今日で残弾が尽きたので明日の投稿はないです。
『おかあちゃんから送られてくるニンジンの仕送りが減ったんです。これってネグレクトなんでしょうか』
違うんじゃないか。そうだな、まずは体重計に乗って目盛が示した数値についてトレーナーと話し合うといい。
きっと、仕送りの量なんて目じゃないほどに食事量を制限させられるだろうから。
『トレーナーちゃんがね、マヤのこと子供扱いするの。やっぱり色気が足りないのかな。どうすればいいと思う?』
そうだな、気持ちは分かるがトレーナーの立場も考えてやるといい。誰だってブタ箱で臭い飯は食べたくないからな。
それに男が誰しも色気に女性的な魅力を感じているとは限らない。家庭的だったり、気安い関係を好む奴もいるだろう。
なにより、お前のことを担当としてスカウトしたってことはすでに首ったけだ。焦る必要はないさ。
それと、ここは匿名相談室だから名前は言わないようにな?
『マーベラスな物を探しているんだけど、どこにあるかな?』
さぁ?体育館の裏とか掘ったらなにか出土するんじゃね?
『同室の子があまり私のことを頼ってくれないんです。母親のように思って甘えてくれていいって言ってるのに』
同室ってことは少なくとも中学生だろ?難しい年頃だし、干渉されるほど反発しちまうんじゃないか。
お節介に思われない小さいとこから徐々に詰めていくといいと思うぞ。それに、相手も内心は感謝してんじゃないかな。
まぁ、頑張って子離れ?しような。
『観客に見られると、どうしても体が強張って思うように動けなくなるんです。こんな自分が情けなくって。なにかコツとかってあるんでしょうか』
うーん、俺の担当してるウマ娘は歓声とか全部自分の力に変換できるタイプだからなぁ。
よく観客はジャガイモと思えって言うよな。ウマ娘なら奇声をあげるニンジンが陳列されてると思うとか。
……いや、奇声をあげてたらそれは最早野菜ではなくマンドラゴラか。
まぁ、周りの声なんて無責任なもんだ。勝てた理由として謙遜に使うならともかく、負けそうになってまで気にするほどのもんじゃない。
鋼の意思でスルーすることを推奨する。
『GⅠを獲るのが夢なんです……。でも、あなたはダート向きだって言われて。やっぱりターフじゃないと意味ないって思っちゃって。なのに結果は付いてこなくて。向いてるからってダートに逃げたくないんです』
そうか。気持ちはよく分かるよ。
栄誉、観客動員数、賞金とどれを見ても日本では芝が上ってのは否定のしようがない。
けどな、それは周りの連中から与えられるもんの話だ。芝にもダートにも、其処で本気になって走ったやつにしか得られないもんがあって、その価値はどちらにも変わりない。
それに逃げるってことが必ずしも悪い事とは限らない。人生ってのは楽しんだもん勝ちだ。逃げた先に楽しみが見つかるかもしれないなら、試さない方がバカだろ。芝に戻ってこれない訳じゃないんだ。一度、チャレンジしてみたらどうだ?
■
「思ったよりも雨脚が強いな」
宝塚記念を目前に控えた六月。
関東も本格的に梅雨入りし、雨の降らない日のほうが少数派になってしまった。
まったく、濡れると不快だから雨は嫌いなんだが。
「……ん? おいおい、マジかよ。あれって幽霊か?」
どうでもいい悩みとクソ重い悩みの寒暖差で体調が悪くなりそうな相談室を終えた帰り道。
さっさと寮に帰ってシャワーを浴びようと正門へと歩いていくと、並んでいる街灯の下に誰かが立っていた。
それだけなら別に気にすることでもないのだが、そいつは傘もささずに全身をびしょ濡れにしている。背を向けているから顔は見えないが、頭上に出ている耳からしてウマ娘。濡れた腰まで届きそうな長髪と腰から垂れている尻尾が一体となって、黒い謎の物体が浮いているのかと思って悲鳴が出そうになったわ。
怪談話の定番は夏だろ。フライングして出てんじゃねーよ。
「そんな訳ないか。……待ち合わせをすっぽかされて、傘も忘れてたとか?」
自分で言っておいてなんだが、流石にないだろ。
携帯端末がない時代って訳でもないんだから連絡を取ればいいし、屋根のないところに留まる理由がない。
無視して通り過ぎてもいいんだが、レースで負けて思い詰めてるとかだったらどうしよう。
そうじゃないにしても、あの濡れた状態のまま寮に帰ったりしたら絶対に風邪ひくぞ。
「はぁ……。貧乏くじ引いたかも」
見てしまった以上、なかったことにはできない。
そう考え、傘を貸そうと近づいた。
職員とか大人の義務として、なんて考えではない。
寮に帰って風呂入って飯食って布団に入る。その間、あの変な奴は寒さで風邪引いてんじゃないかと頭の中をチラつくなんざ御免被りたいからだ。
「おい、寮の門限が近いぞ。この傘を貸してやるからさっさと帰れ」
そう声を掛けると、振り向いたウマ娘の綺麗な碧色の瞳が俺を捉えた。
「やぁ、いい雨だね。こんな日に傘をさして歩くだなんて、勿体ないと思わないかい?」
「全く思わない。アホなこと言ってないでこの傘を使って帰れ」
なに言ってんだコイツ。思春期特有の中二的な病か?
「言葉の割には優しいんだね」
そういう妙な勘違いされると背中が痒くなるからやめてほしいんだよな。
「お前のためじゃねーよ。ここでお前を見て見ぬふりをして帰ると俺は楽しくない思いをすることになる。それが嫌なだけだ」
「へぇ……! そう、楽しくなくなるんだ」
さっきからよく分からん反応をする奴だな。なんか引っかかる部分あったか?
「傘、要らないって断るつもりだったんだ。気持ちは嬉しいけれど、アタシにとっては邪魔でしかなかったからね。けれど、断ると君が楽しくない思いをするというのなら話は別さ」
邪魔って……もしかして雨に濡れるのが趣味の変態か?
「アタシは今、自分の楽しさを優先して他者の楽しさを奪うか決断しなければいけない訳だ。まさしく降って湧いた悩みだけれど、これは悩ましいね」
いや、変態さんと分かっていれば関わらなかったので、もう帰らせてもらえませんか。
「ううむ、どうするべきか。……うん、これでいこう!」
そう勝手に納得した目の前の変態は、傘に押し入って俺と自分の腕を絡ませてきた。
「傘を借りるのではなく、一緒に入って寮に送ってもらう。私は濡れる気持ちよさを味わえないけれど、その補填として君が楽しい話を聞かせる。うん、パーフェクトだ」
さぁ、それじゃあ束の間の散歩を楽しもうじゃないか。ミスター・トレーナー君。
そう言ってコチラを見てくる変態に、俺は心底から辟易していた。
引っ付かれた腕からすごい勢いで水が染みてきているし、コイツを寮に送るために遠回りする必要がある。しかも楽しい話を聞かせろだと。
全力で拒否させていただきたいのだが、ここで置いていくとやっぱり楽しくない。
今日はたぶん、厄日だ。
「決めた。今後、雨に濡れてるのに慌てる様子もない奴には、絶対に自分から関わらねえ」
「ふふ、やってはいけないこと、タブーを犯すことほど気持ちのいいことはないものさ。君も一度試してみるといい。ところで君、誰を担当してるトレーナーだい?」
一つの傘に二人で入ること自体、効率悪すぎて俺的にはタブーなんだが。
変な奴に絡んじまったもんだと後悔したが、帰るまでの暇つぶしだと諦めて質問に答えた。
「トウカイテイオー」
むしろお前はどこの誰なんだよ。帽子にデカデカとCBって飾りが付いてるが、もしかしてバイクが好きらしいウオッカか。
「へぇ、君だったのか。運命的なものを感じるね」
どこにだよ。変なウマ娘に服をびしょ濡れにされるのが俺の運命なの?
「もしかしてだけど、アタシのこと知らなかったりする?」
なんか見たことあるような気もするけど、俺って普段付き合いのない奴の顔と名前を覚えるのが苦手なんだよな。
「なんだ、有名人だったのか? お子様なウマ娘が知り合いに多いのは事実だが、雨に濡れてはしゃぐガキに覚えはねーよ」
テイオーにマヤノにマーベラス。お子様ばっかだ。
俺が男としてお近づきになりたいのは女帝とかマルゼンなのにどっちも敵対関係だよ……。
「あはは、そうなんだ! いやぁ、今日は濡れて帰ろうと決めて正解だったよ。やはり非日常にこそ、新たな楽しみというのは潜んでいるものなんだね」
俺はなんも楽しくねーよ。無視してもダメ、関わってもダメとか詰んでるじゃん。
「とはいえ、知ってもらえてないというのは少し悲しいね。だから、自己紹介させてもらうよ。アタシはミスターシービー。楽しいことが大好きなウマ娘さ」
ミスターシービー。その名前は……。
「女性なのにミスター?」
どういう意図で命名したんだ三女神。
「あはははははっ! 気にするのそこなんだ!」
えっ、なに急に爆笑しだしたんだコイツ。怖いんだけど。
「ははは、ふふっ……。いやぁ笑わせてもらったよ。傘の件と合わせて、なにかお礼をしないとね」
お礼とか要らないから今すぐ離れてくれないだろうか。傘はあげるから。
「アタシは楽しいこと優先の快楽主義者だけど、それなりに義理堅くもあるんだ。期待してくれていいよ、ミスター・トレーナー君」
そのあともよく分からん話をしながら寮に送り届けたあと、ふと思い出した。
「あっ、ミスターシービーってルドルフと同じ三冠ウマ娘か」
寮に入っていくシービーを見送っていると、入り口でルドルフが待っているのが見えたがそういう繋がりか。
あのヘンテコがテイオーでも届かなかった三冠達成者とは、世の中分からんもんだな。
■
そんなこんながあった翌日、悩み相談の担当ではない日もまた穏やかとはいかない状況が続いていた。
「トレーナーっ! もう一本いくよ!」
マルゼンスキーが部屋を訪れて以降、テイオーはやる気が天井破りしている。
……もっとも、好調不調というよりは怒髪冠を衝いた結果ぶち破っているような状態なのだが。
「なーにが先頭を走るとこ魅せてあげるさ! それをトレーナーに言っていいのはボクだけだろ! どこのウマの骨……かは知ってるけど、余所者が出しゃばってさぁ!」
誰憚ることなく大音量で文句を垂れ流しながら爆走する様は控え目に言って超怖い。
全身から炎が立ち昇っている気さえする。
「……はぁ。今の状態のテイオーと併走してくれる相手、誰かいるかなぁ」
頼みのマックイーンが怪我で療養。オグリやスペシャルウィークはドリームトロフィーを想定した調整だからシニア級とはスケジュールが合わないタイミングも多い。
「そんなミスター・トレーナー君に朗報だ。此処に暇を持て余したそれなりの実力を持つウマ娘ちゃんが一人いるんだ」
いきなり背後から囁かれた言葉に、ぶるりと体が震えた。
「うひゃあっ! 息を耳元に吹き掛けるな!」
飛び跳ねるように身を離して振り向くと、昨日遭遇した腕に纏わりつくタイプの子泣き爺(女)がいた。
「あははっ、いい反応するね。からかい甲斐のあるヒトは好きだよ」
俺は自分をからかってくる奴は女子供だろうが三冠ウマ娘だろうが容赦しないけどな。
「なんの用だよ……ってさっきの言葉はどういう意味だ」
「そのまんまさ。併走相手を探していると耳に挟んでね。昨日のお礼も兼ねて、アタシなんてどうかな?」
その泰然とした立ち姿にはシンボリルドルフと同じ漲るような自信を感じる。だが、アイツのような厳かな威圧感はなく、掴み所のない印象もある。
なんとも言葉に表しづらい不思議な雰囲気のやつだ。
「ねぇ、トレーナー。昨日のお礼ってなんのこと?」
うおっ、テイオーさんいつの間にこんな近くまで戻って来てたんですか?
気配を感じさせず瞬間移動したかのように俺の隣に立つテイオーの目には、盛大に非難と疑惑の色が含まれていた。
「いや、大したことじゃないんだが、傘を忘れてたコイツを一緒に入れてや……」
「アタシが雨に打たれて肌寒い思いをしていると、そっと傘を差しだしてくれたのさ。いやぁ、雨が肌を伝う感覚を味わいながらの散歩も楽しいものだけど、身を寄せ合って触れた人肌の温もりを感じる相合傘の散歩も良いものだね」
そっと傘を差しだしてもないし、身を寄せ合ったんじゃなくてそっちが勝手に引っ付いてきたんだろ。
歩きづらいわ、半身がびちょびちょに濡れるわで大変だったんだからな。
「……ふぅん。梅雨なんだから普通は折り畳み傘くらい持つはずだけど、抜けてるのかな。それとも年のせいで物忘れが激しくなっちゃった?」
マルゼンに言ったらタダじゃ済まない発言が聞こえた気がするが、聞き間違いだろうか。
「あはは、これは手厳しい。でもさ、このお礼は君たちにとっても良い経験になるんじゃないかな。君が届かなかった三冠を成し遂げたウマ娘と走る経験はさ」
確かに。ルドルフと同じ三冠ウマ娘との併走はまたとない好機だ。タダだと言うのなら、是非ともお願いしたい。
「へぇ……。まぁ、そうかもね。七冠ウマ娘にしてミスターシービーを完膚なきまでに叩き潰したシンボリルドルフに挑むんだもん。ここで躓いているようじゃ、お話にならないもんね」
あの、トウカイテイオーさん?さっきから言葉に棘が多くありませんか?
「言うねぇ。これでも人気ならルドルフに負けてないのだけど」
あー、なんだっけ。俺もレースの録画映像見たことあるわ。すごい劇的な勝ち方が多いんだよな。
「人気投票で勝ち負け決めたいなら、レースから引退してアイドルにでもなれば? もうロートルなんだから体力も追いつかないでしょ」
「ふふふ、ルドルフの後継と目されているウマ娘が面白いトレーナーと組んでるって聞いてたから気にはなっていたんだけど、予想以上だね。それで、併走はどうしようか。アタシは去る者は追わないタチだからね。逃げるのも君たちの自由さ」
「望むところだよ。ギタギタにしてやる」
上から睨め付けるように見下ろすシービーと、下からメンチを切るようにガンつけるテイオー。
君たちって知り合いなんだっけ?
まだここで会って一分も経ってないのに、なんでそんなに喧嘩腰なの?
「おい、勝負じゃなくてトレーニングだからな? 二人とも、そこんとこ忘れないでよ?」
アオハル的に表現するなら『ミスターシービーがチームに加わった!』
なお爆発するのはアオハル魂ではなくテイオーのご機嫌な模様。