サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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トレーナーとしての責任を果たす回です。


勝負服

 『"帝王君臨" トウカイテイオー、阪神の地で完全復活ッ!!』

 

 むふ、むふふふ…………。

 

 新聞の一面を飾るその文字を、何度も目で追って口に出してしまう。

 

 担当ウマ娘がGⅠを獲るのってこんなに嬉しいもんなんだな。

 つい嬉しくて、コンビニで新聞を十部も買ってきてしまった。

 レース直後も嬉しさが爆発していたんだが、じわじわと湧いてくるこの嬉しさも大変よろしい。

 

 俺のトレーナー人生において初のGⅠ制覇であり、先輩である三人からもお祝いのメッセージが送られてきていた。

 

 『自分の実力やなんて勘違いせんよーに』

 

 『アイツ、マジですげーな。また皆で祝勝会にメシ食いにいこうぜ! 金はクズに渡される賞金の取り分でいいだろ』

 

 『……b』

 

 俺に対する称賛の言葉が一つもないどころか、俺の金でメシをたかろうとしている始末。

 アイツら、社会に出る前にちゃんと学校で礼儀を学ばなかったのか? 担当していた奴の顔が見てみたいぜ。

 

「……アイツらも勝たせてやれていたら、この喜びを一緒に味わえたのかな」

 

 それはきっと高望みなのだろう。それでも後悔がない訳ではない。

 GⅠでなくてもいい。GⅡもGⅢも立派に喧伝できる実績だ。

 ウマ娘としてトレセン学園の門を潜った意味を、俺はアイツらに与えてやれなかった。

 

 たとえ才能がなかったのだとしても、道をこじ開けるための標になってやるのがトレーナーの役目だったのに。

 

 せめて、この気持ちを忘れずに未来へ持っていこう。

 アイツらにとって、テイオーが少しでも誇れる後輩になれるように。

 

 その決意を表明するために、三人にメッセージを返した。

 

『ああ、やっぱ手元に置くなら天才に限るわ。"俺"の金で奢ってやるから、咽び泣いて感謝しろよ中退者共』

 

 このあと、トークルーム内にテイオーには見せられない汚物のごとき罵詈雑言が飛び交ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

「はぁ……。疲れた」

 

 躾のなってない先輩どもに成人男性としての誇りを持って口撃を行い虚しい勝利を得たあと、俺は直面しているもう一つの重大な問題に目を向けた。

 

「どうすっかなー、これ」

 

 祝辞と同様にメッセージアプリに送られてきた、ある文章。

 俺が今、頭を抱えている悩ましい問題である。

 

 そのメッセージの内容はこうだ。

 

『大阪杯の勝利おめでとうございます。私たちもテレビに齧り付いて見ておりました。ところでその、あの新しい勝負服なのですが、些か胸元が不安というか露出が多いように見受けられたのですが、排熱目的の構造なのでしょうか?』

 

 もちろん、メッセージを送ってきたのはテイオーの親父さんである。

 

 俺も気にはなっていたのだ。

 

 パドックに現れたときは、遠目だったのもあって大きな違和感はなかった。

 全体的に赤を基調とした躍動感を感じさせるデザイン。

 羽織った上着とスカートは厚手の生地でしっかりとした作りのように見えたし、ロングブーツも重厚感がある。

 招き猫を背負うだなんて物理法則に喧嘩を売る真似もしていない。

 

 ……いや、腰によくわからない『なにその、なに?』って感じの円盤が付いてたりはするが。

 

 全体的にはトウカイテイオーに非常に似合う勝負服にはなってるんだ。以前の白い勝負服からの落差というか印象の違いは大きいが、どちらも人気が出るデザインだと思う。

 

 では、なにが問題なのか。

 

 ――そう、露出である。

 

 ヘソ出しどころではない。首回りは鎖骨までがっつり見えているし、腹回りはもちろん肋骨のあたりまで出てしまっている。

 

 上着に目が行ってあまり気にならないだけで、脱げばゴールドシチーと同じか下手すると以下の布面積しかないかもしれない。

 

 あのグラビア撮影か海水浴と勘違いしてんじゃないかと思える勝負服と同等以下なんて正気か。

 

 ちなみにこの感想をゴールドシチーに聞かれたときは、ぶん殴られそうになった。タマモクロスたちが止めてくれなかったら俺はボコボコにされていただろう。

 

 そこがまた厄介なのだ。勝負服にはウマ娘たちの強い想いが込められている。

 

 夢、理想、信念、決意。

 

 どれもバカにしてよいものではなく、招き猫ですら迂闊に踏み込めばヘビーな事情が飛び出してきかねない。

 まさに藪をつついて蛇を出すというやつだ。ヘビーだけに。

 

 披露される前は気になって仕方なかったデザインだが、今となってはめっちゃ聞きづらい。

 

『その過多な露出に込められたものは何なんですか?』って女子中学生に聞いてみろよ。

 

 即ブタ箱行きになるぜ。

 

 だが、聞かない訳にもいかない。

 

 担当トレーナーに対して、両親から問い合わせが来ているのだ。

 

『あなたが担当しているうちの愛娘の服の趣味がなんだか凄いことになっていますが、どういうことですか?』と。

 

 ましてや俺はテイオーと複数回、服飾品を購入しに行っていることを両親に報告している。

 

 ダービー以降の諸々で趣味に変化があってもおかしくはないが、離れた場所から見守っている両親から見て最も大きな変化は、隣に立ってるヒトが女性から野郎に変わったことだろう。

 

 やはりなんらかの悪い影響を……?と心配になるのも無理はない。

 

 ここで『きっと、元からそういう趣味嗜好があったのだと思いますよ』なんて回答はさすがに抗議ものだ。

 

 預かっている身としても適当には誤魔化せない。

 

 そもそもデザイナーにお任せしたデザインということもないだろうし、意図はあるはずなのだ。

 

 例えば羽飾りのような装飾や炎のような飾り布は、怪我からの復活という思いを込めて不死鳥を意識したのだと読み取れる。

 

 それだけに露出にも意図があるはずなのだ。露出したいという欲求以外の露出理由なんてあるのかは知らんが。

 

 回答の候補として、もっとも一般的な見解はメッセージにもあったように排熱だろう。

 

 ヒトを遥かに超えるスピードとパワーで数分のあいだ爆走するウマ娘の体からは、凄まじい熱量が生み出される。

 

 熱が籠りすぎて汗が噴き出ると走るのにも邪魔だし、レース後に体調を崩すかもしれない。

 

 そういった理由である程度は排熱を意識したデザインにされるというのは珍しくない。

 

 だが、排熱効率が高いほどウマ娘は速くなるという定説ができるほどでもない。

 

 そうであれば、余程の事情でもない限りは全員が水着みたいな勝負服を用意することになるだろう。

 

 トゥインクル・シリーズが公共の電波には乗せられないニッチなイベントになってしまう。

 

 だからこそ、あるはずなのだ。

 

 あの露出に込められた思い。今のアイツを形作る基になったなにかが!

 

 ……自分で言っててアホらしくなってきた。

 

 とりあえず、時間が欲しいと返事をしておこう。

 

 『排熱以外には思い当たる事情がなく、調査にお時間ください』……と。

 

 だが本人に直接聞くのは憚られる。そもそもレース本番まで見せてくれなかったのだ。聞いても教えてくれない可能性が高い。

 

 ならば――。

 

「アイツが親しい連中に聞き取り調査するしかあるまい」

 

 ふっ、自慢ではないが俺は諜報活動が得意なのだ。

 

 

 

 

「えぇー? テイオーちゃんの勝負服のデザイン?」

 

「ああ、実は最近まで俺はデザインを知らなくてな。今もどういう意図があるのかよく分かってないんだ」

 

 一番手、マヤノトップガン。

 

 テイオーと同室でマセたおガキ様であるコイツなら、他人の持ち物に興味津々かつテイオーと話す機会も多いはずだ。先んじてデビューを果たして活躍しているテイオーの二着目の勝負服なんて話題に出ないはずもない。

 

「…………」

 

 なんか無言かつジト目で見られている。お腹が空いたのだろうか。

 

「なんだよ。渡せる菓子なんて無糖ガムくらいしかないぞ。それでいいか?」

 

「……いらない。毎晩毎晩、嬉しそーに話を深夜まで聞かされて、寝不足にされた理由がちょっと分かって不機嫌なだけ」

 

 なんだ相変わらず仲良いんだな。だが夜更かしは程々にしておけよな。

 

「ていうか言いたいことがあります! もっとテイオーちゃんとお話ししてあげて! 足りない分は全部こっちに回って来てるんだからね!」

 

 あん? 話なんて腐るほどしてると思うが。

 

「くっちゃべりながらトレーニングする訳にはいかないが、会話量は相当あると思うぞ? というか俺の一日の会話の八割以上はテイオーが相手だ」

 

 ちなみに会話量二位は学内の関係者で、三位はコンビニの店員だ。

 

「全然足りてない! 今の三倍にしてあげて!」

 

 多すぎるだろ。一緒にいる時間以外にあった出来事全部話すつもりかよ。

 

「まぁ検討はしてやるよ。そんで勝負服の話はどうなんだ。色々聞かされてるんじゃないのか」

 

 なにをそんなに話すことがと思わなくもないが、この年頃の子は元気が有り余っててすげーわ。

 

「テイオーちゃんの勝負服の意図なんて簡単だよ。全部なんだもん」

 

 ……ゼンブってなんだ?全部?それとも前部?

 

「女子のあいだで流行っているモンの略称かなんかのことか? チョベリグみたいな。それなら俺も流行りに乗ったみたいですって説明しやすくて助かる」

 

 盲点だったな。たしかに俺もご両親も女子学生のトレンドなんて詳しくはない。よく分からなかったのも道理だ。

 

「ちーがーいーまーすー! テイオーちゃんのあの日から今までを全部乗っけた勝負服ってこと!」

 

 あ、普通の意味なのね。でも全部って言われてもピンと来ないんだが。

 

「これ以上はアタシからは言ってあげないもん。担当しているウマ娘のことをちゃーんと理解してあげるのもトレーナーの役割なんだよ!」

 

 おい、正論で殴ってくるのはやめろ。

 しょうがないだろ、勝負服の話題は避けられ気味なんだから。

 

「言われなくても分かるくらいにいっぱいお話して情報を掴まなきゃ。女の子はね、日進月歩なんだよ!」

 

 こいつ、案外熟語とか諺が好きなんだろうか。

 

「全然参考になんなかったけど、建前で礼は言っとくわ。サンキューな」

 

 そう言ってマヤノと別れる。本命からの情報が無価値だったんだがどうしよう。

 

「女の子を子供扱いしないことー! あ、でも年齢の話はNGだからねー!」

 

 去り際に後ろからそんな声が届いてきた。その理論って結構理不尽だよな。

 

 

 

 

「え、テイオーの勝負服? アタシにそれ聞いちゃいます?」

 

 二番手、ナイスネイチャ。

 

 同期にデビューした友人関係にあるウマ娘であり、菊花賞では共に走った相手でもある。

 

 テイオーとマヤノがお子様なのに対してこっちは枯れてるというか、じじむさいというか、あんまり子供らしくない言動が目立つ。

 

 それだけではなく、最近はなんかこうテイオーを見る視線にネバついたものを感じる気がする。同期で適正距離も被っていそうだから、よりライバル意識が強くなったのかもしれない。

 

 それでも良き友人であることは変わりないようなので、参考にはなるはずだ。

 

「うーん、テイオーはアタシと違って自分を表に出すことに全く躊躇とか気恥ずかしさを感じないタイプですからねー。やっぱりこう、自分を構成してる大きな部分が前面に出ちゃってると思いますよ?」

 

 やばい、また抽象的な表現だ。自分を構成している大きな部分てなんだ。水分か?

 

「いやー、それをアタシの口から言うのは羞恥心が耐えられそうになくってですね。お二人さん、アオハルしてますねえ」

 

 アオハル……青春のことか。俺の青春はバカな連中とバカなことばかりしていた気がする。

 

「少なくともお前たちほど何かに全力投球する青春じゃなかったが、あの勝負服って青春を表現してたのか」

 

 青春のイメージカラーってなんとなく空色とかだと思ってた。

 

「いや、そうではなくてですね。テイオーが青春で体験したことと言いますか……まぁ、集大成ってやつですね」

 

 全部、集大成……。ダメだ、分からない。

 

 いや、別に良い悪いとかを判断するつもりはないんだが露出に繋がる意味が分からない。

 

「あはは、悩んでますねえ。変な理由はないんで、気にしなくてもいいと思いますけどね」

 

 俺もご両親への報告が必要なければここまで悩まないんだけどな。

 

「ところでトレーナーさん、仮にも同期のライバルであるネイチャさんに手間を掛けさせてタダってのは筋が通らないと思ったりするんですよ」

 

 なんだコイツ。明け透けに謝礼を要求してきやがった。別に構いやしないんだが、こんなタイプだったか?

 

「なにが望みだ。あんまりやりすぎると後でマヤノに不公平だって言われそうだから程々で頼むぞ」

 

 お子様を相手するときの大事な法則。格差は付けないである。

 

「マヤノのとこにも行ってたんだ。あ、お礼は全然大したモノじゃなくてよくってですね。今度、テイオーと併走トレーニングさせてほしいのと、このあと勝負服に限らず色々と話を………」

 

 ん?どうしたんだ急に黙って?

 

「いやー、やっぱ今の話はなしで。お礼を強請るなんてはしたない真似をしちゃいかんですね。それじゃ! アタシはこれで失礼しまーす!」

 

「あっ、おい!」

 

 早口で捲し立ててどっか行きやがった。なんだったんだ?

 

「ネイチャと何してたのかな、トレーナー?」

 

 ――ここ一年程のあいだ、もっとも多く聴いてきた声。

 

 だが、そこに込められた激情は過去に類を見ないものがあった。

 

「いや、別に大したことじゃない。ただの雑談だ……」

 

 お前の勝負服の露出について探ってましたとは口が裂けても言えん。

 

「へぇ、そう。詳しくは聞かないよ。信頼してるからね。けど、一つだけ教えてほしいかな」

 

 な、なんでございましょう……。

 

「話しかけたのは、どっちから?」

 

 選択を間違えると血を見ることになる。そんな予感があった。

 

「お、俺からだけど」

 

「そう。じゃあ、ギリギリ(ネイチャは)許してあげようかな。それと、もうネイチャとは二人では会わないこと。いや、カノープス関係者とは一人で会わないこと。いいね?」

 

 あ、はい。

 

「いやいや待てよ。そんな会う機会自体ないけど、理由はなんだ? ライバルだからか?」

 

 極論デビューしてる全員がライバルではあるのだが、同じ学園内にいるだけあってそこまでバチバチな関係って案外ないのだ。

 

「前はともかく、今は手段を選ばないだろうからね。遅れを取るつもりはないけど、隠せることは隠しておいたほうがいい」

 

 そ、そうなんだ。

 

「それとトレーナー。ボクね、今すごく機嫌が悪いんだ。ストレス発散のためにトレーナーのお金でハンバーグを食べに行きたいんだけど、もちろん良いよね?」

 

「……はい、もちろんでございます」

 

 やばい、なんか今日のテイオー怖い。

 

 勝負服のことも全然分かんねーし、どうすればいいんだ。

 

 このあと、マーベラスとルドルフのとこにも行くつもりだったのに。

 

「ほら早く行くよトレーナー! 今日はね、一キロは軽く食べられそうな気がしてるんだ!」

 

 おう……、それ食って体がもうちょいデカくなればいいな。

 

 

 

 結局、ご両親には『なんか今までの全部とか、自分の中の大きな部分を占めているものを意識したデザインらしいです』と返事をしたら何故か納得してもらえた。

 

 もしかしてこの曖昧な表現を理解できてないのって俺だけなのか?




言うまでもありませんが布面積が少ないのは服を買う時のチューブトップの件とか、ビキニが好きと言ったクズ野郎の影響です。

リアルと同じならGⅠって日曜の15時頃に地上波で放送される訳だけど、アキツテイオーさんとかシチーがあの恰好で全力疾走してるのを真昼間から流すのはいかんでしょ。
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