メジロ家の落ちこぼれ   作:神咲胡桃

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7信頼なんてしない。友達だから

 

「――菊花賞は、諦めた方がよいでしょう」

 

11月の菊花賞を目前とした10月。医者からそう言われた。

 

ダービーの直後に発覚した軽度の骨折。この時から、医者から諦めた方が良いと言われていたけど、トレーナーに無茶を言って、ギリギリまで待ってもらっていた。

 

だけど……約束は守らなきゃね。ギリギリまで待つ代わりに、医者に止められたら諦める。

 

あーあ、クラウディにかっこいい所を見せたかったのになー。

 

カイチョーみたいに、無敗で3冠を取って、テイオー伝説を残して、それで……それで……リハビリに協力してくれた皆のために……勝って、ネイチャと戦って……。

 

 

でも、それも叶わなくて。

 

 

前みたいに走ることが出来ない。

 

 

約束を果たすことが出来ない。

 

 

皆の期待に応えることが出来ない。

 

 

それがとてももどかしい。とても苦しい。とても悲しい。

 

 

だけどボクには、堪えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーナーに、諦めることを伝えた。

 

ごめんね、トレーナー。部屋がゴミだらけになるまで栄養ドリンクを飲んで、ボクのためにいっぱいいっぱい頑張ってくれたのに、ボク、走れないんだ。

 

ボクが菊花賞を走れない事よりも、トレーナーにこの事を伝えることが、一番怖かった。

 

 

 

 

 

 

トレーナーに連れて行ってもらった菊花賞。ターフじゃなくて、観客席に立つボクは、ゲートに入る皆を見ることしか出来なかった。

 

諦めたはずだった。仕方がないんだって。

 

でも、走っているのを見ると、僕ならこうする、こう走るって考えちゃって……何でボクがそこに居ないんだろうって、余計に苦しくなった。

 

 

 

 

 

 

そして菊花賞から少し経って、久しぶりにクラウディと会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

私の目の前にいるのは、本当にあのトウカイテイオーなのだろうか。

 

京都ジュニアステークスの勝利から後日。

 

並走に付き合ってもらった後、ゴールドシップさんから「テイオーの話し相手になってやってほしい」と言われた。

 

確かに最近会っていないなと思い、トレセン学園中を探し回ってようやく見つけたテイオーさんを見た時、最初に思い浮かんだのはそれだった。

 

以前の快活さは見る影もなく、ベンチに座るテイオーさんからは気力というものが感じられない。まるで昔の私みたいに。

 

「GⅢのレース、勝ったんでしょ? おめでとう」

「……ありがとうございます。その、テイオーさんは」

「うん。菊花賞、出れなかったよ」

 

テイオーさんが菊花賞を断念したことは、ゴールドシップさん経由で聞いた。

 

常日頃から三冠を目指しているテイオーの前に立ちはだかった、骨折という壁。

 

これが菊花賞で敗北したのであれば、まだ気持ちの折り合いもついただろう。

 

しかしテイオーさんは、走る事すらできなかった。

 

「これから、どうするんですか?」

「どうしよっか。なんか、胸にぽっかり、穴が開いちゃったみたいでさー。何にも、分かんないや」

 

無残に夢が終わってしまった喪失感。

 

きっとそれは多くの人に期待され、そして何より、テイオーさん自身が求めていただけに、大きな亀裂となって彼女の心に生まれたはずだ。

 

それこそ、学園の選抜レースで勝てなかっただけの私の苦悩よりも、遥かに大きい。

 

「私は、まだGⅠで勝てただとか勝てなかったとか、よく分からないです。テイオーさんみたいな三冠の目標だとかも、それがどれだけ大事なのかも、私なんかじゃ理解が及ばないと思います。でも、これだけは言えます」

 

私ごときがあなたの苦悩を察することなんてできない。してはいけない。

 

でも同じような、レースによる悲しみを知っている私は

 

「――私は、あなたに救われた。あなたのお陰で、今の私がいるんです。だから、私なんかじゃ、どれだけ時間がかかるかも分からないけど、あなたの背中を追い続けます」

 

それだけを伝えて、テイオーさんの元から去る。

 

ただし、寮へではなく、学園へだけど。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

今日の業務を終えた私は、チームメイトのマルゼンスキーとエアグルーヴと共に、学園を歩いていた。

 

今日のトレーニングは休養と言うこともあり、偶にはこうして友と歩くのも悪くないと思っていた。

 

そんな折、私は彼女に声を掛けられた。

 

「……生徒会長さん」

「君は……クラウディか」

 

小柄な体躯に、真っ白な髪、そして全てを見透かしているような碧眼。

 

先生と呼んでいるトレーナーの担当である、メジロクラウディだった。

 

「どうしたんだ? 何か用か?」

「あらなーにー? ルドルフの知り合い?」

 

マルゼンスキーが声を掛けるも、クラウディはそれを無視して話し始めた。

 

「生徒会長さん、テイオーとお話ししましたか?」

「テイオーとか? ……その様子だと、今のテイオーを知っているんだな?」

 

クラウディは静かにうなずく。

 

「彼女は、自分の気持ちにケジメをつけなければならない。こればかりは、他人が口を挟んでいいものでもない」

 

七冠を達成した私でも、敗北が無かったわけではない。

 

必ず、誰しもが通る道だ。そして敗北への折り合いは、自分でつけなければならない。

 

「なに、テイオーは強い。こんな所で終わるウマ娘じゃないさ。もっと上へあがってくる。だから……」

「――――――本気で言ってるんですか?」

 

空気が凍りついた。

 

本気でそう思ったほどに、揺れる前髪から覗く彼女の視線は……冷たかった。

 

「今の話からして、テイオーさんと話してないんですか?」

「それは……」

「話してないんですね?」

「メジロクラウディ! 会長に向かってなんて口を……!」

「さっき、テイオーさんと話してきました」

 

クラウディの言葉に、目を見開いた。

 

……本音を言えば、私はテイオーに声を掛けることを恐れたんだ。

 

私は敗北こそした事はあるが、無敗の三冠を達成している。テイオーが成せなかったことを、私は成している。

 

触れれば壊れてしまいそうな今の彼女に、そんな私が気休めの言葉を掛けたところでどうなる? そんなものでは、何の慰めにもならないどころか、彼女を傷つけるだけだ。

 

ああ、白状しよう。私は怖いんだ。

 

皇帝として生徒会長の座に立つ私に、周りの生徒たちが向けて来るのは畏怖の視線。挑戦的なものもあったが、私の走りを見た途端に、それらは畏怖へと変わった。もちろん、気安く話しかけてくれる友人はいるが、向けられる畏怖の視線は、増えるばかりだった。

 

そんな中、純粋な憧れを携えてきたのがテイオーだった。

 

怖い。もしテイオーから、嫌われたと思うと、胸が痛む。

 

だから、テイオーを信頼しているような理由を作って、声を掛けることをしなかった。

 

なのに、目の前にいる人形のような少女は、テイオーと話したのか。

 

「テイオーさん、言ってました。胸にぽっかり穴が開いちゃったって。何も分からないって。それでも、生徒会長さんはテイオーさんを、()()()()()()()?」

「……ッ!」

「見守ってたって、何も伝わりませんよ。言わないと、口にしないと、思ってることなんて伝わらない。何も言わなくても通じてるなんて、本の中だけです。()()()()()()()()()()()()()()()

 

信頼しないことが、信頼……か。

 

「テイオーさんと、話してあげてください。生徒会長さんは、間違いなくテイオーさんの大切な人なんですから」

 

クラウディはそう言うと、ぺこりと頭を下げて去っていった。

 

私が、テイオーの大切な人か……今更私にそんな権利があるのか分からないが……いや、権利だとか、そんなことは関係ないか。

 

「マルゼンスキー、エアグルーヴ。申し訳ないが……」

「はいはい。早く行ってあげなさい」

「私たちの事は、気にしないでください」

「……ありがとう、二人とも」

 

本当に、私は良い友人を持った。

 

制服であることも忘れ、私はテイオーを探しに走り出す。

 

 

――テイオー、君にもいるぞ。君の心配をしている、かけがえのない友人が。

 

 

 

 




アニメだと菊花賞が11月になってるので、そうします。
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