サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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女トレとクズの関係=トムとジェリー。
テイオーはチーズのポジション。


たぶん間が悪かった

 連れ立って部屋から出て行く二人を、ただ眺めていることしかできなかった。

 

 あの娘のためを思っての決断だったのも嘘じゃない。

 

『ウマ娘がレースで勝っても負けても最高の笑顔を浮かべられるよう支える』

 

 その信念を持って、トレセン学園の門をくぐった。

 幾人かの育成を経て、トウカイテイオーという才能に巡り合えたのは人生の中でも有数の幸運だったのだろう。

 

 菊花賞と無敗の三冠ウマ娘に掛ける想いの大きさもよく知っている。

 だが、それを成したとしても道半ばだ。彼女の目標であるシンボリルドルフはその先にいる。

 それに、絶対を体現してみせた"皇帝"ではあるが、挑戦者に自分と同様の実績を求めている訳ではない。

 無敗の二冠でも既に十分。シニア級で然るべき結果を出せば自ずと決戦の日はやってくる。

 

 だからこそ、今は焦る時ではない。

 トウカイテイオーという才能を支えるだけの肉体を作るには時間が必要。

 それが、今回の骨折で得た私の知見だ。

 もう私は傍に居てあげられないけれど、信頼できるトレーナーに任せるつもりだった。

 あの娘なら、三冠を戴かずとも最強を証明できるという確信があった。

 

「私は、どうすればよかったの……」

 

 本当は分かっている。

 誰かに任せるのではなく、自分が決断すべきだった。

 あの日の選択は自分の弱さが生んだものだ。

 

 骨折と診断されても菊花賞を諦められないテイオーを諫め宥めた。きっと分かってくれると信じて何度も話し合った。

 

 けれど、自分の中にも確かにあるのだ。テイオーを菊花賞に出したい。育てたウマ娘が栄光を掴む姿を見たいという欲求が。

 

 その想いは日に日に強くなっていった。私もテイオーも世間も、誰も彼もが無敗の三冠を望んでいる。

 

 ならば、なぜ我慢する必要がある。

 結果は出ないかもしれないが、やってみる価値はある。出れば怪我が悪化するとも決まっていないのだ。

 そんな根拠のない肯定の言葉が、心の裡から湧き上がってくる。

 

 ……私は、怖くなったんだ。

 

 自分の心の声とテイオーの悲痛な訴えに負けそうになっていることが。

 

 理性と知識が否定している。

 菊花賞の勝利は不可能で、怪我の悪化や再発の可能性を大きく高める。

 ウマ娘のためを想うのなら、心を鬼にして断固として出走は見送らせるべきなのだ。

 

 それでも、内から湧く都合の良い言葉とテイオーからの嘆願は止まらない。

 

 信念が揺れるのが分かった。

 目先の栄光と未来の飛躍。ウマ娘の意思と現実的なリスク。

 あの娘が心からの笑顔を浮かべられるのは、いったいどちらの選択なのか。

 揺れて、揺れて、揺れて、そのまま倒れて砕けそうになって。

 

『テイオー、あなたとの契約を解除する。……学園の承認も得ているわ』

 

 菊花賞を諦めさせるという大義名分のもと、私はあの娘から逃げたのだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「今すぐにあのクズとテイオーを引き離してくださいっ!!」

 

 とまぁ、あの娘から逃げてしまった私だが、それはそれとしてあの男がテイオーの傍に居るのは許せない。

 テイオーから更に拒絶される事態になるかもしれないが、もう逃げたりはしない。

 あれは害にしかならないタイプの男だ。テイオーを育てるのにも実力不足。なんとしても魔の手から救い出さなければ。

 

「吃驚ッ! もう少し音量を下げてくれないだろうか。鼓膜が破けそうなのだが」

 

「なに暢気なことを言っているんですか! この瞬間にもテイオーがあの男の毒牙にかかっているかもしれないというのに!」

 

「お、落ち着いてください! お二人は学園のトレーニングルームにいるのですから、そんな事態になるわけがありません」

 

あなたまで何を言っているんですか駿川さん!

 

「男なんてウマ娘を常にいやらしい目で見ているに決まっています! きっと今もリハビリで汗を流しているテイオーに邪な視線を向けて匂いを堪能しているに違いありません!」

 

 あぁ、そこは本来は私の居場所だったのに。このままでは怒りのあまりあの男を殺してしまうかもしれない。

 

「静聴ッ! あのトレーナーは良くない評判も多いがウマ娘に無体なことはしないっ! 契約の件についてはこちらでも動いてみたが、当人たちに解約の意志がない以上はどうにもできん」

 

 そんな……。

 それは本当なの?

 

「トウカイテイオーさんに改めて確認を取りました。互いに望んでの契約で不利な条件を付けられたりはしていません。その後の育成も至って標準的な内容で良くも悪くも口を出し辛いですね」

 

「しかし、テイオーには一時的なスカウト禁止令が出ていたはずです! ……あの男には意図的に伝えていませんでしたが」

 

 私がテイオーのトレーナーを辞したとしても、早々に他の者が就いてしまえば意味がない。

 だから、一時的にスカウト禁止の処置がとられた。

 当時はテイオーが精神的に不安定で癇癪を起したこともあり、この件について異論を挟んだ者はいなかった。

 

 もっとも、癇癪が原因で骨折が悪化したことが分かり、菊花賞の出走が実質不可能になったため、禁止令自体は短期間で解除されたのだが。

 

「それが、その……なんの偶然か解除されたその日にスカウトが行われたようで。禁止令のことを彼は最後まで知らなかったようなので、本当に運命の悪戯としか言えません」

 

「運命の悪戯!? そんなことであの娘の人生がクズに弄ばれるというんですか! すぐにバ脚を現すに決まっています! ライセンスを剥奪して学園から追い出すべきです!」

 

 テイオーは純粋で素直で無垢なのだ。あんな他者を利用して甘い蜜を啜りたいだけの男と一緒にいたら搾取されるだけだ。

 

「性急ッ! 些か彼への評価が穿ちすぎている。学生を指導する身として不適切な行動はあるが、最低限のルールは守っている。それに指導の巧みさはともかく、ウマ娘たちからの評判は決して悪くはない」

 

 ……そうなのだ。本当に、ほんとーに不思議なのだが、あの男はウマ娘たちからはあまり嫌われていない。自分のレース人生を託すには不足と判断されることは多いが、プライベートで一緒に過ごす分には問題なしという判定を下されているのだ。

 

「くっ。こうなったら私の体を餌として差し出して、喰いついたところを暴行の冤罪にしてブタ箱にぶち込むしか……!」

 

「り、理事長室で犯罪を企てるのは止めてください!」

 

 止めないでください!

 私はもう逃げない。大和撫子として不退転の覚悟を決めたのです!

 

「グラスワンダーさんに怒られますよ!?」

 

「前提ッ! 彼女の怪我が菊花賞までに回復することはない。彼もそれを分かっている。ウマ娘に見合う力量がないのであれば自然と契約解除に至るもの。それを待っていればよいのでは?」

 

 それだとテイオーが不埒な目に遭うかもしれないでしょ!

 

「杞憂ッ! 私も彼とはときどき行動を共にするが、幼い見た目の者に興味がないことは分かっている! 身の安全については保証されている」

 

「そもそも、人格面に問題がある方がライセンスを取得できるほどトレセン学園の試験は緩くはありません。ウマ娘の未来を担う人材として、我々も細心の注意を払っています。……ところで理事長、いったい彼と一緒に何をしているので?」

 

 まさか既に理事長まで彼に逆らえないように? もう自力でどうにかするしかないというの……。

 

「たづなっ!? いや決しておかしなことはないぞ。会う度に駄菓子やらの食べ物を恵んでくれるから食べながら話をするくらいでな」

 

「なるほど。お菓子なことをしているわけですね。食生活の見直しが必要です。お菓子はしばらく禁止にしますね」

 

「たづなぁっ!?」

 

 ……この二人に相談したのが間違いだったのだろうか。

 

「分かりました。強制的に彼を排除する方法は諦めます」

 

 そして私自身が直接出向くことも難しくなった。

 テイオーが暴れるだろうし、本音を言うとこれ以上は嫌われたくない。

 あの態度を見る限り、下がるほどの好感度が残っているかは怪しいけれど。

 

「私たちもテイオーさんの身の周りには注意しておきます。ですので、早まった真似はしないでくださいね?」

 

 一番危険なのは二人で外出しているタイミング。ご両親と腹を割って話をすべきだろうか。

 

 ……いや、まずは。

 

「"彼女"の直観と洞察力なら、クズの本性を見抜いてテイオーの目を覚ますことができるはず」

 

 今に見ていろ。

 私を貶すのは好きにすればいいが、テイオーの傍に居ることを許すつもりはない。

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