今日も今日とて、クラウディはテイオーとダンスレッスンに励んでいた。
マックイーンに追いかけられたことが効いたのか、最近ではテイオーが密着することもなく、クラウディはまるで水を吸うスポンジのように、ダンスを覚えていった。
本人の努力もあるだろうが、やはりテイオーの教えも効果があるのだろう。教え方が非常に上手い。
そして休憩中の会話に出たのは、最近のテイオーだった。
「テイオーさん。皐月賞、頑張って下さい」
「うん! クラウディも見ててよ! ボクがかっこよく勝っちゃうところ」
クラシック級に移るにあたって、テイオーは兼ねてより公言していたクラシック三冠をめざし、皐月賞に出走する。
幾度となくその話を聞いていたクラウディは、テイオーの夢への第一歩を応援する。
「クラウディも、もうすぐデビュー戦なんでしょ? ボク、絶対応援行くからね!」
「そ、そんなの悪いですよ。ただでさえ、皐月賞に向けての調整があるのに、こうしてダンスレッスンを手伝ってもらってるのに……」
「ボクがクラウディのレッスンを見るって言ったんだから、最後まで見るのは当たり前だよ。大丈夫だって。クラウディならいけるよ!」
テイオーの言葉に、クラウディはやる気がみなぎるのを感じた。
もうすぐ始めるメイクデビュー戦。絶対に負けられない。
場所は変わり、クラウディはグラウンドで雲莉から指導を受けていた。
「もっと腕の振りを意識して! テンポを崩さない。もっと辛くなるよ!」
雲莉の声を背に受けながら、頭のてっぺんから爪先まで意識を集中させる。
速度が出ないことに対する雲莉の秘策。それは、フォームを整えることだった。
数日前、
『――フォームの矯正、ですか』
『クラウディは、色んなウマ娘の走りを参考にしてるって言ってたよね?』
『はい』
『参考にするのは間違ってないんだけどね。あなたの場合は、参考にしすぎてる』
『えっと……?』
『詰まる所、あなたの走り方は、脚質や適性距離問わず、いろんな走り方が混ざってる状態なの。だから噛み合わずに速度が出ない。今日からは、フォームを修正するからね』
それからというもの、クラウディにはフォームの矯正が行われていたのだが、その中で雲莉はその異常性に気付かされた。
「……彼女の適性距離が分からない」
そう。
これは悪い意味ではなく、むしろどの距離、脚質も悪いものではないからだ。
なまじ前のフォームが複数の走り方が混ざっていた為に、距離ごと、脚質ごとの走り方を彼女は、断片的にものにしてしまっていた。
ある意味で、究極の器用貧乏だ。
これでは、彼女の脚質や適性距離が正しく判別できない。
適正ではない距離や走り方をすれば、待っているのは故障だ。それだけは避けたい。
もしかすると、全ての距離、脚質が走れるかもしれないが……そう判断するのは、本当に最後の手段だ。
取りあえず今は、現時点で最も良いタイムを出せている中距離のメイクデビュー戦に出走登録している。そのレースをもって、メジロクラウディは正式にデビューすることになる。
「まずは、目の前の一勝か……」
気持ちを切り替えて、雲莉は指導を続けた。
その日の特訓を終え、雲莉はとある部屋を目指していた。
「ここか……」
目的の部屋に到着した雲莉は、ドアをノックすると、中から入室を促す返事が返って来た。
返事に従い中に入ると、湿布の臭いに似たツンとした刺激臭が漂ってきた。
「君は初めてみる人間だが、一体誰だい?」
「初めまして。私は雨乃智雲莉。メジロクラウディのトレーナー」
「へぇ……。まさか彼女にトレーナーが付いたとはな」
しげしげと雲莉を眺めるアグネスタキオンに、雲莉はさっさと要件を告げる。
「クラウディから、あなたの事を聞いてね。肉体改造を施してるんだってね?」
「ああ、そのことか。言っておくが、合法だからな。クラウディでデータが取れたら、私にも施すつもりなのだから」
雲莉がタキオンの研究室に来たのは、クラウディから肉体改造の事を聞いたからだ。
すでにトレーナーがいるウマ娘なら非合法と言うことはないだろうが、念のためにこうして話を聞きに来たのだった。
「それで用事というのは、肉体改造を止めろと言いに来たのかな?」
「いいえ。むしろ逆よ」
意外な言葉に、タキオンは驚いたような表情を見せる。
タキオン自身、クラウディにトレーナーが出来たら、今のデータ採取も終わるだろうと考えていた為、雲莉の言葉は予想外のものだった。
「あなたは知っていると思うけど、あの子は遅いわ」
「そうだね」
「それが、あなたの肉体改造を施されている上であるならば、止めさせるわけにはいかない。ただでさえ少ない勝ち筋を、潰すわけにはいかない」
「意外と辛辣なんだねぇ」
「事実を事実として受け入れられなければ、あの子を勝たせてあげることは出来ない」
毅然と答える雲莉を興味深そうに眺めた後、タキオンは机に置いてあったタブレットを手に取り、雲莉に近づく。
「中々面白いねぇ。気に入った。君が欲しいと思うなら、今さっき考案した走法を、君たちに授けようじゃないか。どうする?」
試すような、挑発的な視線を向けられた雲莉は、少しの間迷う素振りを見せるも、答えが出るのにさほど時間はかからなかった。
「わかった。あなたの言う走法、私たちに教えてほしい」
「……いいだろう!」
如何にもマッドサイエンティストと言わんばかりの笑みを浮かべ、両手を広げたタキオン。
それを見た雲莉は、用は済んだとばかりに部屋を出ようとする。
「それじゃ、詳しいことはまた伝えるわ。あなたのトレーナーにも伝えないといけないし」
「ああ、待ちたまえ」
「何かあるの――――」
――ズドンッ!!
タキオンに呼び止められた雲莉が振り返った瞬間、タキオンの右手が、雲莉の左側に突き出される。
雲莉の背中は既に扉に当たっており、突きだされたタキオンの右手も、音を立てて扉に立てられた。
いわゆる、壁ドンの体勢である。
「……一応伝えておくが、彼女への肉体改造は、私が直接行っていた。つまり、君が彼女のトレーナーになる前までは、私が彼女を育てたと言っても過言ではない。そこの所、間違えないでくれたまえ?」
それだけ言うと、タキオンは雲莉から離れ、雲莉も何事もなかったように部屋から出ていく。
しかし、雲莉の頭は混乱していた。
「……この場合、あの子が愛されてると喜ぶべきか、それとも厄介事が増えたことに嘆くべきか……はぁ」
壁ドンだなんて乙女チックなことを体験したにも関わらず、雲莉の口からは重い溜め息しか出てこなかった。