「トレーナーはさ、なんでボクが菊花賞に出ることを否定せずに受け入れてくれたの?」
季節は夏。暦は八月。うだるような暑さに体が溶けそうだ。
レースがないわけではないが、大半のウマ娘は合宿など強化トレーニングを行っている。そんな時期。
まだ本格的に走れる状況にないテイオーは、いつもより静かな学園で俺とお留守番をしている訳だが。
トレーニングルームでリハビリをしていると、なにやら急に変なことを聞いてきた。
そりゃあ、レースに出て勝ってくれるほど俺のお賃金が上がるからな。これが勝てないウマ娘ならともかくトウカイテイオーだぞ。完全に出し得じゃねーか。
……とは言えないので。
「お前まだ中等部だろ。どんだけ優れてようが最近まで小学生だったガキだ。大人に我儘を言える特権はまだ残ってるだろ」
ウマ娘どものチョロいことよ。レースに出させてあげれば大喜びで俺に金を持ってきて感謝までしてくれるんだぜ?
「ましてやお前ってストイックじゃん。遊び呆けてる不真面目ならともかく、楽しいこと自制して頑張ってる連中の我儘が許されないんじゃ、世の中窮屈すぎるだろ」
ウマ娘を顎で使うように指示出してれば称賛されるとか、こんなに楽な仕事は他にねーよ。
この楽チンさが世間一般にバレないように、試験の難易度を上げて狭き門にしてるんだろうな。
うはは、俺様勝ち組。
「レース以外でもやりたいことがあれば言えよ。学園のプールで水中トレーニングも飽きただろ。最近デカいウォータースライダーがあるプールが近場にオープンしたらしいから、息抜きも兼ねて行ってみるか?」
俺も偶には大人の女を眺めて目の保養をしたかったから丁度いい。
ウマ娘は身体能力だけでなく顔面のレベルも高い。テイオーも例に漏れず美形なんだが、ちょいと子供っぽすぎるからな。
これがマルゼンスキーとかエアグルーヴならずっと見てられるんだが。
「いいの!? 行ってみたい!」
アイツらに水着をプレゼントしたらレースで着て走ってくれないかなー。
「……? どうかしたの?」
「いや、なんでも」
匿名で送ってみてもいいんだが、あの女の刺客が目を光らせてる可能性もあるからな。今回は自重しておくか。
「他にどんな施設があるかな。流れるプールがあったら浮き輪に乗って揺られたいなー」
うんうん、最近はトレーニング以外でも自分の欲に忠実で大変よろしい。飯も量を食えるようになってきたし、他のウマ娘どもとの関係も戻りつつある。
この前のマヤノにネイチャーメイド、マーベルサタデーだっけ?
友人には恵まれていたようで、その変わった名前のウマ娘たちが良い影響を与えているようだ。
菊花賞まで残り三か月。どうやっても急仕上げにしかならないが、脚部不安からは脱せられる可能性が出てきた。
本気で出走することを前提にトレーニングも組み立てる必要があるが、コイツの居るところで考えることじゃないか。
「日射で熱くなったプールサイドに座って飲むキンキンに冷えたコーラは最高だからな。ごみごみしてるとダルいし、行くなら平日かねぇ」
今は夏合宿期間なので事情が特殊だが、平時でもレース見学に行きますと言っておけば学園を休ませて外出させられる。
これで問題が起きてないんだからいいんだろうけど、ぶっちゃけ寮の門限とかも含めて規則がガバガバなんだよな。
ウマ娘とトレーナーの良識ありきで成り立っているが、俺みたいなダメ人間ばっかりだとすぐに破綻するのがトレセン学園だ。
「うわぁ、楽しみ! はちみー売ってるかなぁ!」
いやそれは知らんけど。朝買ったやつをクーラーボックスで運べばなんとかなるんじゃね。
さーてと、何日がいいかなー。
「お、マジかよ。来週末はナイトプールで打ち上げ花火も見られるんだってよ。人は多いだろうけど、どうせならこの日にするか」
この時間帯だと帰宅は夜十時ギリギリか。テイオーの親御さんにも連絡して事前に同意を得ておこうかね。
学園外に行くだけならともかく、どうにも最近は夜間外出の許可申請時に学園関係者から口煩く言われる。非行がどうのと言ってた辺り、俺がテイオーを悪い道に引き摺り込もうとしていると考えているようだ。
頭の悪い連中である。俺の稼ぎが減るようなことをするはずもない。
遊びを覚えさせても怠惰にならない、それ以上に頑張れるやつだから偶に遊ばせているだけだ。
「花火もあるの!? でも遅い時間になっちゃうし学園が許可出してくれるかなぁ」
そこは親御さんパワーが物を言うのである。
ご両親も骨折した後のテイオーが精神的にヤバかったことは承知している。
それを回復させた俺を信用して、その辺りの差配は任せてくれてるのだ。
俺がテイオーのストレス発散のために必要と言えばすぐに学園へ申し入れをしてくれる始末。
ふふっ、この世には頭の悪いやつと人の良い甘ちゃんしかいないのか?
「なんとでもするから心配すんな。それより、この日まではしっかりとリハビリに励んでもらうからな。厳しくするが音を上げるなよ?」
ちなみに、今まで一度たりともテイオーが音を上げたことはない。根性がありすぎる。
「うん! ボク、頑張るからね。えへへ、楽しみだなぁ」
たかがプールでこの笑顔。愛い奴である。
「……あ、でもボク、学園指定の水着しか持ってないや。まぁ別にいっか」
なにぃ!?
「良いわけねぇだろ! リハビリ中止! いまから買いに行くぞ!」
レジャー施設のプールで学校指定水着とかどんな羞恥プレイだよ。
お兄さんそんなの許しませんからね。
「え、でも一回しか行かないだろうし、わざわざ買うほどのこともないよ」
黙らっしゃい。目的は大人の女の水着姿だが、テイオーの水着もそれはそれで俺が見たいのだ。
あんな飾り気もない水着なんて天が許しても俺が許さねー。
「来年も俺が連れていってやるから一回じゃ済まねーよ。そもそも年頃の女は毎年流行に合わせて買い替えるらしいぞ?」
流行はともかく普通に成長期だしな。サイズ合わなくなるだろ。……合ってたらご愁傷様。
「……本当に来年も連れて行ってくれるの?」
お前が学園を辞めでもしない限りはな。水着にプールに飯二人分でもせいぜい数万円か。こいつがGⅠ獲れば余裕で百回は行ける。
「学園の車借りてくるから、着替えてスマホで候補を見繕っとけよ。あと、晩飯も食いたいもんがあればリサーチしとけ」
どうせにんじんハンバーグだろうけど、店によって肉質やソースに個性があってなかなか飽きさせないのだ。
「うん……。その、ありがとうね」
子供を遊びに連れて行く位のことでいちいち礼を言うんじゃねーよ。
〇その後の車中会話
トウカイテイオー
「ところでトレーナーはどんな水着が好みなの?」
クズ
「そりゃ(ボンッキュッボンッなおねーさんが着る)ビキニだろ」
トウカイテイオー
「じゃあボクもビキニを買おうかな」
クズ
「!!!!????!?!?!?」
トウカイテイオー
「え、どうしたの?」
クズ
「致命的に似合わないから止めとけ」
トウカイテイオー
「……ぜっっったいにビキニにする!」
〇トウカイテイオー
特定の人物以外に対しては以前のキラキラした目ができるようになった。
怪我の回復は順調すぎる。