「うーん、これ? それともこっちかな?」
菊花賞に出るためならなんでもする、その覚悟がある。けれど、ギプスも取れてない状態でやれるトレーニングには限界がある。
だからリハビリやトレーニング、レースのための道具類から見直そうって話になったんだけど……。
「ここ、普通の服屋さんだよね?」
ウマ娘のための用具類を取り扱う店舗が多く入った複合商業施設。なのに、連れてこられたのは普段使い用の服飾店だった。
「おーい、どれにするか決まったかー」
声のする方を向くと、店舗前のベンチに座ったトレーナーがクレープを頬張っていた。
むぅ……。
「一緒に選んでよ! というか何でボクはレースに関係ない服を選ばされてるのさ!」
勝負服とかジャージなら分かるけど。
「だってお前、全然私服持ってないじゃん。制服で遊びに行くと目立つんだよ」
そんな私服が足りなくなるほど遊びまくるつもりないんだけど。
「トレーニングする訳にはいかないのは納得するけどさー、他にもレースを見るとか走りの勉強するとかやれることはあるんじゃないの?」
体を動かすこと以外はあまり熱心じゃなかったボクだけど、ここまで走りに関係ないことばかりやってると流石に大丈夫なのって思っちゃう。
「メリハリってのは大切なんだよ。ほっとくと勝手に体を動かしそうだからな。休息と監視を兼ねて俺の嗜好も満たせる。最高に頭のいい時間の使い方だろ?」
契約を結んで二週間。ちょっと分かってきた。このヒト、頭が悪くて自己管理が雑だ。
そして相当な浪費家。
まだ二週間なのに何回も外食に連れて行かれたし、その度になにか買い与えられる。
「……もしかして餌付けされてる?」
別にそんなことで絆されない……ってそもそも絆す必要もなくボクに選択肢なんてないか。
契約を交わした翌日。学園に書類を提出すると、なぜか大騒ぎになった。理事長とたづなさんから何回も『本気か? 騙されてないか?』と確認されたし、トレーナーのことをすごい顔で睨んでいる女もいた。
トレーナーが必ずしも優れた成績を出しているわけでないことや、かつて担当したウマ娘が全員中退していることを教えてきた辺り、よほど契約を思い留まらせたかったのだろう。
もっとも、一緒に食事したときに全部教えてもらってたから今更ではあった。あのお店、オススメなだけあってにんじんハンバーグ美味しかったなぁ。
ボクの契約の意志が固いことを知った理事長たちの取った行動は、トレーナーへの尋問というか圧迫面接だった。
あとでトレーナーに聞いた話だが、証人になれるヒトが居る場所で菊花賞へ出走させないことを明言させておきたかったらしい。
普通のトレーナーならばそんなことをする必要はない。怪我を押しての出走なんて自身の経歴としても醜聞になりかねないからだ。だが、トレーナーはそれをやる奴だと思われているらしい。
「囲まれて詰め寄られてる状況で、全く逆のことを言うとは思ってなかったんだろうなぁ」
東条トレーナーとかも居たから相当な圧だったはずだが、トレーナーはなんら躊躇うことなく、ボクを菊花賞に出すと宣言した。
嘗ての走りを取り戻すには時間が足りない、勝算もない。そうはっきり言って、それでもボクが望むなら菊花賞に出すと言い切った。
ウマ娘のことを本当に想っているのなら、正しいとは言えない決断。だが、ボクにとってはその宣言が何よりも嬉しかった。
まだ、ボクは夢を諦めなくてもいいんだ。
未だに学園側とは揉めているらしいが、当人はどこ吹く風でなんとも思ってなさそうだ。
「ずーっとそのマネキン見てるけど、その服にするのか? さすがにテイオーが普段着にするには大胆すぎるような」
「……へっ?」
いつの間にか傍に来ていたトレーナーに言われて意識を向けると、チューブトップにショートパンツの組み合わせのマネキンが置かれていた。
「ぶふっ! ち、違うよ! 考え事してただけ!」
「いや、新しい自分になってみたいって気持ちも分かる。でもこれは親御さんになんて伝えればいいのか分からねーな」
なんでそこで両親の話が出てくるのさ!
「ほとんど毎日状況連絡してるからな。今日も服買いに行くって伝えてるから、カモフラージュに大人しめのも買って誤魔化すか?」
「だから買うつもりないってば! ていうか連絡取り合ってるとか聞いてないんだけど!?」
いつのまにそんなことしてたの!?
「あんまりやる事もないし、お前のこと心配してんじゃねーかなって連絡したら仲良くなっちまってな。親父さんとか昼間でも即レスしてきたりするから仕事に集中できてんのか怪しいぞ」
は、恥ずかしすぎるっ……!
「今後はボクのこと両親に連絡するの禁止! 破ったら怒るよ!」
「はーい、わかりましたー」
絶対に分かってない。破る気満々だ。学園に対してもこんな態度なのだろう。その内、理事長がキレるかもしれない。
「もうっ! トレーナーが不真面目すぎて出走できないなんて事になったら承知しないからね!」
そんなこと有り得ないとは思うが、このヒト見てると不安になってきた。よく中央のライセンス取れたな。
「けけけ、心配ご無用。その辺の加減は心得てるよ。品行方正なんてやれる気がしないが、最低限のルールは守る」
どーだか。
「暑くなってきたから動きやすい軽装も悪くはないんだがな。ギプスが外れたあともテーピングやサポーターが必要だ。ボトムスはその辺りを隠せるようなのを選んだ方がいいかもな」
……あっ。
「そういうの、あんまり気にしたことなかったな」
服装なんて、勝負服以外はあまり拘りがない。
「マジか。女子の中高生とか一日として同じ私服は着られない生き物だと思ってた」
そんな生態してたら破産しちゃうよ。
「しょうがねぇなー、じゃあ俺が選んでやるかー」
楽しそうに服を物色しだしたけど、服のセンスがいいとも思えないなぁ。
「って、キャラ物のプリントTシャツなんて着ないよ! どんだけ子供扱いしてるのさ!」
ほんとはボクのこと女子中学生だと思ってないでしょ!
「え、これと半ズボンで虫取り少年スタイルにしようと思ってたのに」
ボトムスに気を遣えってアドバイスしてきたヒトがなんでそんなチョイスなの!?
「そんなの着るくらいなら自分で選ぶよ!」
トレーナーの持っていた服を奪い取ってまともなモノを物色する。これにしようかな。
「ほー、なかなか良い服のセンスだな。トウカイテイオーと言えばやっぱり青と白か」
深い考えもなく手に取ったロング丈のワンピース。その配色を見たトレーナーに、そんなことを言われた。
「……やっぱりこっちにする」
テイオーという名前と会長への憧れを形にした勝負服。自分の象徴であるそれが嫌いになった訳ではない。
けれど、どうしてもダービー後の骨折とあの女を思い出す。
過去の自分と決別なんて大袈裟なことじゃないけど、別のモノにしたくなった。
「赤のブラウス?」
「ボクには似合わないかな……」
あの日、トレーナーと組むことを決めた日に見た真っ赤な夕日。
今の自分を象徴する色はこれだって思う。
「いや、いいんじゃねーの。元気で騒がしいやつに合ってる色だと思うぞ」
そうだよねー。ボクに合ってるよねー……。
「やっぱりボクのことお子様だと思ってるでしょ!」
「ほれほれ騒いでないで会計するぞ。もうそろそろギプスも取れるし、本格的にリハビリの準備をしますかねー」
これ、本当に担当トレーナーとそのウマ娘なんだよね? 遊び友達の間違いじゃないよね?
そんな不安が全くないと言えば嘘になる。けれど、骨折して以降、初めて楽しいと感じる誰かとの時間はあまり嫌いになれそうになかった。
〇トレーナー(クズ)2:
趣味:散財・浪費。なんだけど少額でも満足するヒト。
週二回位のペースで五百円玉を渡して駄菓子屋に行かせるだけでいい。
最近嵌っているのはテイオーに服飾品を買い与えること。
〇トウカイテイオーの両親:
あのクソガキを育て上げたのだから間違いなく愛情は注いでいたはず。
だが、証明写真をプリクラと勘違いできる教育とはいったい?
本作においてはテイオーをそのまま大人にしたみたいなヒトたち。
〇トウカイテイオー
相変わらず濁った目でハイライトが家出しているが体調は元に戻ってきた。
最近、食べて遊ぶしかしてないが気は紛れている。
今のところ、露出が多すぎる服装はダメらしい。