サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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こいつ誰だよってくらいキャラが崩壊している奴がいる気がしますが、今更なので気にしないでください。


一心同体

 トウカイテイオーとオグリキャップの勝負が終わり日が沈んだトレーニング場には、微かな熱気が残留していた。

 抜きん出た実力と人気を誇り、特異な走法が持ち味である両者の勝負が見物していたウマ娘たちの心を湧き立たせたからだろう。

 ウマ娘ならば魅せられずにはいられない速さ。

 自分もなりたいと、望まずにはいられない強さ。

 シンボリルドルフが期待した世間を熱狂させる『スター』と呼ぶに相応しい綺羅星の如き輝きを二人は持っている。

 その光はたった一度の併走だけでも、多くのウマ娘に夢を与えるほどに強い。

 

 そして、光が強いほどに日陰が産み落とす黒は色濃くなっていくものだ。

 

「はっ……、はっ……」

 

 誰も居なくなったトレーニング場で一人走り続けているナイスネイチャは、少なくとも自身の認識としては日陰側の存在だった。

 優れた存在に成れたらいいなと夢想することはあっても、それが実現したことはない。

 トウカイテイオーという遠くで輝く星に手を伸ばそうとしては、その手を引っ込めてきた。

 GⅠを獲るには力不足でもあったし、斜に構えたところがあったことも事実だ。

 

 もっとも、それも今となっては昔の話。

 ナイスネイチャには叶えたい夢ができた。

 

「こんな速さじゃ話にならない。テイオーはもっともっと速い。……もう一本だけ二千二百で」

 

 ナイスネイチャと南坂は宝塚記念に出走すると決めていた。

 トウカイテイオーとの決戦の場として定めた訳ではなく、その前哨戦。

 菊花賞を乗り越えて以降のトウカイテイオーに起こっている変化を肌で感じ、勝つために用意した札がどこまで通じ得るかを探るための確認の場。

 今日行われた併走は、ナイスネイチャの思惑と無関係ではあったが近い状況が再現されていた。

 そして近いがゆえに、あとどれほど手を伸ばさなければ届かないか理解できてしまった。

 

 宝塚記念への出走は勝利を目的とはしていない。

 それでも、切り札以外は全て投入する予定にしていたレース。

 多分に初見殺しの要素を持たせている切り札を使わないということは、絡め手なしの真っ向勝負を挑むということである。

 

 基本的に勝ち目のない勝負ではあるが、それでもボロ負けすることはあってはならない。

 蟻一匹が巨象に策を弄したところで意に介されはしない。

 せめて競い合いが成立する程度の強さを持っていなければならないのだ。

 

 そして今のナイスネイチャにとって、素の実力だけでトウカイテイオーと競り合う自信を持つことは、それなりに難題だった。

 

「ダメですよネイチャさん。これ以上はオーバーワークにしかなりません」

 

 汗を拭い、疲労で力が入りづらくなってきた脚に鞭打ってスタートの構えを取ったナイスネイチャに声が掛かった。

 

「もう門限も近いです。皆さんも心配されていましたよ」

 

 残るカノープスのメンバーである三人とのミーティングを済ませた南坂が戻ってきていた。

 ここ最近はチームとしてのトレーニングを終えた後、ナイスネイチャと南坂の二人で居残りトレーニングをすることが日課となっていた。

 三人も付き合うことを希望していたが、トウカイテイオーに勝利することを誓ったナイスネイチャがこなしているトレーニング量は怪我に至らないギリギリのラインを攻めている。

 複数人に同時に無茶をさせると南坂のキャパシティを越えかねず、マンツーマンが最善と判断していた。

 

「そんな時間だったんだ。いやー、最近はなんだか時間が経つのが早いね。アタシも年を取ったもんだ」

 

 そんな軽口を叩きながらも、ナイスネイチャはコースから出てこようとはしなかった。

 

 トウカイテイオーとオグリキャップの勝負に自分も参加したらどうなったか。

 決して結果は喜ばしいものにはならなかっただろう事が分かる。

 だから、脚を動かさずにはいられない。止めてしまえばもっと引き離される。

 トレーニング場に残る熱気とは裏腹にナイスネイチャの心は冷たかった。

 

「もう一本だけ、お願い。私は自分の全部でテイオーに勝つって決めたの。こんな所で立ち止まってられない」

 

 二人の天才がぶつかり合う好勝負に、見物していた者達は沸き立っていた。

 あの併走は、心に余裕がある者にとっては楽しいイベントだったのだ。

 

 だが、そうではない者にとってはどうか。

 例えば切実に、悲痛と言ってもいいほどにレースで勝利することを望む者にとっては恐怖でしかなかった。

 ドリームトロフィー・リーグを主戦場としているオグリキャップはともかく、トウカイテイオーは現役でシニア級を走っているのだ。

 王道たる中距離でGⅠを獲るには、()()に勝たなければならないのだ。

 

 見せ物としてではなく、競う相手を分析するために視ていた者達は気付いていた。

 トウカイテイオーの走りが、春天からまた変化したことに。

 

 菊花賞以前にはなかった、攻撃的な力強さを持った走りからの更なる進化。

 自身を追い抜き前を走る"怪物"に再び迫るために、彼女は無意識に"怪物"を真似た。

 姿勢はより前傾に、跳ねるのではなく踏み込んだ力を全て前進するためだけに使う走り。

 体が上下に振れる幅を大きく減らしたその走法は、赤い影が地を駆けているようにも見えた。

 

 簡単に真似できる動きではないはずだった。

 極端に広いストライドを取りながら姿勢を前傾させるには、関節の柔軟性とバランス感覚が必要不可欠だ。

 自然と頭を下げた体勢になるため、レース展開を俯瞰するのにも不向きで使い方を誤ればバ群に沈んでしまう。

 それでもトウカイテイオーは、それらの条件を難なくクリアしてしまえるウマ娘だった。

 

 アレが自分の好敵手(ライバル)なのだ。

 アレを倒すと、心を折ってやると、勝ちたいという想いに蓋はしないと決めたのだ。

 ならば限界まで鍛え、テイオーが挑んでいたであろう()()を自分も超えるしかない。

 

「いいえ、ダメです。それはネイチャさんが頑張っている自分に酔って自己満足したいだけです。そこに成長はなく、脚を無駄に浪費するだけ。トウカイテイオーに勝ちたいのなら、明日に備えて回復に努めてください」

 

 南坂から出た忠告は、どこまでも無慈悲にナイスネイチャの心情を読み取っていた。

 

「……もうちょっと優しい言い方してくれてもいいじゃん」

 

「優しさを望まれるのでしたら幾らでもしますよ。けれど、勝つために厳しくしてほしいと言ったのはネイチャさんだったはずです。僕はトレーナーですから、担当するウマ娘の要望に全力で応えます」

 

 年頃の女の子に対して向けるにはあんまりな物言いではあったが、勝利を欲するアスリートに対しては必要な助言。

 それが頭では理解できていても、ナイスネイチャは南坂を睨み付けること止められなかった。

 

「でも、それじゃテイオーに勝てないかもしれない」

 

 トウカイテイオーに伸びしろが残っていることは分かっていた。

 それでもたった一戦しただけで、あそこまで進化するだなんてズルい。

 アタシがあれだけ成長しようと思ったら、どれだけの努力が必要になるか。

 同じ密度で時間を過ごしていては話にならない。

 遊ぶことをやめて、寝る間も惜しんで足掻くしかないんだ。

 

 以前からあった天才への憧憬は、ずっとナイスネイチャの中に渦を巻いていた。

 グルグルと出口のないまま溜まっていく一方の感情は、本気になると決めたことで更に淀んでいき、前に進むばかりの好敵手(ライバル)を見て爆発寸前だった。

 

「勝つって決めてさ、心が晴れたんだ。ずっと自分にしてた言い訳が必要なくなって、全部を勝つために使えるようになったから」

 

 アタシは天才なあの娘と違って普通だから。

 アタシなりのそこそこにしか頑張ってこなかったから。

 勝つとか強くなるとか、そういう熱いのは生理的に受け付けないから。

 

 そんな言い訳をずーっとしてきた。

 全部嘘なのに。

 

 天才だって呼ばれる位に勝ちたかった。

 精も根も尽き果てる位に頑張ってみたかった。

 いつまで経っても消えてくれない熱い火が自分の中にあることを知っていた。

 

 けど、全力を出して本気になってしまったら。

 それでも力及ばずに負けてしまったら。

 

 もう、なんの言い訳もできなくなっちゃうじゃん。

 

「怖くなってきたの。アタシはいま、人生の中で最高に頑張ってる。一番強いアタシになってるって自信を持って言える。頭も体も全力で動かしてる。それでも負けちゃったらさ、もう次なんてなくなっちゃう」

 

 トウカイテイオーの心を折る。

 口に出すだけならば、なんて簡単な事なのだろうか。

 それが成せなかったとき、折れて二度と戻らなくなるのは自分の方だ。

 

「天才って凄いよね。勝って当たり前だって自分も周りも思ってるんだよ? それで負けちゃったらどれだけショックを受けるのか想像もできない。なのに、ちゃんと立ち上がってまた歩き出すんだもん。眩しすぎるよ」

 

 なぜ、ナイスネイチャは菊花賞に出られずトレーナーとの契約を解消されたトウカイテイオーに優越と快感を覚えたのか。

 多分にねじ曲がった感情表現こそしているが、根本的にはトウカイテイオーと自分に大した違いなどないと知りたかったからだ。

 大好きな友人は異次元の意味不明な超常存在ではなく、異なる個性を持っているだけのウマ娘なのだと確信を持ちたかったからだ。

 だから、墜ちてきてくれた友人を見て心底から安堵した。

 

 そして、底から這い上がるトウカイテイオーを見て戦慄した。

 

 あれほどの高さから落ちても、まだ立ち上がれるのか。

 どれだけ絶望したのか想像も付かないのに、まだ折れないのか。

 アタシなら絶対に無理なのに。

 

 ほんの短い間だけ感じられた安堵は、友人と己の決定的な違いを感じさせるための落差を生んだだけだった。

 

 だから、ナイスネイチャも覚悟を決めた。

 大好きな友人は待っているだけでは同じところに来てくれないから。

 あの娘とアタシはなにも変わりはしないと確信するには、自分が登っていくしかないから。

 

「負けられないの。勝てなかったら、認めることになっちゃう」

 

 やっぱり、テイオーとアタシは違うんだなって。

 

「そんなのは嫌なの! だから、我武者羅に走るしかないの!」

 

 人生で初めての、本気の本気。

 退路を塞ぎ、どちらかが折れるまで進むという不退転の決意。

 

 自分に言い訳することをやめたナイスネイチャは、一切の逃げ道なく現実と向き合わなければならないことに、圧し潰されそうになっていた。

 

「……だからもう少しだけ走らせてよ。待っていてくれなくてもいいからさ」

 

 疲労なんて望むところだ。

 少しの間だけ、この重たいモノを忘れられるから。

 

「……優れたウマ娘とは、一体どういう存在のことを指すと思いますか」

 

 ナイスネイチャの言葉を黙って聞いていた南坂が不意に問いかけてきた。

 

「えっ? ……そりゃあGⅠレースで勝つウマ娘でしょ」

 

 他所はともかく、ここトレセン学園には於いてはそれが最も重視される事は間違いない。

 

「確かにそうですね。しかし、オグリキャップなどは相応に敗北も経験しています。それにGⅠを獲る以前から、強い人気がありました」

 

 カサマツから移籍してきた年の有馬記念。そこに至るまでの重賞連勝記録は称賛に値することだが、彼女はGⅠで勝利する以前から"怪物"と呼ばれていた。

 

「僕は人に夢を見せられるウマ娘こそが、優れていると考えています」

 

 シンボリルドルフがトウカイテイオーに無敗の三冠という夢を抱かせたように。

 オグリキャップが地方からのシンデレラストーリーを夢物語ではないと示したように。 

 

「あはは、ならやっぱりアタシには無理だね」

 

 応援したくなることはあっても、アタシに夢なんて見たりはしないだろうと、ナイスネイチャは自己を評価している。

 

「そんなことはありませんよ。ネイチャさんに夢を見ている人は此処に居ますからね」

 

 普段の捻くれた態度を取る余裕もなくなっているナイスネイチャの言葉を否定して、南坂は笑いながら自信を指した。

 

「トウカイテイオーのような天才ではないかもしれません。常勝不敗やグランドスラムといった伝説を作れるウマ娘ではないのかもしれません。けれど、それでも勝つことを諦めたくないと足掻くあなたにこそ、僕は夢を見ています」

 

 トレーナーが担当ウマ娘を持ったとして、それが一番に望んだ相手のスカウトに成功したのかは別問題だ。

 才能あるウマ娘にスカウトが集中する以上、あぶれた組み合わせは必然的に発生する。

 

 しかし、ナイスネイチャと南坂はそうではなかった。

 

「ネイチャさんが本当の意味で本気になったのは昨年末からなのかもしれません。けれど、選抜レースの時からあなたの中にある勝ちたいという想いが消えたことは一度もありませんでした」

 

 表向きは隠していたとしても、口に出すのは捻くれた卑下だったとしても、勝つことを諦めないナイスネイチャは強い。

 そして、トレーナーという生き物は強いウマ娘を勝たせてあげたいと心から望む。

 だから、南坂はナイスネイチャを望んでスカウトした。

 

「次はなくなったりなんてしません。僕が機会を作りますから。もし、あなたの心が折れたのなら僕が支えます。敗北を活かして勝つための方法を提示します。あなたが勝利を諦めない限り、傍でずっと一緒に歩いていきます」

 

 ウマ娘の望みを叶えるという、ある意味で受け身なスタイルであった南坂は、これ程まで直截に自身の意思を伝えることはしてこなかった。

 しかし、今のナイスネイチャに必要なのは同道者だ。

 独りではないと、同じ願いを持つ者が居て、夢も責任も分かち合えると知ってほしかった。

 

「なによりも、僕はネイチャさんが勝てないだなんて思っていません。勝たせるのがトレーナーの役目で、僕はあなたのトレーナーですから」

 

 柄にもなく熱くなっているなと頭の片隅で考えながら、それでも南坂は口から出る言葉を飲み込みはしなかった。

 

「だから、あなたの想いを一緒に背負わせてください。そして勝ちましょう。あなたの最強の好敵手(ライバル)に」

 

 心に圧し掛かっていた重しが軽くなったと、ナイスネイチャは感じた。

 ちょっと優しい言葉を掛けられただけですぐに持ち直すだなんて、アタシって現金な女だなーと思いながらも嫌な気分はしなかった。

 トウカイテイオーに本気で勝てると信じてくれるヒトが居てくれることを、嫌だなんて思うはずもなかった。

 

「……もう、なにこれ。アタシには全然似合わない雰囲気になってるじゃん。こんな空気吸ってたら体調崩しちゃうから、帰って休むね」

 

 嫌じゃない、どころか嬉しすぎる。

 心に追い付いていなかった脳が南坂の言葉を正確に理解した直後、ナイスネイチャは火が出そうなほどに顔が熱くなったことを自覚した。

 側頭部で房のように結った髪で顔を隠しながら、そそくさとレース場から出て片付けを始める。

 

「ええ、そうしてください。明日からも厳しくいきますからね」

 

 えー、なにこれ。アタシはこんなに恥ずかしがってるのに何であっちは平気な顔してんの。もしかして、トレーナーって割と担当ウマ娘にこういうこと言っちゃうの。ヤバいなトレセン学園。

 

 高速で思考を回しつつも自分だけ照れてるのは納得いかないんですけどー、と喜悦と憤慨が入り乱れて混乱しているナイスネイチャに、南坂から再度声が掛かった。

 

「ネイチャさん、そのままで構わないので聞いてください。宝塚記念の調整として出るのは新潟大賞典に決めました。そちらでは、()()使ってみてください」

 

 その言葉を聞いて、少しだけ冷静さを取り戻したナイスネイチャはぼやくように答えた。

 

「了解ですよっと。テイオーを相手にするんだもんね。GⅠより下で走る娘たちには最低でも通用しなきゃ」

 

 南坂の言った、全部使うという言葉の意味。

 それは、ナイスネイチャにとっては反則以外なんでもすると言い換えてもいい。

 悪いとは思わない。アタシの全力とはそういうことだ。

 

「せめて、心が折れちゃった娘のアフターフォローはしっかりしないとねー」

 

 心は折りたいが、折れた娘をそのままにしておくのは後味が悪いから。

 普通のウマ娘が持つ勝ちたいという欲求とは些か以上に異なる歪さを抱えながら、自分と想いを同じくしてくれるトレーナーと共にナイスネイチャは帰路に就いた。




テイオーとネイチャが1992年に相当する宝塚と有馬に出てくる。
これがどういう意味を持つか。あるメジロのウマ娘が泣きを見ることになります。
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