サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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前話の裏側、というかクズサイドのお話です。
"皇帝"シンボリルドルフの刺客がクズに牙を剥く。


強襲Ⅴ

 他者を従えるために、何が有用だろうか。

 

 たとえば実利。

 金銭や役職、栄誉。

 価値が明確であり、私にはそれらを与えられる権限がある。

 だが、与え方を間違えれば堕落を生む危険性もある。

 

 たとえば共感。

 夢や目標、"理想"。

 些か曖昧だが、想いの強さがもたらすモノの大きさはバカにできない。

 反面、曖昧さ故のすれ違いや誤解が生じやすい。

 

 たとえば力。

 逆らうことのデメリットを示せば相手は自然とこうべを垂れる。

 大した支出もなく従えられるが、反発もまた激しくなる。

 なにより、それでは長続きしないだろう。

 

「ふふっ、私の取った方法は功を奏するだろうか」

 

 まぁ、仮に上手く行ったとしても二人からは嫌われることになるだろう。

 

 それが悲しくないと言えば嘘になるが、背に腹は代えられない。

 生徒会室の窓から、件のトレーナーの元へ赴く"女帝"を見ながら、そんなことを思った。

 

 

 

 

「というわけで、貴様には生徒会が主導しているプロジェクトの一つに携わってもらう」

 

 春の天皇賞を終えて一週間。

 次に出走予定の宝塚記念に向けてトレーニングメニューを見直していると、″女帝″が部屋に乗り込んで来てそんなことを言いだした。

 

「何がどういう訳だよ」

 

 "女帝"エアグルーヴ。

 生徒会副会長を務め、規律や規則の遵守に重きを置くウマ娘だ。

 自他共に厳しい女であり、俺も事あるごとに『たわけ』と言われている。

 

 正直、その見てくれでブルマ履いてレースに出る女にたわけとか言われたくない。

 大人びた顔立ちに色気のある化粧。本当に高校生?と言いたくなるような身体つき。

 お前の恰好の方がよっぽどたわけてるだろ。

 

 口に出すとタダでは済まないだろうから言わないが。

 

 それにしてもなんで俺なんだろうか。

 以前、ルドルフが押しかけて来たときは案外取っつきやすい奴だと認識を改めた。

 気さくで話の分かる奴で、柔軟性もなくはなさそうだった。

 俺みたいな奴でも使い道があれば躊躇いなく使うだろう。

 

 だが、エアグルーヴは違う。

 印象が悪い相手に対しては期待も重用(ちょうよう)することもしないだろう。

 頑迷というよりは、そういった外面を取り繕うことも大切な努力と考えているからだ。

 そして俺は、エアグルーヴには毛嫌いされているはずだ。

 

 俺も生徒会みたいな堅物が集まっていそうな組織が嫌いで、プロジェクトとか仕事みたいな単語が嫌いだからお互い様だが。 

 

「トレセン学園全体が近く開催されるURAファイナルズに向けて大忙しなのは知っているな?」

 

 それはまぁ、もちろん知っている。

 

 芝・ダート・距離関係なく全てのウマ娘に活躍のチャンスを与える。

 そういう名目で子供理事長が発案した新しいレースの準備に上も下も追われている。

 

 GⅠレースが連日行われるお祭りのようなものだから、世間の注目も大きい。

 さらに予選からの勝ち抜き方式で通常の重賞レースと比べても参加資格が緩くなっている。

 各世代の最強格以外にもチャンスがあるかもしれないと、うだつの上がらないウマ娘たちも奮起している。

 そういう意味では距離制限を取り払った第三のドリームトロフィー・リーグと言い換えてもいいかもしれない。

 

「でも、俺たちはURAファイナルズ出ないぞ?」

 

 そんなトレセン学園の新たな試みではあるが、俺とテイオーはまるで関わる気がなかった。

 

 なんでかって?

 このレース、賞金が一円も出ないの。 

 

 走ることを目的とした、夢に向かって駆けるウマ娘たちのレース。

 それがURAファイナルズだ。

 テイオーが興味あるなら出ても構わなかったんだが、心底どうでもよさそうだった。

 

『そんなことより有馬でしょ』

 

 それが俺とテイオーの共通認識だ。

 

 ただでさえ秋から年末にかけては中距離のGⅠレースが連続する。

 ローテーションを考えるときにURAファイナルズはノイズになる。

 俺たちにとっては大した意義も見いだせないレースだし、出なくてもいいよねって。

 

 もちろん優勝すれば大きな注目を集められるし、賞金以外の面で金稼ぎに都合の良い副産物が色々とあるだろう。

 ウマ娘の本懐がなにかと考えれば、出ない選択をする俺たちの方が異常なんだと思う。

 

「はぁ……。レースへの出走は各々の自由意志が尊重されるべきだ。だが、シニア級で最も注目されているウマ娘の一人が出ないなどと、運営も頭を抱えているんだぞ」

 

 そんなこと言われても当人が無関心だからなぁ。

 どうせなら年が明けて落ち着いてからにしてくれれば良かったのに。

 それでも多分出ないけど。

 

「出走しないことについて私からどうこうは言わん。だからこそ、この話を持ってきた訳でもあるからな」

 

 おお、そう言えばそれが本題だったな。

 

「もう一度言うぞ。生徒会主導で悩みを抱えているウマ娘の相談に乗る場を設けるプロジェクトが立案された。そして、その相談役の一人としてお前が抜擢されている。ついては毎週決められた時間に所定の部屋で待機してもらうことになる」

 

 色々と疑問はあるのだが、なによりも人選を間違えてるよねこれ。

 

「そういうのは真面目で世話焼きな連中に任せるもんだろ。学園のトレーナー陣の中でも不良扱いされてる俺が選ばれるのはおかしくないか? 誰だよこれ言い出したの」

 

「……推薦人の個人情報はプライバシーの観点から秘匿させてもらう」

 

 スッと逸らされた視線からは、ばつの悪さが感じ取れた。

 何事にもスッパリと決断をして、はっきりした物言いを好むエアグルーヴらしくない態度だ。

 まさかコイツが推薦したなんて事はないだろうし、近しい誰かだろうか。

 

「受ける受けないって話は置いておくとして、お前は俺に任せていいと思ってるのかよ。俺は果たすべき"理想"とやらには程遠いんじゃなかったか?」

 

 俺がエアグルーヴをスカウトして断られたときのセリフだ。 

 ……本当はこの十倍はキツい言葉でけちょんけちょんに貶されたのだが、心が痛くなるので思い出すのは止めよう。

 

「私とてこの決定に思うところはある。だが、無意味と切り捨てることはしない。やるせない事だが、高い志があればそれだけで皆を引き上げてやれる訳ではなかった。その現実から目を逸らし続けることはできん」

 

 なるほどなぁ……。

 

 ただでさえクソ忙しい生徒会業務をこなしているというのに、コイツが熱心に後輩の指導にも精を出しているのはよく知られた話だ。

 それでも、その全てに結果が付いてくる訳ではない。

 

 多くのウマ娘が掲げるGⅠ勝利という目標ですら、敷居は恐ろしく高いのだ。

 自分に合った距離のGⅠなんて年に数回しかなく、出走権利を得るにも実績が必要。

 しかもGⅠを獲ったことのあるウマ娘が次回から居なくなってくれるなんて事もない。

 たとえばシンボリルドルフのような絶対的強者が同世代に居たとしたら。

 勝手に感情移入するのは野暮だが、一度しか挑戦できないクラシック級なんて絶望する。

 

 明るい夢と対になる暗い現実。

 いつだって勝者は一人しか生まれない。

 実力が及ばなければ、ひたすらに敗北を積み重ねていくことになる。

 心が折れるその時まで。

 

「私と同じ"理想"を抱く者だけを集めて悩めるウマ娘に手を差し伸べたところで、力になれるのは私たちに共感できる者だけだ。それを認めず異なる考えの者を排斥してしまえば、結局のところ手を取り合えない相手は増えていくだろう。……そう諭された」

 

 諭された?

 やはり最初は俺を抜擢するのは反対だったということか。

 そこからコイツを諭せる相手なんて相当限られそうだが。

 

「こほん、その事はいいんだ。なんにしても実行してみないことには始まらない。もちろんウマ娘たちは真剣に悩んで相談に来るんだ。遊び半分で対応などされては困る。……という訳でやってくれるな?」

 

 キリッとした顔つきに戻って告げてきたエアグルーヴからは、心配と期待が半々に感じられた。

 なんでこんな事になったのか理解できないが、俺の答えは決まっている。

 

「ああ。もちろん断らせてもらう」

 

 やるわけねーだろ、そんな七面倒臭いこと。

 

「なんだと貴様ァ! 方々からの懐疑的な意見を跳ね除けてゴリ押すのにどれだけ苦労したと思っているんだ!」

 

 そんなこと言われてもなぁ。俺になんのメリットがあるんだよ。

 

「適任かもねって理由だけで受けるかよ。テイオーが天皇賞で負けたんだ。俺はアイツを勝たせるためにやらなきゃいけない事が山積みなんだよ」

 

 アイツでも才能だけで勝ち続けられる訳じゃなかった。

 あの女から貰ったカンペファイルだって今のテイオーに合わせたもんじゃない。

 現状や目標に沿った修正と足し引きを考えなきゃいけないから忙しいんだ。

 

「忙しいことを理由にはさせんぞ。さっき言っただろう。URAファイナルズに向けて学園全体が忙しいと」

 

 だから、それは俺たちには関係ないって……。

 

「いま、学園のトレーナーで比較的時間の余裕があるのが貴様なんだ。シニア級で安定した実力を持つウマ娘の専属トレーナー。しかもURAファイナルズには出ない予定で、準備作業にも一切関わっていない」

 

 えぇー。そんなの出る奴らが勝手に背負ってる苦労じゃん。

 

「……実を言うとな。URAファイナルズの開催は正の側面だけではないんだ。盛り上がるウマ娘がいる一方で『どうせ出ても意味はない』。そうやって己を卑下して諦める者たちも居る。放置してしまえば、学園内に大きな溝ができるかもしれん」

 

「その溝の向こう側を退学させて切り離してきたのがトレセン学園だろ。今更じゃないか?」

 

 胸糞悪い話だが、実力主義である以上は仕方のない面でもあるし、世の中に似たような構図はいくらでもある。

 俺が今までに担当した三人だって、それは変わらない。

 

「だとしても、これからも見過ごしていい理由にはならない。もちろん貴様だけに責任を負わせたりはしない。我々、生徒会も協力するし、そのためなら権限や予算の面でも便宜を図ろう。この件に携わった時間は残業扱いとして給与も支払われる」

 

 うーん、そう言われても特に興味湧かないんだよなぁ。

 金もテイオーが勝ってくれるお陰で最近はお財布がホクホクなのだ。

 

「……分かった。そこまで言うのなら仕方がない。私も自分の身を犠牲にしないなどと都合の良い真似はできないと考えていた」

 

 ん?

 

「この仕事に従事し成果を出してくれた暁には……私がひと肌脱ごうではないか」

 

 ふぁっ!?

 

「はっきり言っておくが、他の者にこんなことはしない。貴様にだけ、特別だ」

 

 おいおいおい、大丈夫なのかこれ。

 ここは未成年の若人たちが過ごす健全な学び舎だぞ。

 

「休日に貴様の家に邪魔させてもらう事になるだろう。他言無用で頼むぞ」

 

 あかんでこれ。完全にアウトなご褒美や。

 

「ふっ、どうせ貴様のことだ。汚部屋の住人なのだろう? 私がひと肌脱いで部屋を隅々まで綺麗に掃除してやるから有難く思え」

 

 …………は?

 期待させておいて何言ってんだこのアマは。

 

「ガキの飯事(ままごと)じゃねーんだよ。舐めてんのか」

 

 ときめいてた俺の純情を返してほしいんだけど。

 

「そもそも俺の部屋は住むのに支障が出るほど汚れてない。普通の範疇(はんちゅう)だ」

 

「嘘を吐く必要はない。どうせ酒の空き缶や弁当の空きガラが転がっているんだろう。まぁ、仮になくても私はフローリングの溝や窓のサッシがあれば満足できるから問題ないがな」

 

 ヒトのことをイメージだけで語り過ぎだろ。

 それになんでこの女は興奮気味になってるんだ?

 細い溝に興奮できるタイプのフェチなのか?

 

「ふふ、win-winというやつだな」

 

 全然WINしてないんだが。俺の一人負けなんだが。

 

「待てよ。俺の意志はともかくテイオーの意見を聞かなきゃだろ。アイツにとって今は大事な時期なんだ」

 

 秘技、他人任せ。

 運悪くテイオーは用事があるとかで此処にはいない。

 だが、アイツなら後からでも俺の意を汲んで断固拒否してくれるはずだ。

 

「はっ、貴様がテイオーを出汁(ダシ)にして拒んでくることは承知の上だ。まったく女々しい奴だな」

 

 なに失礼なこと言ってくれちゃってんのこの女。

 終いにゃ張り倒すぞ。

 

「義理として貴様の意思も聞いてやったがな、この件はそもそも拒否することは認められていない。生徒会が学園の運営陣に上申し、稟議を通しているからな。ほれ、これが正式な辞令だ。拝領するといい」

 

 ぺらりと手渡された紙には、確かにエアグルーヴの言っていた通りの内容が書かれていた。

 

 マジかよ……。

 

「トレセン学園も立派な学校法人。公僕とは似て非なるものだ。断るようなら、分かるな?」

 

 もはや脅迫だろこれ。

 

「まぁ、本当にどうしても嫌だと言うのなら無理強いはできないと思っている。嫌々やられたところで、相手のためにもならんからな」

 

 だよな。だから断っても仕方ないよな。

 

「なので、このあと一人目の相談者と会ってもらうことにする。最終的な返事はそれが終わってから聞かせてもらうとしよう」

 

 そう言って立ち上がったエアグルーヴは有無を言わさず俺を引き摺っていった。

 ちょっと力技すぎやしませんかね。

 

 そうして連れて行かれたのは、何時の間にか生徒会室の隣に出来上がっていた、教会の懺悔室のような作りをした謎の部屋。

 用意周到すぎるだろ。

 

「色々と言いはしたが、もし少しでも彼女たちの心を軽くしてやれるのなら、それは金銭では測れない価値があると思っている。頼んだぞ」

 

 神妙に言ったエアグルーヴが部屋を出て数分。

 部屋の扉が開いた音がして、枠越しに誰かが席に着いたのが分かった。 

 

 そうして渋々部屋に入ってきたウマ娘の相談に乗って。

 その鬱々とした声で話される、あまりにも自分の価値と可能性を見失った視野狭窄な悩みを聞かされて。

 

 ……結論だけ言うと、俺はこの仕事を引き受けることになった。




ちなみに相談内容は地元で一番速かったからトレセン学園に来たけど、全然勝てない。恥ずかしくて地元に帰る決断もできず、どう生きていけばいいか分からない、だったそうです。
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