「………おや、もう戻ったのかい?」
数度のノックの後に扉を開き、言葉も発さずに入室してきた人物。マナーの観点から見たら常識知らずとも呼べる行為だが、ことこの人物に関してだけはにこやかに笑って許容出来る。それだけの関係を築いている、という自信があったからだ。
後ろ手に扉を閉めながら、入室してきた人物が小さく会釈。ラフに接してくれて構わないと言っているのだが、性格なのだろう。不遜な態度が見え隠れするものの、変なところで律儀だ。
「問題なく終えました。市民へのアピールも欠かさず、存分にルーラーの性能を見せつけられたかと」
「そうかい、助かるよ。今の現役ライダー達は癖がある子が多いからね、たまにこうやって分かりやすい発奮剤を投げないと観客の皆さんに影響が出かねない」
いつもと変わらぬ冷たい声音で、目の前の人物______仮面ライダールーラーの変身者は、その変身を解かぬままに肩を竦めてみせた。
______ここは賽目市。
某県の中心から少し離れた場所に位置する都市。
特に目立った特産品も無く、かといってド田舎とも言い難い程度にはチェーン店が散布している、目立つ箇所のない普通の一都市………に過ぎなかったのは、過去の話である。
「ライダーの実力提示は、エネミーに怯える市民の皆さんに向けてのアピールだ。こんなヒーローが居るなら、助けてくれる………そう確信させるだけの実力を示さないと、不安と不信から何が起こるかも分からない」
そう言って男は肩を竦める。現代日本に置いてこんな事を言う人間なんて、後ろ指を刺されて笑われるか、もしくは精神病棟に運び込まれるのを勧められる事だろう。
…………ただ一つ、この賽目という都市を除けばという前置きが必要だが。
突発発生型・特殊殺戮二足歩行生命体。
30年前、突如としてこの賽目市に現れた怪物。例外無く人と思えぬ異形の姿を持ち、現代兵器の尽くが通じない超常の生物であり、何故かこの都市、日本の賽目市にのみ確認される。
分野を問わぬありとあらゆる学問の権威達からSNSツール越しに騒ぎ立てる野次馬達、果ては国外の権力者たちもこぞってこの異形について見解をぶつけあった。
様々な種族が混血して生まれた新種の生き物なのでは。
きっとどこかの国が研究していた人造生命体だ。
いや太古に地球で繁栄していた古代人だろう。
この星を汚す現代人に対しての地球の怒りの具現化に決まっている。
神が愚かな人間達を浄化し理想郷を築く為の前触れなのでは無いか。
その他数えるのも億劫になるほどの推論が飛び交ったが、コレだと確信を得られるものは何も無く。個体毎の能力に差があり過ぎる事もあって、奴らについてわかっている事はほんの少しだった。
一つ。奴らは突然現れる。どんなに監視を強めていても、気を張って居ても。いつの間にか現れるという神出鬼没さを持つ。
二つ。攻撃対象は一貫して人類、及びそれに類する人工物。その他の生物を害したという報告は無く、何故か人類のみを屠っていく習性が確認されている。
単純に自分たちと同じ二足歩行生物を狙っているという説もあるが、どちらにしろ人類が攻撃対象である事には変わりないだろう。
三つ。個体差はあれど、その全てが現代人の知識では説明出来ないほど生物としての格が違う。酸を吐き出して鉄骨すら溶解させる個体がいたかと思えば、単純に腕の一振でビルを倒壊させる剛力を誇る肉体派も確認されている。
突然現れ、一心不乱に人類を狙い。生きる為ではなく、ただそれこそが生きる目的とでも言うようにひたすらに人々を殺していく生物。
それ故に警察上層部や政府高官達は、人類種の天敵であると断定。我々人間の敵___《エネミー》という通称を付け、最大レベルの警戒を呼び掛けた。
結果として、今では一般市民にもその呼び方が浸透。エネミーが出た、と言えば賽目市民なら全員が近くのシェルターに向けて逃げ出す程には、奴らの脅威が知れ渡っていた。
「だがしかし、賽目市が阿鼻叫喚の地獄だと言われたのも過去の話だ。今は君たち、ライダーがいる訳だからね」
「それも全て、ダイストランスシステムを生み出した弊社の………ひいては露木原社長の功績かと」
「僕は、ただ単純に仮面ライダーという存在に憧れていただけさ。それを模倣したに過ぎないよ」
真面目そうな角張った声音で男の功績を讃えるルーラー。背筋を正しながら紡がれる言葉は真剣そのもので、目の前の豪奢な椅子に腰掛ける老練の男性への疑いようもない敬意が滲み出ていた。
ある意味で愚直なほど真っ直ぐなルーラーに苦笑の混ざった笑みを向ける。もう少し砕けてもいいとは思うのだが、この真面目さはこの子の美徳だろう。
「それに、讃えられるべきは君の方じゃ無いのかな?市内は今、君の噂でもちきりだそうだよ。『ヴァルハラ・コーポレーションに天才ライダー現る!』…………ってね」
「当然です。事実天才なので」
「わぉ、自信たっぷり」
フン、と胸を張って己を天才だと断ずる新人。だがそれを自意識過剰と笑える人間はいない。
先日行われた、各企業の仮面ライダー達による交流戦_____【マスカレイドアリーナ】の新人戦。
この街を守る新たなライダーとして登録された新入り達のお披露目会を兼ねた一戦において、ルーラーはその才覚を存分に発揮して見せた。
最新型のライダーシステムのスペックを引き出し、既存のライダーたちと比べても遜色の無い戦闘練度。
剛ではなく瞬。
派手さよりも華麗さ。
全てを壊す破壊の一を嘲笑い、瞬きの間に急所を叩く流星の連。
民衆受けも考え、守護の印象が強い『天使』と『騎士』がイメージされたデザインにピタリと当てはまった様で。既に一般市民の間では、デビューしたばかりの仮面ライダー、ルーラーの話題でもちきりだ。
「まぁ君はデビュー戦前からエネミー討伐に同行させたりもしていたからね。これくらい話題になるのは、こちらも予想していたさ」
「予想通り、という事ですか」
ルーラーのスペックと実力は、誰よりもこの男が知っている。
元々才能のあった目の前の人物、更にそれに合わせて調整した最新式のライダーシステム。それだけでも充分強力なのだが、加えて正式なデビュー前から、人目につかない場所に現れたエネミーの討伐に同行させ戦闘経験を積ませていた。
全てはデビュー時のインパクトを強め、話題を攫う為。
新たなる街の守り手、その強さを市民の脳裏に焼き付ける。仮面ライダールーラーこそ新世代の顔である、そう無意識下に思わせるように。
「企業戦略としても有効だし、街の人も分かりやすく強いライダーが居ると思えるから安心して日々を過ごせる。そうなる様に、と思って僕がやったんだけど………やっぱり不満かい?」
僅かに声のトーンが落ちたルーラーに向けて可笑しそうに小さく頬を緩ませる。
傍から見たら感情の起伏が少なく無愛想に思えるこの子だが、共に過してみると存外分かりやすい。そんなことをしなくても自分の実力ならば市民への印象付けは充分だった、と言いたいのだろう。
そんなふうに思う男だったが、ルーラーは不満げな様子を隠さないまま溜息をつき、フルフルと首を横に振った。
「アレが初戦だったとしても充分なインパクトを観客に与えることは出来る、と思ってはいます。ただ、正直あの試合ではどちらにしろ大差ないでしょう」
「と、言うと?」
ヒョイと携帯を取り出し、慣れた手つきで画面を操作する。器用に両手でタカタカ打ち込んでいくその姿は、非常に若者らしかった。
相変わらずこれくらいの歳の子のこういった機械類の使い方を覚える速度は目を見張るな、なんてズレた事を思う男だったが、その間にルーラーは目的の画面にたどり着いたらしい。
コトンっ、と携帯を初老の男に見えるように机に置いた。
「単純な事。対戦相手がアレでは、事前訓練があろうが無かろうが関係ありません。訓練で得たものを発揮する前に終わってしまいますので端的に言えば______________」
画面に映るのは先日の新人戦のネットニュース記事。
白銀の様な色合いをした西洋騎士たるルーラーと、その対をなす様な黒色基調の中華甲冑に身を包んだ泰山カンパニーの仮面ライダー。
不満ですという感情を隠さぬまま、ルーラーはビシッと画面のある箇所…………試合時間を指し示し、こう言った。
「_______雑魚過ぎです、コイツ」
「誰が雑魚じゃオラァァァァァァァッ!!?」
「うるっせぇ宣高!!チョークぶつけんぞ!!」
仮面ライダーゾゥハ。
又の名を『3秒KOの男』。
☆☆★
「あ゛〜………クソみてぇな夢見ちまった………」
穏やかな陽気が辺り一帯を照らす温和な日。
既に時刻は午後6時を過ぎ。夕方へと差し掛かっている街並みの中を、部活動に属していない学生達や定時上がりの会社員達が各々帰路に歩いていく。
今先程呟いた彼も、その例に漏れず。学生にしては大柄な身体を揺らしながらのっしのっしと帰路に就いていた。
着崩した制服に身を包み、お気に入りの安物スニーカーでアスファルト道路を踏みしめるボサボサ黒髪の青年。朱色のバンダナを額に巻いているのが酷く目立っており、目つきの悪い厳つい風貌も相まって威圧感が強い。
青年の名は【
「ったく、まじでなんであのクソ騎士野郎の夢なんか見なきゃなんねぇんだよ………やな事でも起こりそうで勘弁して欲しぃわ」
普段から目つきの悪い
わたしゃムカついてますよ、というオーラを全く隠せていない彼だったが、それにはちょっとした理由がある。
『________さて、ここで次のピックアップニュースに参りましょう!なんと言っても本日の目玉はコレ!《マスカレイドアリーナ》の新人戦でしょう!』
ピクっ、と
響いてきたのは、ビルの側面に取り付けられた巨大モニター。そこに映し出されているニュース番組の司会の声だった。
『いやー、不定期に新人ライダーがデビューしますけど、今回はある意味衝撃でしたねぇ!』
『ははは………まぁ、相手が悪かったというのもありますけどね。負けてしまったゾゥハですが緊張せずに大胆に振る舞えて居ましたし、昨年デビューしたトルクよりは肝が太そうです』
至極愉快そうに笑っている歳若い男と中年ほどの落ち着いた男。ここ賽目市のテレビで良く見かける地方タレントだ。
話している内容は、昨夜行われた仮面ライダーvs仮面ライダーの親善試合、マスカレイドアリーナの新人戦。
『にしてもまぁ、やはりネットでもかなり言及されてますねぇ』
『それはそうでしょう。マスカレイドアリーナ始まって以来唯一無二!まさかの
ハッハッハ!と手を叩いて笑う若いキャスター。中年の司会らしき方も否定はせず笑って濁している辺り意見は同じなのだろう。
先日デビューしたばかりの新人仮面ライダー、名をゾゥハ。
ここに居る
自分を指して大笑いするキャスターとそれを否定しない司会。顔こそ出していないものの、笑いものにされている光景を見て快いと思う人間は少ないだろう。むしろ怒りを感じるはずだ。
「(………これは別にイイ。ライダーで出て負けたんだ、ネタにもされる)」
だが
仮面ライダーとしてマスカレイドアリーナへの出演。
それは市民へのパフォーマンスも兼ねているが、中身はスポーツの試合に近い。
決められた条件下で全力を出し合い、勝ち負けを決める。観客達もチケット代を払って試合を見に来ているのだ、不甲斐ない試合をしたらこうやってネタにされるのは仕方ない事。割り切れるポイントだ。
「…………だがよォ………」
思い返す。昨日行われたあの試合を。
気合十分だった。油断したつもりもなかった。戦い慣れしている訳では無いが、それは言い訳にはならないだろう。
強かった。あの日の対戦相手、ヴァルハラカンパニーの
ああそうさ。ルーラーは強かったよ。もう一回試合した所で逆立ちしても勝ち目がないことくらいド素人の自分にも分かるさ。
それだけならいい。むしろ他社とはいえ同業者が強いのは良い事だ。街の人達を守る為にも自分の実力を磨く為にも、実力の高いルーラーにはむしろ積極的に教えを乞いたいほどだよ。
「…………いくらオレが弱かったからってよォ…………」
試合開始の合図の瞬間。
ただ踏み込んだだけで、目の前から消えたのかと錯覚する程の爆発的な瞬間加速。
刺突以外では効果を発揮出来ない
白銀の流星が宙を斬る。瞬きの剣閃が酷く眩しくって、こんな奴と同期なのかと憧れて。
カッケェな、と震えたその瞬間。不意に仮面越しに目が合って。
カメラに拾われない、極々小さい声で。
『…………え、ザッコ』
「初対面の相手に言うことかあのクソすまし真っ白野郎がよォォォォォォォォォッ!!!?」
アイツの背後に《プークスクス》という文字が見えたのは多分気のせいでは無い。
突如ビルのモニター画面に向けて叫び出した
そう、こいつがキレてるのは周りからの評価では無い。
ただただ純粋に、純度100%で小馬鹿にしてきたあのルーラーという仮面ライダーに瞬殺されたという事実が我慢ならないのだ。
「あんっっっっのすまし白助………次にやる時はぜってぇ一泡吹かせてやる…………」
「ママー、あのお兄ちゃん何言ってるのー」
「しっ。見ちゃいけません」
周りから若干白い目を向けられる
巨大モニターの下で3秒負けした少年は、今一度あの白い仮面ライダーにリベンジしてやるのだと誓いを新たにしていた。
「おっ、ルーラーとゾゥハじゃん」
「あぁ昨日の新人戦かー」
「マ?俺見てないんだけど新人2人どんな感じなん?」
まぁだが、
「あぁ、すげぇ強いルーラーと引き立て噛ませのゾゥハって感じ」
「おい待てゴラァ」
前言撤回。ルーラーの噛ませ扱いは地雷らしい。
「あぁ?誰だあん……げっ!D組の久遠………!」
「今なんつった?おう今なんつったよ?」
「オイコイツなんでこんなキレてんだよ」
「分かんねぇ………」
身長凡そ180cm越えの恵体が距離を詰めて寄ってくるその光景は、はたから見たら良いとこ不良のカツアゲ、下手したら事件現場である。
「誰がルーラーの噛ませ犬だって?」
「え、あぁお前ゾゥハ推しなの?悪い悪い、そうとは知らずこんな事言っちまって」
「ゾゥハさんはルーラーに一生勝てないだって???」
「いや言ってないが」
「くそざこ噛ませゾゥハさんはルーラーの爪の垢でも煎じて飲んでろだってえぇぇぇぇぇ?????」
「誰かーっ!話聞かねぇよこのゴリラァ!!」
哀れや捕まった3人組の一人。機嫌が悪いところにルーラーの噛ませ犬扱いされて暴走した
友人2人が背後から南無、と合掌を向ける中、完全に頭にきている
咄嗟に周りに助けを求めるが、残念ながらその声が届く事は無く______
「________鎮まれクソゴリラっ!」
「ヘボシッ!?」
_____否、届いた。
まるで一発の弾丸の如く射出されたその男は、額に青筋を浮かべながら一蹴。自分よりも大柄な
「ったく……福さんが『迎えに行った方が良い気がする』とか言うから探してみりゃ、何やってんだコイツ。オラッ、さっさと行くぞ宣高」
「て………てめ…………レン…………」
「文句なら聞かねぇぞゴラ。人に詰め寄ってたてめぇが100悪いからな」
ピクピクと痙攣する友人を見下ろしながら、少し癖のある黒髪をガシガシと掻いて溜息をつく少年。名前で呼んでいる辺り、どうやらここで崩れ落ちているゴリラの友人らしかった。
ゲシゲシ、と地面に倒れ伏す
「あ、あの………」
「?」
そんな3人組の一人の袖が、控えめなか細い声と共にクイクイと引かれる。
すわ何事かと目を向ければ、そこに立っていたのは1人の少女。色素の抜けた薄茶色とも呼べるくせっ毛ショートの女の子で、見下ろせるほどに小柄。
「ご、ご迷惑お掛けしました!!これ、お詫びと言ってはなんですが!!」
「あ、ああいや別に………って、何故に揚げパン!?」
「うちの師匠の自信作です!すごくすごーっく美味しいので!皆さんで食べて下さい!」
ぺこり、と頭を下げて手に持っていたビニール袋を手渡す。中に入っていたのはまだ温かい揚げパンだった。
何故チョイスが揚げパン、と疑問に思う3人組の一人だったが、勢いに押されてそのまま素直に受け取った。
「おーい三谷!!手伝ってくれ、宣高の野郎動けなくなってやがる!!」
「てめぇが………腰を………蹴るからだろうが………!」
「わーっ、もう!!ごめんなさい失礼します!!久遠先輩勘弁してよーっ!」
今一度ぺこり、と頭を下げた少女は、腰を抑えて動けないらしいゴリラをどうにかこうにか動かそうとしている少年の元へと駆け寄っていく。
少年の方は平均ほどの体格はあるのだが、少女の方は小柄な上に持ち運ぶ相手が恵体のゴリラだ。
2人でどう運ぼうかあれやこれやと試していたが、最終的に少年がゴリラを背負って少女が後ろから支えるという形に落ち着いたらしい。
わっせ、わっせ、とゴリラを運んでいく少年少女の二人組。
揚げパンの袋を持ちながら今一度ポカーンとあほ面を晒す3人組だったが、不意に何か思い出したのか少女がクルっ、と振り向いた。
「揚げパン!お求めの場合は《ラッキー
「三谷!三谷!手ぇ離さないで!!このゴリラくっそおっもい!!」
「おうこらレン、キビキビ動けや」
「てめぇもう動けんだろゴリラコラァ!!!」
「わあぁ!!喧嘩しないで下さいよ〜っ!」
背負われながらも何故か偉そうに担ぎ手の頭をペシペシ叩くゴリラ。
そのゴリラに文句を言いながらも律儀に背負っている少年。
年下らしいのに一番苦労してそうなちみっこい少女。
ギャイギャイギャイギャイ、嵐のように去っていった3人組。そんな個性的な彼らの背を、街ゆく民衆が不思議そうな目で眺めていた…………。
9/9(木)の19:00に、現状の採用者と不採用者、及び未定者、空き枠のお知らせを致します。よろしければご確認下さい。