まあ、感想なんて人それぞれなんですが、確かになぁと思う内容でもあったので、少しリアルが落ち着いたら書いてみよう、とは思いましたね。
――レースに絶対はないが、あのウマ娘には絶対がある。
とあるウマ娘を称えて囁かれ始めた言葉だ。
まあ、彼女には絶対はある。だが基本的に、レースに絶対という言葉はないのだ。それが普通だ。
だけど勘違いしないでほしいのは、ことレースのみに焦点を当てれば、レースである限りの絶対は存在するのだ。
例えば、そう――勝者がいれば、敗者が存在することとか。
それを多くのウマ娘は、皮肉にもレースで教えられる。突きつけられる。
「私が、負けた……? 負けた……負けた……負けた……ぁあ!!」
今まさに、私の目の前で打ちひしがれている彼女もまた、その一人だった。
4月。
クラシック三冠を目指すウマ娘にとって、まず最初に訪れる関門である皐月賞。
三冠を目指すウマ娘たちは、その栄光への道を歩まんとする彼女たちは、ここでいきなり一人にふるい落とされる。
それが三冠という栄光だ。
その道を歩まんとする者よりも、ふるい落とされる者たちの方が数は多い。
そしてまた、メジロクラウディも、そのふるい落とされた一人だった。
5着。
それが、私とメジロクラウディのクラシック級でのスタートだった。
この時点で、彼女は過去を思い出したのだろう。呆然とした表情で、結果が映った掲示板を眺めていた。
だがまだ踏ん張れた。
ジュニア級では取れていた一位が取れなかった。この事実は、彼女が受け入れるには時間がかかり過ぎたが、逆にそれが功を奏した。
続く二つ目のレース、東京優駿 日本ダービーまでなんとか心をもたせていた。
そして5月。
とあるウマ娘を鑑みて、先行で挑んだ日本ダービー。
結果は3着だった。
皐月賞では1回だけに留めた
そしてついに、メジロクラウディは事実を理解してしまった。
元々勝利に呑まれていた彼女は、ダービーの敗北以来、部屋に籠ってしまった。
もう走りたくないと言わないだけマシ、と考えてしまう自分に嫌気がさした。
授業には出席していたようで、それによって彼女の変わり様を心配したウマ娘たちが、私の元に理由が知りたいと訪ねて来た。
メジロ家の御令嬢や、同じくダービーに出ていた青薔薇のウマ娘。そして奇抜な不沈艦。
決して数は多くないが、やってきた子たちはあの子をとても心配していた。
もちろん、隠すことなく全てを教えた。クラウディが勝利に呑まれていたことも、敗北のショックを受けていることも。
話を聞いた者の数人は憤慨した。何故ほったらかしにしていたのかと。何故こんな所にいるのかと。
彼女たちの言い分は正しい。まったくもって正論だ。
クラウディの過去のトラウマと今回の敗北が原因であるならば、彼女たちが慰めようと、所詮は皮肉にしか聞こえないだろう。たとえその道のりが勝利ばかりではないとしても、クラウディは彼女たちに憧れを抱いたのだから。
だからこそ、トレーナーである私が行かなければいけない。
しかし事はそう簡単じゃない。
勝利に呑まれるということは、=勝利を確信していることと同義だ。
たとえそれが、確かな理屈に基づいていなくても、そういうものだと考えてしまっている。
そうなったウマ娘の中には、負けた理由をトレーナーに押しつけることが稀にある。
それによって辞職するトレーナーも出てきたりと問題とはなっているが、結局は心の持ちようである。カウンセリングぐらいしか、手段が取れない。
……だから、トレーナーである自分も動けない。
そんなバ鹿みたいな言い訳をして、今日も私はトレーナー室にいる。
「なんともまあ、厄介なものだね。体の不調は科学でどうにかできるが、心までは科学は及ばない」
「……アグネスタキオン」
そしてダービーから一週間と少し経ち、私はトレーナー室で狂気の科学者と話をしていた。
「話は聞いているよぉ? 皐月賞とダービーで負けて、彼女が落ち込んでいる……落ち込んでいると表すには、少々生ぬるいかな?」
「それで、何の用」
クラウディに施されている肉体改造の経過を観察するために、定期的にあっているタキオンは、やはり今の彼女を正しく理解していた。
「なーに。何もできずにただ黄昏ているであろう君に、せっかくのモルモットも駄目にされたかも知れないことについて、苦情を入れに来たのさ」
そう言って細められた彼女の瞳には、口調とは似つかない意志が見えた。
「あの子が心配?」
「……君、何を言ってるのか分かっているのかい?」
問い詰める彼女に私は、手元のパソコンを弄る事しかできなかった。
遂に痺れを切らしたのか、タキオンが私の元に近づいてくる。
「君という奴は…………ッ!? これ……」
私のパソコンの画面が見えたのか、マジマジと画面を見ていたかと思うと、タキオンは急に笑い始めた。
「……クク……ハハ、アハハハハハ!! なんだ、そうか! これはこれは、とんだ茶番じゃないか! ここまでしていて君は、動けないというのか」
「知ってるよ、私がどうにかしなくちゃいけないだなんて。そんなの分かってるよ! でも仕方ないじゃない! 過去にトラウマを持っているのがあの子だけだと思ってるの!? 大人だろうと子供だろうと、トラウマを乗り越えるなんて簡単にできるものじゃない。出来ないのが普通なんだよ! 私は、おハナさんや沖野さん、あなたのトレーナーのように強くない!」
まるで全てを見透かしたと言わんばかりのタキオンの言葉が私の揺さぶり、椅子を蹴って立ちあがった私は八つ当たり気味の言葉を叫んで、ハッと我に返った。
何やってるんだ。これじゃ、本当に八つ当たりじゃないか。
一方で、八つ当たりを受けたはずのタキオンは怒るわけでもなく、何かを思案していた。しかしそれも少しの間で、項垂れたように椅子に座った私へと、視線を向けてきた。
そんな彼女が語ったのは、中々に衝撃的なことだった。
「……聞け。君がそんな様子だし、クラウディは私がどうにかして立ち直らせよう」
「それ本気?」
「彼女と一番親しいトウカイテイオーやメジロマックイーンですら、今の彼女はどうにかするには手が余るだろう」
というよりも、あの二人は自分の事で手いっぱいだろう。
TM、またはMT対決と騒がれていた今年の春の天皇賞で、マックイーンが勝ち、テイオーが負けた。
片方は目標を達成し、片方は目標が敗れたのだ。他のウマ娘たちの様に私の所に来てない以上、自分の気持ちに整理がついていないのかもしれない。
そうでないとしても、やはりクラウディとの話し合いは難しいだろうが。
「今の彼女は、ほとんどのウマ娘に対して疑心暗鬼気味になってる」
「関係ないさ。話を聞いた限りでは、原因は過去のトラウマだろう? 過去に囚われているのであれば、立ち直らせるための要因も簡単だ」
「未来に目を向けさせて立ち直らせる……」
「ふむ。クラウディのトレーナーなだけはあるね。だが、それだけじゃあ足りない。未来の目標に目を向けさせるだけではなく、一歩踏み出させることも大事さ」
「目標については大丈夫だとして、そんなのどうするの? ただの言葉じゃ、あの子には響かない」
「安心したまえ。私にはこれがある」
そう言ったタキオンが足を叩いたのを見て、それこそ本気か?と目を疑う。
確かに彼女の足については、トレーナー業を休業してトレセン学園の手伝いをしていた時に人伝ながら知っている。だが、今のクラウディはその説得すらも拒み、否定してしまうかもしれない。
そうなれば、タキオンは傷つくかもしれない。
だけど彼女は、気にしていないとばかりに背を向け、部屋を出ようとする。
「なに、そろそろ潮時だとは思っていたんだ。ちょうど良い機会だと思っているさ」
タキオンが部屋を出て行き、一人残った私は、机の引き出しを開ける。その中には、一枚の少し古い写真が入っている。
「また私は、繰り返すのか。どうすればいいんだろうね――
開けた引出しから取り出した昔の写真を眺める。
どうしようもない思いを胸に、私は息を吐き出した。