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トウカイテイオーはダービーの時と比べて強くなったのか?
菊花賞以降、幾度となく取り沙汰される議題の答えは今のところ出ていない。
日本ダービーはトゥインクル・シリーズにおいて最も重要なレースと言っても過言ではないし、事実そう捉えて挑むウマ娘も多い。
ここで終わってもいい、だからありったけを……。
そんな破滅的な考えを持つ者すら、居ない訳ではないのだ。
もちろん、トウカイテイオーはそこが己の終着点だとは露ほども考えていなかったし、一般的にはシニア級も見据えたトゥインクル・シリーズのキャリアとして、前半と言ったところだろう。
ウマ娘として本格化していても、心身の成長曲線が描く頂点として日本ダービーは早すぎる。
ならば、ダービーで見せた圧巻の走りすら途上。彼女の至るスピードの極限はさらに先にある。
世間がそのように無責任な期待をするのは道理であり、期待に応えられなかったとき原因を糾弾することもまた、彼らの主観からすれば当然の権利なのである。
「問題は俺だけに留まらずテイオーにまで飛び火しないかだよな。成長という意味でも、レースに蟠りなしで挑むという意味でも、GⅠで一勝が欲しい」
しかし、大阪杯だけに囚われてしまうのも良くない。その次は春の天皇賞だ。何の対策もなしに挑めば、それこそ菊花賞よりも酷い結果になるだろう。
手を打ちたいところであるが、能力不足気味の俺の中で最も経験値が薄いのが長距離レースだ。
長距離レースって只でさえ少ないのに、重賞以外で絞るとほぼないんだよな。
長距離のノウハウ、テイオーの脚質である先行のノウハウ。
どちらも俺には足りていない。
スタミナが最重要なのだから、今の時点から春天を走り切ることを考えたメニューにはする。
だが、脚の負担はどう見積もればいい。
仕掛けどころのタイミングを測る練習は流石に大阪杯が終わるまでは待つか。
そもそも作戦はどうする。あの無尽蔵のスタミナで昨年の春天を事もなげに走り切ったメジロマックイーンを相手に、正攻法で挑むのは正解なのか?
テイオーの幅広い才能がトレーニングや採れる作戦の自由度にも繋がっているんだが、俺が全く扱いきれてない。
「なんて泣き言はいってられないな。全部アイツのために使うって決めたが、それはアイツを理由に時間を無駄にしていい事にはならねえ」
ならば、どうするか。分かる奴に聞くしかあるまい。
俺よりもトウカイテイオーのことに詳しい奴がこの学園にはいる。
俺よりも遥かに真剣に、長い時間をテイオーに注いでいた奴だ。
頼み辛さという意味でも最上位なのだが、躊躇している場合ではない。
プライドも、アイツのためにならいくらでも使い潰すと決めたんだから。
■
そうしてやってきました。あの女のトレーナー室。
全く親しくないし、むしろ不倶戴天の仇と思われているだろう。
だからこそ、誠意を見せる必要がある。
伸ばした指先をしっかりと揃え、合わせながら上体を前に倒していく。
背筋はぴしっとまっすぐに、丸めるのではなく背筋も使いながらだ。
上体を倒し切ったとき、額を床に擦り付けるような真似はしない。水平を維持。
畳んだ膝が崩れないよう注意しながら姿勢を固定し、一連の動作を完了させ用件を伝えた。
「テイオーの育成について、相談させてください」
座礼『下座・最敬礼』。
音だけ口にだすと超カッコイイ必殺技のように聞こえなくもないが、つまるところ土のある場所以外で行う土下座のことである。
「どういう、つもり……」
なんとか絞りだしたような声には、複雑な感情が込められているのがありありと感じられた。
床しか見えないから表情がどうなっているかは分からないが、すさまじく歪められていることは想像に難くない。
果たして逆の立場だったなら、俺はどう対応しただろうな。頭を踏み付けられるくらいのことはされるかも。
そんなことを考えていると、もう一度同じことを問いかけられた。
「答えなさい。どういうつもり。ああ、しっかりと考えてから口に出しなさいよ。私はいま、冷静さを欠こうとしているわ」
……踏み付けられる程度じゃ済まないかもしれん。
「テイオーと話し合って、春は大阪杯と天皇賞に出ると決めた。大阪杯はともかく、俺じゃ天皇賞に対して碌なアドバイスも適正なトレーニングもしてやれない。だから、それが出来るお前に教えてもらいたくて来た」
ギリッっと歯を軋ませる音がこちらまで届いてきた。相当にご立腹らしい。
「なら、あの子を手放しなさい。あなたに教えられないことを知っているトレーナーがここには大勢いるわ。その嘘くさい態度が本物だというのなら、本気であの子のことを想っているというのなら、あなた以外に任せる。それが最善よ」
なるほど、仰る通りだ。
今ならテイオーのトレーナーを引き継ぎたいと申し出る奴はいくらでも出てくるだろう。
選り取り見取りだ。
きっと、テイオーにとって俺とは比べ物にならない良縁も転がっているのだろう。
それでも、俺の答えは決まっている。
「やだ。トウカイテイオーのトレーナーは俺だ」
どれだけ力及ばずとも、それだけは譲れないのだ。
「……っ! 我儘なものね。そんなにあの子の才能が惜しいのかしら」
ああ、そうだ。俺に熱を持たせてくれたアイツの事がどうしても惜しい。
「アイツが負けるところはもう見たくない。だが、同じくらいに俺以外の奴と一緒に勝ってるアイツも見たくない。俺がアイツを勝たせてやりたいんだ。この役目を他の連中に渡したくない」
隠したってしょうがない。俺はもう、自分の至らなさを理由に目を背けることはやめたんだ。
「金銭目的で近づいた寄生虫があの子に何かを与えられるだなんて、驕りがすぎるわ。重荷か邪魔にしかならない」
「そうならないための今だ」
苦しい理由だってのは分かっている。調子が良すぎるのも事実だ。
それでも、アイツに与えられる最善をいま持っているのは、たぶん目の前のコイツだけなんだ。
問答に納得したのか、腹を据えかねたのか。
こちらにコツコツと靴を鳴らして近づいてくる音がした。
次いで感じたのは、後頭部と額への衝撃。
「けじめよ。黙って踏まれてなさい」
おい、マジで踏むのかよ。ドラマじゃないんだぞ。どんだけサディストなんだこの女。
「勘違いしないでちょうだい。これは私へのけじめ。あなたじゃないわ」
意味が分かんないんですけど。それでなんで俺が踏まれなきゃいけないの?
「私はもうトウカイテイオーのトレーナーはしないと決めた。してはいけないと自分に課したわ。それでも、もしかしたらという願いと欲を断ち切れないの。だからよ」
「すまん。聞いてもさっぱり分からんのだが。お前の趣味以外になんの意味があるんだ」
あと、そろそろ足を退けてくれないだろうか。おい、グリグリするんじゃねーよ。まだ本番じゃなかったのかよ。
「私が趣味で男に触れようとする訳ないでしょ。なんで男の穢らわしい頭で靴を汚さなきゃいけないのよ」
嘘でしょ。コイツ、素で自分の靴の裏より俺の頭のほうが汚いって言ってんの?
この学園の試験、絶対に人間性の測り方を間違えてるだろ。
「私は間違えた。けれど、あの子のためを思っての行動だったのも本当。だから、過去の失敗だけじゃ諦めきれなかった。けれど、これでもう本当に資格はなくなったわ。あの子の未来のために頭を下げに来た相手を踏み付けるような女が、担当なんてして良い訳がない」
……それはなんというか、随分と屈折した納得のさせ方だな。
「まぁ、私からあの子を奪った男がどの面下げてって思いもあるから、八割くらいは憂さ晴らしだけど」
ほぼ私欲じゃねーか!コイツかなりやべー女だぞ!
あんまりすぎる言い分に戦慄していると、頭から足が退かされた。
やっと頭を上げられる。そう思って上体を起こそうとするとストップが掛かった。
「なに顔を上げようとしてるのよ。私がいいと言うまでは下げて這いつくばってなさい」
やばい。全然覚悟が不足してたわ。みんな、浅い考えで下座なんてしちゃいけないよ?
微妙に後悔しつつ現実逃避していると、ゴソゴソと何かを探す音を出していた女が俺の前に戻ってきた。
もしかしてこれから鞭とか使った二回戦が始まったりするんだろうか……。
「読むのは自宅に帰ってから。途中であの子には絶対に見つからないようにしなさい。それと、丸パクリもやめて。たぶん気付かれるから」
バサリと、自分の前に落とされたのは厚みのあるファイルだった。
「これは?」
薄々予想はできるのだが、この短時間で出てくるのはどういうことだ。見越して準備していたなんてあり得ないだろ。
「未練よ」
万感の思いが込められているだろうその声は、少しだけ震えていた。
「もしも、あの子とクラシックを戦い抜いていたなら。そしてシニア級に乗り込んだなら。いつの日か、"絶対"に挑み超えてみせるのなら。そういう、もしもの未練」
「ダービーの時点でそこまでのプランを練っていたと?」
大枠の予定ならともかく、この厚みはそれで収まるようにも思えない。
「いいえ、練っていたのはつい最近までよ。言ったでしょう。未練だと。それをいま断ったわ」
ああ、そういうことか。
コイツも、テイオーのことを考えないようにするための切っ掛けが欲しかったのか。
自分と、なによりもテイオーのために。
「女々しい未練の産物がそれよ。具体的には今後三年を見据えているわ。それが、私がシンボリルドルフに勝つのに要すると考えた時間。適当に焚書して断ち切ろうと思っていたけれど、強盗にでも入られたと納得することにするわ」
ファイルを手に取る。
ずしりと感じる重みは、紙束の重量によるものだけではない気がした。
これが担当ウマ娘を育成するという覚悟なのだとしたら、やはり俺はまだまだ足りていない。
反りの合わない女だと思っていたが、こういうとこは尊敬するぜ。
ちゃんと礼をしないとな。そう思い立ち上がろうとして。
「だから、私がいいと言うまで顔を上げるなと言っているでしょう。鳥頭なのかしら?」
ええ……。まだ続けないといけないの?足が痺れてきたんだけど。
「ねぇ、あの子ちゃんとご飯食べられてる?」
「ああ、バクバク食ってるよ。体は全然デカくならねーけどな」
「そう。勉強も疎かにしてないかしら。あなたを見てると心底心配だわ」
「やる気はないみたいだが、地頭と要領がいいんだろうな。成績上位だよ」
「そう。あなたに感化されて悪い遊びを覚えたりしてないかしら。私たちは、思っている以上にウマ娘たちから見られているわよ?」
「色々教えたが、人の道を踏み外すようなことはさせねーよ。一緒にGⅠ獲るって決めたから、最近はカラオケとか外食ついでに軽く遊ぶくらいだ」
「そう。……ダメね。いくらでも聞きたいことがあって、終わりそうにないわ。もういいから、さっさと出ていきなさい」
顔を上げてみると、近くで俺を見下ろしているんだと思っていた女は執務机の後ろにある窓の縁に手を掛けて外を眺めていた。
部屋に入って俺が頭を下げてから、一度たりともコイツの表情を見てないな。
「ありがとな。生憎と釣り合うようなお礼の持ち合わせはないが」
「いらないわよ。精々、それを使ったのに見合う結果を出しなさい。あの子を悲しませるような事になったら殺すわよ」
……冗談だとは思うが、肝に銘じておこう。
「アイツの近況、時々伝えにこようか?」
同じ学園には居るが、明らかにお互いが避け合っている。まともに顔を合わせた機会すらなさそうだ。
「いらない……。いえ時々で、本当に時々でいいから、教えてちょうだい。綺麗さっぱりとは忘れられそうにないわ」
よく見ると、縁に掛けた手は強く力が込められていた。
もしかしてコイツ、泣いてるんだろうか。
「わかった。それとテイオーのこと名前で呼べよ。無理してあの子だなんて呼ぶ必要ないだろ」
コイツは結局、一度もテイオーの名前を口に出さなかった。これもけじめの一部なのだろう。
クソ真面目というか、いじらしいというか。
「うるさいわね。私は能天気なあなたと違って折り合いをつけるのに時間をかけるタイプなのよ」
さようでございますか。
「近況報告はどうする。学園内で会うのもマズいしメールとかでいいか?」
「履歴が残るものは危険よ。私もそのファイルの元データは後で削除しておくわ。そうね、寮の門限以降にバーでも行きましょうか。おハナさんの行きつけだから、情報漏洩とかは気にしなくてもいいわ」
俺、あんま酒に強くないんだけどな。
さて、話すことは話した。収穫も大いにあった。
そろそろ授業が終わる頃だし、退散すべきだろう。
そう思い部屋を出ようと背を向けたとき、ポツリと声が聞こえた。
「応援しているわ。頑張って」
もちろん、俺に言ったのではないことは分かった。
ま、トウカイテイオーを応援している奴なんて腐るほど居る。
その内の一人の言葉として伝えてやりゃあいいか。
トレーナーはアイテム『㊙クズでもわかる帝王学』を獲得した
「スピード」のトレーニングLvが2上がった
「スタミナ」のトレーニングLvが2上がった
「パワー」のトレーニングLvが2上がった
「根性」のトレーニングLvが2上がった
「賢さ」のトレーニングLvが2上がった
スピードが50上がった
スタミナが50上がった
パワーが50上がった
根性が50上がった
賢さが50上がった
スキルPtが200上がった
「一陣の風」のヒントLvが3上がった
女トレーナーの絆ゲージが5上がった
女トレーナーとお出かけできるようになった