『マルゼンスキー、宝塚記念出走』
そのニュースは文字通り激震となって関係各所に衝撃を与えた。
URAやファンはなぜ今更になって?と首を傾げはしたものの、高い人気を誇るウマ娘が多くのレースに出走してくれるのならと歓迎ムード。
宝塚記念に出走予定だったウマ娘はオワタ、なんで今年に限って、マルゼンスキー襲来などと己の不幸を呪い、概ねFXで有り金を溶かしたみたいな顔になっている。
そして、原因が自分たちにあるとは露ほども考えていないクズと、まぁ何らかの関係はあるんだろうなと裏事情に見当をつけたトウカイテイオーの反応はなんとも微妙なものだった。
「マルゼンスキーねぇ。なんだってまたグランプリに出走してこようだなんて思ったのやら」
執務机のパソコンでレース関係の情報を漁ると、その話題で持ち切りだった。
個人的なイメージとしてはナウいイカしたチャンネー。
学生だというのは分かっているのだが、纏う雰囲気や抜群にスタイル良しなせいかもっと年上に思える。
何度か会話をしたこともあるが、年代としてはそれなりに上であるはずの自分と懐かしトークができるからか、どうにも年下であるという認識が薄い。
もしもスカウトできたなら、いろんな意味でウハウハだろうなというのが総合的な評価になるだろうか。
「レースで勝った負けた以上の意味がある相手じゃないもんね。どうせなら後方から仕掛けてくるシービーが出てきてくれたらよかったのに」
少なくとも、目の保養という意味ではテイオーの完敗だな。
「ボクとトレーナーって物凄く仲良くなったよね。今だって視線からなに考えてるのか全部分かっちゃうんだもん。で、辞世の句を詠む時間は何秒あげればいいかな?」
辞世の句なんて用意してないからあと七十年ほど待っていただけないだろうか。
「……宝塚記念が終わったらまた水着買いに行くか」
マルゼンスキーのスタイルに思いを馳せていたから、という訳でもないが梅雨が終われば夏が来る。
来年もプールに連れて行ってやるって約束してたからな。まぁ、スピカとの合宿があるから海になるかもしれんが。
ちなみに、大変悲しいことなのだがテイオーが昨年購入した水着はなんら問題なく今年も着用可能である。スリーサイズ・体重共に貫禄の増減なしだ。
「なにさその目は! 増量してるよ! ほんのちょっとだけどしてるからね!」
えぇ~、ほんとにござるかぁ~?
猛反論をされはするものの、成長期にも関わらずミリ単位しか増えないのはその、ね?
「今に見ててよね! デッカイのぶら下げて見返してやるから! ばいんばいんだよ!」
ふぇー、とってもマーベラスだね。
それにしてもデッカイのをぶら下げたテイオーかぁ。うーん、全然似合わないな。タッパも伸びればいい感じのバランスになるのかもしれないが、俺は今のサイズ感のテイオーが一番しっくり来る。
「なんにせよ新しい水着は買うとして、デザインは要相談な」
昨年の水着選定でもそれはもう熱いバトルが繰り広げられたのだ。
なぜか頑なにビキニ(それもブラジリアン)を購入すると主張を譲らないテイオーに仕方なく試着させてみたのだが、ぶっちゃけ犯罪臭しかしなかった。
色柄でなんとか元気で溌剌な面を押し出せないか試行錯誤もしたのだが、もしもしポリスメン案件になること請け合いだった。
流石に孫の水着写真を所持していた祖父が逮捕されたアメリカほどに日本の締め付けは厳しくないと思いたいが、任意同行を求められただけでも大問題である。
必死の説得の末、ビキニはビキニでもハイネックタイプを選ばせることに成功し、俺の社会的地位は保たれたのだ。
その際に捨て台詞として『来年成長して目に物見せてやる』と言われていたのだが、この分だと今年も来年も何一つとして心配はいらなさそうで一安心である。
「むぅー、まぁトレーナーが気に入るならそれでいいんだけど。そうだ、サイズはこれからの成長を見越してスカーレットくらいのにしようよ!」
やめなされやめなされ、(自分に)惨いことをするのはやめなされ。
せめてスペシャルウィーク……いやそれでも厳しいだろうな。
「それにしてもマックイーンは残念だったな。グランプリか秋天でリベンジできるかと思ってたんだが」
マルゼンスキーの宝塚出走と同時に伝えられたマックイーンの休養。
決して重い怪我ではなかったようだが、それでも年内のレースは見合わせるらしい。
ちょろっとスピカのトレーナーに話も聞いてみたのだが、療養以上にこれからのレースに向けて耐え得る下地を作り直す時間にしたいんだと。
なんていうか先を見据えてるって感じだよな。その場凌ぎに終始してる俺との差を実感してしまう。
「俺もお前になにかしてやれることがあればいいんだがなー」
オグリキャップとの併走を経て変化した走法も結局はテイオーが自己解決したようなものだ。
連れて来たのは俺だが、依頼を受けてくれた向こうさんの態度を見るに、理由を聞いた時点で無条件でOKしてくれたっぽいんだよな。
つまり大して役に立った訳でもないということだ。
「またそんなこと気にして。ボクはトレーナーが喋る案山子だったとしても文句言うつもりはないんだよ? というかあの後、財布は大丈夫だったの?」
「あー、あれな。キャッシュカードの利用限度額なんて適当に設定してたから使えなくなってびっくりしたわ」
結果こそ敗北だったものの、テイオーとしては大いに実りがあったらしい併走。
キタハラジョーンズは対価に飲み会しようぜ!とか言ってたが、一番の功労者であるオグリキャップに賃金未払いというのはいただけない。という訳で『一緒に晩飯でもいくか? 好きなもん奢るぞ』とサラリーマン的な社交辞令を伝えた訳だ。
そうして"悪魔"が顕現した。
オグリキャップは"怪物"ではなかった。
やつの真名は恐らくアバドンかベルゼブブであろう。
蝗の王とも呼ばれる食い潰す者、はたまた暴食の大罪を司る大悪魔である。
やつはその滅びを与える対象にトレセン学園近郊の焼肉屋を選んだ。
フグの刺身を見たことはあるだろうか。
円形の皿に綺麗に盛り付けられたそれを箸で一気に掬い上げて食す様をメディアでご覧になった事がある諸兄も多いと思われる。それがお高い焼肉屋で特上とか頭に付いてる肉で敢行された。
綿飴を食べたことはあるだろうか。
割り箸に巻かれたふわふわモコモコな砂糖菓子に齧り付いた幼少時の記憶が諸兄にもあるのではなかろうか。それがお高い焼肉屋のシャトーブリアンで敢行された。
肉塊に箸をぶっ刺して齧り付くワイルドさはなんとも男らしい。
流石にお行儀が悪いので注意したら普通の食べ方に戻ったが、あそこまで喜ばれるとは思わなかった。
歴代ウマ娘の中でも最上位に金を稼いでるであろうオグリキャップなのに、あまり良い飯を食わせてもらえてないのだろうか。
まさかキタハラジョーンズによる横領着服?
なんてこともなく、外食に誘われる機会が少ないからご一緒したのが嬉しかったらしい。
なんにせよ飯を美味そうに食べる奴は好感が持てるぜ。
「流石に三桁万円はいかなかったけど、あれを迂闊に飯に誘えないってのは同意しちまうな」
食い溜めようという腹積もりでもなかったろうに、一食分であの量だというのだから恐ろしい。
「あれだけ食べればスタミナも付くのかもね。スペちゃんも量を食べるし、ボクも一考の余地ありかなぁ」
身軽さが売りのテイオーにあの食事量はどうかと思うがな。トレーニング量からいってカロリー自体は問題なく消化できるだろうけど。
……ところでなぜ胸部を持ち上げながら思案しているんだい?
「そう言えば相談室の方はどう? 生徒会から変なことされてない?」
変なことって何よ。これでも俺は口八丁手八丁とそれなりの学力でもってここまで生きてきた男だ。小娘どもに遅れは取らんよ。
いやまぁ物理でこられたら手も足も出ずに降伏するしかないんですけどね。ウマ娘に人間が勝てるわけがない。
俺たちヒト男は猛獣がうろつくトレセン学園という名のサバンナに住む豚に等しいのだ。
「特に干渉されたりはしてないな。エアグルーヴから予定表みたいなもんは渡されるが、それ以外はなにもない」
なにやらテイオーのトレーナーである俺にも多少の執着があるらしいルドルフなんて、仕事を任せたことへの挨拶を一度されたくらいでそれ以降は会話すらない。俺の身柄が仮預かり状態だから距離を保っているのかもしれないな。
ちなみにクッソ重たい相談案件は一日に一人しか来ないように調整しているらしい。それでも週に数回の相談室に毎回誰かしらが途切れずやって来るってんだから世知辛い。
「ならいいんだけどさ。少しでも予兆を感じたり、なにかされそうになったらすぐにボクに言うんだよ? それか大きな声を出すこと」
なぜに俺は女学生から変質者に付きまとわれた時の対処法をレクチャーされているのだ。
それは成人男性であるこちらが女性に注意すべき事項であろう。
もしかしてこの世界はなにかおかしいのではないか?
俺の灰色の脳細胞が世界の真理に手をかけたようとした時、部屋のドアがノックされた。
「マルゼンスキーですけど、いまお時間いいかしら」
噂をすれば影が差す。
毎回投票はされても宝塚記念に出てこなかったウマ娘の謎出走。そのご本人がこのタイミングで何の用だというのか。
「……カチコミか?」
「さすがにそこまでバイオレンスじゃないでしょ。宣戦布告に来たんじゃない?」
だとしたら出走予定のウマ娘全員のとこを回っているんだろうか。まぁ、普通のウマ娘達にとってはグランプリの一着が絶望的になったんだから謝罪案件と言っても過言ではないか。
「あのー、返事がないけど入っても大丈夫かしら? もしかしてこれ居留守使われてる?」
ドア越しに聞こえる声が悲しげなトーンに変わる。居留守してもよかったんだが、ウマ娘って耳もいいから部屋に居るのは確信してるよなぁ。
いや、いっそ態と居留守して精神攻撃を行うことで宝塚を有利に戦えるか?
「……はぁ、入ってきていいぞ」
念のためテイオーに目配せすると、問題なさそうに頷いたので入室を促す。ウマ娘の悩み相談に乗ってるせいか、この辺の対応が甘くなりがちだな。俺は私欲優先の悪い大人だったはずなんだが。
「それじゃ。お邪魔するわね」
ほっとしたような声が聞こえ、ドアが開かれた。
邪魔するんやったら帰ってーって定番やった方がいいんだろうか。タマモクロスじゃないんだからやめとくか。
「いったい何の用なんだ。お前って生徒会側だろ」
入ってきたマルゼンスキーの表情はニコニコ笑顔。特に剣吞な様子もなく普段通りのように思える。しかし、よく考えるとこいつはルドルフの側近みたいな立ち位置にいる奴だし、テイオーが生徒会室に乗り込んだときも居合わせたらしいから内部事情も知っているはずだ。
ルドルフとの勝負は年末の有馬だが、それを待たずしてコチラを叩くために送り込まれてきた刺客という可能性だってあるよな。
「あら、私は中立よ。今回の出走も私の意思であってルドルフに命令されたりした訳でもないわ」
じゃあなんで出るんだよ。大人しくドリームトロフィー・リーグで怪獣大戦争しておけよ。
「互いの譲れない目的のためにぶつかり合う二人。でも、今のままでは対等な勝負とはいかないわ。そこに現れた新たなウマ娘。彼女はより良い未来を迎えるために敢えて壁として立ちはだかるの。どう、トレンディでしょ!」
「お前の趣味かよ。被害のデカさがシャレにならねーんだけど」
そんな事のために何度出走できるかも分からないグランプリを荒らされるウマ娘が不憫なんだが。
「大事なことなのよ。一緒に走るウマ娘ちゃん達には申し訳ないと思わないでもないけれど、どちらにしろ私に怖気づいているようじゃダメよ」
いや"怪物"に怖気づくのは正常な感性だろ。
「……ねぇ、さっきから随分と仲良さそうに会話してるけどさ、結局なにしに来たの? 用が済んだのなら帰ってほしいんだけど」
おお、そう言えばコイツの趣味で出走するってだけなら此処に来る必要はないよな。
「あら、そうだったわね。此処に来たのはテイオーちゃんに全力で走ってほしいからなの」
そう言ったマルゼンスキーは何故かテイオーではなく、執務机のイスに腰かけている俺に近づいてきた。
「別に言われなくても手を抜く気なんてないし、負けてあげるつもりもないけど」
その行動を訝しむように見ながらテイオーが答えを返す。
他のウマ娘はどうか知らんがこっちは"皇帝"をボコす予定があるのだ。"怪物"に怯えてなんていられないからな。
「うふふ、嬉しいわ。けれど、それだけじゃ足りないの。だからこれは私なりの宣戦布告」
執務机の前まで来たマルゼンスキーは前かがみになり、俺の目を見ながらこう言った。
ってか、顔が近いんだけどっ!
「あなたに私が先頭を走るとこ、魅せるわね(はーと)」
ブチリッと、俺は確かに破裂音を聞いた。
神経か、血管か、はたまた堪忍袋の緒か。
対戦相手であるテイオーに視線どころか意識すら向けず、されどこれ以上はないと言い切れるほど効果的に喧嘩を売った。
「ぶっ潰す!!」
めっちゃ顔がいいなとか、目が綺麗だなとか、なんか良い匂いがするなーという夢心地から一気に現実に引き戻される怒気の籠った声。
阪神レース場に一足早い嵐が吹き荒れることが確定した瞬間である。
……あとテイオー、流石にその言葉遣いは汚いからやめなさい。
トレセン学園にて煽り技能は必須。
マルゼンスキーの勝利セリフは普通に『見せる』な気もするが煽ってる故仕方なし。
宝塚までに後もう一話挟むよ。テイオーの機嫌がもっと悪くなるよ。
……調べたらテイオーのバストってウオッカよりもデカいのか。
身長も考慮すると小柄なだけでスタイルグンバツなのか?