サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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強襲Ⅰ

「あの娘を解放してくださいっ!」

 

 じめじめとした梅雨の時期。不快指数爆上がりだが、エアコンのある部屋でゆったりと雨音を聞いている分には悪くない。

 

 そんな静寂を気分よく楽しんでいたというのに、ぶち壊しにしやがって。

 

「まーたアンタか。いい加減しつこいんだよ」

 

 鬼の形相で部屋に乗り込んで来たのは、トウカイテイオーの元トレーナーだ。

 

「何度だって来ます! あなたなんかに任せていたら、あの娘の未来が潰えてしまう!」

 

 清楚そうな面してる癖に煩い女だ。そんなだと男にモテないぞ。

 

「解放もなにも束縛なんてしてねーよ。俺とアイツが結んでいるのは対等な契約。テイオーが嫌だって言ってるならともかく、なんで他人に言われなきゃならねーんだよ」

 

 テイオーと菊花賞への出走を止めないという条件で結んだトレーナー契約。それを知ってからというもの、毎日のように部屋に突撃してくる。

 

「あの娘にとって、今が一番大切な時期なんです。菊花賞を諦めることが辛くとも、その先に飛躍がある。目先のレースに囚われて無理をさせてはいけないんです!」

 

 立派なご高説だこと。実際、間違ってもいないんだろうけど、残念ながら俺には何も響かない。

 

「アイツのあるかも知れない未来なんて知ったことじゃねーよ。止めたかったら本人に言えばいいだろうが。なぁ? 故障した担当ウマ娘を見捨てた元トレーナーさん?」

 

「……っ!」

 

 おーおー、綺麗な顔を歪ませちゃってまあ。

 でも言えるわけないよなぁ? 

 契約を解除して菊花賞を諦めさせて、担当外になってまで口出しするなんて恥知らずにもほどがある。

 

「私がどんな思いでこの選択をしたと思っているの!」

 

 だから知らねーって。

 俺が考えてるのは何時だって自分の得になることだ。

 その得を生み出してくれるテイオーのことはちょこっとだけ考えてやらんでもないけどな。

 

 ……とはいえ、毎日来られるとウザったいのは事実だ。方針くらいは話しておくか。

 

「心配しなくてもアイツは菊花賞に出られねーよ。怪我が完治する見込みがないんだ。URAからお断りされてそれで終いだ」

 

 骨折してすぐに療養していればギリギリ分からなかったのかもしれないが、暴れて悪化させたのがいけなかった。

 

 勝敗はともかく、医師からの診断書もなく最低限の走る形すら保てないようでは運営側も出走を許可できない。そして、菊花賞までにそこまで持っていくには時間が足りない。

 

 俺としては金蔓が長持ちしてくれるなら万々歳。そういう意味では、目の前のコイツには感謝しないとな。

 

「そこまで分かっていて菊花賞を餌にあの娘に近づいたんですか!? どこまで人の道を外れれば気が済むんです!」 

 

 声がデカすぎて耳がキンキンする。これがヒステリックというやつか。やーねぇホント。

 

「そっちこそ偉そうに上から物を言ってんなよ。ガキに夢も見せてやれない大人が正しさを振りかざしてんじゃねーよ。死にそうな目をして俯いてたアイツを放っておくことが、テメェの言う人の道だってのか?」

 

 どういう意図があって契約解除にまで踏み切ったのかは分からない。断腸の思いがあったことも想像に難くない。だが、俺にとっては鴨がネギ背負って歩いてたようなもんだ。食べない選択肢なんざあり得ない。

 

「人でなしのクズ! どんな手を使ってでもあの娘から引き離してやる!」

 

 自分がテイオーにやったことを棚に上げて酷い言い様である。

 

「そんなことして大丈夫かぁ? 俺は夢を絶たれて失意に沈んでいたアイツが唯一縋れた存在だぞ。自分を捨てた奴が後任まで失脚させたなんてことになったら、果たしてアイツの精神は持つのかねぇ?」

 

 どれだけ言い募ろうが、テイオーがこちらの手の内にある以上は強硬手段には出られない。例え真正のクズであろうとも、救いの手を差し伸べたのは俺なのだ。その事実は変えられない。

 

「くっ……。なんであの娘がこんな目にっ!」

 

 諦めて指を咥えて見ているといいさ。心配せずとも大切な商売道具だ。せいぜい長持ちするよう手入れはしっかりしてやるさ。

 

「このっ……!」

 

 怒りのメーターが振り切れたのだろう。女が手を振り上げた。

 これで暴力に訴えてくれれば、コイツの弱みも握れて一石二鳥だな。

 

「なにしてるの……」

 

 ふと、部屋の入り口から声が掛かった。

 

 ちっ。いつの間にか放課後になってたか。タイミングの悪いことだ。

 

「あっ、テイオー……」

 

 はっとしたように腕を下した女を見つつ、さてどうするかと考える。

 ふむ。弱みは握れなかったが、突撃してくるのを止めさせるにはちょうど良かったか。

 

「テイオー、話が終わったら俺も向かうから、先に着替えてトレーニングルームに行っておけ」

 

 俺にとって逆転の目であるテイオーを部屋から離そうとする行為に、女は目を瞬かせていた。

 

 全く、察しの悪い女だ。

 

「嫌だよっ! どうせ菊花賞のこと言われてたんでしょ! これはボクとトレーナーの問題なんだから、関係ない奴は出ていってよ!」

 

 悲鳴を上げるように叫ぶテイオー。その声音に込められた悲痛さに、女の顔が今までにないほどグシャリと歪んだ。

 

「そう言ってやるなよ。コイツだってお前のことを心配してんのさ」

 

 ぷくく……。ダメだ、笑いを堪えるのがキツい。まだだ、もう少し耐えろ俺。

 

「あなたっ、わざと!」

 

 そりゃそうだろ。俺がお前の味方をするわけがない。テイオー本人から拒絶させるためだ。

 

「心配ならなんでボクを見捨てたのさ! 今さら関わり合いを持つようなことしないでよ! 惨めなボクを見て楽しんでるんでしょ!」

 

 テイオーの未来を憂いて決断したやつがこの仕打ちで、俺がテイオーのパートナーやってるんだから世の中間違ってるよなー。

 

「テイオー、私はあなたのことを……」

 

「出ていってよ! もうこの部屋には来ないで!」

 

 勝った。

 

「このままじゃ埒が明かないな。テイオー、トレーニングルームに行こう。アンタは落ち着いたら部屋から出ていってくれればいいさ」

 

 拒絶されたショックで放心している女を放って、テイオーを連れて部屋を出る。

 

 これでもう部屋に来ることはなくなるだろ。今度こそテイオーがぶち切れるだろうからな。

 

「……あのヒトの言うこと、聞いたりしないよね?」

 

 部屋を出て廊下を歩いていると、テイオーが不安気にこちらを見上げてくる。

 

 またもや信頼度アップイベントが来たか。

 

「ああ、もちろんだ。周りの連中の言うことに耳を傾ける気があるなら、最初からお前と組もうとはしないよ」

 

 そう言って頭を撫でてやると、安心したように顔をふにゃらせた。

 

 チョロくて可愛い。

 

 こうなってしまえば、もはや学園も余計な口出しはできまい。

 

 どれだけ裏が見え隠れしていようと、俺はただ担当ウマ娘の目標を応援しているだけだ。それを邪推して強引に引き離したとなれば、トレセン学園の理念そのものに罅が入る。

 

 学園の意向でどうとでも引き離せる仮初の関係なのか、とな。

 

 あと警戒すべきはルドルフくらいか。だが、皇帝と呼ばれてようと所詮は学生の小娘。テイオーがこちら側にいる以上、如何様にでもできる。

 

「テイオー、リハビリのメニューを一通りこなしたら外に飯食べに行くか」

 

「……うん。また人参ハンバーグが食べたいな」

 

 ふっ、パーフェクトコミュニケーション。 




ここがシングレ時空ならルドルフに処されたと思う。

〇トウカイテイオー
ギプスが取れてリハビリに精を出している。
食事が喉を通らない状態だったが、トレーナーや級友と一緒なら食べられるようになった。
一人ではまだ無理。
目のハイライト君は家出仲間のパーマーのとこに居候してる。
骨折はやたらと順調に回復中。
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