総合魔法格闘技ストーカー ~ある卓球ストーカーに敬意を込めて~   作:原田孝之

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第二話:私が自分を本物の無能だと自覚したころ

第二話:私が自分を本物の無能だと自覚したころ

 

 保有魔素量が一般的に求められる水準を大きく下回ると知りつつも、私自身が本当に無能であると自覚するのには時間が必要であった。

 

 なぜならば、そもそもの大前提として無能どもに敗北を喫することはなかったからである。

 

「うせろ、ゴミめ」

 

 タイム・イズ・マネー。偉大なる名言を知るならば、次に取る行動はひとつしかない。

 

 有能な私が最初にした仕事は、無能をデリートすることであった。

 

 父親にクリスマスプレゼントと称して、コンパス倶楽部を強奪を命じると、さらに中華清国からすぐれた指導者を亡命させ、完璧なるトレーニング環境を構築した。

 

 彼の国は国策としてマイナー競技に力を入れており、日本や他国のコピー選手なる存在を育て上げるなど、本当にそこまでやる価値があるのかと言わんばかりの強化を施している。市井に優れた指導者が溢れ帰っていることなど、猿でもわかる論理であった。

 

 ただ、買収には多少の一悶着あった。どうしても倶楽部は手放さんというカスの意地があったのだ。

 

 最終的には地上げ屋を動員し、また生意気に接することで体罰的指導という相手の弱点を掴み、資格剥奪によってことなきを得た。

 

 まさにマネー・イズ・エブリシングである。

 

 このようにして、私のためだけのトレーニング施設が完成した。

 

 当然、私が結果を出すのも当然の話である。

 

「カブ(二年生以下)の部、東京地区優勝おめでとうございます、T選手。今後も頑張ってください」

 

 有能な者は、何をやっても成果を出す。当然、私が地区大会で優勝するのも自然の摂理だ。多少保有魔素量が少なかろうと、身体能力や運動能力でカバーできる範囲内である。

 

 しかも、私の努力量は生半可なものではない。つねに夜の十一時まで夜練に取りくみ、翌日朝五時には起床して朝練に励んだ。

 

 むろん、小学校の授業中にやることなど睡眠かトレーニング理論のことばかりである。すでに小学校高学年までの内容など頭に入っている。再三言うが、私はまわりに比べて無能ではない。つまり、この程度の勉学などお茶の子さいさいなのである。

 

 私に取っての懸念事項とは、どうやってこのバカ高いトレーニング施設と機材を維持するかという方向に限られた。

 

「なあ、T。さすがに金を掛けすぎじゃないか?」

 

 二年生も終わろうかというころ、無能な父は私の顔色を伺いながらそう言い始めた。そろそろくるだろうなという予感はあったのだが、あまりの情けない態度に失望を感じざるは得なかった。

 

 とはいえ、私の総合魔法格闘技に対する投資の量は、一社長令息であっても桁が違っていた。

 

 専用トレーニング施設と化した元コンパス倶楽部の維持費もそうだし、お飾りとして据える必要のあった指導資格保持者、栄養学、整体師、戦術アナリストなどどこぞの前○氏かといわんばかりの専門家を集める私は、年間八桁円は軽く消費している。いつかは起こり得ることだった。

 

「なあ、もっと金の掛からないモノに……」

 

 所詮私も養われる身、金を出す人間が渋れば続けられるわけもない。諦めるしかない、と考える人間もいるだろう。

 

 だが、私は無能ではなかった。

 

 金を集めることなど、ブルーオーシャンを開拓し、適当な誇大広告でだまくらかしてやれば、所詮無知な民衆どもがこぞって金を落としてくれる。その事実を知る私は、今ある手札で新しい事業を始めた。

 

 その名も「マジカル・ダイエット・ジム」。魔法を無理やり使わせながら、ジムでトレーニングをするという簡単な事業である。

 

 私は自身の経験から、素養のない人間が無理やり魔法を行使すれば、尋常ではないほどの体力を使うという事実をよく知っていた。

 

 今までの魔法技術は基本的に省魔素量で最大火力を求める方針であったので、ムダに体力を消耗させる方向には新たな可能性が眠っている。

 

 そのように革新はサクサク進み、特許を取得してから「なんとかマギカ」や「セなんとかムーン」というようなアニメとコラボしてやれば、人々は簡単なダイエット方法に飛びついた。

 

 さらに重視したのが、拡散性である。

 

 一ヶ月の会員費十万というバカ高い値段を取りながら、一人招待するごとに二万円減という顧客重視のスタンスを取ることで、あっという間に天下を取った。

 

 クルクル回るCMに有名人を多数起用したのも良かったのだろう。実は魔法による体力消費は食欲減退効果しかなく、ダイエットの大多数はジムの運動であるということにすら民衆は気付かず、あっという間に私は一大事業を成功に収めた。

 

「T君ね、やパり保有魔力量ナイ、きついアルネ」

 

 ようやく一仕事終えトレーニングに集中していたとき、無能なコーチその二がまた言い始めた。無能にありがちな話だが、大して役にも立たない事実だけを述べる連中がいかに多いか。

 

 無能は過去を語り、有能な者は未来を語る。その名言を痛感した。

 

 さて、話を戻そう。私はカブの部ではまったくの敵なしであり、当然カテゴリーの上がったバンビの部(三、四年生の部)でも敗北の「は」のじすら見当たらなかった。

 

 当然だ。いうなら、河川水が上流から下流へ流れるようなものである。

 

 理由は簡単だ。そのころの私の練習量は国体選手に迫るほどであった。

 

 当然、学校の授業などほとんど耳に入っていない。入学当初の印象はどこへやら。いつも居眠りか内職に励む私も立派な不良少年だ。

 

 しかし私はそつがない。かのハーヴィー・スペクターも言っていた。人間第一印象がすべてだと。中学までの内容をすべて頭に叩き込んでいる私は、教師に「家のお勉強が忙しいのね」と勘違いさせることでつまらぬ学校を乗り切った。

 

 ふむ、どうでもいい話が長くなったな。さて、ここで私の魔法能力をすべて明かそう。

 

「ふぬぬぬぬっ」

 

 会社に作らせた専用施設にて、私は全力をもって新開発の補助装置によって魔法を唱えていた。その名も『発火』。発熱系投射魔法の基礎となるモノである。

 

 ちかちかと手のひらの上に淡い光が灯る。それを確認した私はさっと手を振ってかき消した。

 

「Tくんネ、才能終わってるアル」

 

 そんなことは知っている。貴様はさっさとその改善方法でも考えろというものだ。この無能め。

 

 結局、私の魔法技能は向上の余地を見せなかった。このような基礎魔法ですら四苦八苦するありさまで、高難易度の実用性がある魔法はほとんど不可能な段階にあった。

 

 そもそも論、総合魔法格闘技という競技において保有魔素量とは、HP、MPどころか、攻撃、防御の値にすら直結する最重要パラメーターである。それが皆無とは、もはや両輪を外された自転車と同じ。ゴミそのものである。

 

 四年生のときの大会は厳しかった。手強いライバルが地区に居たのである。流石に厳しいと思った私は、新たな方策を練ることにした。

 

「新型デバイスを製作しろ」

 

 マジカル・ダイエット・ジムのもたらした収入は桁が違っていた。さしもの私も民衆の欲望を見誤ったということであろう。

 

 その有り余った金で、自分専用のオリジナルデバイスを製作した。明らかにオーバースペックなそれを協会に札束を積んで認定させ、私は辛うじて基礎的な魔法の行使が可能となった。

 

 当然、魔法というハンデがなければ勝利するのは決まっている。私だ。

 

 正直、そろそろ飽きてきたな。最近の私はそう思うようになっていた。

 

 結局のところどんなハンデがあったとしても、世間が無能ばかりでは必然的に浮上するのは私だけである。

 

 繰り返される虚しい勝利に侘しさのような感情を掘り出されるのが、むしろ億劫ですらあった。

 

 その男が現れるまでは――

 

「へへぇー、勉強じゃ負けるけどMMAじゃ負けねぇぜ」

 

 鼻の下を掻きながら、そう自慢する張元の顔を私は一生忘れない。

 

 小学五年生になって、はじめての全国大会ホープス。同じクラスながら、他県の倶楽部に通っている張元との勝負は、たった一瞬であった。

 

 完封負け。何もできずの敗北であった。

 

 技術が違うとか、身体が違うとかそんなレベルの話ではない。F1カーと乗用車が勝負するようなもので、スタートで差がつくと、一生埋まることのない溝ができあがった。

 

 瞬殺。

 

 日本語つたない無能コーチ二はそう言っていた。

 

 その夜、私ははじめて布団に包まって絶叫した。意味のない行為だとは思ったが、はじめて感情をおさえることができなかった。

 

 なぜ私には才能がない。

 

 なぜ私には能力がない。

 

 それ以外の能力はすべて持っているのに。

 

 生まれも、知能も、金も全部。人間として必要なものはすべて持っている、なのに。

 

 どうして、あんな下民に負けねばならぬのだ。

 

 この上級国民の私が。

 

 しかし、そんなところで挫ける私ではない。有能さと忍耐力は比例する。無能ではない私の忍耐力は鋼鉄製だ。

 

 翌日には朝練に飛び出した私は、学校すらサボりながら、さらに練習へと打ち込んだ。

 

 気が狂ったように練習した。招いた元ダブルスのメダリストからは、ユニフォームを頂戴した。私は神にも祈るような気持ちで、それを着て毎日過ごした。才能が芽吹けと、そう願いながら。

 

 それでも夢の全国大会には届かなかった。六年生でのぞんだ大会では、不正をしてトーナメント表を弄ったにもかかわらず準決勝で敗退した。

 

 私は強く焦がれた。

 

 なんとしてでも、あの全国の舞台に立ちたい。

 

 私を敗北させた、あの張元を倒したい。

 

 全国の猛者たちが集う、あの会場で。

 

 それを強く願うが、私に才能がなかった。

 

 私は「無能」だった。

 

「ふ、ふははははは」

 

 無能?

 

 そんなことなど、すでに承知の上だ。

 

 業なかばで倒れても、そのときは目標の方角に向かい、その姿勢で倒れよ。

 

 かの有名な坂本竜馬の残した名言である。

 

 だが、私にとっては道半ばで息絶えることこそ無能の証である。やり遂げると決めたならば、それを貫かずしてどうするというのだ。

 

 私は父親を言いくるめ、名門奈良学園に入学を決意した。

 

 名目上は、より経営者として優れた能力を養うため、一人で生活した経験を持ちたいという至極まっとうなもの。

 

 だが、その真の目的はもっとも競技者の実力の低い奈良県から、私が全国への切符を勝ち取るための進学である。

 

 全国有数の進学校? そんなもの、小一時間勉強すれば通る難易度だ。私は総合成績三位で入学し、早々私のためだけの総合魔法格闘技部を創設した。

 

 さあ、障害はすべて排除した。

 

 ここから、私の全国への挑戦は始まる。

 

 

 




I氏の伝説。

〇練習は夜の一時まで。五時に起床して朝練。
〇授業はすべて寝た。
〇所属倶楽部へ訪れた武田選手(元日本代表)にその狂気的な練習量を気に入られ、ユニフォームをもらう。それを擦り切れるまで毎日着て眠る。
〇名門の奈良の学校に三位で入学する

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