光を感じる……。おぼろげながら前に目を向ければ、ちょうど光が海面を割って出てくるところだった。……日が昇るにつれて世界が輝きを増していくさまに私はくぎ付けになっていた。……胸の鼓動が早まり体に僅かな熱を感じる。だが苛立ちや怒りなどそういった不快に感じる類のものではない。むしろ穏やかで、なのに気分が高揚している。これが"感動"というものなのだろうか……。今はただ、この気持ちに浸っていたい。何も考えず……この光景を見ていたい。そのせいで呆けて口が半開きになっていたかもしれない。
「……太陽ってこんなんだったっけ……。」
あそこ*1では時間帯によって訓練内容がある程度決まっていた。夕方に戦闘、深夜に追跡、日の出に隠密、といった感じで太陽は俺にとって『今日は何の訓練か』を知らせるもの、奴ら風に言うなら『時計』代わりに使っていた。あの時はチラッと確認する程度だったが……じっくり眺めたのは初めてだ。
日の光がこんなに綺麗で、穏やかで、暖かいものだと初めて知った。海はそれを反射し時折目を細めてしまうほど光り輝いている。……昨日はピリピリしていたせいで気にしていなかったが、月はどんな感じだっただろう?もう少し眺めていればよかった。……外にはこんなきれいなものがまだたくさんあるのだろうか?
もしそうなら―――
「……楽しみだな。」
見たこともない景色、経験したことのない体験、様々なものとの出会い、そしてこのじゃパリパーク何処かにいるであろう兄弟たち。あそこでは時より命の危機があるという意味で刺激的で心休まぬ日々だったが、ここでは綺麗で初めて知るものと出会えるという新鮮で退屈でない日々になるだろうと考え思わず笑みが浮かぶ。
―――刺激的な毎日になりそうだ。あぁ、本当に……。
暫く余韻に浸った後、そろそろ出発することにした。荷物は昨日手に入れた袋、『ポーチ』だったか?それと水の入った容器、こっちは確か『水筒』だ。後はポーチの中に昨日読んだ手紙と、折りたたまれた紙が二つ。ひもでつながれた金属の棒と板。伸ばせる金属の筒。
一つはこの島の地図*2、“じゃパリパーク”と書かれているから間違いはないだろう。ちょっと遠くに雪山が見えるから……。ここはパークの南東に位置する『ゆきやまちほー』付近の浜辺といったところか。
もう一つは『説明書』と書かれている紙。水筒と『ファイヤースターター』?の使い方が書いてあるみたいだが……文字が多いな。読むのは後でいいか。
取り合えず向かうべきは『ロッジ』だな。『温泉』とやらもあるらしいが、ここからは遠いからな。少し登らねばいけないみたいだが、“ハンター”である俺には容易いことだ。面倒なところは跳んでショートカットすればいい。後は何者かと遭遇した時だが……どうする?知らないやつとの対処なんてどうすればいい?追うか狩るか隠れるくらいしかしたことがないぞ。……いや、喋られるようになったのだなそういえば。なら『会話』というものをすればいいんだっけか。奴ら*3みたいに……というのは中々難しそうだな。まぁ後にするか。考えているだけでは何も始まらないしな。
天気は良好、周囲に異常なし、目標『ロッジ』。さて―――
「待っていろ、新天地!」
―――俺の冒険は、これからだ!
―――数時間後……
「はぁ……。思ったより遠いな……。それに――』
―――暇だ。普通の人間と比べてハイペースで進んでいるのに件のロッジは影も形も見えない。始めは青々と茂る草木に目を輝かせたが数時間もすれば飽きが来る。道中の看板だったであろうものはボロボロで何も読み取れない。さらに不思議なことに誰とも出会わず、小動物でさえ俺の前に姿を見せない。たまに飛んでくる鬱陶しい虫どもは除くが…。冒険初日に目に見えた発見があるとはさすがに考えていないが、ここまで何もないと暇を通り越して虚しくなってくる。まぁ、収穫もあるにはあったが。
まずは身体能力が上がっていることだ。森に差し掛かった時、木々を結ぶ橋を見つけた。パンフレットによるとここのロッジは『ツリーハウス』という木の上に造られているそうだ。少々高い位置にあったものだから低い木を経由して登ろうと跳んだ時、一跳びで橋に移れてしまった時は本当に驚いた。体感2〜3倍は高く跳んでいたな。この様だと足だけでなく全身の力が上がっていると考えていいだろう。……そういえば初日に何気なくコンテナの扉を引き裂いていたが、あの分厚く機械でできた扉は以前の俺なら無理だろうな。
次に暇な間に読んだ説明書で分かったことがある。水筒と、ひもでつながれた金属棒と板の使い方だ。水筒の外側のパーツは外れるようだ。*4そしてあの金属棒と板があの『ファイヤースターター』だそうだ。“棒を板で擦ることで火花を散らし、枯草や乾いた樹皮などの火種に火をつける。”とあった。これと水筒を合わせて使うことで水を沸かす。食べ物を煮焼きできる便利な道具だそうだ。まぁ俺は食事として培養液にドブ漬けされていかたらまず食べ物が分からん。水は必要なことは何となく分かるが何故沸かす必要があるのだろうか?……後々使えそうだからいいか。
―――もうすぐ日が真上に昇る。つまり……。
「もう昼か……。腹が訴えてくるような感覚があるが…これが『空腹』か。一度気になると無視できんな。さて如何したものか……。『チョコバー』や『サンドイッチ』*5があるわけないしな……。」
……目を閉じ耳だけに精神を集中する……。
“ハンター”の身体能力を最大限に発揮し、最短経路で、真っすぐに向かう。やっと見つけたぞ見知らぬ“誰か”!!ようやく人に出会えそうな機会に内心浮かれながら、その見知らぬ“誰か”が誰かを呼んでいる事実が俺の思考を“狩猟者”へと切り替える。その“誰か”の声以外に複数の音が聴こえ、本能がそれを『狩れ!!』と訴える。どうやら件の人物は追われているようだが、それはダメだ。この見知らぬ地で遂に見つけた手がかりなのだ。どこかの誰かは知らないが邪魔をするのなら容赦はしない。それに―――
「ようやく退屈じゃなくなりそうだ…。暇つぶしに付き合ってもらうぞ!」
木々を抜け辿り着いた先で俺は見たものは、赤と青の変な奴らに囲まれた建物とその屋根の上にいる一人の少女だった。