陳留城下
春蘭「でりゃああああああああああああっ!」
純「ふっ!」
ゴロツキA「どわぁあぁあっ!?」
ゴロツキB「一瞬で12人の仲間が・・・こいつら、バケモノか!?」
春蘭「誰が地の底から這いずり出てきた妖怪変化だ!失礼な事を言うのも大概にしろ!」
純(そこまで言ってねーし。昔から思ってたのだが、どんな耳してんだ、コイツ・・・。)
ゴロツキB「そ、そこまで言ってねえ・・・、がくっ。」
春蘭「・・・まったく。狼藉を働くなら、せめて此度の騒ぎが落ち着いてからにすれば良いものを。そう思いますよね、純様!」
純「それもそれでどうかと思うがな。まぁとにかく、連れて行け!」
兵士A「はっ!」
春蘭「しかし、後もう少しですね。」
純「そうだな。多分、俺1人だと流石にキツかったかも。ありがとな、春蘭。」
春蘭「いえ、とんでもありません!華琳様か純様のご命令だったら、例え火の中水の中どこへでも!」
純「ははっ!頼もしいな。よし、次行くぞ!」
春蘭「はっ!」
陳留城内
秋蘭「そちらの整理は後で構わん。まずは必要なものを必要な場所へと整えろ!もう時間がないぞ!」
兵士B「はっ!」
兵士C「夏侯淵様、城内の兵の配置計画が上がってまいりました。ご確認ください。」
秋蘭「分かった。・・・ほぅ、これは見事なものだな。最低限の人数で必要な所に配置出来ている。栄華の仕事か?」
兵士C「いえ、曹洪様はお忙しいとのことで、曹和様の軍師の郭嘉様が・・・」
秋蘭「・・・なるほど、あいつか。ならばそれは純様と姉者にも回しておいてくれ。急げよ。」
兵士C「はっ!」
栄華「まったくもぅ・・・。」
栄華「どうして皆さん、何でもかんでもこんなに急に言ってきますの。私だって、別に暇ではありませんのよ・・・。」
栄華「ほら、準備を急いでくださいまし!万に一つにでも失礼があっては、この陳留・・・、ひいてはお姉様とお兄様のお名前に傷が付きましてよ!」
女官A「かしこまりました!」
柳琳「栄華ちゃん。ちょっとお姉様について、街に出てくるね。」
栄華「分かりましたわ。護衛は?」
柳琳「私の警護のみんながいるから大丈夫。」
栄華「あ、ああ・・・、あのかたたちですのね。なら、気をつけて行ってらして。」
柳琳「うん。お昼頃には戻るから。」
栄華「・・・ふぅ。時間もお金も人手も何もかもが足りませんわ。どうしてこう予定のない事ばかり起きるんですの。」
華侖「あ、香風!探したっすよー!」
香風「華侖様、どーかした?」
華侖「今日ってなんでみんなこんなにバタバタしてるんすか!?」
香風「・・・シャンも聞こーと思った。」
華侖「香風も分かんなかったんすか?」
香風「今日、朝から良いお天気だったから・・・、ふぁあ。」
すると、
稟「『沛国の相が謁見を求める。もう済陰に逗留。至急行かせて欲しい。』ですよ、あなたたち。」
その時後ろから平坦な声がしたので振り返ってみると、稟と風がいた。
香風「稟・・・、風・・・。」
稟「まったく、大事な朝議を何一つ聞いておらず、理解していないとはどういうことです!華侖殿に至っては純様と同じ曹家の一門!もう少ししっかりしてはどうですか。」
華侖「うぅ~、稟が怖いっす~。」
稟「香風!あなたは朝議の最中に寝るなど、あるまじき行為ですよ!」
香風「う~朝から良いお天気だったからつい・・・。」
稟「つい、じゃありません!」
香風「うぅ~っ。」
ぐうの音も出ない正論であったので、何も言えない香風。
風「まあ稟ちゃん、それくらいにしたらどうですか~。」
宝慧「そうだぞ姉ちゃん。あんまり怒りすぎると小じわが増えてしまうぜ。」
稟「何を行っているのですか、風!」
風「風が言ったわけではないですよー。稟ちゃん、最近純様とお話しできていないからって、イライラしては駄目ですよー。」
稟「誰がイライラしてるか!」
風「違うんですかー?」
稟「うっ・・・、まあ、そうですね・・・。」
風「ぐぅ~~~。」
稟「寝るな!」
風「おお。珍しく稟ちゃんが素直だったのでつい・・・。」
華侖「えっと…、つまり、稟は純兄の事が好きなんすか?」
稟「えっ!?それは、その・・・。」
すると、
栄華「何廊下の真ん中で騒いでますの!?こんな所で油を売って!」
栄華「・・・相をお迎えする支度に手が足りませんの。この際猫の手でも構いませんから、手伝ってくださいまし!」
香風「はーい。」
華侖「分かったっすー!」
稟「すいません、栄華様。私と風は、純様に頼まれた仕事があるので。」
栄華「そうですか。分かりましたわ。後、城内の兵の配置計画、ご苦労でしたわ。」
稟「はっ、ありがとうございます。では。」
栄華にそう伝えた稟は、風と共にその場を後にしたのであった。
栄華「ええっと、まずは・・・。」
数日後、
栄華「いよいよですわね・・・。」
華琳「柳琳。支度は?」
柳琳「もちろん、万全です。」
純「秋蘭は?」
秋蘭「滞りなく。」
純「そっか。お前が言うなら、大丈夫だろう。」
華琳「結構。純、春蘭。警備に抜けは無いわね。」
純「問題ありません。」
春蘭「純様と一緒だったので、当然です。猫の子一匹通しません。」
華琳「そう。それじゃあ、予定通りね。」
そして、陳珪、陳登親子を迎えたのであった。
謁見の間
華琳「・・・ふむ。豫州で賊が暴れているという事は理解したわ。しかしそれは、既にそちらの問題ではなくて?陳珪殿。」
華琳「・・・そもそも私達は、あの3人の賊を豫州との州境まで追い詰めていたのよ。それこそあと一歩のところで、そちらへと逃げられてしまった。」
華琳「そして逃亡した賊の件はそちらに報告し、引き続き追跡の許可も求めたわ。・・・拒絶されたけれどね。」
純(ま、姉上としては、逃げられた事実は認めても、その非は認めるつもりはねーな。まぁそうか。そこで謝っちまったら、話は謝罪の方向に行くだけだからな。しかし、この手の話は苦手なんだよな・・・。肌が合わねーっていうか・・・。)
燈「重要な物を追っているという情報を隠して?」
華琳「・・・どういう事。」
燈「南華老仙の残した書物・・・、太平要術の書、というそうね。」
燈「書物のことはこちらで調べさせてもらったけど、それを追っていることを陳留からは聞いていないと報告があったわ。」
華琳「それが?」
純(さすが姉上。これは想定内の話か。)
華琳「確かに盗まれた1番の品は、太平要術の書だったわ。けれどそれは、荘周の遺した貴重な古書というだけの話。盗品という点では、金の塊や錦の反物と変わらないわ。」
華琳「それとも豫州では、盗品の明細を作らなければ兵一つ動かせないと?」
燈「ふふっ。それはないわね。」
華琳「それよりもこちらとしては、豫州の州境を越えて兵を動かせなかった事を問題にしたいのだけれど?」
華琳「我が軍が領内で賊を捕まえられなかった非は・・・、まあ、認めざるをえないわ。」
華琳「しかしそちらで捕まえると言ったものを捕まえられなかった事に関しては、こちらに責任を転嫁される謂われはないのではなくて?」
燈「あら。ならば、同じ事が逆の立場であったらどうするのかしら。豫州から逃げた賊を追うために、我々の兵が陳留へ踏み入る許可を求めたら?」
華琳「通すわけがないでしょう。その賊には、そちらでの罪の前に、我が領に足を踏み入れた報いを受けてもらう必要があるもの。」
華琳「そちらには責任を持って、賊の首と盗品だけを送り返させていただくわ。・・・ああ、その時は確かに盗品の明細があると便利かもしれないわね。」
すると華侖が小声で、
華侖「・・・華琳姉ぇとあの人、ケンカしてるんすか?」
と尋ねると、
栄華「まさか。ただの挨拶ですわよ、あんなもの。」
柳琳「もぅ・・・、皆さん、お姉様とお兄様に叱られますよ。」
燈「ならば此度の件、孟徳殿は私達豫州の兵があなたたち陳留の兵を通さなかった・・・、そこが問題の全てだというのね。」
華琳「ええ。我が領内から賊を逃がした報は、既にそちらには伝えたもの。さらに言えば、責任を持って追跡するともね。」
燈「なら・・・、改めて、賊を逃がした責任を取ってもらう、と言ったら?」
華琳「・・・責任?報を伝え、こちらの申し出を断っておいて・・・、先程も言ったはずだけれど、既にそれはそちらの問題でしょう。」
燈「身内の恥を晒すようで何だけれど・・・、残念ながら、豫州には陳留ほどの精兵を持つ郡はわずかなの。」
燈「今、その連中は何をどうしたのか、手勢を増やして小さな廃城を根城にしているわ。規模は数百か、千に及ぼうとする・・・、といったところかしら。」
華琳「・・・初めから我々に追わせておけば3人で済んだものを・・・。」
華琳「3人を追えというだけならまだしも、そうなる前に手を打たなかった事はこちらの責任ではないわよ。」
華琳「それを曲げて頼むというなら、相応の態度というものがあるのではなくて?」
純(そうさせるか、姉上・・・。)
華侖「華琳姉ぇ、なんとかの書は取り返したくないんすかね?」
秋蘭「華琳様のことだ。向こうから出来るだけ良い条件を引き出そうとするおつもりなのだろう。」
燈「ふむ。まあ、どうしてもと言うなら、頭を下げても閨で尽くしても構わないのだけれど・・・。」
燈「陳留の太守殿とその弟殿は、私ごときの頭と安い懇願一つで機嫌を良くなさるお方なのかしら?」
華琳「・・・。」
純「・・・。」
燈「私としては、正直、どちらでも良いの。貴女が動いても、動かなくても。」
陳珪は、今でも穏やかなという名のポーカーフェイスを浮かべたまま表情を変えず、それがハッタリなのか事実なのか分からず、ただ空恐ろしく感じるのであった。
燈「ただ、一度逃がした賊を再び捉える機会をあげようと思っただけ。・・・孟徳殿が、こちらに賊が逃げた報を送ってくれたようにね。」
華琳「・・・。」
燈「孟徳殿の助けが借りられないなら、我が豫州の東方、徐州にいらっしゃる陶謙殿に礼を尽くすという手もあるし・・・。」
燈「ここからさらに北上して、南皮の・・・、何と言ったかしら。いま頭角を現わしつつある、汝南袁氏筆頭の・・・。」
純「何と・・・!?」
華琳「・・・まさか。袁紹を頼るにしても、南皮から豫州に兵を入れるなど・・・、どうするつもり。」
燈「あのあたりの相や太守にはいろいろ貸しがあってね・・・、済陰に寄る前にあちこち足を伸ばして、既に話は通してあるの。まだ袁紹殿ご自身には持ちかけていないけれど。」
華侖「あちゃー。袁紹の名前が出てきたっすよ。」
栄華「ええ。お兄様はともかく、お姉様とは仲が悪いですからね。」
燈「・・・いずれにしても、太平要術の書は取り戻すつもりなのでしょう?今なら、貴女達に優先的にさせてあげると言っているの。」
純(こいつ・・・。)
華琳「・・・貴女、国を売るつもり?」
華琳「義理にうるさい陶謙はまだしも、袁紹は野心の塊よ。その提案を受け入れるのは間違いないけれど、その後にどうなるか分からない貴女でもないでしょうに。」
燈「あら。それこそ他国の話など、陳留太守の曹孟徳殿には関係ないでしょうに。」
燈「それとも・・・、先に買っておきたいのは貴女だったかしら?」
華琳「・・・。」
純(さすがにこんなに分かりやすい挑発には乗らねーか。)
燈「言ったでしょう。逃がした賊を再び捉える機会をあげる、と。」
華琳「助けてあげるのはこちらよ。」
燈「・・・。」
華琳「・・・。」
そして、時間だけがゆっくり過ぎていき、
華琳「・・・いいわ。同盟という事なら、引き受けてあげる。」
華琳「それと、遠征にかかる費用はそちらに出してもらうわ。賊を千人も余分に退治してあげるのだから、当然よね?」
燈「・・・。」
純(陳珪、姉上の金額面まで入れた具体的な申し出に面食らってるな・・・。)
すると、陳桂は小さくほぅっと息を吐き、
燈「・・・ええ。その条件で結構よ。」
華琳「半月保たせなさい。それで、その賊とやらは1人残らず駆逐してあげるわ。」
燈「準備に半年かかると言われなくて助かったわ。こちらも州内の根回しをもう少ししておきたいから、その時点で改めて遣いを送るわ。」
華侖「・・・終わりっすか?」
秋蘭「・・・みたいだな。」
華侖「ぷはー。息が詰まったっすー。」
栄華「ほら、もう少しですから、静かにしていなさい。」
燈「さて、なら私は帰るわ。今日は実のある話が沢山出来て光栄だったわ、曹孟徳殿。」
華琳「あら、会食の支度をしておいたのだけれど。」
燈「申し訳ないのだけれど、辞退させていただくわ。・・・戻ってすべき事が、山のようにあるの。」
華琳「そう。」
純「そういえば、さっきから気になっていたのだが、そちらにいる子は?」
純(というか、ずっと見られてる気がすんだよな・・・。気になって仕方が無かった・・・。)
燈「ああ、この子は私の娘よ。見聞を広めさせるために同行させたの・・・。喜雨、ご挨拶なさい。」
喜雨「・・・姓は陳、名は登、字は元龍と申します。まさか曹和様に会えるなんて思わなかった。」
そう言われて、純は少し驚いたが、
純「そうか。確か君は、沛の米や麦の収穫量の増加に大きく貢献したと聞いた。」
華琳「ええ。私も聞いたことがあるわ。」
燈「あら、お耳が早い。この子は政事よりも、そちらの方が好きなようなのよ。」
純「へえ。俺も米や麦は非常に大切であると説いてはいたのだが、俺は根っからの武人だからそれの収穫量の増加をどうするのか、なんて考えても思いつかねーんだよ。でも、それを出来る者に出会えるなんて、本当、尊敬するよ!」
そう言って、純は饒舌に喜雨の事を褒めたのであった。普段鉄仮面のように表情を崩さない喜雨は、もう大慌てである。
喜雨「そ、尊敬だなんて・・・。僕は土と水に正面から誠実に向かい合っただけだよ。それに答えてくれたのは作物達。その大切さを常に説いていて、なおかつ戦に勝つ曹和様と比べたら・・・。」
純「そんなことねーよ。それも立派な才能だ。胸を張っても良いと思うぞ!」
華琳「純、まだ話の途中なのだけど・・・。」
純「ああ、申し訳ございません。姉上。」
そう言って、純は少し下がった。
華琳「弟の非礼、お詫びするわ。でもその知識、いつか我々の所で役立ててほしいものね。」
燈「あら。それは人質ということかしら?」
華琳「まさか。同盟国を相手にそんな無粋な真似はしないわよ。」
華琳「正式な依頼よ。我が陳留にも、これから手を付けなければならない土地がそれこそ山のようにあるの。」
華琳「沛で振るった手腕を生かしてくれると光栄だわ。むしろ、純は絶対に快く迎えてくれるわ。」
喜雨「・・・曹和様からの依頼だったら、考えておくよ。」
そして2人は頭を下げ、静かに、謁見の間を出て行った。
栄華「・・・お疲れ様です、お姉様、お兄様。」
華琳「この程度、大したものではないわ。」
純「そうだぞ。朝廷に顔を出すことに比べたら、まだマシな方だ。」
華琳「そうね、魑魅魍魎の跋扈する蠱毒壺よ、あそこは。」
純「確かに。それと比べれば、先程のは可愛いものですな。」
柳琳「ですが、あのお方・・・、どこまでが本心だったのでしょうか。いくら戦力が心許ないとは言え、他国の兵を自領に引き入れるなど・・・。」
華琳「さあね。けれど、これで貸しを作っておくのも悪くはないでしょう。もちろん、向こうに良いようにされないよう、色々と根回しは必要だけれど。」
華琳「猫にも爪の一つくらいあるものね。それよりも栄華。」
栄華「はい。お風呂は用意させてありますわ。ゆっくり、汗をお流し下さいませ。」
華琳「それと、遠征に出す兵の支度も調えておいて頂戴。既に城下の商人には話を付けているし、費用は向こう持ちだから、あまり額面は細かく言わないように。」
純「やはり、やっておりましたか。」
華琳「ええ。やってたわ。任せるわよ、栄華。」
栄華「もちろんですわ。遠征部隊は他国に見られても恥ずかしくないよう、万全整えさせていただきます。」
一方、
喜雨「・・・なるほど。本当に、手の入れがいがありそう。」
燈「あら。曹子元から誘いの依頼が来る前に、もうこちらに来る気になっているじゃない。」
喜雨「僕は母さんとは違うよ。考える必要があるから、考えるって言っただけ。」
燈「そう。・・・けれどあの曹孟徳と言う子、噂に聞くよりずっと自制の効く子だったわね。その弟の曹子元も殆ど喋らなかったけど、姉同様、自制が効いてたし。」
燈「袁家の名を出せば、もう少し楽にこちらの誘いに乗ってきてくれるかと思ったのに・・・。」
燈「おかげでこちらの仕込みが台無しだわ。」
喜雨「・・・。」
燈「もっとも、これなら・・・、ふふっ。」
喜雨「・・・そういう所が嫌いなんだよ。政治家って。」
そんな会話をしていた親子であった。