サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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デジたんの一番好きなポイントはお辞儀のモーションです。


大阪杯

「今すぐ、部屋から出ていって」

 

 男性が女性からこの言葉を言われるシチュエーションってどういう時だと思う?

 

 え、ラブコメで女の着替えを覗いてしまったときだって?惜しいな。

 正解はもう間もなく大阪杯が始まろうかという最中、担当ウマ娘の控え室を訪れたトレーナーに向けて放たれた言葉である。

 

 ……俺、なにか怒らせるようなことをやってしまったのだろうか。

 

「もしかして、昨日のハンバーグ屋でデザートを頼ませなかったからか? 我慢させたのは悪かったが、レース前日にあまり食べすぎるのもな」

 

 俺たちにとって、重要な意味を持つ大切な復帰戦だ。より万全な状態にしたいと思っての判断だったが、かえって余計なストレスを溜めさせてしまったのかもしれない。

 今までは軽い気持ちで雑に対応していたが、こういうウマ娘の心と体のバランスを整えるための最善をどう判断するかも今後の課題だな。

 

「ちがうよ!? そんな子供みたいなことで機嫌悪くしないし、見て分かるでしょ! ボクはまだ制服なの。これから着替えるから出て行ってほしいの!」

 

 そう吠えるテイオーは確かに学園の制服のままだった。今から着替えてると本当にギリギリだし、もう顔を合わせる時間取れないんじゃないだろうか。

 

「前から気になってたんだが、なんでそんなに新しい勝負服を見せたがらないんだよ。隠すことないだろ」

 

 一月の受賞から大阪杯まで日があったにも関わらず、俺は一度も新しい勝負服に身を包んだテイオーを見ていなかった。

 レース前に何度かは着た状態で走ってみたほうがいいだろうと言ったのだが、断固として拒否された。

 

 俺はへっぽこトレーナーだからウマ娘育成におけるトレセン常識とか詳しくないんだけど、担当トレーナーに勝負服を見せたがらない理由ってなにが考えられるんだろうか。

 

 恥ずかしい……これから何万人という観客に見られるんだからないだろう。

 サプライズ……レースへの準備より優先することじゃないと思う。

 験担ぎ……聞いた事ないなぁ。

 

「どうせならカッコ良いお披露目にしたいなって。新しい勝負服を着たボクは強いんだって印象をトレーナーにも持ってもらいたいんだ。だから、もう少しだけ我慢してよ」

 

「お前がそう言うなら無理強いはしないけど、俺はトウカイテイオーが弱いと思った事なんて一度もないぞ。リハビリ中も菊花賞も、お前はずっと強かったよ」

 

 勝負服が気にならないと言えば嘘になるが、俺の言葉を聞いてなんだか嬉しそうにしているテイオーを見て、緊張や気負いはなさそうだと安堵する。

 

 まぁ、ここまで来たんだ。お披露目を大人しく待っていることにしよう。

 

 ……一応は監督義務もあるんだが、目ん玉飛び出るようなデザインの衣装だったらどうしよう。

 いや、最初の勝負服はルドルフを意識したのもあるだろうが、キチッとした服だったしセンスは問題ないだろう。

 きっと、まともなデザインになっているはずだ。

 

「なら、俺はそろそろ応援席に行くぞ。他になにか気になっていることはあるか?」

 

 実を言うと、俺のほうは気になっていることが沢山あったりする。

 結局、今日までにテイオーが本気で走ったのは、少なくとも俺の前では一度きり。

 その時のタイムをどう判断すればいいのか、俺には明確な回答がなかった。

 心身の不調はないはずだ。ならば、今日のトウカイテイオーこそが本当なのだと考えてもいいんだろうか。

 

「そうだねー。常識的なレース展開なら特に問題ないかな。奇策で大逃げとかされると、ちょっと困っちゃうかも」

 

 常識的な逃げはともかく、大逃げは確かにマズいな。

 テイオーのギア上げ下げ問題はまだ完全に解決していない。

 先頭集団がある程度団子になってくれていればいいんだが、大逃げされると付いて行こうとしてペースが乱れる可能性がある。

 距離二千だから、そうなってもスタミナが足りないってことにはならないと思うが。

 

「それでもやりようはあるよ。困るっていうのも対応できないんじゃなくて、どの対応にしようか決めかねてるだけだからね」

 

 無視して自分のペースを維持するのか、付いて行くのか。

 コイツはレースや勝負の勘所にも天性のモノを持っている。

 怪我以降の出走が菊花賞しかなく一番鈍ってる部分ではあるが、信じるしかないな。

 

「ああそれと、強くて勝てることも大事だが久しぶりのレースなんだ。楽しんでこいよ」

 

 今まで考えたことなかったんだが、仮にレースに勝ったのに楽しくなさそうな面をされた場合、やっぱり俺も楽しくないと思う。

 楽しく走って勝ってもらう。なんともまあ贅沢なことを言っているが、目標は大きいほうがやりがいもあるってな。

 

「うんっ! 本当はね、今すぐに走りたくってウズウズしてるんだ! 期待しててよね!」

 

 そう言って両手でガッツポーズするテイオーを見ていると、なにも心配はいらなそうだ。

 

 応援席でアタフタしてると周りの連中に舐められかねないからな。

 この部屋を出たら、ドンと構えて自信満々そうにしとくか。

 

 そう考えて控室を出て扉を閉めたとき、『やっぱり、胸元の布面積切り詰めすぎたかな……』という声が聞こえた気がしたが、たぶん聞き間違いだろうな。

 

 

 

 ターフに立ち、鳴り響く歓声を聞くと戻ってきたんだなという実感が湧いてきた。

 

 菊花賞は正直それどころじゃなくって、今になって思い返すと全然余裕がなかった。

 

 どちらにしろあの時点の実力じゃ勝つことは難しかったと思うけど、冷静に走れていれば入着くらいまでは持って行けたかもしれない。

 

 菊花賞五着でも賞金は一千万円だ。これがあればトレーナーともっと色々遊べたのになぁ。

 なんてお金への未練がタラタラな辺り、ボクも随分と変えられてしまったなって思う。

 全然嫌じゃないんだけどね。

 

「さてと。トレーナーにああ言った手前、無様は晒せないよね」

 

 最後に勝ったのが昨年のダービー。それから十ヶ月の間、勝ちがない。

 そんなウマ娘はいくらでもいるが、ボクにとって敗北してからのレースも長期間勝ちがないまま迎えるレースも初めての経験だ。

 

「皆、強いんだな」

 

 本人たちに言ったら嫌味にしかならないが、負けてからのレースがこれほど怖いものだとは思いもしなかった。

 けれど一着になれるのが一人である以上、大多数のウマ娘は今の自分と同じ心境でレースに臨んでいるはずだ。

 

 また負けたらどうしよう。

 もうあの頃の強さには戻れないと分かってしまったらどうしよう。

 支えてくれるヒト達の期待を裏切ってしまったらどうしよう。

 

 栄光と同等の挫折がレースにあることを、ボクはよく知っている。

 

 誰も彼もが、その恐怖に打ち勝ってターフに立っている。

 尊敬するし、すごいなって思う。

 以前の自分だったら、勝ちたいって想いから逃げちゃったかもしれない。

 

 けれど、そうはならなかった。

 ボクを救い上げてくれたヒトは、敗北の後も隣にあり続けてくれた。

 

 きっとあのヒトは、ボクがどれほどの感謝をしているのか分かってくれていない。

 ボクがどれほどに恩を感じていて、返してあげたいと思っているのか理解していない。

 分かってくれだなんて図々しすぎるから、言うつもりはないけど。

 

 言葉で伝えられないのなら、行動で示すしかない。

 

「だから、ごめんね」

 

 ゲートに入り、スタートのために腰を落として脚に力を込める。

 

 自分の内から湧き上がる力がマグマのように煮えたぎり、噴火しそうになっているのが分かる。

 

 なんとか抑えているが、脚に込めた力は爆発寸前で、今にもターフを踏み砕いてしまいそうだ。

 

 ボクは、まだまだあのヒトと一緒に走っていきたい。

 

 けどね、それを邪魔するモノがこの世にはあるんだ。

 

 負けてしまえば、その邪魔者たちはもっと調子づいてしまう。

 

 どうしても、勝たなきゃいけないんだ。

 

 それにそんなつもりはないのだとしても、ボクと同じレースに出るってことは、君たちこそが最も直接的な邪魔者だと言えなくもないよね。

 

 だからね、容赦はしないよ。

 

 勝つ。

 

 鮮烈に、圧倒的に、破壊的に。

 

 この世の誰一人として、ボクの邪魔をしようだなんて気を起させないように。

 

 ――――そうして、ゲートは開いた。

 

 

 

 

 トウカイテイオーはともかく、クズと揶揄されるトレーナーには欠片も自覚はなかった。

 

 『皆のために頂点として』規範を示すことを己に課したシンボリルドルフ。

 『支えてくれるヒトのために一人のウマ娘として』走ることを決めたトウカイテイオー。

 それは、目指した"皇帝"と比較すれば随分とこじんまりとした決意。

 

 だが、願いが大きければ強いなどと言う道理はない。

 

 三冠に手を掛けた天才は、挫折の果てに己が力の使い方を見定めた。

 ここではない世界で、何者にも為し得ないだろう奇跡を起こした魂は全く別の道を辿り『誰かのために走る』という同じ答えを示した。

 

 ウマ娘は機械ではない。

 ヒトと同じ知性と感情を持っている。肉体のトレーニングだけでなく、心を持つ生き物としての理解とサポートがいくらでも能力を底上げする。

 

 例え指導する側が成長を実感できずとも、未熟であるが故に可能性に溢れた子供たちの精神はたった一事で激変し、肉体にも影響を与える。

 

 天賦の才を誰憚ることもなく使い熟せることも成長であり、それを成せる精神性を育むこともまた、指導なのだ。

 

 今以て、自分には覚悟も実力も伴なっていないと考えているクズは、ある意味で最もトレーナーという職の神聖性に囚われていると言えた。

 

 指導者として手本にされても恥ずかしくない人間性。

 悩みや疑問に正しく即答できる、プロの育成者としての知識と経験。

 世間の悪意や理不尽に晒されかねない子供を守る、大人としての責任感。

 

 本気になると決め、以前の己があまりに至らなかった故に、そんな行き過ぎた存在になることがトウカイテイオーの隣に立つ条件だと思ってしまっていた。

 

 そんな人間など、世界を見渡してもそうそう居るものではないというのに。

 

 このトレーナーが、己こそトウカイテイオーに相応しいのだと自任できる日はまだ来ない。

 

 それでも、走れば結果は出る。

 

 結果によって判断される。

 

 トウカイテイオーの隣に立っているのは、誰なのかということを。

 

 この日、蹂躙と呼ぶに相応しい大差をつけて阪神レース場に"帝王"が君臨した。

 

 

 

 

『現在、先頭はイクノディクタス。イクノディクタスが逃げる!』

 

 イクノディクタスが逃げ、か。

 

 出走しているウマ娘の数が少ないからか、元からそういう想定でいた娘が多いのか、逃げウマ娘が居るにしては集団としてまとまっている。

 

 望むところな展開ではあるのだが、正直に言うとちょっと困っていた。

 

「(これ、どこでスパート掛ければいいんだろ……)」

 

 有り余る力を使うタイミングを本番になっても図りかねていた。

 脚を溜めすぎだし、スタミナも余り過ぎて使いきれる気がしない。

 

 けれど、まだ残り距離八百もある。

 

 いまラストスパートを掛けても普通に走り切れる、と思ってはいるのだが……。

 

「(さすがに早すぎる? けど、これ以上待っても最高速まで上がり切らないし……)」

 

 初っ端から全力全開で走ろうと思っていたが、よく考えるとボクのスタイルは逃げじゃない。

 

 仕方ないので何時も通りに2、3番手に付けて最終コーナーから抜くことにしたのだが、物凄くじれったい。

 

 こんな事なら短距離の高松宮記念にしておけば良かったかも。

 そう思うくらいに、このままでは溜めた力の使いどころがないまま勝ってしまう。

 

「(ええい、ままよ……!)」

 

 トレーナーも楽しんでこいって言ってたんだ。お行儀よくセオリーに従う必要もあるまい。

 

 むしろ、そっちの方が今のボク達らしいかと考えを改めてスパート態勢に入ったとき。

 

 ふと、会長ならここで我慢して確実に勝つ走りをするんだろうなと思った。

 

 そうしてそのイメージを、かつて目指した憧れを振り切るために、今の自分に出せる全てを脚に込めてターフを踏み抜いた。

 

 

 

『レースは第四コーナーを超え、最終直線へ! 先頭はトウカイテイオー! すでに二番手とは四バ身差!』

 

 やだ、うちのウマ娘強すぎ。それが素直な感想だった。

 

『トウカイテイオー、脚色は全く衰えない! それどころかさらに速度を上げ、グングンと後続を突き放す! 驚異的な末脚です!』

 

 既にレースで結果を出している中距離とは言え、シニア級初戦でここまで他を圧倒するのか。

 

 息一つ荒げす、まだまだ余裕と言った感じの表情。

 スパートを掛けた途端、一気に先頭に躍り出る驚異的な加速。

 それでいて、まだ最高速に到達していないのか上り続けていくスピード。

 

 残り距離百。

 

 結局、最後まで後続との距離は開き続けるだけでレースは終わりを迎えた。

 

『残り距離百メートル! しかし、その差はもう何バ身だ! 文句なし、余裕でゴールインだぁ!』

 

 大差でゴールしたテイオーの顔には汗一つ見受けられず、どれほどの余力を残してしまったのか、見当が付かない。

 

 そう、GⅠですら余力がある、ではなく余力を残してしまった、だ。

 

 それはつまり、効率ではなく最速を目指していたレースとしては完全に展開をミスったということであり、逆にしっかりとスタミナ管理さえできれば、より長い距離のレースであっても十二分に走れることの証左だ。

 

「なにはともあれ、これで一勝か……」

 

 懸念事項だった出力調整の大雑把さに起因するレース展開の失敗は現実となった。

 

 それでも圧勝するほどの力をテイオーが持っていてくれた嬉しさ、気付く奴は気付くだろうから、次からは付け入られる隙になるなという心配。悲喜こもごもと言ったところか。

 

 ――すまん、嘘ついたわ。

 正直に言うと圧倒的に歓喜のほうが上回っている。奇声をあげながらこの場で転げ回りたいくらいに嬉しい。

 

 だが俺はトウカイテイオーのトレーナー。

 たぶん、クールで厳かなダンディズムとかを求められる気がするから、澄まし顔で勝ったことが当然のようにウンウンと頷くだけに留める。

 

 割と近くでレースを見ていたメジロマックイーンとスピカのトレーナーが『絶対、この異常さを理解してねーだろ』と呆れているような気がしたが無視だ。

 

 しかし、この嬉しさを一旦脇に置いておかねばならないほどの違和感が一つ。

 

「微妙に唇の端が上がってるから嬉しいのを隠してるだけだとは思うんだが、なんであんな態度なんだ? カッコつけてるだけか?」

 

 完全に自分のことを棚上げしているが、テイオーの様子がどうにも変だ。

 

 ガッツポーズもなければ、客席に向けて手を振っている訳でもない。他のウマ娘と健闘を称え合うでもなければ、特に怪我や不調もあるように見えない。

 

 薄い、ともすれば真顔に見えかねないほどに薄い微笑を浮かべて、テイオーは客席を見ていた。

 

 

 

 このとき阪神レース場に詰めかけた者たちの中で、トウカイテイオーのトレーナーだけが気付いていなかった。

 

 鈍感クズ野郎だからか、それとも彼だけがトウカイテイオーにとって対象外だったからか。

 

 レースは終わった。

 

 誰が強者で、誰が上位者か。

 

 野生の肉食動物の雄が群れのリーダーを争うが如き闘争に決着が付き、序列は確定した。

 

 トウカイテイオーは己に挑み敗れた者たちを見下している訳ではない。

 むしろ、勇敢にも戦い抜いた心の強さに敬意を持っている。

 

 だが、それ以上に優先すべきことがある。

 

 戦いに挑む勇者たちの心意気や良し。

 

 しかし、それを周りから見てピーチクパーチク囀っているだけの連中と、今日の結果を見てまだ己を阻もうとする愚者に対しては宣言しておかねばならない。

 

 一切の例外はないと。

 

 憧れ(ルドルフ)も、友情(ネイチャ)も、春天覇者(マックイーン)も、己の前に立ちはだかる全てを等しく叩き潰すと。

 

 もう、夢は掲げない。

 

 力という冷酷な現実を突き付ける。

 

 その、会場に居る者全てを威圧する姿はあるウマ娘を幻視させた。

 

 どこまでも燃え盛る意志と、暴力的なまでの強さを以て君臨するその姿は――。

 

 怖気を感じるほどに冷たい視線でレース場を睥睨し、勝って当たり前だと佇むその姿は――。

 

 "皇帝"の名を持つ絶対者に、よく似ていた。




クズはテイオーに感化されて真面目になっていきますが、その分テイオー(とネイチャさん)は若干ガラが悪くて邪悪です。

〇テイオーの威嚇に対する会場の主な反応
ルドルフ:
「ふふっ、私は別に周りを威圧しているつもりはないんだが(しょんぼり)」

ネイチャ:
「あ~!いますぐ降りて行って心をへし折りて~!(衆目に晒せない笑顔)」

マックイーン:
「お腹が空きましたわ。せっかく関西に来たのですから、たこ焼きアイスとかいうスイーツが食べてみたいですわ(メジロ)」
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