サンセット・サンライズ   作:ゆーり

2 / 37
喰われるモノ

 トレーナーに向いてない。その自覚は大いにあった。

 

 そもそも楽しく生きるのに使う金が欲しくて選んだ職だ。高潔や理念やら綺麗な夢なんてものはない。

 

 だが、それにしても向いてない。

 トレセン学園のライセンスを取得できたのだから、それなり以上に優秀ではあるのだ。

 記憶力も、分析力も、頭の回転の早さもある。

 しかし、それらだけでは取り返せないレベルで、熱くなれない。

 

 ウマ娘は機械ではない。

 ヒトと同じ知性と感情を持っている。肉体のトレーニングだけでなく、心を持つ生き物としての理解とサポートがいくらでも能力を底上げする。

 トレーナーにはウマ娘に対する共感と熱中が最低限必要なんだ。

 

 しかし、俺はどうにもそこら辺りを真剣にこなせなかった。

 相手を理解できず結果が出せないことを恐れているのか、分かり合えず関係性が断裂する可能性に怯えているのか。

 あるいは、もっと根本的に真面目な熱血というのが肌に合わないのか。

 

 なんにしてもトレーナー失格な態度であることだけは間違いない。

 

 手を引く、背を押す、並び立つ、支える。在り方に個性はあれど、トレーナーとはウマ娘の夢を一番に応援する存在でなければならない。

 どの手法を取るにしても、ウマ娘個人を理解して伸ばすことが必須である。

 

 それを苦手とする俺ではあるが、トレーナーを辞める気があるかと言えば、そんなつもりは欠片もない。

 なんせ一発当てた時の稼ぎが良い。しかも自分が天才である必要はなく、担当ウマ娘が天才であればいいのだ。

 汗水垂らして息を荒げるウマ娘に後ろから偉そうに指示を出すだけで、何千万・何億という金が入ってくる。

 これを利用しない手はない。

 まぁ、そんな都合の良いウマ娘はそうそう転がってはいないのだが。

 

 だからこそ、このチャンスは絶対に逃せない。

 すでに実力を証明した『天才』がフリーになってフラフラしているのだ。

 なんとしても手中に収めて骨の髄までしゃぶり尽くしてあげなければ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 トウカイテイオーのスカウトに成功するという偉業を成し遂げた俺は、嬉しさの余り飛び跳ねそうになる衝動を抑えていた。

 

 ぐへへ……。GⅠに一回勝つだけでトレーナーにはエリートサラリーマンの年収を上回る金が入ってくる。八大競走ともなれば、さらに倍ドンどころじゃない。

 

 目の前のコイツはまさしく金を生むウマ娘なのだ。

 

 ……なのだが、なんかコイツ濁った目してんな。もっと明るくて元気で姦しい感じのウマ娘だったはずだが、菊花賞に出られないことでよほど精神が追い詰められていたのか?

 

「そういやさっき泣いてたよな? 喉乾いてるだろ。水でも買ってこようか?」

 

 ミネラルウォーター100円。これからを思えば安い出費だ。

 

「ううん、気にしないで。その、トレーナーになってくれる人が見つかんなくってさ。ちょっと焦ってただけだから」

 

 はぁ? いつから学園の連中はそんな間抜けになったんだ。トウカイテイオーなんて取りあえず買いだろ。

 

「あはは、前のトレーナーから契約を切られたときに暴れちゃったからね。怪我じゃ済まない可能性もあるし、みんな及び腰になるのも仕方ないよ。世間からのバッシングとかもあったし」

 

「しょぼい理由だな。マスコミが好き勝手書いた記事を真に受けて囀る世間様なんざBGM代わりにでもしとけよ。そもそも、中坊が下らんことで暴れるなんて生きてりゃ何回かはあるだろ。どんだけお利口なやつらしか担当してねーんだよ」

 

 バッシングを真に受けたところで一円にもなりゃしないが、ウマ娘にちょっと優しくしてやれば数千万円になるかもしれない。ギャンブルとも言えない選択肢だ。

 

「そうだね。あのヒトも、そう言ってくれると思ってた……」

 

 あのヒト? 前のトレーナーのことか。でも、たしかコイツの元トレーナーって。

 

「あの真面目ちゃんか。ウマ娘に対してだけじゃなくて、世間様にも真摯に対応しますってか」

 

 俺の抱いてた印象と違うな。むしろ、ウマ娘のためなら相手を問わず噛み付きに行くタイプだったはずだ。マスコミ程度になにを言われようが、ウマ娘のためなら小動もしないだろう。

 

 ……なのに、トウカイテイオーの精神が摩耗するような雑な別れ方をした?

 

 もしやこれは。

 

「なぁテイオー。トレーナーが見つからないと言ってたが、癇癪持ちが理由で断られたのか?」

 

 そう問いかけると、一層濁った目でコチラを見てきた。ちょっと怖い。

 

「理由はむしろ菊花賞の方だったかな。その怪我で出走を約束するわけには行かないって。やっぱりバッシングを受けるのって大変なんだね」

 

 へぇ……。なんとなく読めてきたなぁ。

 

「そ、それよりさ、契約書を用意して学園に提出しようよ! 善は急げだよ!」

 

 普通に考えれば、それはトウカイテイオーという才能を逃がしたくない俺が言い出す内容だ。

 なのにコイツはよく知りもしない、事実として到底見合わないレベルの俺と組むことに必死になっている。

 

 くくく……。おいおい、こんなことあっていいのかぁ?

 

 この年頃のガキってのは、良くも悪くも視野が狭い。良い方向に転がれば、全エネルギーを一点集中させて大きな成長を見せる。悪い方向に行けば、ほんのちょっとしたことで自分を全否定されたと感じて心が捻じれてしまう。

 

 トウカイテイオーにとって、それが菊花賞と三冠の夢で現状は悪い方向に行っている訳だ。

 

 そもそも、コイツをスカウトしようって後任が現れないのはおかしい。

 

 癇癪を起したことで敬遠する空気があったのも事実だろうが、別の力が働いていると見るべきだ。恐らく、怪我をした状態で出走を強行しようとするコイツを諦めさせるために、真面目ちゃんはコイツとの契約解除に踏み切った。

 

 その後、学園側にもトウカイテイオーが冷静になるまではスカウトをさせないよう働きかけたのだろう。

 

 一応はトレーナーである俺にその知らせがないのは、抜け駆けすると判断されたか?

 

 大正解だ。

 本来なら見向きもされない相手だろうが、今のテイオーにとっては天から垂らされた蜘蛛の糸。

 どれだけ細く頼りなかろうと全力で掴みにくるわけだ。

 

 くはは、自分に味方が居ないと勘違いしたガキなんざどうとでも転がせるぜ。

 

「そんじゃ、テイオー。トレーナー室に行って契約書類を書く……」

 

「うん、すぐに行こう! はやく書こう!」

 

 食い気味に返事するなよ。藁をも掴む思いなのは分かるけど、そこまで急ぐ必要はなくない?

 

「ま・え・に! どっか飯でも食いにいこうぜ。今日は奢るからよ」

 

 もう日も暮れたし、晩飯食うとこ決めないとな。

 

「なんでごはん? そんなことより契約書を書こうよー。最優先だよー」

 

 おバカ! お腹が空いた状態でいい書類が書けるか!

 

「だって俺、お前のことすげぇ強いウマ娘で一人称がボクってことしか知らないし。まずは親睦を深めねーとな」

 

 あと、お腹が空いてると頭が回らない。

 

「それ全然知らないってことじゃん!? 後でやっぱなしとか言ったら許さないからね?」

 

 へっへっへ、心配しなくてもぶっ壊れて走れなくなるまで使い潰してやるさ。

 

「ついでだし、外出時間の延長手続きもして腹ごなしにゲーセンでもいくか」

 

 脚が使えなくてもできるゲームはあるだろ。

 

「ゲームセンターかぁ。UFOキャッチャーとかあるんだよね。行ったことないなぁ」

 

 ……は?

 

「いやいやいや、そんな訳ないだろ? R〇UND1でバッティングとボウリングと卓球、更にはゲーセンをはしごして締めはカラオケ。ガキどもの定番的な巡礼地の一つじゃん」

 

 いまどきの都会っ子は別の遊びが主流なのか?

 

「その中だとカラオケくらいしか行ったことないかなぁ」

 

 なん……だと……?

 

「学園に入るまでもレースの練習ばっかりだったし、歌とダンスのレッスンもあったからね」

 

 ああ、そうだった……。こいつらはそういう奴等だった。

 

「ちっ。おいテイオー。お前、にんじんハンバーグは好きか?」

 

「え? 好きだけど」

 

 たくよぉ、ここ最近は担当ウマ娘を持ってなかったから財布が寂しいってのに。

 

「オススメの店に連れていってやる。少々値は張るが、味と量は保証するぞ」

 

 かつて担当していたウマ娘御用達の店だ。レースはともかく舌は確かな奴だった。

 

「そんな悪いよ。ファミレスので十分満足できるし」

 

「喧しい! 俺たちのコンビ結成祝いだ。半端なもん食わせられるか! 車取ってくるから正門で待っとけ」

 

 俺の車じゃなくて学園のだけど、怪我してるテイオーを運ぶって言えば文句は言えまい。

 

 ……それにしても、ボウリングとかゲーセンが未経験ってどんな十代だよ。

 思えば、俺が過去に担当した三人のウマ娘たちも似たようなものだった。

 レースしか知らない。レースが全て。自分はそのために生まれてきたと素面でのたまう。

 

 ウマ娘ってのは質の悪いことに、本能に走ることが刻まれている。

 それが余計にアイツらの視野を狭めた。

 

 ……本当にバカなやつらだった。

 

 トレセン学園に入学できただけでも才能はある。だが、その中で輝かしい成績を収められるのはほんの一握りでしかない。結局、トレセン学園でやっていくには力不足で重賞レースにも出られず引退していった。

 

 天才共には遠く及ばないくせにレースに全てを注ぎ込んで、望む結果は出せず自分に絶望してなにもかも諦めようとする。

 

 自分が楽しむために生きている俺にとって、これしかないのだと苦しそうに走るアイツらを見ているとこっちまで気が滅入って許せなかった。

 

 俺は凡才が天才に打ち勝つ方法なんて知らないし、教えてやれない。アイツらに何が適しているかも分からない。

 だからという訳でもないが、代わりに遊び方を、俺の楽しいと思うことを沢山教えてやった。

 

 色んなとこに連れまわして、地方のレース場に行けば観光地を物見遊山してご当地めし。季節ごとのイベントに連れ回して、門限破りもしょっちゅうだった。

 

 そんなことばかりしていたからか、レースでは鳴かず飛ばずだったアイツらは、引退して学園を去るときは妙にいい笑顔をしていた。

 

 やりたい事ができたと、悲壮な感じもなく出て行った。

 

 一人目は家業の温泉宿を継ぐと言って女将修行に励んでいる。

 

 幼い頃から女将になることを決められていたのが嫌で、他の道を探すためにレースで結果を出したいと言っていた。結果的に、外に出て経験を積んだことで家業の素晴らしさに気づいたらしく、今では若女将として認められつつあるらしい。

 

 一度だけ招待してもらったが、自腹で来ようものなら一か月もやし生活になってしまう高級宿だった。

 

 二人目は地方レース場の周りにある観光地を旅行したのがよほど楽しかったのか、色々な場所を巡るために長距離トラックの運転手になった。

 

 なんでもトレセン学園を含むウマ娘の施設備品を取り扱う輸送業者らしく、ウマ娘の雇用は大歓迎だったらしい。

 

 いまでも時々トレーナー室に来て勝手に茶を飲んで、各地の土産物を置いていく。

 

 三人目は完全に意味不明なんだが、格闘家の道を歩んでいる。

 レースをするには体格がガッチリしすぎだと思ってはいたが、文字通り強さについては才能があったらしい。

 

 『トレーナーへ』というメッセージを添えてサンドバッグを蹴破る動画を送って来たりするが、なにを伝えたいのかさっぱり分からん。

 

「アイツらの時はレースで金が稼げなかったから、外に行ったときは一人前の飯を分け合って食べてたっけなぁ。テイオーならそんなみみっちいことしなくて構わんな。先行投資だと思って、せいぜい恩を売っておくか」

 

 それにしても、才能という点においてはアイツらと比べるべくもないが、それだけってのは勿体ないだろ。

 

「ま、そっち方面は得意分野だ。怪我が治るまでの暇潰しならドンと来いだな」

 

 その第一弾としてにんじんハンバーグは悪くないだろ。

 テイオーの稼ぎなら二、三年で億は固い。

 そう考えれば、たかだか数千円のハンバーグなんざ屁でもないしな。

 

 近い内に利子込みでたっぷりと返してくれよな、金蔓ちゃん。




〇一人目の担当ウマ娘
 東京近郊の温泉宿で生まれたくせに似非京言葉もどきで喋る。
 いまでもクズと連絡を取り合っている。

〇二人目の担当ウマ娘
 姉御肌で気っ風のいい性格の子。ステイヤー。
 いまでもクズの部屋にときどき入り浸っている。

〇三人目の担当ウマ娘
 肉体でのぶつかり合いこそが至高と気付いたとか言って武の道へ。
 無口かつ筋肉で意思疎通を図ろうとする。
 いまでもクズと格闘技の試合を観戦しにいったりしてる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。