サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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人=ヒトとウマ娘両方
ヒト=ウマ娘は含まない
上記の使い分けにしてますが、表記揺れがあったら申し訳ない。


日没

「ハァ……ハァ……」

 

 日が沈み、ライトに照らされるグラウンドには、ボクとトレーナーしか居なくなっていた。

 そろそろ休息を取るべきではある。だが、もっと走らなければという焦燥は収まりそうにない。

 

 トレーナーはしっかりと約束を守ってくれた。疑っていた訳じゃないけれど、裏切られた経験と病み上がりだという事実が、最後まで自分の中に澱みとして残っていた。

 けれど、正式な出走登録手続きが終わり、公に周知もなされた。ボクがしっかりと体調を維持すれば、走れるんだ。

 

 そういう意味でも休んだ方がいいのだけど、構わず脚を前に出した。 

 あとは勝つだけなんだ。それで夢が叶う。全て上手くいくんだ。

 

 ……なのに、自分の脚は全く思うようには動いてくれない。

 

 筋力の衰えと関節の柔軟性を取り戻せていない左脚。

 トレーニング中の試走ですら息が上がるスタミナ。

 ぶっつけ本番でレース勘もなにもない。

 

 そして、夏の合宿を乗り越えて一回りも二回りも強くなったであろうライバルたち。

 敗北を予期させる要素はいくらでもあって、勝利を確信できる要素なんて見当たらない。

 

「笑っちゃうくらいに逆風だなぁ」

 

 かつて描いた夢へ至る道は、どうしようもなく険しい。

 事前投票ではボクが一番人気だったが、勝利することへの信頼ではなく、三冠達成へのお祈りが大半と言ったところだろう。

 

 競う相手となるウマ娘たちの仕上がり具合も見たが、悪くない感じだった。ダービーの時と同じ走りができるなら負ける気はしないが、たらればを言っても仕方がない。

 

 どれだけ望もうと失ったものは戻らない。

 だからこそ今あるもので、喪失の後に得たもので頑張る。

 他ならぬボク自身が、そうしたいと思っている。

 

 だが、焦りすぎて怪我をしては元も子もない。

 脚を動かすスピードを緩め、気持ちを整理しようと夜空を見上げた。

 

 実際のところ、夢の達成が困難である現状を憂いている訳ではないのだ。

 

 ぶっちゃけた話、無敗の三冠の夢が持つ意味は自分の中で随分と薄れている。

 獲れれば、歴史に名を残す偉業になるのだろう。

 周囲の評価や待遇、自分の得られるモノは増えていくんだと思う。

 チヤホヤされて、誰もがトウカイテイオーに注目して凄い天才だと褒め称え、賞賛と喝采を浴びせるのだ。

 

 そして、負ければ何もない。

 

 勝者は一人。オールオアナッシングとまでは言わないが、勝者とそれ以外には雲泥の差がある。

 敗者に向けられる同情はあれど、やはり求められているのは一着なのだ。

 別に世間のそんな対応を非難するつもりも貶す気もない。

 所詮、ファンもマスコミも目立つ存在に群がってきただけのことなのだ。

 

 強い輝きを放つ光があれば目を向けてしまう。それだけの話。

 光が弱まれば見向きもされなくなる。

 

 捻くれた物の見方だとは思う。けれど、かつての経験が世間に対しての疑念を抱かせる。少なくとも、世間からの期待に応えるために走るのは止めたほうがいい。シンボリルドルフが常に他者から求められる在り方を体現しようとしているのとは真逆の考えだが、今のボクは特に忌避感もなく受け入れられた。

 

 そして、そんな考えを持ったボクにとって、レースとは名誉や世間からの承認を得るための場ではなくなった。

 そんなことよりも、大切なヒトたちから受けた施しと恩に報いたい。

 少しでもなにかを返してあげたい。

 

 崩れ落ちたボクを立ち上がらせてくれたヒトがいる。不貞腐れて周りを拒絶していたボクから離れず、支えようとしてくれた友人がいる。例え手酷い負け方をしたとしても、変わらずに自分を迎えてくれる両親がいる。

 

 それは幾多の勝利の末に得られる栄光や財産と比べたって、決して劣ったりはしない得難いモノなんだ。

 

 誰に与えられたのかも分からない、持って生まれた才能の証明ではない。

 傍で支え、共に歩んでくれた人達に自分の成長を伝えるために走ろう。

 

『あなた達のおかげで、自分は今此処にいる』と。

 

 そう考え、だからこそ負けたくないと思った。

 負けられないのではない。敗北では変わらないモノの大切さを、知ることができたから。

 そして、敗北では変わらない人達がボクにはもう居る。

 

 それでも、変わらず傍に居てくれる人達がボクの勝利で少しでも笑顔になってくれるのなら。

 

「それだけで、ボクの全てで挑む価値がある」

 

 

 

 

 

 

 ……そう、夢の喪失は問題ではない。ならば、一体なにを焦っているのか。

 

 見上げていた空から顔を下げると、コチラに向けてトレーナーが手を振っていた。

 

 両親と友人はボクが負けたとしても変わることはない。

 けれど、トレーナーはどうだろうか。あのヒトがボクに利益を求めていることは分かっている。

 ボクには気を遣って建前を言う事もあるけど、普段の言動を見てれば気付く。

 

 ボクとトレーナーは、あの日『一緒に三冠とその先の夢を果たそう』と契約を結んだ。

 では、三冠を獲れなかった先は?

 

 あの時は後のことなんて考えられなかった。

 今日まで負けた時の話もしなかった。

 先輩は『壊れるまで走れ』と言うだろうと教えてくれた。

 

 どんな結果であれ、ボクとトレーナーの契約は続くんだと、疑うでもなく思っていた。

 

 本当にそうだろうか?

 あのヒトは、負けたボクを見捨てずにいてくれるだろうか。

 怖くて聞くこともできない。

 

 ああ、そうだ。

 

 ボクは夢が叶わないかもしれないことに焦って脚を動かしている訳じゃない。

 傍に居てくれるはずのヒトを失う恐怖から、信頼していたヒトに裏切られる絶望から逃げようと、足掻いているんだ。

 

 

 

 

「そのくらいにしておけよ、テイオー。これ以上はオーバーワークだ」

 

 全く真面目すぎるだろ。やればやるほど嘗ての走りを取り戻せるってんならともかく、悪化する可能性だってあるんだぞ。

 

「うん、分かってる。でもゴメンね、トレーナー。もう少しだけ走らせてほしいんだ」

 

 おいおい、まさか自棄になってるわけじゃないよな?

 菊花賞まで残り一週間。疲労を抜いて体調を整えるべき時期だ。ここから追い込み掛けて詰め込むなんてのは論外だぞ。

 

「応えたいんだ」

 

 ポツリと呟やかれた言葉の意味が理解できなかった。

 

「ファンの期待とかの話か? 無視しろとは言わないが、バカ正直に受け止めても疲れるだけだと思うぞ」

 

 負ければ手のひらを返す奴や筋の通らない批判の声を挙げる奴もいる。褒め言葉だけ聞くくらいがちょうどいいんだ。

 

「それはどんな評価をされても受け入れるよ。全部ボクの我儘による結果だからね。ボクが応えたいのは、トレーナーにだよ」

 

 ……俺?

 

「俺の期待にってことか? たしかに一緒に三冠を獲ろうとは言ったが……」

 

 むしろ怪我される位なら、無事にビリで負けて帰って来てくれた方が嬉しいんですが。

 

「学園のヒト達から色々言われたじゃん。見返してやりたいんだよね。『ほら、トレーナーはなにも間違ってなかった。ボクを菊花賞に出走させたことは正解なんだ。見たか!』ってね」

 

「……入れ込みすぎだ。俺はお前にトレーナーとして何もしてやれてない。俺にできて他のトレーナーにできないことなんて何一つないんだよ」

 

 トレーニングのレベル。あるいはウマ娘との絆。仮にそんな数値があるとしたら、俺は間違いなく学園でも最低だろう。菊花賞が目前だというのに、有効な策の提案や助言もできず、近くでこうやってトレーニングを見ているだけなのだ。

 役に立つ度合いなんて、精々一緒に遊んでストレス解消できるお友達Aと言ったところか。

 

「だからこそ、ありがとう。他の誰でもできるはずの菊花賞への出走を認めてくれたのは、トレーナーだけだった。それはあの時のボクにとって何にも代え難いことで、本当に感謝してる」

 

 欲に塗れているだけのことをそこまで言われると、胸がモヤモヤして仕方ない。ウマ娘はピュアな性格の奴しか生まれないのだろうか。

 

「勝ちたい理由は多い方がいいよ。ボクの夢のため、ボクの夢を拾い上げてくれたヒトのために勝ちたい。そう思うとね、脚を動かしたくて我慢できないんだ」

 

 部屋に帰って休んでもらうのがベストなんだけどなー。コイツの目を見てると言うこと聞かせられる気がしない。

 

「全力疾走はなし。トレーニング後のケアをしても門限に間に合う時間までって条件付きだ」

 

 いかんな。金蔓が無駄に摩耗する展開なんて避けるべきだ。

 いやしかし、強制的に止めさせてモチベーションを落とすのも悪手か?

 こういう時はどうやって宥めすかすのが正解なんだろうな。

 

「ありがとうっ! それじゃ、いってくるね!」

 

 そう言ってグラウンドへ駆け出したテイオーを見送って、未だ晴れない胸にある靄に思考を巡らせる。

 

 原因は今以て熱を持つことができない己への不満。

 悪いのは俺で、自分ではどうにも出来ないと思っている。

 それはいい。

 

 だが、何故このタイミングでここまで真面目に考え出したんだ。ずっと後回しにし続けて、向き合うこともしてこなかったのに。 

 

「まさか、勝ってほしいと思ってるのか? 金なんて関係なくアイツの夢のために? バカらしい……」

 

 まだ契約から半年と経っていない浅い関係だ。近づいた目的だって我欲を満たしたかっただけ。怪我にめげず奮起する女の子を近くで見ていただけで感化されるなんて、流石に簡単すぎるだろ。

 

 俺の目的はトウカイテイオーを使って金を得ること。そのためにアイツに優しくして、心と体をケアしたんだ。菊花賞一着で得られる金銭は大きいから勝ってほしい。しかし、怪我をされる位なら無理せず負けてほしいし、大怪我して引退なんてことになったら目も当てられない。

 

 やはり今すぐに休ませて、本番も無理はしないように強く言い聞かせるべきか?

 そう考え、練習コースを一周してきたテイオーに向けて声を掛けようとして、言葉に詰まった。

 

 汗をかき、息を荒げながら走るテイオーの顔はどこまでも真摯で真剣だった。

 俺の記憶にある最高潮のトウカイテイオーと比べると、無様で余裕のない走り。

 世代の代表格たるウマ娘達に勝つには、恐らく足りない。

 それでも譲りたくないモノがあるからと諦めない姿は、キラキラと輝いていた。

 

 ……いままで散々利用するために動いてきたんだ。いまさら俺に止める資格なんてないか。

 

 走るテイオーを見ていると、かつて担当した三人のことが思い浮かんだ。

 アイツらに対してだって、自分からやめると言い出さない限り口を挟むことはしなかった。

 してはいけないと思った。

 たとえ結果が伴わないのだとしても、俺は知っている。

 この学園で最も不真面目で不健全な俺だからこそ、知っている。

 自らが選択し心に決めたモノのために本気になれることは、この世のなによりも尊い。

 不純な動機でしか動けない俺が止めていいものではない。

 

「まぁ、俺はトウカイテイオーのトレーナーだしな。応援したって何もおかしくはないか」

 

 羨望か嫉妬か、あるいは不甲斐なさか。

 降りかかる不幸も困難も跳ね除けて進むテイオーの眩さに目を細めながら、変われない自分を納得させる。

 

 応援しかできないトレーナーというのも中々に笑えない話だ。

 だが、菊花賞までになにかを劇的に改善することも出来ない。

 

 二冠達成時の走りを万全として、果たして今はどれくらいなのか。

 距離三千という初めての長距離レースなのに、病み上がりで結果を出せるのか。

 俺では精度の高い予想なんてできないが、アイツの想いと努力に嘘はなかった。

 少なくとも、夕暮れのグラウンドで契約を交わしたあの日からは、一番近くでそれを見てきた。

 

「だからまぁ、夢が叶ってハッピーエンドなんて結末も有り得るよな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして迎えた菊花賞。

 

 『トウカイテイオー 十一着』

 

 それがアイツの夢の終わりで、どうしようもない現実だった。




次回、菊花賞本番です。
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