サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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本作にプリティーなウマ娘なんてマックイーン位しか出てこないから早く原作にシンデレラグレイを追加していただけないだろうか。


頂点VS帝王

 トウカイテイオーの目的は走法の改善にあった。

 

 オグリキャップのスタイルはレース序盤は中段から後段に付いて戦況を窺い、終盤に驚異的な末脚でぶち抜くものだ。

 先行策が採れない訳ではないが、最も得意とする作戦は分類として差しに当たる。

 シンボリルドルフもまた得意とする作戦であり、実力においても両者は伯仲していると言えるだろう。

 

 しかし、仮想シンボリルドルフの相手としてオグリキャップが最適かと問われれば、答えは否である。

 オグリキャップが己に降り掛かる不条理や困難を力でねじ伏せるのに対して、シンボリルドルフは自身の不利、或いは不利だろうと思っている周りの認識すら利用してレース展開を制御する。

 生粋の暴と卓越した謀。

 互いに優劣はなくとも代替とするには適さない。

 

 故に併走の目的は対策ではなく成長である。

 

 オグリキャップを象徴する柔軟な膝関節と極端な前傾姿勢が生み出す異様な走法。

 それを自身の走りに取り入れることがトウカイテイオーの狙いだった。

 

 関節の柔らかさが可能にするストライド走法はトウカイテイオーも得意とするところ。

 現時点での両者の違いは、脚を踏み込んだ際に生み出す推進力のベクトルにある。

 

 跳ねるように走る。

 

 トウカイテイオーの走りはしばしばそのように表現される。

 それはつまり、推進力の幾分かは上方向に費やされているということだ。

 上から下へ、重力と体重によって発生する落下方向の運動エネルギーを次の一歩に繋げることが爆発的な出力を生み出していることも事実だが、着地の瞬間に掛かる負荷は相応に大きい。

 

 対してオグリキャップはどうか。

 

 前傾姿勢は踏み込みが生み出す推進力を上へと拡散させず、その全てを前へ進む力に変換する。

 あたかも地面スレスレを低空飛行する戦闘機が如き一直線。

 

 姿勢が上下することに伴うロスの削減と荷重によって膝に掛かる負担の軽減。

 効果が見込めるか未知数な部分はあるが、どちらにしろ今のままでは"皇帝"に届かない。

 "頂点"に挑み、そのレベルの強さに至る足掛かりとする。

 

 それがこの併走の、一バ身後ろから追ってくるウマ娘の協力を求めた本来の目的だった。

 

(……領域かぁ)

 

 トウカイテイオーが先行している現状、走法を直に見ることができないため、自然とレース前の会話が頭をよぎっていた。

 

 春の天皇賞で立ちはだかった限界の壁。その先へ至る方法について、トウカイテイオーは今日まで一旦は考えることをやめにしていた。なにせ、一番簡単な方法が怪我をすることを気にせず走ることなのだ。

 

 リスクを考慮しなければ恐らく超えられる。

 

 一着以外では自分の魂が納得しないということも実感できたし、怪我をした場合トレーナーに寄り掛かってしまうこと以外には躊躇する理由もない。しかし、そのやり方に無理矢理感を抱いていることも否めない。正道で至るには最低でも筋力のさらなる強化が必須だと思っていた。或いはここでオグリキャップの走法を学ぶことが、壁を超える一助になるだろうか。

 

(それも含めて第四コーナーからかな)

 

 思いがけず始まった勝負服を着ての併走という名の真剣勝負。

 しかし、第三コーナーに差し掛かった時点では静かな展開に終始していた。

 

 二人だけの勝負にはペースメーカーとなるようなウマ娘も居らず、タイムを意識している訳でもない。前を行くトウカイテイオーは、その優れたセンスでタイムを正確に把握していたが、距離二千二百としては比較的スローペースを維持している。オグリキャップの抜群の末脚を見るためにある程度は計算ずくだった展開の中でトウカイテイオーはある言葉を思い返していた。

 

(葦毛の怪物って女の子に付ける渾名じゃないよね)

 

 "怪物"と、そう渾名されるウマ娘は幾人かいる。

 たいていの場合は圧倒的な強さを持つ存在の比喩としてファンや外部の人間が言い出したものが定着する。

 それはあくまで強さの表現であって当人の外見や内面、性質を表してはいない。

 

 だが、オグリキャップについては少々事情が異なる。

 実際に戦ったウマ娘たちはこう語る。

 

『後ろから迫ってくる怪物の足音を聴いた』

 

 ヒトを遥かに凌駕するスピードを発揮するウマ娘の脚はターフを抉る。

 発する音もヒトの陸上競技に比べると相応に異なる。

 他に類を見ない走法を取るオグリキャップとなればさらに異質だろう。

 

 不安定な走行姿勢でも全くぶれない体幹。

 終盤の凄まじい追い上げの原動力たる脚力。

 なるほど、それらから繰り出される音は尋常なものではないのだろう。

 何度機会を用意してもらえるか分からない貴重な併走相手。

 その強さを余すところなく体感し、全力で超えさせてもらおう。

 

 そんな慢心が少なからずトウカイテイオーにはあった。

 

 トウカイテイオーは挫折を知っている。

 トウカイテイオーは信頼が裏切られる事を知っている。

 トウカイテイオーは夢の終わりを知っている。

 

 だが、それらは全て外的要因に寄るものだ。

 彼女は今以て、才能と努力の果てに影すら踏めない相手が居ることは知らない。

 万全の状態であるならば、誰が相手であろうと勝利に手が届くと疑わない。

 

 そして"怪物"とは往々にして、そうした傲る者に牙を剥く。

 

 ズンッ、と。

 音としては、そうなるだろうか。

 

 第四コーナーを超えた最後の直線。

 地面が揺れたかと錯覚するような振動を伴って、それは現出した。

 後にして思えば、揺れたのは地面ではなく自分の体だったのだろう。

 身の毛のよだつような圧迫感に体が震えたのだ。

 

 それでも尚、トウカイテイオーの心に浮かんだのは負の感情ではなかった。

 

 怪物の存在を背に感じながらも、これをこそ求めていたのだと口角を吊り上げ脚に力を込めた。

 マックイーンとの激闘に匹敵するだろう戦いの予感に心が躍り、限界の壁に挑む疾走が始まった瞬間――。

 

 自身の小柄な体躯をさらに下から潜るかのように、"怪物"は瞬く間に隣に並んできた。

 

(……ッ!)

 

 こと此処に至って、ようやくトウカイテイオーは正しく測ることが出来た。

 漠然と今のままでは勝てないと感じていた"皇帝"との間に広がる差。

 

 それが今、己の真横を駆け抜けていった。

 

 互いに十二分に脚を残して迎えた最終直線。

 維持していた一バ身は一秒で詰められ、拮抗した時間はそこから一秒にすら満たなかった。

 

 加速に於いても最高速に於いても常に抜きんでた強さを示してきた"帝王"は"怪物"に蹂躙されようとしていた。

 

 あえて言い訳をするのならば。

 

 それはシニア級を戦い抜いた歴戦のウマ娘と上がりたてのウマ娘の差であり、ドリームトロフィー・リーグという世代を超えた天才たちの戦場で今も鎬を削る猛者との差であり、春の天皇賞でようやく初めて好敵手と呼べる強さのウマ娘と競えた若手が及ばぬのは仕方のないことだった。

 

 それでも、決戦の日はすぐにやってくる。

 負けられない戦場がやってくる。

 

 己が天賦の才と不断の努力を以てしても尚、半年という時間で埋めるには非現実的な距離。

 シンボリルドルフもまた、一切の容赦なく敗北を突き付けてくるだろう。

 その現実に、二バ身にまで広がった差が齎す冷たい恐怖に心が飲み込まれそうになったとき。

 

 スタート地点に立つトレーナーの姿が目に入った。

 

 喪失の後に得た、あの日から変わらず自分を見守り続けてくれている大切なヒト。

 負ければ、あのヒトが離れて行くかもしれない。

 勝利に執着せねば、また失うもしれない。

 

 トウカイテイオーは思い出した。

 シンボリルドルフが誰に手を出したのかを。

 何を盗んでいこうとしているのかを。

 

 ドクン、と心臓が鼓動する。

 全身を巡る血が熱く沸騰する。

 頭に上った血で視界が朱黒く染まる。

 

 あのヒトを奪うことだけは『絶対』に赦さないという想いが、魂に黒い火を灯した。

 

 

 

  

 

「思っていたよりもずっと強かったな」

 

 オグリキャップから放たれたそれは、敗北者へ向けた慰めの言葉だったのだろうか。

 

「強かった? ボクは自信なくしそうだよ。調子や作戦に左右された訳じゃない、完全な力負けだった」

 

 

 菊花賞と春天で負けた経験があって良かった。

 これが初敗北だったら、ちょっと立ち直れなかったかもしれない。

 そう思ってしまうほどに"頂点"は高いところにあった。

 

 最終的に二バ身まで広がった着差。

 両者の間にある実力差はそれ以上であろうことが感じ取れてしまった。

 

「逆じゃないか? 今日、負けたことに実力はあまり関係ない。完全に作戦ミスだ」

 

「……えっ? いやだって二人だけの勝負なんだよ。作戦なんてお互いになかったんじゃ」

 

 バ場の荒れを考慮しての内外やポジション争いと呼べるようなものは起きなかった。あったのは最終直線からの純粋な速さ勝負だけで、後は追う側か追われる側かを選ぶくらいだったはずだ。

 

 だからこそ勝敗は実力のみによって決まり言い訳は利かないはずだ。

 

「テイオーが先を行き私が後を追った。その時点で結果は決まっていたようなものだ」

 

 確証があるかのように断定的に話をするオグリキャップの考えに理解が及ばない。

 あまり頭の良いウマ娘ではないと聞いていたが、会話を成り立たせられないボクはもしかして物凄く頭が悪いのだろうかと不安になる。

 

「私も話すのが上手いタイプではないから伝わりづらいのかもしれないな。順を追って確認していこう」

 

 そう言ってオグリキャップは質問を投げかけて来た。

 

「先ほどの勝負、テイオーは本気だったな?」

 

「もちろん」

 

 慢心が心にあったかもしれないが、それでもトウカイテイオーは一切手は抜いていなかった。

 

「なら、限界の壁は感じられたか?」

 

 しかし、春天のときほどに心に沸き立つモノがあったのかと問われれば答えはノーだった。

 

「全然、感じられなかった」

 

 メジロマックイーンよりも現時点では強いはずのウマ娘と全力で勝負したのに、あの時の感覚は欠片もなかった。

 相手との実力差があり過ぎて勝負にならないようではダメなのか。

 

「いまテイオーが考えているように力の差が大きいと『領域』に入れないことはある。但し、それは自分が強い場合の話だ。普通に走って勝ってしまうからな。……テイオーは春天と今日の違いが分かるか?」

 

 あの時との違い。

 前を走るメジロマックイーンに勝ちたいと思って走っていたあのとき。

 

「ボクが先頭を走っている……?」

 

 後ろからオグリキャップが追ってきていることは常に感じ取っていた。

 だが、マックイーンに追い付きたいと思ったときほどに、逃げ切ってやるという強い意志が湧いてはいなかった。

 

「その通りだ。私とテイオーは『領域』に入る条件が似ている。見定めた好敵手に迫り追い抜くことにこそ魂が震え、燃え上がる。十数人で走るレースに対して二人しか居ないこの併走では、前を走った時点でテイオーが不利だった」

 

 好敵手を見定め、追い縋る。それがトウカイテイオーが『領域』に入りやすい条件。

 

「逆に相手に追い抜かれて離されるとダメだな。勝負根性を鍛えろという話ではあるんだが、忌避感が出てしまう」

 

 そりゃあそうだろう。突き放される感覚が好きなウマ娘なんて居るはずない。

 いや、そういう展開でこそ燃える性質かどうかという話か。

 まぁボクはそんなドМではないけど。

 

 などと、トウカイテイオーは特定のウマ娘に喧嘩を売ることになるかもしれない感想を抱いた。

 

「最初に言ってたのはボクが後ろを走っていれば勝ったかもしれないってこと?」

 

 元より目的はオグリキャップの走法を見ることにあった。

 真剣勝負であったが故に先行策を採ったが差しの方がよかっただろうか。

 

「それもある。気付いてないようだから言っておくが私は『領域』に入っていたぞ。そして最後の百メートル地点からずっと差は二バ身のままだった」

 

 『領域』に入っていたことはトウカイテイオーも知覚していた。突然に増した圧迫感と加速の理由がそれだろうという予測も付いた。しかし、二バ身差のままだったことに何か意味があるのかが分からなかった。

 

「『領域』には全力を尽くさねば勝てないほどの好敵手が必須。つまり、テイオーはすでに私が『領域』に入れなければ負けると予感させるほどに強いということだ。そして君は私と同じ場所に至っていないにも関わらず、最終的に速度に於いて並んだ」

 

 最後の百メートル。

 『領域』に至り"怪物"と呼ぶに相応しい力を発揮したオグリキャップに匹敵するほどの速度をトウカイテイオーも見せていた。

 

「むしろ私よりも君の方が"怪物"らしいのかもな。抜き去って勝利が確定的になったというのに、背を炎に焼かれているのかと錯覚するほどの熱量を感じた」

 

 そう言ってから『本当に焼けたりしてないよな』と首を捻って勝負服の背中を確認するオグリキャップとひとしきり笑い合った後、トウカイテイオーは自分が感じたものを伝えた。

 

「なんかね、このままじゃ負けちゃうって思ったときにトレーナーの事が見えたんだ。そうしたら心臓が強く脈動して全身に力が漲るような感じがした」

 

 実際には血が沸騰して目の前が真っ赤に染まりもしていたが、それでもあの感覚がなければ差はもっと開いていただろう。

 

「そうか。勝ちたい理由がブレないウマ娘は強い。様々な要因でそれは崩れてしまうものだが、君たちは大丈夫そうだな」

 

 そう話すオグリキャップの目には憂いと羨むような色があった。

 

「アイドルウマ娘でもそんなことがあったの?」

 

 オグリキャップが走る理由。

 それは応援してくれるファンのためであるということは、テレビや雑誌で幾度となく語られていることであり有名な話である。

 

「ファンからの声を苦痛に感じたことだってあったさ。それでも今の私になれたのは、キタハラとカサマツの皆が居てくれたからだ」

 

 オグリキャップのトレーナーであるキタハラは、トウカイテイオーのトレーナーと同様に他に比べて育成能力が秀でているという訳ではない。

 それでも、オグリキャップがトレーナーを呼ぶ声には深い信頼が宿っていた。

 

「『領域』については話すことができたし、今日はこれくらいでいいだろう。今後も定期的に併走できるようにキタハラには頼んでおく。だからテイオー、どうか"皇帝"に勝ってほしい」

 

 併走の対価として出された条件。

 シンボリルドルフの常ならざる態度の理由の一端を知り、オグリキャップが少なからず過去に悔いを残していることも分かった。

 元よりトレーナーを取り返すためにボコボコにするつもりだったのだ。

 断る理由もない。

 

「まっかせて! 高いところでふんぞり返ってる偉そうな"皇帝"様を玉座から引き摺り下ろすつもりだから!」

 

 玉座から引き摺り下ろす。

 なるほど、それはいい。

 普通のウマ娘に戻れば、ルドルフも背負っている荷を降ろせるかもしれない。

 きっとそれは叶う。そう思わせてくれる目の前の小さな"帝王"を見ながら、オグリキャップは柔らかい笑顔を浮かべた。




「勝利の鼓動(ブチギレ)」のヒントLvが2上がった。
「独占力」のヒントLvが5上がった。

この調子で強固有スキルをどんどんラーニングしていこうねテイオー。
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