「あ"ー肩が凝るわネクタイは上手く締まらないわ散々だ。慣れないことはするもんじゃねーな」
『テイオーの写真を送ってほしい』
以前から、ご両親にそういう要望を受けてはいた。
だから定期的にトレーニング風景や遊びに出たときの写真を撮っていて、多少は数をこなせていると思ってたんだがな。
今までは手持ちのデジカメやスマホで満足してくれていたのだが、今日という晴れ舞台はより高画質な写真で残したいと嘆願された。
なんならコチラからカメラを送りますよとメッセージに型番が書かれていたのだが、レンズも含めると目ん玉飛び出るような金額のやつだった。
アイツの実家、思ってたよりも全然太いわ。
あまりに高額すぎて手が震えてキレイに撮れる気がしねー、と項垂れていたところ、何を勘違いしたのか今度はルドルフが『この一眼レフとスタビライザーを使えば手ブレ対策もバッチリだ』とクソデカいカメラを置いていきやがった。
そういう意味で悩んでたんじゃねーんだよ。
というか気づいたら部屋の入口に手を組んで背を預けた状態で立ってたが、何時からいたんだろうか。
使用料は撮影したデータの横流しで良いとか言っていたが何も良くない。
最近俺のなかでキャラが壊れ気味なんだが、それでいいのか皇帝。
それで結局ルドルフのカメラを使って撮ったんだが、重いわデカいわで腕と肩が痛い。
そもそもアイツはなんの用途でこんなもんを持ってたんだ。
「……これで最低限は見せられるか?」
やっとこさネクタイも納得のいく状態になった。
もうスーツなんて絶対に着ねー。
「さてと、次は手の掛かるお嬢様のご機嫌取りか。なんで祝いの場なのに俺は疲れてばっかりなんだ」
ジャケットを羽織り、関係者控室から出てテイオーを迎えに行く。
廊下を歩いている最中、向けられる視線の温度は冷たく、聞こえてくる声に込められている感情は愉快なものではなかった。
「はぁ……。苦労して連れてきたんだぞ。頼むからテイオーの前では取り繕ってくれよー」
すでに手遅れな気もするが、宥めるにも限界がある。
そうして辿り着いた部屋には『受賞者控室』の立て札。
菊花賞の敗北から早や二ヶ月が経過し迎えた新年。
無敗の三冠こそ逃したものの、トウカイテイオーはURA年度代表ウマ娘に選ばれた。
■
『菊花賞は残念だったけど、それでも夢に挑戦する姿を見られて良かった』
『前のトレーナーだったら勝てただろ。無策みたいだったし、負けたのはトレーナーが原因』
『病み上がりで長距離レースは無謀だった。三冠と一緒に無敗もなくなったし、トレーナーは責任取れるのかよ』
『ダービーと同じ走りとは言えなかったけど、また走ってるトウカイテイオーが見られて嬉しい。次にどのレースに出走するのか楽しみ』
以上、ここ最近ネット上で飛び交っている俺とテイオーに対する代表的な評価の抜粋である。
菊花賞直後から少なからず声は上がっていたものの、基本的にはテイオーに対する応援と同情の声だけだった。
そこに俺の能力を疑問視する内容が含まれだしたのは、年末頃からの話だ。
切欠は、あの女の担当ウマ娘が有馬記念を獲ったからだろう。
シニア級で数年走ってるウマ娘なんだが、今までのレース結果はあまり奮うものではなかった。
だが、ここに来て国内最高峰のレースで勝利を飾り大きな注目を集めていた。
その勝利者インタビューで担当トレーナーの悪い噂を払拭したかったと答えたことで、一連の事情に詳しくなかった者達にも興味を持たれた次第である。
そのあとはまあ、トントン拍子にマスコミとゴシップ好きなネット上の不特定多数によるお祭り騒ぎという訳だ。
トウカイテイオーの骨折と、それに伴い発生した担当トレーナーへのバッシング。
菊花賞への出走を目的とした、大した実績のないトレーナーとの再契約。
奇跡的に出走を果たしたものの、惨敗を喫し夢破れた菊花賞。
適度に不幸で刺激的で、妄想の余地がある。そんな話が出てきたもんだから、ここ最近は随分と俺を非難する内容が盛り上がりを見せている。
昨年のダービー直後は、あの女が無理なトレーニングをテイオーに強いたんだとボロクソ言われてたんだが、結局のところ面白ければ真実や正しさなんてのはどうだって良かったのだろう。
今では前のトレーナーと共に歩むのがテイオーのためだったと言う奴が多数派のようだ。
そんな風に好き勝手言われている訳だが、俺にとっては顔も見えない匿名からの罵詈雑言なんてものは道端に転がっている犬のフンと変わらない。
目に入れば不快だが、わざわざ手間を掛けて片づけるほどの価値はないし、放っておいてもいずれ消える。そんな程度だ。
疑問に回答してやるなんてあり得ないし、そんな無駄な事に時間を費やすくらいならテイオーと遊びにでも行った方が余程に有意義だ。
テイオー自体を悪く言う輩はほぼ居ないようだし、ノープロブレムである。
そしてそれは、現在俺たちを取り囲んでいるマスコミ関係者相手でも同じことだ。
「……だからまあ、そんなに唸って周りを威嚇するんじゃないよ。今日の主役の一人はお前なんだ。人気商売でもあるんだから、笑顔で愛想を振りまいておけ」
あまり気にしてない俺に対して、隣に居るテイオーはそうはいかないらしい。
眉間に皺を寄せ、歯を剥き出しにして『うー』と唸っている。
威嚇なんだろうけど、可愛さが先行してるからあんまり問題ないかもな。この場に呼ばれたことに緊張していると受け取られるだけかも知れない。
「だって、負けたのはボクの責任なのにトレーナーにばっかり好き勝手に文句言うんだよ!」
語調は強いが声を抑えているあたり、冷静ではあるようで良かった。
「どうでもいいだろ。ありもしない事を然も真実かのように書くのがお仕事なんだ。それに比べれば、俺に関する批評はあながち間違っちゃいないからな。痛快な非難の記事を書かせて、せいぜい気分良くなってもらえばいいさ」
そんなことよりも、テイオーの人気が落ちたりした方が問題だ。
レースに勝つために人気は必要ないが、金稼ぎという視点では大きな違いが出る。
企業からのCМ出演依頼や製品とのコラボ企画、スポンサー契約なんて話が出れば、得られる金銭はレースの賞金と比較しても劣らない。
無貌の悪意なんてのは俺が引き受けて、お前は小綺麗に着飾って華麗にレースを走り金を持ってきてくれればいいのである。
「……むぅー。ぜんぜん納得いかない」
そう言って頬を膨らませるテイオーは、やはりまだまだお子様である。
ネット上のファンもマスコミも、実際は興味ないのに乗っかってきてるだけの連中が大多数であり、そいつらは対応次第で敵にも味方にもなる。
もちろん、そんな風見鶏みたいな連中なんざ欠片も信用できないが、味方として都合よく使えない訳でもない。
元からないものと思って適当に使い捨てればいいのさ。
そういう意味じゃ、連中も俺達もお互い様だ。
「……っと、そろそろ順番みたいだな。ほら笑顔笑顔。内実はどうあれ投票で選ばれたんだ。俺たちに得があるのも事実だし、投票してくれた連中に礼くらい言ってやっても罰は当たらんさ」
最後にそう伝え、檀上に上がる準備を促す。
この場において、もともとトレーナーはオマケみたいなもんなんだ。
人生で何度あるかも分からない機会でもあるんだから、素直に祝われてこい。
■
『惜しくも三冠を逃しましたが、134票を集め見事年度代表ウマ娘に選ばれました、トウカイテイオーさん!』
「(気持ち悪い……)」
檀上に立ち、拍手の音とシャッターの光を浴びる中、抱いた感情は嫌悪だった。
情けない走りをして三冠を逃したボクを称え、その夢に挑戦するチャンスをくれたトレーナーのことを貶す。
それは、己が貶されることよりも遥かに許し難い行為で、向けられる称賛はどうしようもなく薄っぺらい空虚なものに思えた。
ボクの過去と見栄えに対する評価。トレーナーと歩んできた道のりなんて誰も見ちゃいない。知ろうとすらしていない。
そして、そんな連中に愛想笑いを浮かべて手を振って応えるボク。
ああ、胃がムカムカしてきた。
ボクは考えが甘かったのかもしれない。
信頼するパートナーと想いを共有して一緒に歩んでいく。
途中思い通りの結果が出ないことあっても、二人で乗り越えて進んでいく。
そんな寄り道があってもいい。そう考えていた。
どうやらそれでは遅いようだ。
早急にコイツらを、ボクたちの邪魔をする連中を黙らせる必要がある。
胸を蝕む黒い衝動はとうに我慢の限界に達していたが、爆発させるべき場所はここではない。
ウマ娘たるもの、ターフで結果を示して己の意思を押し通すべきだ。
だが、言われっぱなしは癪なのも事実。
場の空気は冷え冷えになるかもしれないが、文句の一つでも言ってやろうか。
そんな考えが顔に出始めていたのだろう。隣に立っているトレーナーが軽くため息をついて、小声で話しかけてきた。
「学園のウマ娘や両親、先輩連中もテレビ越しに見てるんだ。目の前のコイツらじゃなくて、自分と関わりのある連中を安心させてやるために笑えばいいさ」
……そういうことならまぁ、仕方ない。
ただでさえ皆には心配を掛けてるんだ。
菊花賞の敗北から立ち直れているのか、気を揉ませているだろう。
ボクは大丈夫だって、ちゃんと伝えてあげないといけない。
そうして少しだけ本心からの笑顔を浮かべると、トレーナーとは反対の側から声が掛った。
「おめでとうございます。でもきっと同情票も含まれていますわね」
「まー、それはそうだろうねー」
自分と同じく登壇し、最優秀シニア級ウマ娘として表彰されていたメジロマックイーン。
ボクにとってはクラスメイトでもあり、シニア級に上がったことで今後は鎬を削るライバルになるウマ娘だ。
「マックイーンも有馬記念惜しかったよねー。最後の加速が伸びなかったけど、クリスマスもまだなのにケーキでも食べすぎちゃったの?」
そう意趣返しすると、顔を赤くして斜め上に逸らした。
え、そこは怒るとこでしょ。もしかして本当に体重管理に失敗してたの?
「は、春の天皇賞では目に物見せてやりますわ。覚悟しておいてくださいませ、テイオー」
スピカってなんとなくその辺が緩そうだもんなー。
それともスペシャルウィークを見て、自分もあのくらい食べて大丈夫と勘違いしたのか。
『では、お二人に今後の目標を聞いてみましょう』
「私は春の天皇賞、二連覇を目指しますわ」
堂々と宣言してVサインするマックイーンを後目に、なんと答えるか思案する。
三冠も無敗もなくなった現状、明確に目指すレースがある訳ではない。
ただひたすらに勝つと答えてもいいのだが、何故かしっくりこない。
もう誰にも負けてやるつもりはないし、トレーナーのことをバカにしてる連中は許せないが、気炎を吐くのもボク達らしくない気がした。
だから今の自分がしたいことを、心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「ボクを支えてくれるヒト達に恥じない走りを」
真面目にやる気なんて全く起きない表彰式ではあったが、ここだけは雑にできない。
背すじを伸ばし、前を向いてはっきりとそう答えた。
■
支えてくれるヒト達に恥じない走りを。
そう答えたテイオーの顔つきは、先ほどまでの不機嫌が嘘のように大人びたものだった。
女子三日会わざれば刮目して見よ……か。
スカウトした日から三日も会わないことなんて一度もなかったんだが、子供というのは知らない内に成長しているものらしい。
今日着ている赤いドレスも、肩回りに細かいレースがあって可愛いよりも華やかな美しさを感じる。
私服もそうだが、最近は赤色がマイトレンドなのだろうか。
ご両親じゃないが、これじゃまるで巣立ちを見守る親鳥の心境だな。
なんにしても、テイオーが成長してくれるなら悪い事じゃないが。
『お二人には功績を称え、新しい勝負服が授与されます』
司会の言葉に合わせて、二人に目録が手渡された。
……そういえばあの勝負服、結局どんなデザインにしたんだろうか。
この表彰式、現在進行形でテイオーの機嫌は悪いのだが、出席するか否かでも一悶着あった。
受賞が決まったは良いものの、テイオーは表彰式に出席することに対して全く乗り気ではなく、それどころか世間の俺に対する反応を見て辞退したいとすら言っていたのだ。
あまりにも勿体なさすぎるので、俺も受けるよう説得したのだが梨の礫。
ボクだけしか評価されていないのなら断ると頑なだったのだが、新しい勝負服を貰えることが分かると渋々受けてくれることになった。
GⅠレースに出られるだけの実力を持つウマ娘にしか与えられない勝負服。その二着目を得られるというのは、世代の中でも傑出していることの証左だ。ウマ娘にとっては非常に特別なものであり、テイオーも無視はできなかったのだろう。そういう物欲はどんどん出していくべきだと思う。
そんなウマ娘にとって大きな意味を持つ勝負服。
当然ながら、そのデザインにもウマ娘の意志が反映される。
しかし、俺はその製作に全く関わらせて貰えなかった。
以前、テイオーの私服を選んだ際にキャラ物のプリントTシャツをチョイスしたことでセンスを疑われているのだろうか。
しかし、最初から口を出すつもりもなかったのだが、デザインの決定稿や試作品すら見せてくれないのはどういう理由なんだろうか。
「なぁ、テイオー。結局どんな勝負服にしたんだよ」
問いかける俺に、テイオーは今日初めての満面の笑顔で答えた。
「えへへ、内緒!」
……全く、なにがそんなに嬉しいのやら。
この世界線では、このような経緯を経てビヨンド・ザ・ホライズンが生まれました。
明日の投稿は番外編になります。
書き溜めはそろそろなくなるので来週以降は毎日投稿じゃなくて間隔が空くと思います。