サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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本作を読んでいるがシンデレラグレイは読んだことがないヒトっているんだろうか。
とても素晴らしい作品なので皆も読もう!(ダイマ)


アイドルウマ娘

 オグリキャップに併走トレーニングを依頼する。

 

 言葉にすれば簡単そうに聞こえるが、実際にはかなり難度の高い要求だったりする。

 別段、当人が気難しいとか法外な対価を求められる訳ではない。

 学園の規則が邪魔をするなんてこともない。

 まぁ、仮に問題があったとしても無視するが。

 

 じゃあ、どこが難度高いのって話だが、オグリキャップは人気がありすぎるのだ。

 

 日本で名前を知らないのなんて赤子か文明を捨て仙人の様な生活をしている奴くらいだろう。

 比喩でもなんでもなく、今はそういう時代だ。

 クラシック三冠をどれ一つとして獲得していないにも関わらず、その全てを獲ったウマ娘達すら超える程の人気を誇る稀代のスター。

 

 強い。優れた成績を残した。

 そういったレースの結果だけでは計れない魅力が彼女とそのレース人生にはあった。

 

 例えば、規則の改定。

 長年適用されてきたそれを、彼女は実績を以て変えさせた。

 決めた側にも思うところがあっただろうとは言え、前例のない偉業。

 

『学園のウマ娘は学食食べ放題』というルールを破壊した、まさしく怪物と言える存在だ。

 

 約二千人のウマ娘が在籍し、種族として健啖な傾向がある成長期のスポーツマン達。

 それはもう食べる。オグリキャップじゃなくても相当に食べる。

 それでも学園のプライドを懸けて維持していた食べ放題ルールは、脆くも崩れた。

 

 偶然に機嫌が悪かったオグリキャップが『食材の貯蔵は充分か』と問うた際に『応』と食堂側が慢心して答えたのが運の尽きであった。

 腕が上がらなくなるまでフライパンを振り続けた料理人もあっぱれだったが、結果は結果。

 食糧庫はもぬけの殻と成り果て、現代日本の学び舎で多数の女学生が飢える事態が発生した。

 

 ウソでしょ、と頭を抱えた学園上層部と生徒会は仕方なく対応を検討した。

 食べ放題をなくせばいいという安易な意見も出たが、いきなりのルール改定は公平性に反する。

 昼飯も食えず腹を鳴らしながらも生徒会長――シンボリルドルフ――は、オグリキャップの良心を信じて一つのルールを追加した。

 

『学園のウマ娘は学食食べ放題。但し、他のウマ娘に迷惑が掛からない範疇にすること』

 

 オグリキャップは無限の胃袋と食欲を搭載してはいたが、幸いにも性質は善良だった。

 機嫌の悪さも解消されたことで、ションボリしながらもルールを受け入れ学園に平和が訪れた。

 

 これが、俗に言う『オグリキャップの乱』である。

 

 ……え? クラシック追加登録制度?

 そういや、そんな話もあったな。

 

 まぁ、これはただの冗談でしかないが、オグリキャップの人気は他を圧倒する。

 テイオーだって滅多にないスター性を持っていると思うが、オグリキャップに並ぶかと聞かれると現時点では厳しいと言わざるを得ない。

 そんな彼女がチームメイトでも親しい間柄でもないウマ娘との併走トレーニングを受け入れればどうなるか。

 街中で迂闊にファンサービスをしてしまい収拾が付かなくなった有名人状態になる。

 実際にそうなってしまった過去があり、彼女が併走する相手は同期やその前後にデビューをした友人のウマ娘であることがほとんどだった。

 

「さてと、部屋の前まで来たはいいがどうやって口説き落とそうかね」

 

 特に良案とかはない。

 食べ物で釣れそうな気もするが、流石にトレーナーが止めるだろう。

 オグリキャップのトレーナーをしているオッサンとはそれなり以上に付き合いがあるが、例に漏れず担当ウマ娘至上主義なとこがある。

 余程に明確なメリットを示さないと首を縦には振らないだろう。

 

「おじゃましまーす」

 

 考えても仕方がないので部屋に入ると、バケツみたいなサイズのプリンを食ってるオグリキャップと新聞を読んでいるトレーナーがいた。

 

「おいおい、知らない相手じゃないとは言えノックくらいはしろよ」

 

 生徒会長も勝手に部屋に入ってきたし、ここではこれが常識のはずだ。

 新聞から顔を上げたトレーナーは呆然としながらも反応してきたが、これは俺なりの主導権の握り方なので許してほしい。

 

「隠すようなもんもないだろ。テイオーの併走相手にオグリキャップ借りて行きたいんだけど、いいよな?」

 

 筆記用具を忘れたから貸してくれないか。

 そんなノリで担当ウマ娘を使わせて欲しいと言われたら普通は怒るところなんだが、この二人は色々と普通ではない。

 

 トレーナーの名前はキタハラジョーンズと言って、東海ダービーで一着を取ったらしいヒト男。

 という黒歴史を持った北原という名のオッサンなのだが、オグリキャップを担当するために中央のライセンスを取得してカサマツトレセンから追ってきた男でもある。

 四十代になって難関と言われる中央のライセンス取得に挑み成し遂げたのだから、その熱意と覚悟は凄まじいものだったのだろう。

 外野から色々と言われていた時期もあったから、底辺同士だった俺とは交友があったりする。

 ……もっとも、このオッサンは俺ほどに周りへの態度は悪くないが。

 

 対してオグリキャップは押し入ってきた俺を特に気にした風でもなくプリンを食べ続けていた。

 頬袋でもあるのかと錯覚するほどに口内をパンパンに膨らませて、惚けた表情でもちゃもちゃとプリンを食べているコイツが日本レース史で最高の人気を誇っているというのだから、世の中分からないものだ。

 

「はいそうですかって貸すわけないだろうが。ウチの方針は知ってるだろ」

 

 嫌、ではなく困ると言ったニュアンスを込めた回答。

 一度でも例外を作ってしまえば、なぜアイツらだけ特別扱いなのかと周囲から問われてしまう。

 それに回答するだけでも労力が掛かる。

 そんなクレームに時間を使わされるのもバカらしい。

 

 予想していた回答ではあるし、オグリキャップを口説いた方が簡単だろうか。

 

「オグリキャップ。ここに俺の全財産が入ったキャッシュカードがある。これで好きなモノを食べていいから、半年ほどテイオーの併走相手をお願いできないだろうか」

 

 テイオーのGⅠ入賞と成績に伴うインセンティブなども含めると、俺の懐に入ってきた金額は既に八桁に届いている。

 ぶっちゃけオグリキャップから見れば大した金額でもないのだが、食事に使ってよいのであればそれなりに惹かれるはず。

 俺はもやし生活が始まってしまうが背に腹は代えられない。

 どうかこれで勘弁してもらえないだろうか。

 

「おい! そういうのオグリは素直に受け取るから止めろって!」

 

 悪いなジョーンズ。俺はオグリキャップを利用しに来たんだ。

 受け取ったが最後、裁判沙汰にしてでも併走をしてもらう。

 

「テイオー……、トウカイテイオーのことだな。北原、私は走ってみたい」

 

 プリンを食べ終わったオグリキャップが会話に入ってきた。

 口に物を入れた状態で話さないことを行儀が良いと思うべきか、俺の存在はプリンよりも優先度が低かったんだろうなと戦慄すべきか。

 

「俺だってお前とトウカイテイオーが併走すること自体は大賛成だよ。まだシニア級に参戦したばかりでも、実力はドリームトロフィー・リーグに出走しているウマ娘たちにだって劣らない。実りのあるトレーニングになるさ。個人的に俺もファンだしな。だが今は時期が悪い」

 

 へぇー、ジョーンズってテイオーのファンなのか。

 応援したくなるようなスター性を持ったウマ娘が好きだと言っていたし、テイオーは合致してはいるか。

 

「俺がテイオーに頼めばサインでもちょっとした私物でもプレゼントしてやれるぞ。対価としては悪くないと思うんだが」

 

 勝負服の装飾品とかなら予備を揃えているから、レースで使用した事のあるやつでもいいぞ。

 

「……それはファンとしてダメだろ。力関係に物を言わせて私物を強請るなんてのは、ダメだろ」

 

 コイツ、かなり揺れはしたが誘惑に耐えやがった。

 ウマ娘に対して真摯なその態度。立派なものである。

 

 だがしかし、コチラも退けない。

 親しい人物にこんな手段を取るのは避けたかったが仕方がない。

 

「キタハラジョーンズは東海ダービーに出て一着になる妄想を毎日してたって言いふらすぞ」

 

 いい年こいたオッサンがウマ娘ロールプレイを日課にしてたなんて知られたら、汚物の如き視線を向けられ学園に居場所はなくなってしまうかもしれない。

 年頃の女の子は中年男性に厳しいのだ。

 

「そんなの誰だってするだろ! 自分がウマ娘になってダービー獲る妄想、するだろ!」

 

 そんな熱弁されてもな。

 俺は一着云々より付随する金の方が好きだったから、どちらかというと賞金の書かれたボードを掲げる妄想をしてた。

 

「それに今は時期が悪いんだよ。夏の予選もあるんだ。レースに向けて集中したいのに、俺とお前が合同トレーニングなんてしてみろ。マスコミが目を輝かせて突撃してくるぞ」

 

 あー、確かにな―。

 今の俺とジョーンズには共通点が多い。

 トレセン学園内でも下から数えた方が早いトレーナーとしての能力。

 それに見合わぬ才能を秘めた相方のウマ娘。

 抜群の実力と人気を誇るオグリキャップですら、シニア時代は心ない言葉が飛び交っていた。

 むしろ、オグリキャップだから飛び交っていたと言うのが正しいか。 

 

 俺なんて素行の悪さも加わるから、すぐにスキャンダルが起きると思われている節がある。

 マスコミからしたら面白おかしく誹謗できる美味しい存在だ。

 その評価自体は自業自得だから文句を言うつもりもないが。

 

 そんな俺とジョーンズが一緒になにか始めると、根拠のない憶測で記事を書かれて面倒事になる可能性はそれなりにある。

 テイオーの育成に関してジョーンズを頼らなかったのも、そういう理由からだ。

 

 だが、今回はテイオーがオグリキャップとの併走を望んでいる。

 卓越した勝負勘とレースセンスを持っているテイオーには、自分とルドルフの間に広がっている差が分かっているのだろう。

 それを埋めるために必要な要素が目の前のウマ娘にはある。

 

 俺自身からルドルフに勝つための方法を提示して手を引いてやれない以上、倒れることがないように支えてやるのがトレーナーとしての最低限の役割だ。

 なにか、二人を説得できる材料はないだろうか。

 

「一つ聞きたいんだが、なぜこのタイミングで頼みに来たんだ? 春の天皇賞は惜しかったが、得意だった訳でもない長距離であの走りが出来るのは凄いことだ。焦って併走相手を探すような状況でもないと思うんだが」

 

 黙って話を聞いていたオグリキャップが問うてきた。

 あまり他人に興味がない奴だと思っていたが、流石にGⅠの春天は見ていたのか。

 それとも、他に何か見ておこうと考えた理由があったのか。

 

 なんにしても、目的について全く触れてなかったな。

 

「生徒会と揉めててな。なぜか有馬記念でルドルフと賭け試合をすることになった。有馬までの約半年でルドルフから勝ちを捥ぎ取るために、お前の力を借りたい」

 

 テイオーがオグリキャップの何を参考にしたいのかは分からんが、関節の柔らかさやストライドの広さなんかに似ている要素はある。そういった技術を盗みたいのだろう。たぶん。

 

「"皇帝"が有馬記念に出てくるのか? それだけでもスクープだぞ。というかお前、生徒会からも目の敵にされたのか。シンボリルドルフを敵に回すなんて学園全体と敵対するのとほぼ同義だぞ」

 

「ルドルフに反抗的なウマ娘なんてシリウス位だもんな。あと、俺は敵というより被害者だ」

 

 何故か知らんが勝負の景品扱いされているから、ピーチ姫のポジションと言えるだろう。

 テイオーとルドルフは……なんであんなに燃え上がってるんだろうね。

 

 質問の回答に反応したのはジョーンズだけで、問うてきたオグリキャップは顎に手を添えて考え事をしているようだった。

 なにか気になることでもあったか?

 

「ルドルフと戦うのか」

 

 確認するように呟いてから、オグリキャップは立ち上がった。

 

「少しだけ部屋の外で待っていてくれないだろうか。キタハラと二人で話したいことがある」

 

 その綺麗な青い瞳には、何かを決意した光が灯っていた。

 

 

 

 

 部屋の外で待っていると、十分と経たない内にジョーンズが出て来た。

 なにやら疲れたような、それでいて晴れ晴れとした表情をしている。

 

「面倒事を持ってきやがって。トウカイテイオーのこと、しっかり支えてやれよ」

 

 言われんでも支えるつもりだが、それは併走OKということだろうか。

 

「この件に俺は関与しない。個人的な恨みで"皇帝"に意趣返しをしてやりたい気持ちもあるが、それはお前らに任せる」

 

 ……はぁ。何を言っているのかさっぱり分からんが、ジョーンズもルドルフから被害を受けたことがあるのか?

 

「本当にいいのか? マスコミはすぐに嗅ぎ付けてくるし相手するのは面倒だぞ」

 

「『夢を応援したいんだ』。そう言われたら、俺に断るって選択肢はないさ。但し、トレーニングの内容と条件は全部オグリが決める。それ以上を求めるのはなし。それと、今度お前の奢りで一杯やるぞ」

 

 ……夢ってなんだ?

 今回の件に、テイオーの夢が関わっているなんて話をした覚えはないんだが。

 まぁ受けてくれるならいいか。

 

 それにしても対価が飲み会かよ。

 どうせならジジイ連中とかスピカのトレーナーも誘って久しぶりに野郎どもで飲むか。

 俺は酒に強くないからコーラだけど。

 

「あと"皇帝"と戦うなら一個だけアドバイスしてやる。トウカイテイオーにも伝えておいてくれ」

 

 おお、それは有難い。

 ルドルフの勝ち方ってあんまり特徴がなくて対応とか思い浮かばないんだよな。 

 

「『呑まれるな』。そうなったら誰も勝てない」

 

 呑まれる?

 

「それはプレッシャーとか放ってる雰囲気にって話か?」

 

 学生とは思えない圧を出してるよなアイツ。

 適当にやり込められるだろとか思ってた昔が懐かしいわ。

 

「実際はそうなんだと思う。ただ、オグリが言うにはターフの上だと物理的な話になるらしい」

 

 ルドルフはターフに立つとパックマンとかワンワンにでも変身するんだろうか。

 

「まぁ、その前に今日の併走だな。半端な覚悟だとルドルフと戦う前に折られるぞ」

 

 最後によく分からん不吉な事を言ってジョーンズは去っていった。

 ここ、アイツの部屋なのに何処に行ったんだろうか。

 というか折るってなにを?今日、これから併走してくれるの?

 

 そんな疑問に首を捻っていると、オグリキャップも部屋から出て来た。

 

「待たせてしまってすまない。急な話だったから準備に手間取った」

 

 その姿は制服ではなかった。

 トレーニング用のジャージでもなかった。

 

「それにしても、()()トウカイテイオーと走れるのか。楽しみだな」

 

 どちらが強いか。

 それを決めるための勝負服に身を包んで、オグリキャップは立っていた。

 

 惚けた表情は鳴りを潜め。

 目を爛々と輝かせながら。

 一点の曇りもない漆黒の戦意を滾らせて。

 

「さぁ、トレーニング場に行こう」

 

 なんの予兆もなく唐突に。

 最強の一角を担うウマ娘がトウカイテイオーの前に立ちはだかった。

 

「私に勝てないようでは、ルドルフに勝つだなんて夢のまた夢だぞ」




ちなみにオグリの『領域』は勝利の鼓動(黒)です。
ルドルフの『領域』はアプリの神威と違い宇宙ジェットです。

誤字報告していただいている皆様、いつもありがとうございます。
これはもうどうやっても無くせないなと開き直っていますが、本小説は皆様のおかげで体裁を保てております。
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