学園の校舎の廊下を、クラウディは上機嫌で歩いていた。
先日、マックイーンから校舎のとある部屋に来てほしいと言われたからである。
自分の思いをぶちまけたあの日から、マックイーンたちと仲良くなれた気がするクラウディは、ルンルンと弾みながら廊下を歩く。
「それにしても、用事とは一体なんでしょうか……?」
いくら聞いても秘密としか言われなかった用事を考えていると、目的の部屋に到着していた。
早速ドアを開けて中に入ろうとすると
――――ドカッ!
「注射はいやぁぁぁああああああっ!!」
「へ?」
「はぇ?」
いきなりドアが開いたかと思うと、中からトウカイテイオーが叫びながら飛び出してきた。もちろん、突然のことにクラウディは対処することも出来ず、二人は正面からぶつかった。
「「ぐはっ!?」」
「こらテイオー! ちゃんと注射をってク、クゥ!? どうしたのですか! メディック、メディックですわー!?」
「お嬢様、落ち着いて下さい」
テイオーを追いかけてきたマックイーンは、二人そろって伸びている惨状に慌てたが、後から出てきた白衣の壮年の男性によって落ち着かせられるのだった。
その後、気絶していた二人は無事に目を覚ましたのだが……
「むー! むー!」
「あの、マックイーン姉さま。どうしてテイオーさんは縛られているんですか?」
「こうでもしないと、テイオーはすぐに逃げ出しますからね」
「むぅぅうううッ!」
椅子に拘束されたテイオーが暴れるも、ウマ娘用……というかテイオー用の拘束具はびくともしない。
それほどまでに嫌なのだろうか、注射。
「しゅ、主治医さん。こんにちは」
「どうも、主治医です。お久しぶりでございます」
暴れるテイオーを他所に、淡々と注射の準備をする主治医。
その手にキラリと光る注射針に、ブルリと体が震えた。
「まさかテイオーさんが注射が苦手だなんて」
「前から採血検査をする必要があるのですが、のらりくらりと躱していたんです。さすがに今回はということで、メジロ家の総力を使うことになったのです」
「それでいいんですか?」
まさか一人のウマ娘のためにメジロ家が出張るとは思わなかったクラウディは、ちらりと隣のマックイーンを盗み見る。
先日の一件以来、こうして力の抜けた会話をすることが出来るようになったのは、とても嬉しい。しかし、だからこそ気づいた部分もある。
テイオーのことを話しているマックイーンは、時々、クラウディにも見せないような笑みを浮かべるのだ。おそらく、本人は気付いていないのだろう。
二人が仲良しなのは良いことだ。しかし、どうにもそれを見ていると、クラウディはなんだか胸の辺りがモヤモヤとしたものを覚える。
「さて、今回クゥを呼んだ理由なのですが」
「は、はい」
「そう身構えなくていいですわ。クゥにお願いしたいのは、テイオーの説得です」
「説得……?」
呟いてからテイオーを見る。
椅子に拘束され、猿ぐつわでまともに喋れないのに必死に暴れる姿。もはやそれだけでどういう意味か理解できたクラウディは、頷いて協力の意を伝える。
「でも、私で良いんですか?」
「大丈夫ですわ。クゥだからこそです」
そう言ってマックイーンはテイオーに噛ませていた猿ぐつわを外し、クラウディにメモを渡す。
「この内容を読んでくだされば大丈夫ですわ」
「やい、マックイーン! ボクは注射なんて絶対嫌だからね! そっちが諦めるまでこうやって暴れ続けて――――」
「テイオーさん」
「ク、クラウディ!? 助けてよ! マックイーンがボクに注射なんて恐ろしいことをしようとするんだ!」
まさか今の今まで気づいていなかったのだろうか?
クラウディを視界に収めたテイオーが、助けを求める視線を彼女に送る。
一瞬だけ戸惑っていたが、これもテイオーのためだと、心を鬼にしてメモの内容を読み上げた。
「テイオーさん。私、カッコイイ人が大好きです」
「へ?」
「注射を怖がらない姿を見たら、テイオーさんのことが大好きになっちゃうかもしれません」
「…………」
「て、テイオーさん?」
メモに書いてあった文を読み上げると、テイオーはフリーズしたまま動かない。
本当に大丈夫なのか心配になり、声を掛けようとしたところでテイオーが動き出した。
「そ、そうなの? ふ、ふ~ん。別にそれが気になったからとかじゃないけど、まあ、ボクはテイオーだし? 注射でもなんでも来ればいいよ? ぴーぴろろろー」
「あの、汗スゴイですよ?」
そっぽを向いてこんなことを言い出したかと思えば、下手な口笛まで吹き始めた。
しかし、顔面は脂汗がだらだらに垂れており、やせ我慢なのは明らかだった。
「それではお願いします」
「はい」
成功を確信したマックイーンの指示により、主治医が注射針を向ける。
しかしここでアクシデントが発生。
今回針を刺すのは右腕なのだが、テイオーの顔は先ほどそっぽを向いた際、右側を向いている。
つまり何が起こるか。
迫る主治医の手、銀色に鈍く光る針、刺さればとても痛いであろう先端。
結果からして、クラウディにカッコよく見られたいテイオーと言えど、注射の恐怖が再燃したのだ。
「…………やっぱりむりー!」
「えぇ……」
再び暴れ出したテイオーに、マックイーンは思いっきりめんどくさそうな顔をする。
というかもう疲れた。この感性子どもな我儘テイオーに付き合うのは、本当にめんどくさいのだ。
だから、マックイーンは最終兵器の投入を決定した。
「クゥ。もはや手段は選んではいられませんわ。というわけでゴニョゴニョ……」
◇◇◇
テイオーはひたすら椅子の上で暴れていた。
それはひとえに、あの悪逆卑劣なるマックイーンの陰謀から逃れるために。
たとえ筋肉が裂け、骨が折れようと、帝王の名に恥じぬ生き様でいるのだ。
しかしマックイーンは、卑怯にもクラウディを使い懐柔策に出て来たのだ。
一度は懐柔されかけたが、そんな手はもう通じない。
後は、このまま諦めるのを待つだけである。
その時だった。
ふわふわもっちりとした何かが、自分の身体に引っ付いて来たのだ。
身体をギュゥと抱きしめてくる上に、吸いついて離れないもちもちした何か。
視線を下に向ける。
テイオーに引っ付き、上目遣いのクラウディと視線がぶつかる。Why?
暴れていた身体は、いつの間にか止まっていた。
「ちょっとだけ、我慢してください……!」
「はぇ……?」
――――ブスリ
「アッーーーーーー!!」
哀れなり、テイオー。
◇◇◇
真っ白になったテイオーにスカッとしたものを感じたマックイーンは、戻ってきたクラウディに話しかける。
「ふぅ。ようやく終わりましたわね」
「マックイーン姉さま、これで大丈夫ですか?」
「ええ。お疲れ様です。後で一緒にスイーツでも食べましょうか」
労いながらクラウディの頭を撫でると、目を細めて気持ちよさそうな顔をする。
そのまま大切な姉とのスイーツに思いを馳せ――――
「さ、後はクゥがすれば終わりですわね」
「……え?」
――――地獄に叩き落とされた。
「あなたもそろそろ時期ですからね。この際ですから、クゥも終わらせてしまいましょう」
「ぁ……」
マックイーンの話を聞いたクラウディは、クルリと扉の方を向く。
クラウディ は 逃げ出した !
しかし テイオー に 回り込まれてしまった!
「テイオーさん!?」
「ふ、ふふふ……こうなったら、クラウディも道連れだぁぁぁああああああ!!」
数十分後、テイオーとマックイーンに
雲ちゃんはお注射嫌い。
テイオーは雲ちゃんと同じところがあって嬉しそうにしているぞ!