巻き戻しって言葉が果たして何歳のヒトまで通じるのか分からないが、マックイーンの現役時代は普通にあったはずだからセーフ。
『トウカイテイオーの走り、圧巻でしたね!』
『そうですね。次は春の天皇賞へ出走することを宣言しています。前年覇者であるメジロマックイーンとどのような勝負を繰り広げるのか、目が離せません』
テレビ、新聞、雑誌。各メディアはこぞって大復活を遂げた天才を持ち上げる報道をしている。そして、メディアとその先に居るファンが気にしているのは何時だって
もっと強い相手と、もっと面白い勝負を。
際限なく肥大化していく欲求に限界はなく、例え私たちが
「見せ物であることは否定しませんが、付き合いきれないという思いもありますわね……」
誇りを持って高貴なる者としての責務を果たすのも楽ではないと、溜息が出てしまう。
「今は世の無常さを嘆いている場合でもありませんね。早急に対策を立てなくては」
衝撃的な復活劇を見せた大阪杯でのトウカイテイオーの走り。
鎬を削り、切磋琢磨し合えるライバルが再び舞台に上がってきたことは間違いなく吉事だ。
だが、そのライバルが底も見えないような強さを持って己に挑んで来ることは、喜びだけで表現できない。
春の天皇賞二連覇。
数多居る天才たちが未だ成し遂げていない偉業であり、メジロ家にとっては悲願でもある。
弱者を甚振って春の盾を手に入れようなどとは考えたこともないが、別に全ての強者が参加したうえで勝たねばと思っていた訳でもない。
得意の中距離に引き籠ってもらい、自分が史上最強のステイヤーという称号を得てから挑戦しに行っても良かったのに。
しかも、トウカイテイオーにとっては菊花賞のリベンジという側面もある長距離レース。
モチベーションの高さは自分に劣らない。才能という点では贔屓目に見て五分五分。
ならば、上回っている要素はなにがあるか……。
先日の大阪杯の映像を見ながら、レース展開のイメージを固めていく。
「随分と熱心だな。事前投票の大本命。前回の勝者であっても、トウカイテイオーの存在は無視できないか」
映像の分析に集中していると、なにやら大量の紙束を抱えたトレーナーが部屋に帰ってきた。
「あの娘の輝きを無視できるウマ娘なんていませんわよ。例え目を瞑って顔を背けようと、その光からは逃れられません」
トレーナーによって机に並べられ始めたのは新聞や雑誌、それに映像媒体のようだった。
どうやら、資料を手当たり次第に漁ってきてくれたらしい。
「俺も同感だ。どうせ逃げられない光なら、しっかりと見据えて備えるのが正解だろ」
内容は全てトウカイテイオーについて綴られたもの。客観的な評価も取り入れて分析しようと言うことだろう。
トゥインクル・シリーズを専門とする記者や評論家の視点はバカにできるものではない。端から見ることに特化し、それを文章として書き起こすことを生業とする彼らの成果物は、短時間で濃厚な情報が得られる重要なソースだ。
しかし……。
「ほとんどはダービー前までのモノですわね。それ以降はなんというか、ゴシップ誌の迷惑記事という印象が拭えないのですが」
菊花賞までのほとんどはリハビリに充てられており、公の場に立つこともなかった。
大阪杯までは担当しているトレーナー共々に好き勝手言われていたこともあって、精度という意味では信用が置けない。
「なにより、今のトウカイテイオーはダービーまでの彼女とは別物です。走りも、心も、在り方も。十把一絡げに扱っていると、足を掬われますわよ」
「たしかにな。今のトウカイテイオーは昔とは違う。だが、その本質まではそうそう変わるもんじゃない。アイツについて知っていることの復習にはなるし、昔との違いをより明確にするためにも調べておいて損はないさ」
そう言われてしまえば、同意せざるを得ない。
何気なく手に取った雑誌には『月刊トゥインクル』の文字。そこにはトウカイテイオーの強さを支える彼女特有の性質や、レースで好む展開について詳しく書かれていた。
その内容を読みながら、自身の見解を述べる。
「天皇賞においても、先行することは間違いありませんわね。そして、そこに警戒すべき強敵が居た場合、あの娘はそれをマークする位置につきます」
つまり、自分の後方に付かれるということであり、抜きに掛かるのは最終コーナーから。
それは恐らく、自分に限らず大多数の予測ではあるのだろう。
「ですが、その予測を覆されたのが大阪杯でもあります」
大阪杯では第三コーナーを超えないうちからラストスパートを掛けてきた。
あまりにも早すぎる勝負の仕掛けどころではあったが、それで圧勝しているのだから文句を付けられようはずもない。
「俺はそうは思わない。正確には、春の天皇賞は大阪杯と同じことにはならないと踏んでいる」
そう断言する顔には、確信があるように見えた。
「距離三千二百。惨敗した菊花賞より長く、出走してくるウマ娘のレベルも高い。それにトウカイテイオーは菊花賞で全く自分の走りをできずに負けている。奇策や新戦法なんか使う前に、まずはしっかりとレースを作ることを優先したいはずだ」
スタートの失敗、ペース配分の失敗、スパートの失敗。彼女の菊花賞は実力で敗北したというよりも、お粗末なレース展開に終始してしまった故の結果だった。
「どれほどの天才であっても、いえむしろ天才であるからこそ、過去の失敗を頭から消すことは出来ず、払拭したいという思いに囚われるということですか」
だからこそ、採る戦法は王道にして最も得意とする好位追走。
「ああ、俺はそう考えている。あとはそれを認識したお前が天皇賞でどう走るかだ」
どう走るか。それは、何時も通り自分の走りを貫くだけでは足りないということか。
「具体的には、スローペースな展開かそれ以外かってとこだな」
スローペース。トウカイテイオーが大阪杯で見せた驚異的な加速と末脚を出来るだけ後半まで封じることが目的だろうか。
「良い案だとは思えませんわね。本当かどうかは分かりませんが、パーマーは大逃げするそうですわよ」
「なにぃ? 逃げじゃなくて、大逃げなのか?」
正確にはダイタクヘリオスが大声で『大逃げ、爆逃げ、超逃げだぁー!』と叫び、一緒に歩いていたパーマーが腕を振り上げて同意していたのだが。
盤外戦術ができるようなタイプでもないし、たぶん実行してくるのだろう。
「ええ。それにテイオーが過去の失敗を払拭したいと考えていることには同意しますが、払拭する方法は我々が考えているものと別になる可能性もあります」
彼女の性質は以前と比べて大きく変質している。
強い輝きを放っていることは変わらない。だが、かつての彼女がスターとして文字通り星のような煌めきを放っていたのに対して、今は星は星でも太陽だ。燃え盛る炎を伴う光熱は、近付く者を焼き尽くす。そういう攻撃的で排他的な強さが今の彼女にはある。
自分に合わない展開だと思ったら、即座にぶち壊してくるだろう。
そうなれば、自分の走りをさせてもらえなくなるのはコチラ側だ。
「作戦の読みに不確定要素が多い以上、お互いに得意のぶつけ合いになるか。こっちも細かいところで積み上げていくしかないな……」
そう言いながら、トレーナーはレース映像を巻き戻した。
「色々と変化があるなかで、外から抜きに掛かることを好む性質は変わっていない。マックイーンは出来るだけ内ラチ側に付いて、トウカイテイオーには外を走らせる。スパートを仕掛けるのもこっちからだ。相手に主導権を渡すのを極力避けろ」
距離三千二百ともなれば、内外で走る距離にかなりの差が出る。王者の採る策としてはなんとも姑息な気がするが、嫌なら相手も内ラチを走ればいいだけのことか。
「策と言っても無いよりはマシって程度だ。結局は実力がモノを言う。長距離を疲れなく走りきるための筋力強化も大詰めだ。本番直前まで負荷を上げていくぞ」
望むところだ。元より、自身の実力以外の要素に頼って勝つつもりなど毛頭ない。
「ま、今は休憩中なんだ。体はしっかりと休めて、頭を使って分析に集中しよう。資料をかき集めるついでに糖分補給用の大容量シュークリームを買ってきたんだが、食うか?」
「ええ、全部いただきますわ」
トレーナーの掲げたシュークリームの袋をひったくってモニターに目を向けると、トウカイテイオーが大阪杯の勝利者インタビューを受けている場面だった。
■
『トウカイテイオーさん、大阪杯の勝利おめでとうございます。大差を付けての圧勝でしたね!』
『ありがと。ちょっと上手くいかないところもあったけど、結果には概ね満足してるよ』
『新しいトレーナーの実力や関係性について、様々な憶測がありますがいかがでしょうか?』
『それ本人がいる前で聞く? 関係性に問題があるなら一緒にここに出てこないし、実力がないなら今日も負けてたよ。次の質問どーぞ』
『次は春の天皇賞ですよね! 前回の勝者であるメジロマックイーンに勝つ公算はありますか?』
『ボクの負けた菊花賞よりも長い距離で強い相手だからね。公算なんてないよ。けど、はいそうですかって負けは認められない。勝ちに行くよ』
『"皇帝"シンボリルドルフが達成した七冠。トウカイテイオーさんもやはり目指しているのですか!』
『七冠そのものは特に意識してないかな。ただ、やりたい事をやっていくなら追い付かなきゃいけない数だとは思ってるよ』
本当に、随分と変わってしまったと思う。
以前から、持って生まれた才能を思うが儘に振りかざしてはいた。
もちろん、そこにはしっかりと裏打ちされた努力や彼女なりの考えがあったのだろうが、それでも感覚派だったことは間違いないだろう。
それに、才能を振りかざすと言ってもそこに他者への隔意などはなく、あくまで自身の夢へ向けた無邪気な行動だった。
だが、今は違う。
振りかざされる才能はより激しく勢いを増した。
なにより、その行動には冷酷な意志と明確な意図がはっきりと見て取れた。
競い合うライバル、切磋琢磨し合う仲間。だが、それ以上に己の前に立ちはだかる敵であると考えているのだろう。
彼女の底抜けの明るさと自己肯定を好み、羨ましく思っていた身としては少し物悲しくもある。
それでも、レースに挑む競技者としての心の疼きは抑えられない。
「最強の王者として、最強の挑戦者を待ち受ける。燃えますわね」
天皇賞の盾が持つ絶対的な価値は変わらない。
誰を相手に勝って手に入れたのだとしても、胸を張ってメジロ家に持ち帰れるだろう。
だが個人的には、
デビュー以前からクラスメイトとして近くで見てきた。
日本ダービーを勝利して、二冠を得たときの輝くような強さに見惚れた。
夢への挑戦を絶たれ、それでも這い上がって、結局は届かなかった三冠。
どれ程に苦しみ悲しんだのか想像も付かないが、彼女は立ち上がり歩み始めた。
以前よりも苛烈に、燦然と輝きながら。
その強さに、心からの敬意と称賛を送りたい。
だがそれでも、譲れない。
王者とは貪欲でなくてはならない。
王者とは傲慢でなくてはならない。
勝ちたい。
あの娘に勝ちたい。
盾でも名誉でもない。
家でも誇りでもない。
メジロマックイーンというウマ娘の魂が、どこまでも勝利を欲している。
だから、戦いましょう。
全力で、全霊で、全開で。
それはターフに立つ者にだけ与えられる最高の権利。
「どこまでも競い、高め合いましょう。テイオー」
私と貴方で。
最強の名を懸けて。
そうして彼女との戦いに挑む気持ちを新たにしたとき。
気が付くとシュークリームの袋は空になっていた。