サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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あと一話か二話挟んで宝塚記念に行きます


始動

 話はナイスネイチャが新潟大賞典に出走する数日前に遡る。

 

 シンボリルドルフが抱えている……抱えきれなくなりつつある問題の自己解決を図った結果、トウカイテイオーとの間に大きな溝が生まれることとなった。

 事の推移自体はシンボリルドルフの予定通りであり、物事を掌の上で思い通りに転がす万能感に笑みを浮かべていたりもした。

 かと思えば、予定通りとはいえトウカイテイオーと半ば喧嘩別れしたような状況に溜息を吐き、執務机に項垂(うなだ)れる。当たり前だけど生徒会室に遊びに来てくれなくなったとか、カラオケに呼んでくれなくなったとか無意識に呟きながら、生徒会業務が手に付かない事が増えた。

 端的に言ってシンボリルドルフは躁鬱みたいな状態になっていて、今はダウナー入ってる。

 

 エアグルーヴはそれを心配そうに見ながらも、案外自身の調子自体は好調なものだから対処に困っていた。

 なんせクソ寒いダジャレが飛んでくる頻度は減り、仕事が進まなくなったことで適度にシンボリルドルフを助ける機会も増えたのだ。なんでもかんでも自分でやろうとする会長は多少業務が滞ってこちらに振られる仕事が増える位が丁度良いだろうとも思っていた。

 

(とはいえ、覇気のない表情をなさることが増えたのは憂慮すべき事態だ。しかしどうしたものか……)

 

 越権行為ではない。だが、テイオーのトレーナーを相談員に抜擢(ばってき)したのは多分に強引ではあったのだ。

 むしろテイオーを怒らせて自分に挑ませてくることを目的にしていたのだから、現状は自業自得と言ってもいい。

 それでも自分は生徒会副会長なのだ。会長を助けその力となるのが役割である以上、手を(こまね)いている訳にはいかない。

 

(それに、あの喧しさもいざ無くなってみると物足りないからな)

 

 生徒会室に似合わぬ騒がしさを不定期に(もたら)してくれていた小さな帝王に、ほんの少しの恋しさを覚えているとノックもなく生徒会室の扉が開かれた。

 学園内で理事長室に次いで訪問する敷居が高い生徒会室になんの気兼ねもなく入ってくる人物は限られている。

 理事長とその秘書、生徒会メンバー、そして極めてマイペースな一部のウマ娘達くらいだ。

 

 そうして入ってきた人物は、後者二つに当て嵌まった。

 

「あらあら、静かで落ち着いた雰囲気の部屋なのはいつもの事だけど、なんだか今日は元気がない感じね」

 

 部屋に入ってきたウマ娘の名はマルゼンスキーという。

 圧倒的な実力を持ち、明るく朗らかで包容力のある優しい性格をしており、困っている誰かの力になることを惜しまない人格者。

 そして楽しいことが大好きな皆の頼れるお姉さんだ。

 学園に所属する生徒の中で最年長格でもあるのだが、それを指摘すると指で小さくペケマークを作った後にデコピンされるので注意が必要。

 デコピンと侮るなかれ、怒れるウマ娘の膂力(りょりょく)から繰り出されたデコピンは段ボールくらいなら容易く貫く。悶絶必至で泣きを見ることになるので言わないのが吉だ。

 

「マルゼンさん、どうされたんですか。今日は特に招集をかけてはいなかったはずですが」

 

 そんなマルゼンスキーは厳密には生徒会メンバーではない。

 だが他者を良く見て気配りの上手な性格を持ち、シンボリルドルフに物怖じせず諫言することのできる数少ないウマ娘であることから、非公式ながら生徒会長の相談役という立場に納まっていた。

 

 はて、なにか会長に用事でもできたか。それともトウカイテイオーに関する対応について否定的だったはずだから、諫めにでも来たのか。

 用件を推測しようとするエアグルーヴに対し、マルゼンスキーは特にもったいぶるでもなく答えた。

 

「チャオ、エアグルーヴ。宝塚記念に出ることにしたからその報告に来たの。制度的に問題ないとはいえ、騒ぎにはなるでしょうから先に生徒会には話を通しておかないとね」

 

 今日のディナーはイタ飯よ。そんな軽いノリで告げられた内容に思考が数秒止まる。

 

 宝塚記念に出る?マルゼンスキーが?

 制度としては問題ない。過去に事例も有りはする。

 だがそれは、間違っても普通の事態ではない。

 シニア級の()達からすれば、戦車と戦闘機が争う戦場にゴジラが出現したようなものだ。

 

 ドリームトロフィー・リーグに登録しながらもトゥインクル・シリーズに出走することは確かに可能だ。

 であれば、例えば自分がシニア時代に取れなかったGⅠに出続けたりするのでは?と思われるかもしれないが、意外と前例は少ない。

 なにせ、ウマ娘たちにもプライドがある。ドリームトロフィーに上がってきたウマ娘に手厚い洗礼を与えることはあっても、自分から後輩虐めに行くだなんて恥と言えよう。

 ましてやマルゼンスキーが出るとなれば、それはもう荒らし行為に近い。

 だからこそ、あえてトゥインクル・シリーズに降りていくのは相応に切実な――今回のシンボリルドルフのような――理由がある場合のみと断言してもいい。

 少なくとも今年の宝塚記念にマルゼンスキーが執着する理由はないはずだと、エアグルーヴは頑張って脳を回転させて答えを導き出した。

 

「その……ゴジラが出るとミリタリーから特撮にジャンルが変わるので控えた方が良いと思うのですが、なにか事情がおありで?」

 

 自分の知らない因縁の相手が居たりしたのだろうかと思案するが、それはないはずだ。

 ならば、やはり理由はシンボリルドルフとトウカイテイオーで、此処に来たのは報告ではなく先に自分がテイオーと戦うぞという意思表示のためか。

 

「どういう風の吹き回しかな、マルゼンスキー。君が楽しいこと好きなのは承知しているが、人の楽しみを奪うことに悦を感じる嗜好はしていなかったと記憶しているが」

 

 自身が渦中であることに気付きダウナーから立ち直ってきたシンボリルドルフが問うた。

 

(楽しみを奪う。それはつまり、会長はマルゼンさんが勝つと考えていらっしゃるのか? いや、それだけでは奪うとまでは言わないか)

 

 トウカイテイオーの敗北を予想するのは、特におかしなことではない。

 なぜってマルゼンスキーは、誰なら勝てるのかを度々議論される側のウマ娘なのだから。

 負けたことがない訳ではない。それこそシンボリルドルフが実際に勝っている。

 しかし、じゃあ他には?と聞かれると、少なくとも挙げられる相手で片手の指を使い切ることはないのが事実だ。

 いつの日か"帝王"が"怪物"を下す時が来るのかもしれないが、まだ時期尚早だろう。

 

「あら、奪うだなんて心外ね。まるで私がテイオーちゃんの心を折るつもりみたいじゃない」

 

 圧倒的な差を感じたとき、人の心は折れる。

 真剣であればあるほどに、真摯であればあるほどに、自分ではアレに届かないのだという現実に心を叩き折られる。

 果たして、マルゼンスキーが今までに折った心はどれほどの数にのぼるだろうか。

 

「君にはそれをしてしまえる実力がある。小賢しい策を踏み潰し、越えてみせんと挑みくる者を真っ向から跳ね返す力。テイオーとて、いやテイオーだからこそ折れてしまいかねない」

 

 彼我の力量を見誤らないこともまた強者の条件だ。

 そして見誤らないからこそ、遥か(未来)が読めてしまう。

 

「トウカイテイオーではマルゼンスキーに勝利することは不可能だ」

 

 シンボリルドルフは断言した。紛れすらない、タイマンならば確実にマルゼンスキーが勝つと。

 

「そう、それよそれ! だから宝塚記念に出ることにしたの」

 

 はて、全く以て話が繋がらないなとエアグルーヴは首を捻っていた。

 天上の選ばれしウマ娘でないと付いていけない領域の会話なのだろうかとも考えたが、そういう訳でもなかったらしい。

 

「話が見えないな。やはりテイオーを盛大に負かしたいということなのかな?」

 

 シンボリルドルフもいまいち目的を推し量れていないようだった。

 数多のウマ娘の憧れであるマルゼンスキーだが、その正体は割かし天然なお姉さんなので理論派とは微妙に噛み合わないのだ。

 

「ルドルフ、あなたって私がテイオーちゃんに負ける訳がないと思ってるように、自分も有馬で負ける訳がないって思ってるでしょ?」

 

 負けると思って戦う者が居るのかという話は脇に置くとして、実際問題シンボリルドルフは自分が負けるとは思っていない。負けた場合のプランがないのかと問われると、ちゃんと用意してはあるが。

 

「はっきり言うけど、私はあなたが負けた方がいいかもって思ってる。だから、間接的にテイオーちゃんに味方するわ。知ってる? テイオーちゃんとオグリちゃん、併走したらしいわよ」

 

 それは、ここ最近学園を賑わせている話題だった。

 接点のなかったはずのトウカイテイオーとオグリキャップによる、勝負服まで用意しての併走。

 事情を知らぬ者からすれば何があったのかと想像のし甲斐があるというものだが、生徒会からすれば目的ははっきりしている。

 シンボリルドルフに勝つための道を抉じ開けにきたのだ。

 

「あの娘は貪欲に勝利を求めているわ。よっぽどトレーナー君のことが大事なのね。そういうのって応援したくなっちゃうでしょ?」

 

 トレンディドラマが大好きなマルゼンさんらしい反応だなと、エアグルーヴは思った。

 実態としては、トレンディというよりひと昔前の昼ドラみたいな様相を呈しているのだが。

 

「私だって大事に思っているテイオーのために心を鬼にして勝負を仕掛けたさ。だから、こちらの味方をしてくれても良いんじゃないかい?」

 

 まぁ私利私欲に塗れてないとは言えないがな、と内心考えながらルドルフはマルゼンスキーにボールを投げてみた。

 

「ごめんなさいルドルフ。私、ヤンデレは趣味じゃないの」

 

 豪快なフルスイングで打ち返された球が心にめり込み机に突っ伏すルドルフを横目に見ながら、エアグルーヴはマルゼンさんヤンデレって言葉知ってるんだなと、どうでもいいことを考えていた。

 

「私と戦って負けることが、あなたに有馬で勝つ切っ掛けになるかもしれない。だから、大人げないかもしれないけれど本気で勝ちにいくわ」

 

 普段浮かべている柔らかい笑顔を引き締めてマルゼンスキーは宣言した。

 そして、シンボリルドルフもまた友人との会話に用いる気軽さを引っ込めて告げた。

 

「そうか、分かったよ。()()君は私と違う道を選ぶんだね」

 

 今日初めて、シンボリルドルフは"皇帝"たる者としての圧を放った。

 もっとも、それは憎い敵に向けた攻撃的なものではなく、自分を優先してくれなかった友人への拗ねたような可愛らしさが含まれていたが。

 

「拗ねないの。それに下の娘達だって侮れないわよ。私がゴジラだとしたら、彼女たちはメーサー兵器とかスーパーエックスかもしれない。油断していると私だって足を掬われちゃうかも」

 

 さすがマルゼンさん、古い作品のことをよくご存じ……えっ、なんでデコピンの構えを取るんですか。いやゴジラは分かりやすい比喩表現であってですね、年代が昭和どうこうと言いたい訳ではぬわーっ!?

 

 

 

 

 

「うーん、凄いことになってるねぇ」

 

 トウカイテイオーとオグリキャップの併走。なにか事情があってのことだと思ったからルドルフに探りを入れにきたんだけど、こうなったか。

 

「アタシもルドルフと違う道を選んだ側だし、こっちに飛び火する前に退散しますかね」

 

 見知っているトウカイテイオーの事はともかく、そのトレーナーには随分と興味が湧いてきているのだが、身の安全には代えられまい。

 こうして謎のウマ娘はひっそりと姿を消すのだーとか考えながら生徒会室の扉から身を翻すと、目の前にヒトがいた。

 

「……扉に張り付いてなにをしていたのシービー?」

 

 不審というよりは純粋に疑問に思っている口ぶりで東条ハナはミスターシービーに尋ねた。

 

「おや、おハナさん奇遇だね。ルドルフになにか用事かい?」

 

 全く潜めていなかったシービーは、別に後ろ暗いこともないかと堂々と対応することにした。

 

「ええ、そうだけれど中は取り込んでるのかしら」

 

「そうみたいだけど話自体はすぐ終わりそうだったから大丈夫じゃないかな。そうだおハナさん。トウカイテイオーのトレーナーがどんなヒトか知ってる?」

 

「クズのクソガキよ」

 

 うわぁ、即答だ。

 苛烈な評価を下すおハナさんに戦慄すべきか、そんな評価をされるトレーナーの存在を問題視すべきか、自由人を自称するシービーでも割と真面目に悩んだ。

 

「興味があるなら会いに行ってみればいいじゃない。尻込みするような性格でもないでしょう」

 

 尻込み、尻込みと言ったか。

 やっちゃいけないことをやるのが大好きなこのアタシに対して。

 

「そりゃあもちろん。でもねおハナさん、人と人との出会いってのは縁なんだよ。無理矢理結びにいくのはアタシ的には違うんだよね」

 

 これだけ学園を騒がせているにも関わらず、アタシことミスターシービーと件のトレーナーは一度も出会ったことがなかった。

 これはもう御縁がなかったということであろう。

 

 逆にもしも縁ができたなら、ふかーく関わってみるのも面白いかもしれない。

 なにせルドルフとトウカイテイオーの因縁を生んだ主要因だ。

 相当にヘンテコなヒトに違いない。

 

「あらそう。ところで、今日はこのあと天気が崩れるらしいから早く帰るか傘を用意しておきなさい。それじゃ」

 

 そう言って、東条ハナは生徒会室へと入っていった。

 

「よく考えたらマルゼンさんとルドルフが微妙に仲違いしてるのってリギルの危機だよね」

 

 喧嘩という訳でもないが、あの二人がギスったりしたら学園全体が荒れるかもしれない。

 

「まぁ雨降って地固まるとも言うからね。……お、たしかにこれは雨が降りそうな空模様だ」

 

 黒い雲が空の青を覆っていくのを見ながら、少しだけ気分良く歩き出す。

 

「今日は濡れて帰ろっかなー」




マルゼンスキー、逃げ、地固め、アンスキ、グッときてchu、エアグルのチャンミ使用率、うっ、頭が……!
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