サンセット・サンライズ   作:ゆーり

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強襲Ⅱ

「たーのーもー!」

 

 気合いが入っているようで聞いた側は気が抜ける。そんな声と共に勢いよくトレーナー室の扉がぶち開けられた。

 

「マヤノトップガン! ルームメイトのテイオーちゃんを魔の手から救うためにテイクオフしてきたよ!」

 

 入ってきたのは黄褐色寄りな栗毛のちんちくりん。

 

「テイオーのルームメイト? ふーん、性格の相性は良さそうだな」

 

 一見して内面もガキだと分かる。テイオーとは賑やかにやってそうだ。

 

「でしょでしょー。すっごく仲良しなんだよ! ……ってそうじゃなくて、テイオーちゃんを解放してもらいます!」

 

 梅雨ごろまで毎日のように聞かされて、最近やっと解放された文句だ。

 誰に言われて此処に来たのかは予測するまでもないが、まさか担当外のウマ娘にこんな事を頼んでくるとはな。

 

 というか、あの女はコレが俺を説得できると本気で思っているんだろうか。

 

「毎回声に出すのも面倒だからスマホにでも録音しとこうかなぁ。俺とアイツが結んでいる契約は自由意志によるものだ。本人が望まないなら何時でも解約できるんだから、本人に言ってくれよ」

 

 まぁ、本当に契約解除するって言われたら足元に縋りついて泣きながら『捨てないでくれー!』って情に訴えるんだけどな。

 

「それはもちろん知ってるよ! でも菊花賞への出走を盾にされてるのも本当みたいだったし、お兄さんがテイオーちゃんに邪な視線を向けているのが真実か確かめないといけないんだもん!」

 

 邪な視線? 俺がテイオーに?

 

「特段俺の趣味じゃないという点は置いておくとして、中坊にそれは間違いなく犯罪だ。女子高と同義のトレセン学園にそんな嗜好の奴が勤められる訳がないだろ」

 

 まぁ女帝とかタイキシャトルはやべーけどな。ふふ、もちろん俺はスカウトして断られましたけどもね。

 

「あれぇ? なんか聞いてたより全然まともというか、普通?」

 

 いやだから変態や異常者が教育者面してたらダメだから。俺はちょっと金にがめつくて稼ぎのためにウマ娘を積極利用しているだけだから。

 

「そもそもあの女になんて吹き込まれたんだよ。だいたい予想は付くけど」

 

 どうせ守銭奴でウマ娘なんて金稼ぎの道具としか思ってないとかだろ。まさにそのとおりなのだが、ウマ娘の勝利を願っているという点では他のトレーナーと大差あるまい。

 

「うーんとね、ロリペドクズ野郎でウマ娘全般によくない視線を向けて常に息が荒い変質者だって……」

 

 ただの誹謗中傷じゃねーか! そんなん一目見れば分かるし、学園内どころか外周をうろついてるだけで職質されるわ。

 

「あたしもちょっと思ってたのと違うなって。でもでも、まだテイオーちゃんの安全が確約された訳じゃないからね! そこで、テストをします!」

 

 ……犯罪者心理テストみたいなものだろうか。まぁ、そうと分かっていれば一般人らしい答えをすればいいだけだろ。

 

「それじゃあ、いっくよぉー! うっふーん」

 

 ……これもうテスト始まってるのか? 始まってるよな?

 

「おままごとは自室でやってくれないか」

 

 科をつくるという言葉はあるが、その体型でやられても感慨が湧かない。

 

「おままごとじゃないよ! ノーサツ! 男のヒトの視線を独り占めにする脳殺ポーズだから!」

 

 いや無理だろ。仮にその男共がロリコンでも微笑ましさのあまり浄化されそうだわ。

 ……そういう意味では脳が殺されてはいるのか?

 

「むぅー。トレーナーちゃんには効いたんだけどなぁ……」

 

 おいおい、ソイツ本当に大丈夫か? 真正じゃないか?

 このトレセン学園にそんな変態予備軍が入ってきているとは思いたくないが、俺でも合格できたのだから変質者の一人や二人は紛れているかもしれない。

 

「ほら、もう気は済んだだろ。この飴ちゃんをあげるから部屋へお帰り」

 

 付き合うのもバカらしくなってきたので、さっさとお帰り願いたい。

 

「子供扱いしないで! 大人のレディを飴玉なんかで言うこと聞かせられるわけないでしょ!」

 

 これはおしゃれに興味が出て無駄に凝ったものを欲しがる年頃の反応だな。面倒な。

 

「これは普通の飴ではない。あのタマモクロスが監修したすんごい飴だ」

 

 パッケージに『弾ける味覚!痺れる舌!轟く炭酸!白い稲妻キャンディー』と銘打たれている。

 

 俺も一個食べてみたが、口の中が凄まじくシュワシュワになって唾液もめっちゃ出てくる。

 

 なんでこんな味にしたのか本人に聞いてみると『これ一個でな、腹が膨れるんや。一袋で二週間はおやつが賄えるで』と遠い目をして語られた。

 以前から貧相な体型だなと失礼なことを思っていたものだが、家庭事情で食うのに苦労していたのかもしれない。今度なにか差し入れを持っていってやろう。

 

「例えそうでも飴玉なんて全然大人っぽくないよー!」

 

 ふっ、これだからお子様は。

 

「飴玉が大人なのではない。企業の製品開発に協力し、子供たちの味覚を楽しませることに頭を悩ませる。そうして最後はご家庭に笑顔を届ける。その過程と経験にこそ、大人が詰まっているのだ。この飴をゆっくり落ち着いた環境で舐めることで、君にも大人の大変さが味わえるだろう」

 

 まぁ当人は『企業案件って儲かるんやなー』と目を円マークにして汚い笑い声を上げていたが、あれも一つの大人と言えるだろう。

 

「……ッ!! たしかに」

 

 さすがはテイオーのルームメイトだ。コイツもちょろい。

 

「というわけでどうぞ。そしてお帰りはあちらです」

 

 そう言って飴玉を渡すと、その場で口に含んでコロコロと転がしだした。

 おい、自分の部屋で食えよ。

 

「甘くてしゅわしゅわでおもしろーい! あ、マヤは大人の女だからこんなことで誤魔化されたりしないからね」

 

 訂正。テイオーよりは少しだけ厄介かもしれん。

 

「お前の脳殺ポーズで無反応だったんだからセーフ判定じゃないのかよ」

 

「そっちはもういいよ? 一個だけ答えてほしい質問があるんだ」

 

 わかったわかった。答えてやるからさっさとしてくれ。

 

「トウカイテイオーと一緒に戦って勝つつもりがある、そう信じていいんだよね?」

 

「…………」

 

 問いただしてきたマヤノトップガンは、明らかに先ほどまでと雰囲気が違っていた。

 こちらを向いているのに焦点が合っていない。自分の何を見られているのかまるで理解できないのに、見られているという感覚だけは強く感じる。

 

 あの女、コイツを寄越してきた理由はこれか。 

 

「……はぁ。もちろんだ。アイツの怪我も調子も関係ない。俺は勝つことだけを信じてテイオーを支える」

 

 そもそも菊花賞には間に合わない。……そう、間に合わないはずだったんだがなぁ。

 

「マヤね、分かっちゃうんだ。たぶん間に合うよ?」

 

 そうなんだよなぁ。順調を通り越して奇跡に片足を突っ込んでるような速度で回復していっている。

 

「それでね、たぶん……ううん、絶対に勝てないよ?」

 

「だから何度も言わせるなと言っている。関係ないんだよ。勝つと信じて支えるのがトレーナーの役目だ」

 

 奇跡のバーゲンセールがあれば良いんだが、恐らく一回限りだろうな。

 全く、こんなところで使わなくてもよかったろうに。

 

「そっか。……うん、マヤ分かった! お兄さんとテイオーちゃんのこと応援するね!」

 

「なんだ、意外とあっさり引くんだな。こんな回答はトレーナーなら当然のことだろ」

 

「その当然を貰えなかったときのテイオーちゃんを見てるから。マヤね、テイオーちゃんの一番近くに居たのに何もしてあげられなかったの。だからお兄さんには感謝してるんだよ?」

 

 もしかしてコイツ、あの女の思惑とは関係なく俺のことを試しにきてたのか?

 

「心配いらないって分かって安心できちゃった。マヤはトレーニングに戻るね!」

 

 おう、さっさと帰って出来ればあの女にも止めるよう言ってくれ。

 

「あ、そうだ」

 

 部屋から出て行こうとドアを開いたマヤノトップガンがこちらを振り向いた。

 まだなんかあるのかよ。

 

「女子三日会わざれば刮目して見よ。テイオーちゃんのこと、いつまでもお子様だと思ってると、あっという間に撃墜されちゃうんだからね!」

 

 そう笑顔で言い放ったマヤノトップガンからは、先ほどの茫洋として理解できなかった視線以上の凄みを感じた。




だいぶ早めに奇跡を前借りしてしまいました。
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