しかーし! 安心しろ! トゥルーエンドが来た!
――思い立ってからの私の行動は速かった。
震える身体をやっとの想いで立ち上がらせ、眼の前の底の見えない濁流を見る。
私の眼も、こんなふうに濁っているんだろうか。
そんなことを他人事のように感じていた。
「もう、疲れた。さよなら、みんな――――」
胸に残る虚無感が命じるままに、私は左足を踏み出した。
それは腰へ、胸へと伝わって行く。
「(ああ……最後まで、何もなかったな)」
望んでいた最後は呆気なかった。
本当は、期待していたのだ。
もしかしたら、誰かが私を救ってくれるんじゃないかって。
でも、やっぱり、そんな都合の良い展開なんてなかった。
それでも私は……私は……私は……!
『クゥ!/クラウディ!/クラウちゃん!』
右手が何かに掴まれる。
次の瞬間、私は岸へとひっぱり上げられていた。
「……え?」
何が起こったか分からない。
なんで? なんで? なんで?
この期に及んで私に希望を持たせるの?
叶いもしない夢を持たせるの?
違うって言ってよぉ……。
やめて、やめて……そんなの、やめてよぉ!
「クゥ! クゥ! ……良かった。良かったです……!」
「うわーん! クラウディのバカぁ!」
「クラウちゃーん! 良かったよぉ!」
そうだった。
この世界は、いつだって、どんなときだって……
◇◇◇
クラウディを川から引っぱり上げた3人は、近くの高架下で雨を逃れていた。
「クラウディ、クラウディ……!」
「クラウちゃん……!」
壁を背に座るクラウディに、涙目なテイオーとライスが抱き着いていた。
「……ええ、はい。河川敷の高架下に、分かりました。お願いします。……三人とも、今迎えの電話を、って何やってますの」
電話を終えたマックイーンが、呆れた目で三人を見る。
「(そんなに抱き着いていては、私が抱きしめられないではありませんか!)」
この中で一番落ち着いているように見えるマックイーンだが、内心クラウディの無事を心配していたのも事実。
本当なら、今すぐにでも抱きしめて、その冷えているだろう身体を温めたい。
だが、それよりもまず、しなければならないことがあった。
「クゥ……いえ、メジロクラウディ。なぜ、あんなことをしたのですか?」
「……………」
「メジロクラウディ、答えなさい」
語気を強めた問いに、クラウディは何も言わない。
しかしマックイーンは、再び尋ねる。
「ちょっとマックイーン。そんな言い方しなくても」
「そ、そうです。クラウちゃんだって、大変な目に……」
「その大変な目の原因は、クラウディの行動です。それから、二人とも少し黙っていてください」
それを見咎めるテイオーとライスに、マックイーンは毅然とした態度で二人を黙らせる。
そして再び視線を戻すと、クラウディがポツリと話し始めた。
「……私は、なんでここにいるんですか?」
「どういう意味ですか?」
「マックイーン姉さまは、天皇賞の期待を受けて、ライアン姉さまやドーベル姉さまだって、家からの期待を受けて……じゃあ、期待されない私は、なんでここにいるんですか?」
光を映さない瞳で首を傾げるクラウディ。
そもそもなぜ彼女はここまで、期待に拘るのか?
それはメジロ家が抱える数少ない負の習慣に関係する。
メジロ家の悲願は、言わずもがな天皇賞の盾を得ること。
それ故に、新たなウマ娘が生まれようとする時は、一族総出で期待が寄せられる。
こんどこそ、こんどこそと寄せられる期待。
もちろん、悲願の成就など生まれてくる新たな命にとっては関係ないし、メジロ家もそれを分かっているため、悲願を聞かせはすれど走ることを強要することはない。
しかし、子供というのは案外敏いもので、家に充満する”何か”を感じ取るくらいは出来てしまうのだ。
それはマックイーンも、ライアンも、ドーベルも、そしてクラウディですら変わらない。
そんな中でクラウディだけは、子供の頃、その”何か”を他の娘よりも強く感じ取ってしまった。
子供は心の機微に敏く、同時に疎い。
それ故に、速く走る=褒めてもらえるという構図が無意識に出来上がり、その象徴こそが『期待』なのだ。
だからこそ、『期待』を求める。
しかし当主の「才能がない」という言葉で、クラウディは『期待』という呪いにさらに囚われるようになった。
期待を貰えないと言うことは、誰にも褒めてもらえない。
だってそれは、誰も自分を見てくれないから。
トレセン学園に来て、『期待』を求めて走った。
だが一着も取れないクラウディに、『期待』する者は誰もいなかった。
「私がいる意味って、何なんですか? 私の……『走る理由』って、一体なんですか……?」
もはやクラウディのそれは、問いへの返答ではなかった。
触れてしまえば、あっという間に崩れ去ってしまいそうなクラウディ。
きっとここで間違えれば、彼女は壊れてしまうだろう。
間を置いたマックイーンは、やがて口を開いた。
「……私は、天皇賞勝利の悲願を、
「え……?」
「私にとって、メジロ家の悲願を達成することは確かに目標ではあります。ですが、それは私が走るに足りえる理由ではありません」
天皇賞を勝利することは、あくまでも過程。
なぜなら天皇賞を走ったくらいで終わる走りなんて、つまらない以外の何ものでもない。
「じゃあ、なんで走るんですか……?」
「……難しいですわね。テイオーのようなことが言えればいいんですけど……。おそらく私は、理由を見つけられていないのでしょう」
「姉さまが見つけていられないのに、私なんかが見つけられるの……?」
「さあ? ですがこれは、私の勘みたいなものですが、理由というのは案外、走っていれば勝手に見つかるものではないでしょうか」
おどけたように言うマックイーンに、クラウディは静かに拳を握りしめる。
そして、震える声で恐る恐る声を紡ぐ。
「私は、遅いです」
「そうですか」
「私は、一着なんて取ったことないです」
「そんなこともあります」
「私は……才能が無いです」
「それで?」
「私は……私は……走っても、いいんですか?」
マックイーンはクラウディの前にしゃがみ、小さな身体を抱きしめる。
「当然です。あなたはメジロ家のウマ娘である前に、私の大切な妹分です。ライアンやドーベルだって、きっと私と同じ気持ちです。辛ければ、私の元に来なさい。たくさん応援してあげますから」
「ボクだってそうだよ! クラウディのこと、いっぱい応援するから!」
「ライスも! 上手くできるか分からないけど、クラウちゃんのこと、いっぱいいっぱい応援する!」
「テイオーさん、ライスさん……」
ポロポロと涙を流し始めたテイオーとライスに、クラウディの目からも涙が零れはじめる。
「わた、し……私、うう……うわああああああああん!!」
遂には声を上げて泣き始める。
流れる涙は、決して冷たく、止まない雨ではない。
なぜなら、どんな雨もいつかは晴れるのだから――――
◇◇◇
「――――迎えに来ていただき、助かりましたわ。沖野トレーナー」
「いやいや、別に良いってことよ」
クラウディの一件がひとまずの終息を迎えた四人は、テイオーが所属するスピカのトレーナー、沖野が運転する車に乗って学園へと帰っていた。
「本当なら私のトレーナーの方が良いのですが、この時間は外に出ていらしたので」
「まあいいさ。昔いたチームのよしみってな。にしても、あんだけ降ってた雨もすっかり止んじまったな」
沖野が迎えに来た時に、土砂降りの雨もちょうど止み、今では太陽の日差しが眩しいぐらいに輝いている。
「あ、あの……」
その時、テイオーとライスに挟まれていたクラウディが、控えめに声を上げた。
「どうしたんですの?」
「その、来月にある選抜レース、出ようと思います」
選抜レースも、そう何回もある訳ではない。月に2回、多くて4回。
今月の分はもう終わっているので、出ようと思うと来月からになる。
「私、もうちょっとだけ頑張ってみることにします……だから、えっと……」
急に口籠る彼女に何を言いたいのか気づいたテイオーは、クラウディに抱き着く。
「もっちろん! ボク、応援に行くからね!」
「ライスも、クラウちゃんが頑張るところ、見に行くね!」
「……で、マックイーンはどうなのさ?」
助手席に座るマックイーンに、からかう様に話しかけるテイオーに、マックイーンはため息を一つ吐き、当然のように言う。
「当たり前のことを聞かないでください。大事な妹分なんですから、行くに決まってるでしょう?」
「あ、ありがとうございます……!」
「もー、マックイーンは素直じゃないんだからー!」
「な、なんでそうなるんですか!?」
ギャーギャーと喧しくなる車内で、沖野は笑みを浮かべる。
「(どうせならスカウトしようかと思っていたんだけど……。ま、今しても断られちまうか。いやー残念残念! ……ん?)おーいお前ら。外見てみな」
何かを見つけた沖野の声で、4人は窓から外を見る。
「外、ですか?」
「えーなになに?」
「うわぁ……!」
「綺麗……!」
窓から外を見ると、そこには彼女たちのこれからを応援するかのように、大きな虹がアーチを描いていた。
そして時は流れ、クラウディの走る選抜レース当日。
「う~。いよいよかぁ。なんだか緊張してきちゃったなぁ」
「何をしているのですか、あなたは」
「そんなこと言っちゃって、マックイーンだってキョロキョロしてるじゃん」
「そ、そそそそんなことないですわ!」
「あははは! 声が震えてるよ、マックイーン」
「何やってるのかしらね。まったく」
「クラウちゃん……がんばれー、がんばれー、おー!」
学園の敷地にある小規模なレース場の一つ。
いつもなら特に声など聞こえてこない観客席で、雑談に興じる集団があった。
「というか! なぜライアンとドーベルまでいるんですか!」
「そりゃもちろん、クラウディに来てほしいって言われたからだよ」
「自分だけだと思ったのかしら? 残念だったわね」
「私たちにとっても、あの娘は大事な妹分だからね!」
そこで、走るウマ娘たちが続々と出て来る。
その中にはもちろん、気合十分なクラウディもいた。
各ウマ娘が一斉に構えを取り、そして……走り出した。
才能もなく、実力も無く、出来たことはただ走る事だけ。
誰にも見られることもなく、期待される事もなかった。
だけど、今は違う。
応援が聞こえる。風が頬を撫でる。力がみなぎる。
前には誰もいなくなり、そして――――
「やりましたわ! クゥが一位ですわ!」
「クラウちゃんが勝ったんだ……!」
「今の走り……そうだよ。あれが、あの時ボクが見た……!」
「やったやったぁ! ドーベル見てたよね!」
「ええ、ええ! 当り前よ!」
これは、『メジロ家の残りカス』とまで言われた一人のウマ娘が、小さな、だけど大きな一歩を踏み出す。
ただ、それだけのお話。
「――――へぇ、あの娘……。なるほどね。だから私に見に行けと言ったわけか。それじゃ、さっそく行かないと。鉄は熱いうちに打てってね」
実績:【かくして、雨は晴れる】を獲得しました。
「辛ければ、私の元に来なさい。たくさん応援してあげますから」
「クラウディのこと、いっぱい応援するから!」
「クラウちゃんのこと、いっぱいいっぱい応援する!」
条件:テイオーエンド①、マックイーンエンド①、ライスシャワーエンド①を見た後に、トゥルーエンドを見る。
ここまでが、短編として本来想定していた話、第一レースです。
今は連載にしてるので次がありますが。
さて、ここからはいくつか番外編を挟んで、第二レースへと進みます。
曇らせ要素減るかもしれませんけど、雲ちゃんは雲ちゃんですからぁ(にちゃり)
見たい番外編は? 上位3つ
-
テイオー:注射を打つ
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マックイーン:我慢する
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ライアン:筋トレする
-
ドーベル:初めての少女マンガ(百合)
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ライス……どうしよう(※案求む)
-
タキオン:実験