クズのメンタルがよわよわになってますが今回だけです。
「という訳で、これからの方針を決めようと思う」
菊花賞を終えて数日。あの日から、俺たちの関係性にもほんの少し変化が起きた。
金や目標と言った付随する理由に変わりはなくとも、負けたくないという想いはより強く。
一緒に勝ちたいという意思を共有できたことで、日々の生活にも張り合いが出ている。
「方針? 体の負担が限界を超えない範囲で中長距離のGⅠレースに出るでいいんじゃないの?」
何を言っているのだろうと首を傾げるテイオーにこっちが困惑する。
……あれ?俺の予想してた回答と全然違うんだけど。
以前よりも理解し合えたと思っていたのだが、もしかして俺の勘違いか?
「それでいいのか? その、春秋の三冠とかルドルフと同じレースを走りたいとかあるだろ」
出るレースによって、トレーニングの方針にも違いがでる。
心機一転した真面目なトレーナー君としては、しっかりと意思疎通を図り認識の齟齬はないようにしておきたいんだが。
「別に拘るつもりはないよ。あー、でも賞金のことを考えるとグランプリは外せないかな」
……んー?
「しょ、賞金でレースを選ぶのはどうかと思うぞ? ほら、やっぱり自分の信念に基づいて選択するべきじゃないか?」
二十数年生きてきて、ここまで口を開くのが重たいと感じたことはない。
賞金より信念とか、どの口がほざいてるんだ。
「そこで取り繕わないでよ。お金が欲しくてボクのことスカウトしたんでしょ」
改めて担当ウマ娘から言われてはっきり分かったが、これ最低な理由だな。
「そ、そんなことないし。俺はトレーナーとしてトウカイテイオーという才能が潰えるのは許せないって思ったからスカウトしたんだし」
「へえー、そうなんだ。ちなみにボクは菊花賞に出してくれるならどこの誰であろうとどうでもいいって思ってスカウトを受けたよ」
それは言われんでも知ってるけども。
……よく考えたら俺、テイオーの怪我が治ったら捨てられる可能性を甘く見積もってたよな。
金にしか興味ないと思われてる無能トレーナーの泣き落としなんか通用する訳ないじゃん。
あれ、もしかして俺とうとう来期から無職か?
「捨てないでください。なんでもしますから……」
担当ウマ娘に下座を敢行するトレーナーって歴代にどれくらい居たんだろうか。
でも、やっと本気になれそうなんだよ。
いまさらトウカイテイオー以外のウマ娘なんて考えられないんだ。
「なんでいきなり土下座しだしたの……。心配しなくてもトレーナー以外と組むつもりなんてないから。レースだって本当にそれでいいって思ってるんだから気にしないでよ」
ううむ。そこまで言うのなら信じるしかあるまいか。
「なら話を戻すぞ。年内だとジャパンカップや有馬記念があるけど、俺は出走を見送ってもいいと考えている」
菊花賞の敗北でもトウカイテイオーの人気に翳りはなく、有馬の出走権も獲得できてはいる。
だが、ここで急いては菊花賞の二の舞になりかねない。
腰を据えて育成に注力すべきだと思う。
「それでいいの? 有馬記念一着で賞金一億二千万円だよ?」
イチオクニセンマンエン。
億なんて桁、そうそう言葉にすることもない。
それが、一部とは言え自分の懐に入るかもしれないのだ。
金の魔力抗いがたし。だがそれでも。
「……い、いいんだ。次のレースは俺たちにとって本当の意味で復帰レースになる。半端な状態ではなく、納得できる仕上がりにしてから挑みたい」
でも一億二千万か……。平均的な生涯年収の何割になるか。
いやいや惑わされるな。それは勝ったらの話だ。
テイオーの力を信じてはいるが、それはトレーナーとして妄信することではない。
それに、幸いにも菊花賞の後に怪我の再発や体の不調は見られなかった。
年内の出走を避ければ、数ヶ月はスタミナや筋力の強化に充てられる。
「じゃあレースに出るのは来年になってからだね。賞金なら春の天皇賞だけど、いきなりGⅠ最長距離はさすがに無茶かなぁ」
菊花賞を超える距離三千二百だもんな。
レース勘を取り戻すことも考えると、やはり初手は実績があって得意とする中距離だろう。
「そうなると候補はあってないようなものだな。四月の大阪杯。それが俺たちの新しい目標だ」
八大レースにこそ含まれないが、新年初っ端のGⅠということもあり、出てくるウマ娘も強敵揃いになるだろう。
「……やっぱり、最初はGⅢとかGⅡから挑戦して徐々にステップアップしていくか? いきなりGⅠてのは高望みしすぎかもしれん」
なんだか怖くなってきた。
いままで本気でやってこなかったからこそ言い訳できていたが、本気ということはそれ以上はないということだ。
どこまでも冷酷に現実を突きつけられる。
お前はその程度なのだと、結局はトウカイテイオーには見合わないのだと思い知ることになるかもしれない。
「もうっ、なにを弱気になってるのさ! このトウカイテイオーのトレーナーなんだよ! 来年は出走するGⅠレースを俺たちで総なめしてやる位のことは言ってよ!」
「いやしかしだな、人生というのは謙虚に身の程を弁えて歩んでいくべきだと思うんだ」
コツコツやっていくのが人生のコツだぞ。
「謙虚ってトレーナーに一番似合わない言葉じゃない?」
口を慎みたまえよ、トウカイテイオー。俺だって似合わないなと思っているのを我慢してるんだから。
「と・に・か・く! 次のレースは大阪杯。その次は春の天皇賞。マイルに挑戦してみてもいいけど、順当に行けば宝塚記念って流れかなぁ」
アイツらの時はプレオープンや重賞以下のレースに勝つところからだったから、こうやってGⅠレースの名前がポンポン出てくると眩暈がしてくるな。
トウカイテイオーが如何に凄いウマ娘か、今頃になって実感が湧いてくることになるとは思いもしなかった。
「分かった。その予定で動こう。そんじゃ、次はトレーニングについてだな」
菊花賞までのほとんどの期間はリハビリだったし、直前も負荷が高すぎるトレーニング内容は避けていた。
ここからは、完全に怪我が回復した状態のトレーニングに切り替えられる。
「トレーニングはバランスよく坂路やプールを混ぜていくのがベストだよな」
少なくとも、現時点のテイオーには全てが足りていない。
だが、天性のバネや関節の柔らかさが完全に失われた訳でもない。
時間さえあれば以前と遜色ない状態になるだろう。
ならば、併せてスタミナや心肺機能、筋力の強化も図っていく。
平均的に能力を鍛えていくなかで、強みも取り戻していけば最強ウマ娘の再誕である。
俺の一番の課題は、そこからさらにコイツを伸ばしてやれるかってとこなのだが。
「心配してるのはレース勘なんだよね。ボクたちって専属だから併走相手を都合良く用意できないし、こればっかりは仕方ないかなぁ」
併走相手か。チームを組んでいれば相手には困らないんだがな。
学園のほかのウマ娘たちと交渉することはできるのだが、ここでも俺の存在が足を引っ張る。
そう、俺は基本的にトレーナーを含めた学園関係者からの評判がすこぶる悪いのである。
トウカイテイオーとの併走に価値を見出すやつはそれなりにいるだろうが、良からぬことを考えているのではないかと敬遠される可能性もある。
その辺りを理解して融通を利かせてくれそうなのはリギルとスピカのトレーナーだが、スピカには間違いなく春の天皇賞でぶつかることになるメジロマックイーンがいる。
お互いに手の内を晒したくないという理由で断られる可能性は高い。
リギルは……。
『どうかあの娘のことを宜しく頼む』
シンボリルドルフに頭を下げさせておいて菊花賞はあの有り様である。
蹴り飛ばされても文句言えねーわ。
どの面下げて併走お願いしまーすって言いに行けばいいんだ。
「すまん、テイオー。俺はダメダメなトレーナーだよ」
まともに併走相手すら用意してやれないなんて。
性格も態度も能力もダメなんて逆にすごいよね。無能三冠トレーナーってか?やかましいわ。
「さっきから落ち込んだり空中にツッコミ入れたりどうしたの? 頭大丈夫?」
心配してくれてるんだろうが言い方は選ぼうね。
「併走相手のことはまた今度考えればいいんじゃないかな。まずはボク自身の能力を戻し切るところからだよ」
……それもそうか。
俺のガバガバな見立てでも、年内一杯はそちらに注力する必要がある。
他のウマ娘の出走予定なんかが分かってくれば、頼みやすい相手も出てくるかもしれん。
「もし見つかんなかったらマヤノとかマーベラスにも頼めなくはないしさ」
マヤノとマーベラスかー。
才能はあるんだろうけどまだ未デビューだからなぁ。
さすがにシニア級の相手にはならないだろう。
それでも相手をしてくれるなら意味はあるし、担当のトレーナー達と関係性を構築していくための第一歩として、こちらから恩を売れるかもしれない。
「はぁ……。引っ越してきた地域でご近所さん付き合いが上手くできるか悩む主婦の心境だぜ」
意地悪なおばちゃんみたいな連中に虐められたらどうしよう。
「本当になにを悩んでるのさ。だいたいトレーナーは虐められたら倍返しするタイプでしょ」
それもそうだったわ。
真面目にテイオーと向き合っていくって決めた影響で及び腰になってるな。
トレーナー業は嘗められたら終わりだ。
二冠ウマ娘と一緒にトレーニングさせてやってもいいんだぜ、くらいのテンションで行こう。
「おーっし、弱気はやめだやめだ。二冠のテイオーよりすごいウマ娘なんて同世代にゃいないんだからな! ふんぞり返って行くか!」
「二冠獲ったのはトレーナーと組む前なんだけどね」
わはは、細かいこと気にすんな!
■
気にするな、なんて笑ってるけど気にしない訳ないよ。
過去の栄光だけじゃ、ボクとトレーナーの評価に繋がらないじゃん。
ボクはまだなんの恩返しも出来ていないんだよ?
トレーナー、ボクに欲望は隠さずに出していけって言うよね。
だから誤魔化したりしないよ。恩を返すだけじゃない。
本心から、トレーナーに貰った以上のモノを与えてあげたいと思ってるんだ。
それが今のボクのやりたいこと。
だから、いくらでも賞金の高いレースに出してくれていいよ。
ボク、頑張って稼いでくるからさ。
まぁ、トレーナーがじっくり育成に臨みたいって言うなら従うけど。
そうやって、自分の気持ちを整理しながら拳を握って力を込める。
……明らかに肉体の出力が上がっている。
欠片も本調子ではなかった菊花賞から数日、なにかトレーニングをした訳でもないのに。
理由は分かっている。
ボクとトレーナーの両方が本当の意味で一緒に歩んでいく覚悟を決められたからだ。
今までの関係が嘘だったわけじゃない。けれど、足りていなかったピースがカチリと嵌ったかのように、心身にあった違和感が消えたのを感じる。
今にして思えば、ボクは精神的に騙し騙しやってきていたんだろう。
以前のトレーナーを、あのヒトを失った絶望と悲しみを無理矢理に憎悪と怒りで上書きしていた。
そんな心の歪みと菊花賞への焦りは無意識のうちに肉体にも負担を与えていた。
それが負けたことで、いや負けたからこそ、存念なく前に進めるようになった。
焦る必要はない。
トレーナーの言うとおり、次のレースは万全の状態にして挑もう。
そうしてトレーナーに見せてあげるんだ。
あなたのウマ娘は誰よりも速く、地の果てまでだって走れるんだってことを。
そうしてトレーナーに教えてあげるんだ。
あなたの欲望を叶えるために、好きなだけボクを使ってくれていいんだってことを。