サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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ホントはダメだけど、ひでえ事だけど、シングレの更新とかもホントは週に5話、10話くらい更新してほしい!


領域

「オグリキャップを指名したのは確かにボクだよ? けど、なんで勝負服なのさ?」

 

 なんででしょうね。俺にもさっぱり分からないよ。

 

「こうして話すのは初めてだな。オグリキャップだ。改めてよろしく、トウカイテイオー」

 

 ヘイ彼女、うちのテイオーと一緒に走ってみないかい!くらいのノリで特に喧嘩を売ったつもりはなかったんだが、なぜかオグリキャップは臨戦態勢だ。

 白いセーラー服をベースに胸元には赤いスカーフと星のような菱形の装飾品。

 葦毛の髪も合わさり、ターフを駆ける姿はまるで白い流星のようだともっぱらの評判である。

 

「あっ、うん。こちらこそよろしく。ちょっと驚いちゃったけど、急なお願いだったのに引き受けてくれて、ありがとう」

 

 対するテイオーもまた、勝負服に身を包んでいた。

 オグリキャップが流星ならばテイオーはなんだろうか。

 大阪杯での他を圧する威容、天皇賞で見せた勝者と健闘を称え合う姿に"皇帝"を幻視したという意見が少なからずある。

 それでいて敵対者へ見せる態度には冷たい意志が見られるようになった。

 勝負服の色も合わせると……火山弾とかか?

 

「ここまで準備したってことは、お互いに本気でやるってことでいいんだよね?」

 

 併走トレーニングの相手を務める条件として、オグリキャップが提示したのは二つ。

 

 お互いを知るために、まずは真剣勝負をしてほしい。

 そして、年末の有馬記念でシンボリルドルフに勝ってほしい。

 

 二つ目の条件が持つ意味を俺は測りかねていた。

 負けて不利益を被るのは俺とテイオーだ。

 負けられると訓練の相手をした時間が無駄になるという考えはあるかもしれないが、わざわざ条件として挙げるものだろうか。

 

「ああ、時間は多く残されてはいない。力の限りを尽くしてほしい。私もテイオーとルドルフが戦うのがもっと先であれば、無理に手を出そうとはしなかったんだが」

 

「ボクも今年ぶつかることになったのは予想外だよ。しかも会長から仕掛けてくるなんて。なにが気に障ったんだろうね?」

 

「春の天皇賞。それは間違いない。気に障ったという言い方が正しいかは分からないが、手をこまねいている場合ではないと思ったのは事実だろう」

 

「そんなに今のボクは想定外かな? 真っ当に成長した自覚があるんだけどね」

 

 ……あれ、もしかして俺だけ理解が及んでなくて二人はなんか分かってる感じなんだろうか。

 もっと理解しやすい表現で話してほしいんだけど。

 

「ふふっ、以前のテイオーは今ほどルドルフに反抗的ではなかったと思う。なにより、彼女の居る場所を夢と定めて其処に近づこうとしていた」

 

 それは確かにあるな。

 明るく快活なのは変わらない。だが、人懐っこさや気安さというものは随分となくなってしまっている。

 きっとマスコミやらネットのにわかファン達に嫌気が差したのだろう。然もありなん。

 

「その赤い勝負服がルドルフには決別の証に見えるんだろう。それが耐えられないんだ。また、私から離れていってしまうのかとね」

 

「今も会長のことは尊敬してるよ。ううん、むしろ三冠を夢見ていた頃よりもずっと強く想ってる。シンボリルドルフは本当に凄いウマ娘だって」

 

 そう語るテイオーのまなざしには、キラキラとした憧れとは全く別の深い思慮の色が見えた。

 シンボリルドルフのなにを凄いと思っているのか。

 単純な強さや実績ではない何かを、テイオーは昔よりも鮮明に感じ取っているらしい。

 

「それは本人に直接言ってあげて欲しい。きっと、飛び跳ねて喜ぶだろう」

 

 ……デムーロジャンプして喜ぶシンボリルドルフ。

 宇宙から飛来した謎の電波によって変な映像が頭に浮かんだ気がするが忘れよう。

 

「それは無理かなっ! いまボクは会長とバチバチにやりあってるからね!」

 

 互いを忌み嫌い排除したいと思っている訳ではない。

 だが、爽やかに笑顔で良い勝負にしようと言えるほど(わだかま)りがない訳でもない。

 相手に好意を持ちながらも、雌雄を決さずにはいられない。

 トウカイテイオーとシンボリルドルフはそういう状況に至っている。

 

 これがアオハルというやつなのだろう。 

 

「そうか、バチバチか」

 

 ――そう言っておかしそうに笑ったあと、オグリキャップは表情を憂いを帯びたものに変えた。

 

「私はルドルフから期待された三つの内、二つまでしか叶えてやることが出来なかった」

 

 世間を熱狂させるスターとなり、トゥインクル・シリーズを盛り上げること。

 "皇帝"の座を脅かすほどの好敵手となること。

 オグリキャップというウマ娘が成ったのはそこまで。

 

「ルドルフのために走っていた訳ではなかったし、叶えて欲しいと頼まれてもいなかった。だが、そうはならなかった私を見て寂しそうな顔をしていたことが、少しだけ心残りだった」

 

 彼女なら、もしかしたらと思われていたのだろう。

 己の身を粉にしてウマ娘みんなの幸せのために邁進する"皇帝"。

 その夢を抱いたことにも、進んで来た道にもきっと後悔はないはずだ。

 それでも、長く険しい道を一人歩むことに寂しさを感じない訳じゃなかった。

 

「自分の隣に立ってくれる存在をルドルフはずっと待っている。頼もしい先輩達とは噛み合わず、期待していた私もそうじゃない側だったからな」

 

 シンボリルドルフの隣に立ち、共に歩む存在。

 強さだけではなく信念でも"皇帝"と並び、夢を同じくする者。

 オグリキャップにはそうなれるだけの過程があった。

 

 成功者は極少数と言われる地方上がりの田舎者。

 初戦で勝つことは困難極まると言われる編入生としては異例の連戦連勝。

 自分を追ってカサマツからやってきたトレーナーと組むという異色。

 シンデレラの如く煌びやかに、降りかかる困難も目が眩みそうな栄光も乗り越えた彼女は適任ではあったのだろう。

 

 だが、それは外野から見たアイドルの彼女(オグリキャップ)であり、内にある幼少の頃から変わらぬ走ることが大好きな少女(オグリキャップ)には馴染まない。

 

 オグリキャップは目を閉じ、少しだけ過去に想いを馳せる。

 

 ……私に出来るのは己の道を征き、走りで示すことだけだった。

 想いを口にして伝えるのが下手すぎて、せいぜい客寄せパンダにしかならない。

 誰かに手を差し伸べて分かりやすく道を示したりはできない。

 

 私以前に期待を寄せられていたウマ娘たちは自由であるが故の強さを持つ者たちだ。

 善良で有能ではあっても、ルドルフの示す行き先へ最後まで付き合ってくれる同行者にはならなかった。

 

 ヒト、ウマ娘問わず賛同者も協力者も大勢居るが、その全ては後ろを付いてくる者たちだけ。身を寄せる先もなく、空いたままの両隣がもたらす寂しさは少しずつルドルフの心を削っている。

 

 そうして数にして三度。ルドルフは並び立ちたいと望んだウマ娘からフラれている。

 だから四度目は、自分の事を夢だと言ってくれたトウカイテイオーにだけはフラれたくないのだろう。その兆候は以前から見え隠れしていて、ふと立ち話をしただけでもルドルフらしからぬ焦りを感じることがあった。

 

 その結果が、今の暴走気味な干渉に繋がっていることもなんとなく分かった。

 

 あの時、ルドルフの手を取らなかった私に何がしてやれるのか。

 対立するトウカイテイオーの併走相手を務めることは、そのままルドルフへの敵対行為になるのではないか。

 

 そうした逡巡(しゅんじゅん)がない訳ではない。

 

 だが頭の良くない私でも知っていることがある。

 悩んで悩んで悩みぬいて、それでもどうすればいいかの分からなくなった時。

 そういう時は強いウマ娘と頭空っぽになる位に全力勝負をすると大抵上手くいくのだ。

 

 だから私と全力で戦おう、トウカイテイオー。

 そうしてルドルフとも戦ってあげて欲しい。

 難しいことが頭から抜け落ちて、勝つことだけに全力を尽くさなければいけないほどの。

 

 ――最強のウマ娘として。

 

 

 

 

「そんじゃ始めるぞー。二人とも位置に付け―」

 

 イマイチ気合の入らないトレーナーの掛け声を聞きながら、スタートラインに向かう。

 想定距離は芝二千二百の右回り。

 

 会長との戦いを意識するならば二千五百の勝負になるかもと考えていたが、オグリキャップ先輩が選んだのは宝塚記念をベースにした条件だった。

 コースの外周にはどこから聞きつけたのか百人を超えているだろう野次ウマ。

 

 伝説的な人気を誇るウマ娘と二冠ウマ娘がトレーニングとは言え勝負服まで用意してタイマンをするのだ。

 興味が湧くのも仕方のないことではある。

 

「それにしても、少しくらいは遠慮というか取り繕ってほしいんだけどなー」

 

 ワラワラと群がってきている観客に言っている訳ではない。

 指定された距離からゴール係が必要だという話になったとき、気前良く手を挙げて立候補してくれやがったウマ娘に対して言っている。

 

 ここ最近、本当に露骨になってきた。

 

 チラリを目を向けたゴール地点で、目を細めてニンマリと素敵な笑顔を浮かべているウマ娘の名をナイスネイチャという。

 その顔が明確に物語っていた。

 

 一番良いポジションで分析して対策練らせていただきますね、と。

 

「同期の好敵手があんなに性格悪いだなんて、嫌になっちゃうよね」

 

 排他的な性質に目覚めた自分のことを全力で棚上げして、ネイチャに白けた視線を送る。

 その視線をナチュラルに無視するナイスネイチャを見て、テイオーは溜息を吐いた。

 

「走る前に伝えておくことがある」

 

 同期の逞しすぎる成長に世を儚んでいると、隣に並んだオグリキャップから声が掛かった。

 

「春の天皇賞を私も現地で見ていた。あの時、テイオーがぶつかった壁の先に『領域(ゾーン)』がある。超える時の状況はそれぞれ違うが、極限の集中状態というのは共通する要素らしい」

 

 『領域(ゾーン)

 

 スポーツをしている者なら聞いたことくらいはあるだろう。

 物事に没頭し、高い集中力で臨むことで限界以上の力を発揮する事象。

 

 それは、確かに春天を走ったときの自分が持ち得なかったモノだ。

 勝つか、次に繋げるか。土壇場で悩んでいては集中できるはずもない。

 

 壁の先、マックイーンが見せた白い翼は其処に踏み込んだという事だったのか。

 

「集中力を高めるためにはルーティーンというものが有効らしい。私も意識してやっている訳ではないが、周りから見ると実行していると言われた」

 

「ルーティーンって野球のバッターとかテニスのサーブでよく聞くやつだよね?」

 

 細かい原理は知らないが、特定の状況と動作を関連付けることで精神を安定させる、みたいな方法だったはずだ。

 

「でもそれって試合が動いてない時間のある競技だから出来るんであって、スタートしたらノンストップのレースじゃ使えないんじゃないの?」

 

 すでに動いている状態から実行できるようなものではなかった気がするが、慣れればレース中の動作でも使えるのだろうか。

 

「そうだな。厳密にはルーティーンではないのかもしれない。だが、レースでも往々にしてそれは起こっているんだ。例えばレース終盤で先頭を競り合う。例えばレース後半に一定数のウマ娘を追い抜く」

 

 目を閉じて例を挙げていくオグリキャップの瞼の裏に浮かんでいるウマ娘は誰なのか。

 それが少しだけ気になったが、いま重要なのは其処ではない。

 

「つまり、自分の得意とするレース展開を集中するためのトリガーにするってことだよね」

 

 勝ちパターンを構築してそこに持ち込む。そうすれば余計な事を考えず一点集中ができる。

 そういった理屈だろうか。

 

「ああ。得意な展開とは即ち、自身の魂が最も燃える展開でもある。ウマ娘としての魂を全力で燃やし、目の前の勝利を掴み取る事に心と体を傾注させる。それが領域に至るコツだ」

 

 納得のいく説明ではあった。

 自分ならば日本ダービーか大阪杯がそれに近い。

 思い描く通りに動く体とレース展開。

 いくらでも速く走れそうなあの感覚は、高い集中状態にあったからだと言える。

 

 だが、自分が限界の壁にぶち当たったのは天皇賞だ。

 集中力が影響しているのなら、壁を超えられるかもしれない感覚を抱くべきは二つのレースではないのか。

 日本ダービーと大阪杯。その二つと天皇賞。

 そこにあった違いは――。

 

「話し込んでるみたいだが始めても大丈夫か? ギャラリーが増え続けてるから収拾が付かなくなる前に終わらせたいんだが」

 

 考えに沈みそうになっていた意識がトレーナーの声で戻ってくる。

 答えを出さず半端にしてよい問題ではない。

 見世物になるのは避けたいが、少し時間を貰って考えるべきか。

 

「心配することはない。足りないピースは此処にある」

 

 胸に手を置き自身を指したオグリキャップは、力強く答えを示した。

 

「全力を尽くし、全てを擲っても届かないかもしれない好敵手。それが限界の先に至るのには欠かせない」

 

 ……ああ、なるほど。

 あの時はマックイーンが居てくれたから。

 

 それならば、確かに不足はない。

 なにせオグリキャップは不世出のアイドルウマ娘であると同時に――。

 

 幾多の強敵と死闘を演じ勝利してきた"怪物"なのだから。




パイセンとの勝負が終わったらネイチャさん奮闘記を書く気がしてます。
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