1猛る思いは夜を照らす
――年明け。
提灯の明かりが、暗闇を照らす。
普段は静かなこの神社も、今日この時は祭囃子が騒ぎ立てる。
目の前の賽銭箱に10円を投げ入れ、手を合わせる。
願うのは勝利……ではなく、安全祈願のみ。
そのため早く終わった私から、少し遅れて手を下ろしたトレーナーさんと列から離れる。
「トレーナーさんは、何をお願いしたんですか?」
「良いことありますようにって。クラウディは、何頼んだの?」
「安全祈願です」
「……言っちゃなんだけど、もっと他のこと頼んでもよかったんじゃない? ほら、レースで勝てますようにって。いやまあ、安全祈願も大切だけど」
「レースは、自分の力で勝ちます。神様に勝たせてもらっても、嬉しくないですし」
「あなたらしいねぇ」
呆れたように言うトレーナーさんだけど、こればっかりは性分だ。
「それじゃ、私は先に戻ってるよ。たしか、トウカイテイオーと待ち合わせしてるんでしょ? あんまり遅くならないうちに、寮に帰りなよ」
「はい」
そう言ってトレーナーさんが帰るのを見届けていると、ふと視界が何かに覆われた。
「だーれだっ!」
「……テイオーさんですよね」
「えへへっ。ばれちゃった!」
目元を隠す手をゆっくり外しながら振り返ると、そこには悪戯っ子な笑みを浮かべるテイオーさんがいた。
怪我もすでに完治しており、今年の春からは復帰する予定とのことである。
「明けましておめでとうございます、テイオーさん」
「うん、おめでとう。クラウディ。それにしてもぉ……」
年明けの挨拶もそこそこに、テイオーさんが構えたスマホから、パシャリと音が鳴る。
「どうしたの~! 着物なんか着ちゃってー! 可愛いなーもー!」
興奮したように言うテイオーさんの手からは、パシャパシャと音が連続して鳴る。
テイオーさんの言う通り、今の私は着物に身を包んでいる。
これがどうしてかというと、初詣に行く少し前のこと――
「おーい、クラウディー!」
「……? ライアン姉さま、ドーベル姉さま。どうされたんですか?」
「クラウディはさ、着物に興味ある?」
「はい?」
「興味なくてもいいわ。取りあえず、連行するわよ」
「はい?」
~~~~
「うんうん! 凄い似合ってるよ!」
「態々実家から取り寄せて正解だったわ。あ、まだ動いちゃだめよ。ほら、ピース」
「こ、これは一体……?」
「クラウディ、初詣行くんでしょ? アタシとドーベルは朝行くからさ」
「せっかくだから、着て行きなさい」
「あ、ありがとうございます……」
というわけである。
いきなりのことで驚いたけど、こうして褒めてくれるのは嬉しいものである。
「おーい、テイオー!」
「あ、そろそろ行かなきゃ。クラウディは参拝済ませたの?」
「はい。ですので、気にしないでください」
「分かった。じゃあ、また後でね!」
そう言って、テイオーさんはチームメイトと思われる方たちの元へと、走っていった。
ああやって、また走っている姿を見るのは久しぶりだ。本当に、足のけがが完治して良かったと思う。
――本当に?
「ッ……!」
ほんの一瞬、頭を過ぎった言葉を振り払う。
私が、テイオーさんの復帰を喜んでいないなんて、そんなこと……
「クゥ、あけましておめでとうございます」
「あ、マックイーン姉さm…………あの、そのカメラは?」
背後から聞きなれた声を掛けられ振り返る。
そこに居たのは、一眼レフを構えたマックイーン姉さまだった。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………ッ!!」カシャカシャカシャカシャッ!!
「………………ッ!?」ビクゥ!?
数秒のカメラ越しの見つめ合いに呆けていると、唐突になったシャッター音にびっくりしました。
なんというか、お姉さまの気迫がレースの時並にすごかったです。テイオーさんの時のパシャじゃなくて、カシャでしたもん。
「…………」
「お、お姉さま……?」
「はぁ~~~~!! 良いですわ~! クゥの着物姿、可愛すぎて昇天してしまいますわ~」
「だ、駄目ですよ。すぐ戻ってきてください~!」
マックイーン姉さまが物騒なことを言いだしたので、慌てて肩を揺らして引き戻す。
ファンの人にはとてもではないけど見せられないような顔をしていた姉さまは、ハッと戻ってくると、少しだけ赤くなった顔でコホンと咳ばらいをした。
「助かりました、クゥ。ですがこれも、可愛らしいクゥが悪いと言うことで」
「何でですか!?」
酷すぎませんか? 私泣いちゃいますよ?
クゥが泣いたら、写真撮っていいですか?
の、脳内に直接!?
「どうしましたの?」
「ハッ!? い、いえ、何でもありません。アハハ……」
何だ、気のせいか。
「そ、それで、マックイーン姉さまも初詣ですか?」
「ええ。来年は春の天皇賞もありますし、有マ記念の時のような負けもしないつもりですわ」
「……」
そう、先日行われた有マ記念で、マックイーン姉さまは残念ながら2位という結果に終わってしまった。
ファン投票で出走できるかどうかが決まる有馬記念で2位というだけでも、十分すごいことではあるが、やはりマックイーン姉さまらしく、もっと上を目指すつもりの様である。
ただ、一つ気になるのが……
「マックイーン姉さま、その腕にぶら下がってる袋の中身は……? ダイエット中と聞きましたが……」
そう聞くと、お姉さまの耳と尻尾がピーン!と突っ張った。 ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。
「ジー……」
「ち、違うのです! これは……そう! 同室の方へのお土産ですわ!」
「ジー……」
「け、決して私が食べるわけではなく……」
「ジー……」
「や、やめてください。そんなつぶらな瞳で見ないでくださいー! 胸が痛みますからー!」
やっぱりそうだったのか……。
遂に白状したマックイーン姉さまにため息を吐くも、こればっかりは治らないんだろうなぁと思いつつ、あとで自分のトレーナーに怒られる未来が容易に想像できてしまった。
とはいえ、嘘をついたのはいけない事なので
「ぁ、クラウディ?」
言ったところで直r――あんまり口うるさく言いたくないので、袋の中からチョコバナナを一本取りだし、包装をはがしてマックイーン姉さまに差し出す。
「……はい、あーん」
「ふぁ!?」
「一口だけ齧ってください」
「な、なぜ!?」
「良いですから」
「で、では……あーん」
少しだけ頬を染めたマックイーン姉さまが、先端を少しだけ齧る。
結構いきましたね……。
「罰として、このチョコバナナの残りは私が貰いますからね。ちゃんと同室の人と一緒に食べてください。じゃないと、トレーナーの人に怒られますよ?」
「ク、クゥ……」
「ダイエット宣言は守らないと意味ないですよ? あむ」
先端が無くなったチョコバナナを食べる。うん、バナナにチョコがかかっただけなのに、おいしいと感じる。
出店の食べ物って、自分で作るよりも特別感があるから好きだ。
「ほぁぁあぁぁああああ!?!?」
「……マックイーン、うるさい」
「あ、テイオーさん」
狐の仮面で顔を隠しながら叫ぶマックイーン姉さまから少し距離を取ると、参拝を終わらせたらしいテイオーさんが戻ってきた。
「まったく、マックイーンはボクのライバルなんだから、もうちょっとちゃんとして欲しいなぁ」
「ふっ、無知とは愚かですねぇ」
「ケンカ売ってる?」
自慢げな顔をしているマックイーン姉さまに、青筋を立てたテイオーさんは、私の背後から抱きつくような形で近づいてくる。
そして何故か私がチョコバナナを持っている手を握ると、そのままチョコバナナを一口食べ――
「うん、クラウディの味がする」
「テ、テテテテテテテイオーさん……ッ!?」
そう言って唇に付いたチョコを、ペロッと舐めとったテイオーさんは、なんだかすっごく艶やかというか艶めかしいというか……すごく恥ずかしくなった。
「テイオーさん、どういうつもりですか?」
「べっつにー! ボクはちょっとだけ貰っただけだしー」
今度はマックイーン姉さまから怒りのオーラが吹き出て来て、テイオーさんの方が自慢げな顔をする。
……テイオーさんとお出かけして以来、テイオーさんからこうしたスキンシップが増えた気がする。
私としては良いのだけど、ライスさんとかマックイーン姉さまが居る時は自重してほしい。今みたいな状況になるから。
ただまあ、やめてと言ったことはないんだけど。
「マックイーンはさ、出るんだよね。春の天皇賞」
「いきなりなんですか? まあ、出走は当たり前ですわ。春の天皇賞を2連勝。メジロ家として、狙わないわけがありませんもの……まさか」
「うん。ボクも出るよ。トレーナーには、まだ言ってないけど」
テイオーさんが、春の天皇賞に、出る。
「宣戦布告、ですか? あいにくと、私は誰が相手だろうと負ける気はありません。テイオーさん、あなたであろうと」
「知ってる。ライバルだもん。だから勝つ」
「上等ですわ」
話し合いながら、二人は笑みを浮かべる。
互いにライバルとして見ているからこその、好戦的な笑み。
マックイーン姉さまが、テイオーさんの所属しているチームスピカを抜けても尚、いや、抜けたからこその思い。
きっとテイオーさんは、春の天皇賞に出走するだろう。
私としては、どっちにも勝ってほしい。だから、どっちも応援しようと心に決める。
だけどお二人とも――
そういうのは私を抱きしめないでやってほしい。空気が緩くなりますから。