春の天皇賞を終えて一週間。
私は再び盾を手に入れ、公言どおりの二連覇を成し遂げた。
最強のステイヤーという称号を得て、メジロ家の悲願は最良と言ってよい形で果たされた。
その代償、歩を進めるごとにじわりと
失ったモノは大きいが、同じ選択を迫られたとして、やはり私は同じ決断をしただろう。
約一年に及ぶ休息期間。
それが、消耗した脚をレースに耐えられるよう戻すのに掛かる時間だ。
もどかしさはある。
出走できないこの時間が、好敵手との決定的な差となってしまわないかという怖さもある。
それほどまでに天皇賞の盾を争ったウマ娘の実力は凄まじかった。
一年前の自分は彼女ほどに強かっただろうか。
答えは否である。
一年という積み重ねた時間と経験の差があってギリギリの勝利。
己の強さが新たな段階に進んだという感覚もあったが、後ろを追ってきていた彼女とのあいだに大した違いは感じられなかった。
下手をすれば次のレースでは自分と同じ場所まで上がってきているかもしれない。
そうなったとき、春の天皇賞三連覇の夢はどうしようもなく達成困難になるだろう。
さらなる成長が必要だ。
少なくとも今の自分に圧勝できる強さを得られなければ、来年は勝てない。
病は気から。
療養のためにも気持ちを上向かせたいが、得難い
負けてなお精神に負荷を掛けてくるだなんて。
げに恐ろしきは"帝王"と呼ぶに相応しいその気質か。
「マックイーン、いま時間あるか?」
態々声を掛けてきたということは、今後のプランについて良い案でも浮かんだのだろうか。
「構いませんが、どうしました?」
「戻ってくる途中、トウカイテイオーに会ってな。マックイーンに用事があるってんで部屋の前で待ってもらってるんだが」
今まさに思案し、対策を練ろうと考えていた相手の突然の来訪。
このタイミングで一体なんの用だろうか。
「用件は聞いてみたんだが、マックイーンの居ない場所で話すことでもないって言われてな。真剣な顔してたから、遊びの誘いとかじゃなさそうだが」
考えられるとすれば、やはりレースのことだ。
長距離レースでは一応の勝敗がついた。
だが、中距離ならどうか。
まだ休養することは公には周知されていない。
宝塚記念辺りでのリベンジ宣言に来たのかもしれない。
「話すことは問題ありません。ただ、トレーナーも同伴でという条件付きにしたいですわね」
「ああ。俺もそれがいいと思っている。それじゃ、入ってきてもらうぞ」
トレーナーによって招き入れられたテイオーの顔付きは、聞いたとおり真剣なものだった。
■
マックイーンの二連覇とそれに伴う休養。
担当トレーナーとしては嬉しい反面、無理をさせ過ぎたことは反省すべき点だ。
トウカイテイオーの強さを知った以上、次に向けた焦りもあるだろう。
高い自制心と使命感故に頑張り過ぎるきらいがあるマックイーンに対して、此処からは精神面のケアがなによりも重要だ。
焦燥を消しつつも、モチベーションは高く維持させる。
その難題に頭を悩ませていた最中に突然やってきたトウカイテイオー。
「さっき伝えたように、俺も同席させてもらう。構わないな?」
トレーナー室の打ち合わせスペースに三人で腰かけ、話を促す。
マックイーンの用意してくれた紅茶を飲んで息を吐くと、肩に力が入っていたのが分かった。
……さて、どんな話が出てくるのやら。
今後、何度となくマックイーンとぶつかり合う事になるだろう強敵。
話の内容は予想が付かないが、こちらもトウカイテイオーに探りを入れて次に活かす。
それが、スピカを率いるトレーナーとしての役割だ。
そう気を引き締めると、トウカイテイオーは特に気にした様子もなく頷いた。
「うん。ボクはマックイーンがいいなら問題ないよ。まずは時間くれてありがとうね。まだ天皇賞の疲れも抜けきってないでしょ?」
礼を述べるトウカイテイオーも天皇賞を走っているはずなのだが、あまり疲労が残っているようには見えない。
タフネスは彼女にとって優れている面ではなかったはずだが、どうやら克服済みのようだ。
「それは……お互い様のはずです」
少しだけ納得がいってなさそうに答えるマックイーン。
勝てたとはいえ、レースへの出走が難しいレベルの疲労が蓄積したのだ。
それに対して相手は特に消耗した様子もないとなると、そう思いたくもなるか。
「ボクは療養について一家言あるからね。じゃあ早速だけど、相談に入らせてもらおうかな」
本題に入ろうとするトウカイテイオーを見て、自然と身構えてしまう。
隣のマックイーンからも唾の呑み込む音が聞こえてきた。
俺にとってはレースの勝負相手という以外に接点のないウマ娘だ。
どんな話が飛び出してくるのか、恐らくマックイーンも緊張しているだろう。
「メジロ家で繋がりのある税理士とか、信用できるファイナンシャルプランナーが居れば紹介してほしいんだけど」
思考が固まるのが分かった。
ぜいりし?ふぁいなんしゃるぷらんなー?
内容がしばらく咀嚼できなかったし、マックイーンの頭の上にもクエスチョンマークが飛び交っていた。
「えーっと、話の流れが見えないというか、ちょっと内容が予想の斜め上すぎて思考が追い付かないのですが、なぜそのような相談を?」
マックイーンの疑問も尤もだ。
そんな事を聞いてくるトウカイテイオーがおかしいという訳ではない。トレセン学園で上位に位置するウマ娘は重賞レースで勝利・入着しているのだから、相応の賞金を受け取っている。世間からの人気が大きければ、ぬいぐるみやライブのグッズなども販売され、学生どころか大半の大人が足元にも及ばないような収入を得ていたりする。
いくらレースの才能があってもまだ子供。収入に対する税制だの、グッズ販売のインセンティブや契約内容を自分で管理するなんて不可能だ。というか、専門としている者でもない限り大人でも普通に難しい。
短期間で大金を得てしまい、人生観が歪んだり道を誤ったりしないよう体制を整備することも学園の重要な責務だ。だからこそ、そういった問題に対処するための部署や人員を学園でも用意している。クラシックで二冠を達成したトウカイテイオーも、既に関わり合いを持っているはずだが。
「確かに、メジロ家では代々重用してきた者たちや懇意にしている企業などもあります。紹介できないという事はありませんが、学園が用意している人員の質は決して低くはありません。その、わざわざ私に借りを作るような真似をする必要もないと思うのですけど」
暗に紹介するのはタダではないぞと伝えたのは、マックイーンの義理堅さの表れだろう。対価は貰う。代わりに、紹介するのであればメジロ家として責任を持って不利益になるような結果にはさせないという宣言でもある。
「そういったことを担当しているヒトはいるんだけどさ、学園の関係者って小煩いんだよねー」
やれやれといった感じで首を横に振るトウカイテイオーの言葉で、全容が見えてきた。
トウカイテイオーの金遣いが荒い訳ではないだろう。清貧を尊ぶという柄でもないだろうが、物欲が大きいようにも見えない。趣味としても、レースと歌とダンスさえあれば満足というタイプのはずだ。
ならば、口出しをされている理由はトウカイテイオー自身ではなく、その周りに起因しているのだろう。
「なるほど、私も少しは理解できます。ウマ娘の一番近くに居るトレーナーの金銭管理が下手くそだと、心配されてしまいますものね」
冷ややかな視線を向けられ、ギクリと肩が跳ねた。
……まぁ、そういう事なのだろう。
「全く、ボクの賞金を不当に搾取されてないかだなんて、心配してるにしても失礼だよね」
少々特殊な関係性ではあるが、トウカイテイオーとトレーナーの間に強い信頼関係があることは疑いようがない。そのトレーナーを疑うような相手こそ、付き合うに値しないと言いたい訳だ。
憤慨した様子のトウカイテイオーを見て、自然と笑みがこぼれた。
自分も胸を張って立派な大人ですと言える存在ではないが、あの後輩はそれに輪を掛けて世渡りが下手だ。全てが誤解とも言えないし、トレーナーとして結果を出せていなかったことも事実。
そんな自分にとっても心配の種だった人物は、担当ウマ娘がライバルに借りを作ってでも優先すべき存在になったのだ。最近はトレーナーとしての在り方にも一本の芯が通ったように思える。
トウカイテイオーだけではない。クズと周りから
「トレーナーとウマ娘の理想の関係性は一心同体。共に歩む相棒をバカにされて黙ってはいられませんものね。ダービー以降のあなたを心配していた時期もありましたが、杞憂で済んで良かった。理由も納得できましたし、そういうことであれば紹介するに吝かではありません。手配するようにいたしましょう」
マックイーンから是と返事を受け、笑顔で喜ぶトウカイテイオー。
荒れた内容にならなくてよかった。
そう一息ついた瞬間、次いで聞こえてきた言葉に体がピシリと固まるのが分かった。
「ありがとうっ! いやー、二人で暮らしていくのに必要なお金が三億円って言うでしょ? 余裕を見て五億は稼いでおきたいし、トレーナーの金銭感覚が緩いのは事実だから、ボクがしっかりと代わりに管理しなきゃなーって思ってたんだ!」
ほっこり温かい空気が漂っていたはずなのに、今は体を冷たい汗が伝っていくのを感じる。
隣に座り紅茶のカップを持つマックイーンの手も、微かに震えていた。
「と、ととトレーナーとウマ娘の理想の関係性は一心同体。互いの足りない箇所を補っていくものです。トレーナーの金銭感覚が危ういなら、ウマ娘が管理するのもど、道理ですわね」
どんな道理だよ。確かにマックイーンに任せれば俺の財布の中身もちったぁマシな状況になるかもしれないが、学生に財布を管理されるなんて恥ずかしすぎるだろ。
「うんうん、そうだよね! ボクも出来るだけ長く現役で走って稼ぐつもりだけどさ、稼ぐだけ使われても困るし、遊ぶお金とは別にちゃんと貯蓄とか資産運用して準備しないとなって」
いったい俺はなにを聞かされているのだろうか。準備とは、いったいなんの準備なのだろうか。というか、あの後輩は自分のウマ娘になにをさせているんだ。別の意味で心配になってきたぞ。
「先ほども申し上げたとおり、手配はメジロ家が責任を持って行います。日程は後ほど詰めるようにいたしましょう」
これ以上、踏み込むのは危険と判断したのだろう。
マックイーンはさっさと話を締めに入った。
俺も完全に同意である。
「分かった。それで貸し借りの話だけど、なにかボクにしてほしい事ってあるの?」
マックイーンの対応を特に疑問にも思っていないようで、トウカイテイオーは対価をどうするか問うてきた。マックイーンも大したものを要求する気はないだろうが、今後を見据えるとなにが最善か。
「マックイーン、お前に案がないなら俺が提示させてもらってもいいか?」
マックイーンが頷くのを見て、トウカイテイオーに向き直った。
「今年の夏、スピカで合宿をする予定なんだ。その合宿にお前たちも参加してくれないか?」
スズカが海外へ行き、スペはドリームトロフィー・リーグへ。
トゥインクル・シリーズへのデビューを予定しているゴルシ、ウオッカ、スカーレットにとって、世代を代表するウマ娘と切磋琢磨する時間を設けて新しい刺激を与えることは今後の成長に役立つ。
「トレーナーに聞いてみないと断言できないけど、たぶん大丈夫じゃないかな。でもそれって対価になるの?」
自分にもメリットはあるし、借りを返すことにはならないのではないかと、トウカイテイオーは首を傾げていた。
「うちのウマ娘たちにお前やアイツからの意見を色々と貰いたいのさ。疑問に思うかもしれないが、俺は対価として充分だと判断している」
念のためマックイーンに視線を向けてみたが、こっちも異論はなさそうだ。まぁ、返されすぎても後味が悪いからな。
「二人がそれでいいならボクがどうこう言うことじゃないか。じゃあ、トレーナーに許可を貰っておくよ。マックイーン、相談に乗ってくれてありがとうね」
そう言ってトウカイテイオーは立ち上がり、部屋から出ていった。
たっぷりと時間を置き、足音が聞こえなくなったことを確認してから、大きく息を吐く。
「はぁ。トレーナーとウマ娘としては上手くいっているんだろうけど、なんだかなぁ」
後輩はちゃんとウマ娘と対等な関係を築けているのだろうか。もしかしなくても尻に敷かれているのではないだろうか。
「あれも一種の成長、なのでしょうね……」
部屋の天井を見上げ、マックイーンが重たく呟いた。
「しっかし、テイオーもやりすぎなきゃいいけどな。男ってのは束縛されるのを嫌うもんだ」
特に俺やアイツみたいなタイプはな。
「あら、これだけレースで結果を出しているウマ娘がいるというのに、ボロい合宿所しか用意できないあなたも大概でしょう。なんでしたら、私生活から財布からなにまで、私が管理して差し上げてもよろしいですわよ?」
そう冷たい笑顔で告げるマックイーンを見て、俺は部屋から逃げ出すことにした。
■設定(トゥインクル・シリーズとドリームトロフィー・リーグについて)
本作独自の設定として二つは独立していません。
トゥインクル・シリーズに登録されたままドリームトロフィー・リーグに出走可能です。
宝塚、有馬に続くグランプリの一種として夏冬にあるイメージです。
ドリームトロフィー・リーグの方が格が高く、シニア級での好成績がないと出走できません。
また、ドリームトロフィー・リーグに出走経験のあるウマ娘が通常の重賞レースに出てくると荒し行為にしかならないので、かなり厳格な基準が設けられます。そこで万が一敗北した場合、以降のドリームトロフィー・リーグ出走条件に色々と課せられたりします。
なので本作における偉大な諸先輩方はいつかぶつかる壁ではありません。
その気になれば向こうから突進してくるデモンズ・ウォールです。
■キャラ設定(作者のイメージ)
トウカイテイオー:
赤緑デッキ。
優れた才能から繰り出される暴力的な走りで周りを殴ってくる。
生来の快活さや善性は失われていないが敵対者には容赦しない。
ターフで全員を力で屈服させた後、優しく健闘を称え合うDV彼氏みたいなムーヴをしてくる。
ナイスネイチャ:
青黒デッキ。
そこそこ優れた才能から繰り出される走りと、クソみたいな性根から繰り出されるデバフで全員を沼に沈める。
生来の気配り上手さや善性は失われていないが、レース中のウマ娘の心は容赦なく折る。
心が折れかけているウマ娘に次も頑張ろうねと綺麗な笑顔で手を差し伸べるDV彼氏みたいなムーヴをしてくる。