→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15644053
ボクの名前は、クヌギ コハネ。
「名前はまだない」って続く小説を読んだことあるけど、ボクにはちゃんとある。小さいヨハネ(夜翰)だからね。
あっち――魂を持った方のヨハネが大きいヨハネで、ボクの方がおまけみたいな扱いなのは納得いかないけど、小さくたってぬいぐるみだって、ボクにはちゃんと意志があるんだ。
時々は、大きいヨハネと一緒のことを考えたり、違うことを考えたりしながら、このカラーボックスの上の席を陣取って、ぬいぐるみのボクを作り出した親でもあるメロと、一緒に暮らしてる。
ボクはよくできたイイ子だからね。
ちゃんと、ボクより先に生まれたくせにボクにべったりくっついてくる、ちび愛理の面倒だって見てやれるんだ。
それは、いつもみたいにソファ代わりにした箱の上で、ちびとお喋りしてやっていた時だった。
ちびがじーっと見つめる視線の先をふと追えば、何のことはない、いつもと同じように、メロとヨハネがいちゃいちゃしている。
ほっぺたにちゅーなんかしちゃって、朝からお熱いことで。
ボクとそっくりの見た目をした本体が、怒ったように照れながらも、メロの頬へ挨拶代わりのようにキスし返すのを見ていたら、ちびにぐいぐい腕を引っ張られた。
「どうした?」
「う!」
ボクより先に生まれた上、ヨハネよりずっと年上の愛理を本体に持つくせに、ちび愛理は未だに「あ」とか「う」しか人語を喋らない。
でも、ぬいぐるみにしか通じないテレパシーで、言いたいことは何となくわかる。
「は? あれを何て言うのか? ちゅーじゃなくて?」
「うっう、あぅ」
よくよく顔を近づけて聞けば、あれは何なのか、というより、あれはどういうことか、という問いに近い。
ほっぺたにちゅーする行為を何て呼ぶのかよりも、どうしてそうするのか、動機に起因する部分について聞きたいらしい。
……喋れないくせに、意外と難しいことを考える奴だ。
「うーうー、だぅ」
「どうしてって……うーん……」
なんだって今更そんなこと聞くんだろう。
キスが何を代表するのかなんて、抽象的な問題すぎてまったく考えにくい。
愛? 愛情? そう言ってしまえば簡単だけど、難しい上にかえって安っぽく聞こえる。
愛情の確認……それもなんか違うな。
きっとメロたちにとっては、ハグもキスも同じ意味を持つだろう。全部に共通することといえば……
その時ボクは、この間メロとヨハネがひそひそと、寝室の方でいちゃついていたのを思い出した。愛の営みを、ボクはちびに「仲良し」って説明したんだっけ。
だとしたら、きっとそういうことじゃないのかな。
「あれはね、『大好き』ってことなんだよ」
「?」
「大好きだから、好きな相手にはいっぱいちゅーするんだ」
飽き足りることもなく、事あるごとに爪先立ちして、ヨハネの顔やほっぺにちゅっと唇を寄せるメロを見て、ボクは説明した。
「ボクもちびも、朝起きた時と寝る前にちゅーしてもらうだろ」
「!」
「だから、それはメロがボク達を、大好きってこと」
「!!! だーう!」
わざわざ口に出して説明するのはこっ恥ずかしかったけど、分かってもらえたらしい。
ぼすんぼすん、と座りながら腕を上下させるちびを見て、やれやれ、とボクは会話を畳もうとしたのだが。
なんと、その日はそれで終わらなかった。
「だー、だぅ」
「……ちび、もしかして喋ろうとしてる?」
「だぅ! だっ、だ」
これは驚いた。もしかしたら、「あ」とか「う」とか「よはね」以外の言葉がこいつの口から出るかもしれないぞ。
面白くなったボクは、ちびの隣に座って練習に付き合ってやることにした。
「だぅ、だーう、しゅ」
「違う違う、大好き」
「だー、きっ」
「だ・い・す・き」
「だ・あ・きっ」
でもこれ、どこで使うんだろう。
拙い口ぶりで一生懸命繰り返していたちびは、不意にぴょんっとソファから飛び降りると、棚の上に置かれていた琥珀糖の透明なケースを、太い両腕に抱えた。
からから振ると、中で色とりどりの角ばった砂糖菓子が動いて綺麗だ。愛理も家出から帰って来たし、みんなで食べたらだいぶ減っちゃったけど。
それをボクに向かって翳しながら、ちびが聞いた。
「だー、しゅき?」
「え? ……うん。美味しいよね」
確かに、また食べたいと思うぐらい美味しかったから、大好きと呼んで差し支えないと思う。
次にちびは、横に飾ってあった花瓶の中の造花を取ってくると、よいしょよいしょとそれを束ねながらボクを見上げた。
「だーしゅき??」
「う、うん。花は綺麗だと思うけど……」
嫌いな理由がない。造花って枯れないから、便利だし。別に大好きってことにしてもいいかな。
そうすると、ちびは隣の箪笥代わりの箱を開けて、メロが前に作ってくれた色とりどりの服を、山と取り出した。
「だぁしゅきっ???」
「う、うん、好きだよ……っていうか、どんどん上手くなってない?」
ボクの答えを聞いて、言葉の意味を確信したのかどうか。
ちびは、きらきらきらっと顔を輝かせると、服を布団のようにボクや自分の体の上へ振り撒きながら、大騒ぎを始めた。
「だーしゅっ、だーあーぁう」
「おいこら、抱き着くな、散らかすな!」
新しく覚えた言葉を使うのが、楽しくて仕方がないらしい。
っていうか、「大好き」ぐらい知ってるよね? 普通。
こんなことで大喜びするなんて、ちびも愛理も、よっぽどこの言葉を使う機会が少なかったんだろうか。
呆気に取られていたら――タイミングの悪いことに、そこへ大きい方のヨハネがやって来た。
「おい、何騒いでるんだ……」
言い終わらないうち。
ちびは、近づいて来たヨハネの方をぱちぱちと瞬きして見ると、腕で指しながら、誰が聞いてもはっきりそうと分かる声で、思いっきり叫んだのだ。
「だーしゅきっ!」
うわあ、とボクが止める間もなく。
唖然顔のヨハネに向かって、抱っこを求めるように手を伸ばしたまま、ちび愛理は連発する。
「だーしゅき、だあしゅきっ」
「……おい、誰だこいつにそんな言葉教えたヤツは」
「ボ、ボクじゃないよ? ボク知らないから……」
「どう考えてもコハネが一緒にいただろうが! どーいうことっ!?」
ボクにやかましく問いただしながらも、困ったように抱き上げてくれるヨハネを見て、ちびは不思議そうにその顔を見上げた。
「だーしゅき?」
「え……あ……う……わ、わかったよ、大好き。これでいいだろ」
「だーしゅき、だーしゅきっ」
「わっ、ちょっ、なんでもっと騒がしくなるんだよ!」
思わず知らぬ存ぜぬのフリを通してしまったけど、いつも涼しい顔してるヨハネが、この言葉のせいで慌てふためいてるのを見るのは、正直ちょっと面白いな。
「あら。賑やかね! 何してるの?」
「あ。アヤメさん……」
そう言って話し掛けてきたのは、この家にいるのは珍しい人物――アイリの恋人でもあるアヤメだった。
ボクはぬいぐるみ特権でタメ語だけど、ヨハネは一応この人には礼儀正しい。アイリ以上にしっかりしてるし、ただならぬ気配を感じているのかもしれない。
不思議そうに、ヨハネの腕の中を覗き込んだアヤメに向かって、ちび愛理がまたびしぃと指さす。
「だーしゅき!!」
「えっ……えっ、私? あら。ありがとう。私も大好きよ、ふふ」
そう言って抱っこを代わったアヤメにほっぺをくっつけられ、ちびは上機嫌だ。
「アヤメさんって絶対、子供の相手見慣れてるよね……」
「子供っていうより、アイリの相手に慣れてるように見えるけど……」
そうボクとヨハネがひそひそ囁き合っていたら、噂の渦中の人物――アイリが、ひょっこり帰って来た。
「愛理。おかえりなさい」
「あれ、あやめもこっちにいたんだ。君がこっち来るのは珍しいね」
そう言いながら会話を続けようとする二人の間に、割り込みながらびしいっと鼻先へ指(というか手)を突きつけるちび愛理。
「だーしゅきっ!!!」
「……え、何。今度は何の騒ぎ?」
「最近覚えたみたいよ? ふふ、ちびちゃんは、何が好きなのか私達に教えてくれてるのよね」
「ふーん。ってことは、一応僕も好きに入ってるのか……」
言いながら、アイリがさりげなくアヤメの肩を抱くのを見て、またちび愛理が指さす。
「だあしゅき!」
「ええ、そうね。これも大好きね」
「ちょっと、これなんでもかんでも大好きなわけ……?」
いなくなったちびの代わりに、ヨハネの腕の中へよじ登って収まったボクの頭上から、途方にくれた声が聞こえて来た。
どうしよう。ボクのせいで、ちびは今、大好き大魔神と化している。
どうやら、この言葉で喜んでもらえることを学習してしまったらしい。
メロが帰って来たら、絶対大変なことになるぞ。
と思っているうちに、とうとう件の彼女が帰って来た。
「ただいまー。ありゃ? こんな大勢集まって、どうしたの?」
微笑んだり、何とも言えない顔をしたりしながら、各々ちびに視線を集めるボク達。
さあ、今から大好きの大連発が……
「……」
しーん。
あれっ?
ボクが思ったのと同じように、みんなが不思議そうな顔をしたけど、注目を集めていたちびは、ぐるっとこっちに顔を向けて、なぜかボクの方をじいいぃぃっと熱心に見つめている。
「……」
おい。さっきまであんなに煩かったのに、なんで急にボクの方を見るんだよ。
ちょっと待って、まさかこの状況でボクに言えって?
「……」
冗談じゃない! アイリもアヤメも、なんだか事情を察したようににやにやしているし、ボクを抱えているヨハネだけが、よく分かっていないようで怪訝そうに眉を寄せていた。
あんまりボクが全員に見られているので、とうとう不思議そうな顔をしたメロが、ボクの方に屈んで顔を覗く。
「なーに? コハネさんがどうかしたの?」
「う……」
視線を上げれば、ちび愛理の期待に満ちた目。
くっそお、何変なところに気遣ってるんだ。
仕方なく、ボクは口を開いた。
「あ、あの……」
「うん?」
「……っ、だ、大好き」
「……え」
「こ、ここにいる全員、メロが大好きだっ」
思わぬ発言に、ボクを抱っこしていたヨハネが、再び唖然として息を飲む気配が伝わって来る。
「あらあら。まあまあまあ」
瞬きしたメロは、アヤメによく似た歌うような声を上げて驚いていた。
たまらず目を逸らしたボクがおそるおそる見上げると、予想通りに、柔らかそうな顔をとっても嬉しそうな笑みに変えている。
次の瞬間、むぎゅう、と潰れそうなくらい抱き締められた。
「もーーーーーーっ! なんて嬉しいこと言ってくれるのかしら、この子はほんとに!
ありがと! 私も大好き! 」
「ち、ちがっ……、ボクじゃなくて、元々はちびが!」
「っていうか、ボクまで巻き込まないでよ! ちょっと、身動き取れない! 近いったら……!」
半自動的に一緒に抱き着かれたヨハネが、ボクと一緒に目を白黒させている。
その様子を見て、大声で笑うアイリとアヤメの声が聞こえていた。
腕の間からちらりと覗いたちびの、胸を反らした得意げな顔といったら。
「だー、しゅきっ」
自分ばかりでは悪いから言わせてやったんだ、と言わんばかりの尊大な態度を睨みながら、やっとのことで解放されたボクが事情を話すと、メロは笑ってちび愛理を抱き上げた。
「あはは、なるほど。私がヨハネさんにちゅーするところを見て、気になったんだ」
「だう、だうっ」
「ほんとーに、ちび愛理はヨハネさんとコハネおねえちゃんが好きだねぇ。いっつも遊んでもらってるもんね」
「なんか、僕の分身がヨハネに告白してるって考えると、いささか微妙な気分になるんだけどね……」
そう言ったアイリが、ちびのほっぺを突っつく。
「にしても、ちびって喋る言葉がだいぶ限られるよなぁ」
「別に困りはしないけど、新しく覚えた言葉が『大好き』とはねぇ。そういえば、その前は確かヨハネさんの名前を……」
そうメロが言った時。ちびは、思い出したようにもぞっと体を動かすと、ボクとヨハネの方をぱちぱち瞬いて見た。
嫌な予感がする。
「よあね、だーしゅき!」
「「……」」
再びしーんとなるボクらの前で、メロとアイリとアヤメの三人は、顔を見合わせるとぷっと噴き出した。
「ふ、ふふっ。二つ並べると、そうなるわね」
「これは、これから先が大変だなぁ」
どこか楽し気に顔を見比べて笑うアヤメとアイリの傍で、合ってる? と言いたげな顔で見上げるちびを、メロが撫でている。
まったく、他人事だと思って。正しければいいってもんじゃないんだから。
言われる度顔から火が出そうなこっちの身にもなって欲しい、という意味で、ボクとヨハネの意見は珍しく一致したのだった。