一部本編と繋がる設定がありますが、基本的にパラレルです。
リギルIF①
「今年の入部者が決まった。入ってこい」
――ああ
「どうも、エルコンドルパサーデス!」
――どうしてこうなってしまったのだろう
「エルコンドルパサーは入部テストにより、最速のタイムを叩きだしたことを評価して入部が決まった」
「トレーナー」
「どうした」
「では、そこのウマ娘は……」
――だけど
「こいつは、強い推薦を受けての入団となる」
「推薦……? それでは他のウマ娘に示しがつかないのでは?」
「エアグルーヴ。お前の言うことももっともだが」
「彼女を推薦したのは私だ」
――このチャンスは逃せない。逃せるはずがない
「会長が……!?」
「へぇ。それはまた」
「確かにルドルフの推薦だが、この事は口外禁止とする。エアグルーヴが言ったように、何かとやっかみが出て来ても厄介だからな。さ、自己紹介をしろ」
――なぜなら
「……クラウディです。よろしくお願いします」
「クラウ、ディ……?」
「えっと、珍しい名前だな?」
「余計な話はここまでだ。気になるのなら、後で個人的に話せ。これからトレーニングに入る。全員グラウンドに出たら、ストレッチを開始しろ」
――自分は
「クラウディ。分からないことも多いだろう。遠慮なく頼ってくれ」
「はい、生徒会長さん。……足を引っ張らないように、頑張ります」
――落ちこぼれなのだから
◇◇◇
「トレーニングを始める。まずは各自計測から入る。二人一組になって、相方のタイムを計りなさい。クラウディは私が計るわ」
チームリギルのベテラントレーナーである東条トレーナーの一声で、メンバーたちは次々とペアを作り別れる。
私もトレーナーの元へ行き、手早くストレッチを済ませると、スタート位置に付く。
「あなたのタイミングで走り出しなさい」
「………行きます」
一言だけ告げて、地を蹴り走り出す。
走るのは1800m。中距離の分類としては最も短い長さ。
トレーナーから教わった走り方、呼吸、そしてスパートをかけるタイミングを意識して1800mを走り終える。
「トレーナー、どうでしたか」
「…………」
「トレーナー?」
トレーナーの元へ掛かったタイムを聞きに行くと、トレーナーは険しい顔をしていた。
やっぱり、また、なのだろうか。
「……4分2秒だ」
「そう、ですか」
遅い。あまりにも遅すぎる。
基本的に一ハロン(200m)の平均タイムが12秒といわれる中、2000mだと大体2分20秒が基準とされている。
そう考えたら、私が走った1800mで4分はまさしく絶望的だ。
ほとんど長距離のレースでのタイム。それでも長距離よりも普通に遅い。
「まあ、そう落ち込むことはない。これからのトレーニング次第で、どうにかなる可能性はある。だが……いや、これは今話すことではないな」
悪気はないのだろうが、トレーナーの慰めが、心に風穴を開こうとして来る。
こうして俯いていることしかできない自分が、心底嫌いになる。
「……他ももうすぐ終わるようだな。クラウディ。お前のトレーニングだが」
「はい。基礎トレーニング、ですよね。昨日と同じで良いですか?」
「…………ああ。ただし、変なところには行くなよ。ちゃんと目が届く範囲でやることだ」
「そんな子供みたいに……」
「そう言って、いつの間にか別のグラウンドに行っていたのはどこの誰だ?」
「すみませんでした」
さすがはベテラントレーナー。その眼光なら鬼も殺せると思います。
絶対言わないけど。
トレーナーが他のメンバーにトレーニング内容を伝えに行き、私もグラウンドの隅で
内容はほとんど筋トレに近い。あまりにも代わり映えがしないから、普通に地味、退屈、辛い。
でもそんな贅沢な我儘が言えるほどの立場じゃないのは一番理解しているので、黙々とこなす。
トレーナーの指導だって、私に費やす時間があるのなら、他のウマ娘に費やした方がリギルのためである。
だから これは 正しい
ちらりと他のメンバーを見ると、トレーナーの指示のもと、それぞれに合わせたトレーニングが行われている。うらやま。
だけどこうして見ていると分かる。
私と他のメンバーの間では、越えられない壁が存在していることが。
あの中に入れば、きっと私はついていけない。
……はぁ。筋トレ頑張ろう。
こんな私を拾ってくれたトレーナーや会長さんに迷惑掛けたくないから、それなりに結果は残さないと……。
目指せ
◇◇◇
今日は、私の所属するチームリギルが行う入部テストの日だ。
私が言うのもなんだが、リギルは名実共にトレセン学園でのトップチームだ。
故に毎年多くの入部希望者がやってくるが、リギルを率いるベテラントレーナーである東条トレーナーでも、その全員を見ることは出来ない。
よって、入部テストを行うことで、言葉は悪いが選定を行うのだ。
「お疲れ様、トレーナー」
「ルドルフか。毎年のことだ」
今年も無事入部テストが終わり、トレーナーと言葉を交わす。
「それで、今年はどうだ?」
「そうだな。人数は多いから、それなりに光りそうなやつはいたが、まあ選ぶならあのウマ娘だな」
――あのウマ娘。
それだけでどのウマ娘か、私にも分かった。
「エルコンドルパサーか?」
「……あまり名前を出すな。余計な騒ぎを起こさないように、後日通達すると言って帰したんだぞ」
「それはすまない。でもまあ、彼女の走りは確かに光るものがあった」
今年の入部者はこれで決まりか……。
そう思っていた時、一人のウマ娘が走ってくるのが見えた。
「すいません!」
「君は……どうしたんだ?」
「あの、私入部テスト受けようと思って、その……」
どうもこのウマ娘は入部テストを受けに来たらしかったが、残念なことにテストはすでに終わってしまっている。
遅刻か……。
どうせならその走りを見てみたい気もするが、彼女のためだけにテストを受けさせるわけにもいかない。
そうなれば、確実に周囲の反発が起きるからだ。
仕方ないが彼女には諦めてもらうしかない。
「遅刻だけど、理由は?」
「ぅ……それは……」
「……何にせよ、悪いけれど、今年は諦めてもらう」
トレーナーも私と同じように考えたのだろう。
しかし、トレーナーのポケットから携帯のバイブ音が聞こえてきた。
トレーナーは電話の相手と少しだけ話すと、通話を切り、しょんぼりしているウマ娘にこう言った。
「今電話があったわ。あなた、ぎっくり腰になった用務員の方を保健室に運んでいたそうね。それが遅刻の原因ね?」
「え? えっと、その……はい」
「その用務員の方から、さっきお願いがあったわ。あなたに入部テストを受けさせてほしいと」
「それって……」
「ええ。入部テストを受けることを認めます」
「あ、ありがとうございます!」
こうして、そのウマ娘はテストを受けることになった。
「あなたの名前は、何というのかしら?」
「私は、メジロクラウディです」
驚いた。
まさかあのメジロ家のウマ娘か?
数々のウマ娘を輩出してきたメジロ家のウマ娘ということに、少し期待が膨らんだ。
そしてテストが行われたのだが、結果は意外だった。
良い意味ではなく、悪い意味で。
「……これでテストは終わりだ。後日結果を伝える」
「はい、ありがとうございました」
彼女が去っていった頃を見計らって、トレーナーに話しかける。
「トレーナー、どうだった?」
「ルドルフ……あまり言わせるな」
やはりと言うべきか、結果は良くなかったのか。
私から見ても、あれでは勝ち抜くことは厳しいかもしれない。
「彼女のタイムよ」
「……これは、遅すぎないか?」
「ええ。これじゃあ、GⅡすら怪しいわ」
つまり、彼女は合格できないと。
だが……。
「一ついいか?」
「どうした?」
「彼女、レースを走り終えても息が乱れた様子が無かったのだが……」
遅刻に慌てて走って来た時も、レースを走っている時も、レースを走り終え帰って行く時も、彼女が息を切らした様子はなかった。
そのことを言うと、トレーナーは少しだけ思案する様子を見せる。
「全て本気で走らなかった。もしくはそれだけのスタミナがあるということか」
「前者は彼女の性格的にないだろう。もし後者ならばステイヤー、もしくは海外の超長距離レースも走り切れるほどの逸材かもしれないぞ」
「だからリギルに入れろと、そういうことか?」
トレーナーの問いに、私はすぐに答えを返すことが出来なかった。
沈黙を肯定と受け取ったのか、トレーナーは話を続けた。
「海外のレース、か。
「…………そう、かもしれないな。私のウマ娘としての魂は、
まだ七冠を取る前、三冠を達成した後、かつて計画されていた海外遠征。そして私が
あの時は、勝てるという自信しかなかった。
だからこそ、
「私は身勝手にも、彼女に自身の夢を背負わせようと、いや、背負わせたいと思っている。勝手なウマ娘だよ」
「……今年はエルコンドルパサーでほぼ決まりだ。多くなっても、私が見きれない」
「ああ、分かっている「だが」……?」
「お前が推薦するというのなら、話は別だ」
トレーナーの言わんとすることが、理解できなかった。
「お前はレースでも輝かしい功績を残している。そのお前が推薦したといえば、反対するものはほぼいないだろう」
「それはつまり……」
「しかしだ。はっきり言って、私はあのウマ娘が大成するとは思えない。今のタイム的にも、体格的にもだ。レースというのは、同情でどうにかなる世界ではない。下手に期待を持たせて、現実を叩きつけることを、私は好かん。」
トレーナーはウマ娘に関して、とても人情家だ。
そして一種のブランドとも言えるリギルの影響を一番理解しているのは、他ならぬトレーナーだ。
下手に期待させるなら、いっそのこと諦めさせる。
大体のトレーナーが躊躇うそれを、彼女は平然と行うことが出来る。
「当然だが、リギルに入れば勝てる様に力は尽くす。しかしルドルフ。お前にできるのか? リギルという名によって周囲があのウマ娘に与える影響、彼女の成績が推薦したお前の経歴にも響くこと、そして何より、彼女自身への影響を。お前は、それを受け止めきれるのか?」
トレーナーの言葉は、まさしく正論だった。
七冠を達成したウマ娘が、一人の無名のウマ娘をリギルへと推薦する。
それが広まれば、メジロクラウディには様々な場所から注目が集まる。
おそらくはほとんどが非好意的なものであろうことは、想像に難くない。
私の生徒会長としての権限を使えば、ある程度抑えることは出来る。しかし、人の口に戸は立てられない。それもいつかはばれるだろう。
その時、私は彼女を守り切れることは出来るのか?
あのウマ娘が壊れないようにしてやれるのか?
いやそもそも、この考えが傲慢だというのか?
何度も思考が頭の中をグルグルと回り続ける。
「私は――――――」
結局、私は過去の未練を断ち切ることは出来なかった。
◇◇◇
ある日の昼下がり。
連絡を受けた東条ハナは、保健室を訪れていた。校医は所用とのことで出ており、ここにはいない。
そして椅子に座る彼女の目の前には、真っ白なベッドの上で眠る小柄なウマ娘――メジロクラウディの姿があった。
――メジロクラウディが倒れた。
その一報が届いたとき、東条は心臓が止まったかと思うくらいの衝撃を受けた。
急いで保健室へと向かうと、ベッドに寝かせられたクラウディと、チームスピカのトレーナーである沖野が付き添っていた。
校医は出ているのか、保健室にいなかった。
話を聞くと、倒れているクラウディを見つけたのが沖野のようで、保健室に運ばれたときにはいた校医によると、原因は疲労と熱中症らしい。
その後、沖野は気を使ってか退室し、今の状況へと至る。
「熱中症に疲労、か」
熱中症に陥りやすい時期ということもあって、リギルのウマ娘たちには注意するように伝えてある。
疲労の方も、しっかりと休息を取らせている。
だというのに、疲労で倒れたということは東条が見誤ったか、それとも……自主トレをしていたか。
おそらく後者だろうと見切りをつける。
別に自主トレを禁止している訳ではないが、クラウディは目の届かない場所で自主トレをやり過ぎることの常習犯だ。
だが、そうでもしなければ能力的に無理なのだと彼女自身が自覚しているため、強く止めることが出来ない。
才能を追い越すには、結局努力しかないのだ。
「(それにしても……)」
ベッドに横たわるクラウディを見る。
一般的にレースでは不利といわれる小柄な体型。
多少筋肉が付いているものの細い手足。
スタミナはあるが、元の脚の遅さに加えてこれでは勝負にならない。
特に手足の筋肉に関しては、日々のトレーニングを考慮すると明らかに細すぎる。
食事を多く摂るように言ったり、トレーニングも変更してみたりといろいろ試したがやはり筋肉が付かない。
「(やはりクラウディは、ハードゲイナーと見ていいわね)」
一般的に太りにくい体質の人を、ハードゲイナーと呼ぶ。
一見良いことに思えるが、筋肉も付きにくいため、体が資本のウマ娘としてはかなりのハンデとなる。
改善することは難しく、日頃から対策を講じてはいるが、良い結果は出ていない。
「……ぅ、う~ん……」
どうしたものかと頭を抱えていると、寝ていたクラウディが目を開けた。
少しの間ポケーッとしていたが、東条に気付いた瞬間、ビクリと肩を震わせた。
「お目覚めのようね。クラウディ」
「あ、えっと、その……」
「疲労と熱中症らしいわ。大方自主トレしていたのでしょうけど、あまり根を詰め過ぎるのも良くないわ。取りあえず、痛い目を見たのだからこれからは頻度の方を抑えなさい」
倒れた直後に長々と説教しても大変だろう。軽く注意するに留める。
「ごめん、なさい……」
「分かればいい。無茶なことはしないようにしなさい」
「はい。……今度は、
迷惑をかけないようにします。
いたって普通の言葉だが、クラウディにとって別の意味を持つことを、東条は知っている。
クラウディが他のメンバーとの”差”に悩んでいることも。
リギルに推薦したルドルフと、それを受け入れた東条に恩を感じていることも。
その
なのに、自分ではGⅠレースで勝てないと
東条は、全部勘付いているのだ。
そして何より最悪なのは、
日々の指示やトレーニングには文句一つ言わず、弱音は吐かない、愚痴も言わない。
これだけ見れば優等生。ナリタブライアンやテイエムオペラオーあたりは、酷かったのを今でも覚えている。
しかし東条からすれば、これは異常なのだ。
トレーナーの言うことを一切疑わず、粛々と従う。
手のかからないウマ娘に思えるが、ルドルフやマルゼンスキーを始め大体のメンバーは何かしら提案や意見を言ってくるというのに。
だからこそ、クラウディは何も言わない。言えば”迷惑”になると考えているから。
きっと、このレースに出ろと東条が言ってもそれを受け入れるし、逆に自分が出たいレース(クラシック路線、トリプルティアラなどの希望)を言うことはない。完全な受け身なのだ。
「…………しばらくここで休んでいなさい。今日と明日はトレーニング禁止。しっかりと休息を取ること。いいわね?」
そう言って、東条は保健室を出る。
一応注意はしたが、最後にちらりと見た彼女の表情からして、おそらく守らない。
グラスワンダーとエルコンドルパサーに、クラウディの様子を見るよう頼んでおくか。
だが、自分が弱いと考えているクラウディは引け目を感じているのか、メンバーとの交流は最小限。
今でさえ、ルドルフとトレーナーぐらいとしか話さないし、それも自分から話しかけることはほとんどない。
その癖して、他人からの善意には非常に敏感だ。
マルゼンスキーやフジキセキ、エアグルーヴでさえ難しいのに、グラスワンダーたちに様子を見るよう頼めば、引け目にプラスして負い目まで追加してしまう可能性がある。
「……悩んでいても仕方がない。やれるだけ、やってみるとするか」
東条は、クラウディを受け持つことを選択したことは後悔していない。
しかし、過去の自分はぶん殴りたいと切実に思った。
リギルIFだと二つのエンドがあります。
・そもそもデビューできないエンド
自分では絶対に勝てないと悟り、迷惑になりたくないのでデビューすることなくリギルから抜ける。
この場合、カイチョーとおハナさんぐらいしか親睦を深めることはないが、二人は曇る。
・デビューはしたけど誰にも勝てなくて、足を故障するエンド
リギルのメンバーと親交を深め、その背中に追いつきたいけど、やっぱり追いつくことは出来ない。そして足を故障してGⅠで勝利することなく引退。雲ちゃんはリギルの落ちこぼれと揶揄されるようになる。
この場合、リギルメンバーと交流を持つのでみんな曇る。そして雲ちゃんが勝利できなくても、他のメンバーがすごいのでおハナさんの評価は落ちない。余計に曇る。