レース描写については、まじで勘弁してください。
それと今更ですが、誤字脱字報告ありがとうございます。
テイオーさんが皐月賞を勝利した。
もちろん、私もトレーナーさんに許可を貰って、中山レース場で直接応援した。
ゴールの間際、一瞬だけ観客席――しかも私の付近に顔を向けていたけど、誰か知り合いでもいたのかな?
何はともあれ、テイオーさんは無事、夢への一歩を踏み出すことになった。
そして私も、念願のメイクデビュー戦の日が訪れた。
「……緊張してる?」
「緊張……というより、感極まったという方が正しいです。私には、きっと味わうことのできないものだと思ってましたから」
控室の中で、トレーナーさんとお話しする。
これも憧れていたことの一つ。レース前のお話は、今からレースに出る……
「その感想は、走ってからにしておきなさい。観客席で応援してるわよ」
「はい。勝ってみせます」
テイオーさんも、皐月賞を勝ったんだ。
同じ場所に立てるとは思わない。三冠なんて夢のまた夢。
そんなの分かってる。
だけど、せめてそこに近づきたい。
「私は、やれます」
「そっか……応援してるよ」
それだけ言って、トレーナーさんは控室を出て行った。
周りを見れば、他のウマ娘もそれぞれトレーナーの人と話している。
メイクデビュー戦なためか、出走予定のウマ娘の控室は、まとめて一つの部屋が控室になっている。
だから他のウマ娘の表情も見れて、そのどれもが、緊張が顔に張り付いていた。
目の前の鏡を見る。いつも朝に見るような表情だった。
「……うん、大丈夫だ」
どことなく気楽に感じる。
むしろ選抜レースの時の方が緊張していた気がする。
ボーッと鏡を見つめていると、他のウマ娘のトレーナーも控室を出ていき、控室はウマ娘の呼吸がやけに大きく感じた。
『――出走の皆さん、間もなくレースが始まります』
スタッフの人が控室に来て、控室に居たウマ娘たちが動き出す。
私も立ち上がり、地下バ道に向かう。
夢にまで見たレースまで、もうすぐである。
◇◇◇
時は戻り、雲莉は控室を出て観客席に向かっていた。
メイクデビュー戦とはいえ、これからの将来有望なウマ娘が生まれるかもしれないのだ。それなりの人数が観客席にいる。
しかし、やはりメイクデビュー戦。閑古鳥が鳴いているとは言わないまでも、重賞のレースに比べれば、やはり人は少ない方だろう。
ここにいるのは、コアなファンと、出走するウマ娘のトレーナーと、それと――
「……意外ですね。まさかあなたたちがここにいるなんて」
「昔の教え子が新たに担当するウマ娘のレースだもの。一応、期待の新人ということで偵察に来たのよ」
「俺もおハナさんに同じくだな」
「クラウディが走るなら、ボクがいるのは当然だよね!」
――こんなメイクデビュー戦の会場にいるとは思えないような、人とウマ娘である。
一人は数々の有名ウマ娘を輩出している、強豪チームの一角であるチームリギルのトレーナーでありおハナさんの呼び名で親しまれる、東条ハナ。
一人は一時期チーム登録抹消の危機に危ぶまれたが、サイレンススズカやスペシャルウィークなどのウマ娘を擁するチームスピカのトレーナー、沖野晃司。
一人はつい先日の皐月賞を勝利し、三冠への一歩を踏み出したウマ娘、トウカイテイオー。
そして、
「そ、その、先生。お久しぶりです」
「……うん。ルドルフも久しぶり」
トゥインクル・シリーズで七冠を達成し、絶対があるとまで言わしめる伝説のウマ娘の一人、シンボリルドルフ。
トレセン学園の生徒会長たる彼女が、まさかメイクデビュー戦のこの場所に来ているとは思わなかった。
「それで、なぜ皆さんがここに?」
「あら、さっきも言ったでしょ? 元教え子の担当ウマ娘ぐらい、今の内に偵察しておきたいのよ。
「……昔の話ですし、それに七冠を達成させたのはおハナさんじゃないですか」
「三冠まではあなたが担当していたじゃない」
東条から言い返され、雲莉は気まずそうに視線を逸らす。
「ハッハッハ! やっぱおハナさんには弱いな、雲莉ちゃんは」
今度は沖野が、雲莉をからかう様に話しかける。
東条と沖野は雲莉がサブトレーナー時代からの知り合いであり、特に東条にはサブトレーナーとして、様々なことを教えてもらっていた。
いわゆる師弟関係の様なものである。
故に、雲莉は東条にはあまり強く出れないのだ。
「沖野さんも来たんですね。ちょっと意外です」
「ああ、俺はテイオーの足としてな。テイオーがこのレースを見たいって言うから、連れて来たんだ」
「フフン! クラウディがボクのレースを見に来てくれたんだから、ボクだって見に来るのは当然だよ!」
「……ってな感じでな」
自慢するように少々残念な胸を張るテイオーに、沖野は苦笑する。
そして雲莉は、一番気になっていた人物に声を掛けた。
「ルドルフが来てるのも、意外ね。生徒会の方は大丈夫なの?」
「っ! ……はい、済ませる必要のある仕事はすでに終わらせているので……」
「カイチョー?」
「な、なんでもない」
皇帝とも呼ばれたあのシンドリルドルフが、何時もの堂々とした姿ではなく、どこか怯えている様子を見せていた。
その様子を疑問に思ったのか、テイオーが声を掛けると、ルドルフはいつものような毅然とした立ち振る舞いに戻った。
『――間もなくレースが始まります』
「おっ、もうすぐだな」
「……そうですね」
アナウンスからさほど時間もかからず、出走ウマ娘たちが続々とゲートに入って行く。
「クラウディだ! おーい、クラむごっ!?」
途中、クラウディの名前を叫ぼうとしたテイオーの口を、雲莉が慌てて塞ぐ。
「ちょっと、あなたは皐月賞ウマ娘なのよ!? あなたがここにいると広まるだけでも不味いのに、そんなあなたがクラウディの名前を叫んでみなさい。絶対に余計に注目されるって!」
皐月賞ウマ娘がメイクデビューのウマ娘を名指しで応援する。
そんな話が広まってみろ。確実に悪い意味でも良い意味でも注目が集まる。
そしてそのほとんどは、悪い意味だろう。
「あ……ごめんなさい」
「わかってもらえれば良いよ。私も、いきなり口を塞いだりして、ごめんなさい」
互いに謝り、ターフへ視線を戻す。
すでに準備が終わっており、ウマ娘たちは構えを取っていた。
どのレースでも共通する、スタート前の一瞬の静寂。
この数時間にも感じられる数秒の後、ゲートが開いた。
「よし」
知らずの内に、雲莉の口から声が漏れていた。
一斉に飛び出たウマ娘たちの中、クラウディは先頭についた。
「……よし、よし」
うわ言のように呟く。
今回クラウディに指示したのは”逃げ”で走る事。そして、
前者はともかく、後者はどんなウマ娘でも、明らかにおかしいと思う内容。
メイクデビュー戦とはいえ中距離。最初から全力で走ってしまえば、絶対にスタミナが続かない。
だが、彼女にはそれが出来る、出来てしまうスタミナがある。
ちらりと隣を見る。東条や沖野、テイオーにルドルフも、クラウディが全力で走っていることに
やがて最終コーナーに差し掛かるが、足を残して走っていた他のウマ娘と、最初からハイペースで走っていたクラウディでは、既に大きな差が出来ていた。
これはクラウディのハイペースによって、自分たちのペースが乱されたからであろう。
序盤から大きな差が出来てしまえば、終盤に追いつくことは出来なくなってしまう。
だからペースを上げるのが間違いとは言えないが、このレースに出ているのは経験の乏しいウマ娘しかいない。
故に、早々にバテてしまったのだろう。
「……決まったか」
ルドルフがポツリと漏らした。
そして彼女の言った通り、この差ではラストスパートをかける必要もなく(最初から全力なので掛けれないのだが)、クラウディは悠々とゴールイン。
1位のウマ娘が大差で勝利した
しかしその本質は全くの別。クラウディ以外がバテたからそう見えるだけである。
タイムを見ればそれは一目瞭然であり、おそらく東条と沖野は気付いたはずである。
1位のウマ娘へ拍手が届けられる中、余計なことを聞かれる前に、雲莉はクラウディの元へ向かうのだった。