だがいまいち、掲示板の常識というか作法が分からない。
あとこれは注意事項なのですが、タマゴとチキンはともかくチーズもチリソースも頭文字はTじゃないです。
TМ対決、あるいはМT対決。
ここ最近、各メディアを賑わせている言葉だ。
どちらが、ではなくどちらも。
より詳細に説明するなら、どちらで表現するのが正しいのか活発な議論が行われている。
「TМ、そしてМTか」
トレーナー室でネットニュースを見ながら呟くと、メジロマックイーンのレース映像を分析していたテイオーの耳がピクリと動いた。
やはりアイツも気になっているのだろう。
「てりマヨか、マヨチキか……。熾烈な争いになるだろうな」
きのこたけのこ、つぶあんこしあん、唐揚げにレモン。人間はいつだって平和を望みながら、争うことを止められない。業であり性というやつなのだろう。
それはそれとして、やはり一日の長があるてりマヨが優勢だろうか。
「違うよ!? なんでハンバーガーの売れ行きの話だと思ってるの!」
テイオーが嘘でしょ!?って顔をして勢いよく椅子から立ち上がり叫んだ。
「なんだ違うのか。まぁ、俺はマヨネーズが入ってればどっちでもいいんだけどな」
どっちも違ってどっちも良い。ラブ&ピースだ。
「だからマヨでもないんだってばっ! トウカイテイオーのTとメジロマックイーンのМだよ!」
「でも、それだとなんでアルファベットの順番争いなんてしてるんだ? 特段言いづらくもないし、どっちでもよくないか?」
アルファベットが先だと内枠にしてくれたりするんだろうか。
「どっちが強いかってことを表したいんじゃないの。ボクも正直どうでもいいと思うよ。走れば嫌でも結論は出るんだし」
タマモクロスを彷彿とさせる鋭いツッコミをしてきたにも関わらず、テイオー自身も順番に興味はないようだった。
そりゃそうだよな。
「まぁ、俺はマヨネーズが入ってればどっちでもいいんだけどな」
入ってなかったら悲しいけど。
「マヨは関係ないって言ってるんだから離れてよ! だいたいマヨってМの方じゃん! そこは無理矢理でもTを推してよ!」
デスクをバンバンと叩きながらテイオーがまたもツッコミを入れてきた。
なんだか今日はやたらと冴えてるな。
それにしてもTか。
チキン、チーズ、チリソース、タマゴ、トマト……。
「うーん、Мかなぁ」
全てを合わせたとしても、マヨの前には鎧袖一触だろう。
「どんだけマヨが好きなの!?」
どんだけかと聞かれると、いっぱい好きとしか答えられない。
「昔はマヨを容器から直接ちゅーちゅーする文化もあっただろう。俺は彼らほどの情熱を持たないニワカだが、マヨは等しく皆に幸福を与えてくれるんだ」
デザート系以外のだいたいの食い物に合う魔法の白いクリームなのである。
「そんな汚い食べ方する文化聞いたことないよ! まさかトレーナー室の冷蔵庫のやつでやってないよね!?」
もちろんである。俺はマヨと合う食べ物が好きなのであって、マヨだけ食べる趣味はない。
しかし、テイオーは知らないのか。ジェネレーションギャップを感じる。
「とにかくっ! メディアやファンはともかく、トレーナーがМT対決って言うのを許すつもりはないからね!」
ふむ、正直言いやすければそれでいいのだが、МTでもよい理由を勘違いされても困るから訂正はしておこう。
「TとМの順番なんてどっちでもいいが、お前がそうして欲しいと言うならTМ対決にするよ。どっちにしろ俺が応援するのはトウカイテイオーで、勝つと信じてるのもトウカイテイオーだ。それ以外はない」
だからこそ、本当にこの話はどうでもいいのだ。
「そ、それなら良いんだけどさ」
「まぁ、巷ではМT対決の方が優勢らしいな。長距離ならメジロマックイーンというのが世間の評価な訳だ」
テイオーの素質は長距離でも十分にやれると思わせるだけのモノがあるが、実績としては菊花賞の大敗のみなのだから妥当ではある。
菊花賞と昨年の春天を制したメジロマックイーンにステイヤーとして抜きん出た実力があることは疑いようがないし、URA賞で二連覇を目標とすることを公言しており、モチベーションも高いだろう。
「お前の最高速と加速が文句なしであることは分かってるんだ。あとはスタミナと根性でどこまで食らいついていけるかだな」
長距離レースで最も重要な能力は?と聞かれたら大半のやつがスタミナだと答えるし、実際その通りだろう。
そして、メジロマックイーンは距離三千を超えるレースであっても、息を荒げることもなく澄ました顔で走り切るようなスタミナお化けである。
なにかのインタビューで優雅に走って勝つことを意識しているなんて言っていた気もする。
しかし、これは外面を取り繕っても勝てる展開だったなら、そうするというだけの話だ。
死にもの狂いで走らなければ勝てないのなら、死にもの狂いで走れば勝てるのなら、あのウマ娘は優雅な令嬢の仮面なんて惜しみもせず全力で投げ捨てるだろう。
長距離なんて泣きたくなるほど辛いだろうレースを主戦場にしている連中は、皆揃って醜く足掻ける強さを持ち合わせている。
対して、トウカイテイオーはどうか?
スタミナがない訳ではないが、根性とかスポコンは似合わないという意見が大多数だろう。
優れた才能を思うが儘に振るう天性のスター。それがトウカイテイオーだと考えているやつは非常に多い。
かくいう俺もそう考えていた内の一人だしな。
だが、それも過去の話だ。
根性とは、なんの理由もなく持ち得る能力とは違う。ひたすらに走ってきた距離。耐え抜いてきたトレーニング。重ねてきた勝利への想い。そういったレース本番までの日々全てが礎となって根付く性質だ。
ダービー以前のテイオーのことは知らないが、俺と組んで以降のコイツの努力は三千二百程度の距離で潰れるような軟なモノではない。
どれだけ無様でカッコ悪かろうと、最後まで勝つための走りを貫ける。
「テイオーとしてはどうなんだ? 春天で負けに繋がりそうな懸念はなにかあるのか?」
怪我明けの菊花賞では発揮できなかったが、テイオーは勝負勘も半端ではない。マックイーンとの付き合いも俺よりはあるだろうし、違うものが見えているかもしれない。
「スタミナはどれだけ鍛えてもマックイーンを超えられないだろうから、一抹の不安があるかな。けど、それよりも危なそうなのは仕掛けるタイミングかなぁ。ボク、まともに長距離を走れた経験ないからね」
レースは距離の分だけ紛れも起きやすい。失敗を取り戻せる場面も多くなるが、最後に勝つのは細かいところで失敗せずに、貯金を積んでいけるウマ娘だろう。
「テイオーにとっても、京都レース場で長距離を走ったのは菊花賞だけだもんな」
レース場を走った経験。距離を走った経験。どちらもレース運びを考えるのに大切な要素だ。
しかし、この点でメジロマックイーンを上回ることは不可能。
昨年の覇者にスタミナでも経験でも劣る現状。才能と努力で勝ちますと言うのは頭がお花畑すぎるし、やはりここは奇策でも用意するべきか。
「爆逃げテイオーか。語呂としては有りだな」
何も考えず最初から全力で前に走ればいいから、俺も頭すっからかんに出来て大変楽である。
「なんで逃げを採用しようとしてるのかは予想付くけど、やんないからね。変な作戦採ってもあんまり意味ないから何時も通りでいいよ」
「だってお前、それだと俺が居る意味ないじゃない」
なんかこう良い感じの作戦をズバッと提示して、このレースは全て俺の読み通りだ、みたいな事したいんだけど。
「作戦やトレーニングを考えてくれるのは嬉しいから止める必要はないんだけどね。トレーナーは居てくれるだけでもいいの。それだけでボクは最強だから」
それじゃ俺はフクキタルに背負われてる招き猫みたいなモンじゃねーか。
「出走するメンバーの走りは大体分かったから。全員が普段通りの走りをすれば、ボクは五番手くらいでマックイーンを追う形になるんじゃないかな。実際にターフに立ってみて分かることもあるだろうから、直前に作戦を変える可能性もなくはないけど」
うーむ、俺も長距離レースに詳しい訳じゃないから無理に思い付きを実行させても悪影響しかないか。
ちなみに例のファイルでも、テイオーの無敗記録を維持するための難関は春の天皇賞だと予想されていた。シニア級に上がって早期に挑むレースとして、三千二百という距離とメジロマックイーンという覇者が一番厄介という認識は共通のようだ。
記録に拘るのなら挑まないのが最善とも書かれていた。
逆に当時掲げていた最終目標、シンボリルドルフを超えることを意識するならば挑戦すべきと考えていたようだ。例え結果が負けであったとしても、得られるものが他のレースとは比較にならない、と。
「そんなことはいいから。ボクのトレーニングをちゃんと見てること。それが終わったらマッサージをして、一緒にはちみーを飲んでご飯を食べる。こっちが疎かになったら怒るからね?」
ここ最近の定番ルーチンだな。
勝つためにトレーニングやミーティングに割く時間が増えたから遊ぶ頻度は落ちたんだが、それでテイオーと一緒に居る時間が減ったかというと、むしろ増えた気がする。
「そう言えば、天皇賞はどっちの勝負服で走るんだ?」
大阪杯はお披露目の意味もあったから新しい勝負服だった。復帰戦で大勝利を飾った勝負服だから縁起も良さそうだが、以前の勝負服の人気も未だ根強い。交互に着るのも有りだろう。
「どっちもなにも新しい方しか着る予定ないんだけど」
そうなの? 古いほうも着ないのはもったいなくない?
「あの勝負服自体を悪く言いたくはないんだけどね。精神面の影響って大きいからさ。今のボクはアレを着ても勝てないよ」
それはやはり、菊花賞の走りと敗北の印象を拭えないということだろうか。
お世辞にも良い走りだったとは言えないが、俺にとっては大きな転換日でもあった。
勝った負けた以上の意義がレースにはあるのだと教えられた日でもある。
「なにその微妙な顔。どうしても見たいっていうなら部屋で着てあげるからさ。あとは学園のイベントとかでファンサービス目的なら別に着てもいいよ」
いや、別に服を着たところが見たい訳ではないんだが。
「さーてと、ばっちりイメージも湧いてきたし、トレーニングに行こうかな!」
そう言いながら伸びをするテイオーの顔には、静かな闘争心が見て取れた。
「まぁ、お前の勝負服なんだ。自分がこっちだって思った方を着るのが正解に決まってるか。で、イメージが湧いてきたトウカイテイオー様から見た勝率は如何ほどだ?」
レースに絶対はないが、コイツほどの天才なら七、八割で勝利が固かったりするのかな。
「うーん、そうだねぇ」
きっぱりと断言されるかと思っていたのに、返ってきたのは思案するかのような声。
「楽観的かつ贔屓目に見て、五割ってところじゃないかな」
苦笑するような声色と弧を描く唇に対して、欠片も笑っていない目。
それはつまり、万全のトウカイテイオーであっても消せない敗北の可能性があるということだ。
俺たちが契約を結んでから、戦績はここまで一勝一敗。
恐らくはテイオーにとっても、過去最強の相手と競う最も過酷なレース。
その中で俺は、トレーナーとしてコイツになにをしてやれるのだろうか。
ネイチャの焼いた秋刀魚が食べたい。
次回「春の天皇賞」(仮題)