メジロ家の落ちこぼれ   作:神咲胡桃

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前回の話、思ったより批判がなくて安心した。

カフェは来なかったよ……せめて和装ルドルフを……


7すれ違うモノ

 

激動の菊花賞から数日。

 

 

いつものバーで、私――雨乃智雲莉――は一人グラスを傾けていた。

 

度数の低い甘めのカクテルが、なんだか苦く感じる。

 

「はぁ……」

 

クラウディが菊花賞を制してからというもの、世間様の態度はよろしくない。

 

当然だろう。彼らはミホノブルボンの無敗の3冠を見たかったのだ。

 

中には、菊花賞の勝者はミホノブルボンでありURAに抗議しようと、SNSに面白半分な投稿がされた。もちろん、この投稿は削除された。

 

レースが国民的娯楽となっている以上、彼らにとってレースを走るウマ娘は、自分たちの見たいものを見せてくれるプレイヤーでもある。そこにどんな思いがあろうと、外から見る者たちにはわからない。

 

世間の目は概ねクラウディの勝利に否定的であり、メディアもこのことを面白がって、連日こぞって報道している。

 

「(どうにかしたいんだけどな。私が言っても意味ないし……。一番はメジロ家が何か言ってくれることなんだけど、なんで何も言わない?)」

 

メジロ家のウマ娘が菊花賞を制し、それが不当に汚されようとしている。なのにメジロ家は沈黙を保っている。

 

「(まさか、トカゲのしっぽ切りのつもりで……)

「随分と思いつめた顔をしているな、先生」

 

頭をよぎった最悪の可能性。それについて考えようとした矢先、こんな場所にいるはずのない者の声が聞こえた。

 

「……トレセン学園の生徒会長が、こんな大人の場所にいて良いのかな?」

「大丈夫です。このバーのマスターとは知り合いなんです。それから、たまに話をしに来ているんです。もちろん、人の目には気を付けていますよ」

「知り合い?」

「このバーを利用するトレーナーの一人が、よく皿洗いをさせてもらってると聞いたもので……」

「(沖野さん……)」

 

先輩の駄目な姿をまた一つ知ってしまったことに項垂れていると、ルドルフが隣に座ってきた。

 

「マスター、私にも一杯くれないか?」

「アルコールは駄目だよ」

 

ルドルフの前に、透き通るようなオレンジ色のジュースが注がれたグラスが置かれる。

 

だけどルドルフの顔は、陰りに包まれていた。

 

互いにグラスに口をつけるだけ。マスターがグラスを磨く音だけが、静かに響く。

 

 

「……ルドルフはさ。まだ、あの夢を追いかけてるの?」

 

空気に耐えられなくて、ついルドルフに問いかけた。

 

気まずい時に限って()()を自分から踏みに行く。ほんとに今だけは勘弁してほしかった。

 

「はい。私は生徒会長であり、皇帝。そして何より、あの日先生に誓ったように……!」

 

ルドルフの口調がだんだんと熱くなっていく。

 

「無理だよ」

「……ッ!」

「今、メジロクラウディがどうなってるか知ってるでしょ?」

「『白い悪魔』、ですか。その件については、我々も何かできないか検討して……」

「この件に関して、学園の上層部は動かないでしょうね。なんせ、下手な手を打てば世間が敵になるわけだから。メジロ家が動かない時点で、学園も動かない」

「ですが、先生はそれで良いのですか!?」

「何よりあなたは、()()()のこともある。余計なことに、強引な手を使わない方がいい」

「余計なこと……? そんな、先生と彼女にとっては大問題ですよ!?」

 

知ってる。クラウディの勝利が歓迎されない中で、私について言及する声もある。

 

曰く、偉業を阻止するためだけに菊花賞までは逃げで走らなかった。

 

馬鹿らしい。今まで逃げで走らなかったのは、ただ単にそれをするだけの能力がなかったから。まあ、菊花賞の作戦を立てる上で、私もそれを利用したところはあるんだけどね。

 

当初はほとんど賭けだった作戦が、菊花賞にやる気を見せたクラウディによって、ほぼ確実なものに変わった。それだけだ。

 

「ルドルフ。前に言ったよね。レースとは勝敗のつくもので、仲良しこよしの場所じゃない。笑顔を浮かべる者の影で、人知れず涙を流す者がいる。幸せの裏には不幸がある」

「それでも私は、諦めたくありません。絶対に、私は夢を実現させる。それが、私と先生の繋がりだから……」

 

それだけ言うと、ルドルフはジュースの代金を払って出て行ってしまった。

 

……何をしているんだろうか。自分から吹っ掛けておいて、ほとんど八つ当たりみたいな感じになって。

 

それに多分、ルドルフは心配してきたのだろう。でなければ、こんな夜遅くにバーに来る必要がない。外に用事がないのは知ってるし。

 

「はぁ……」

 

今日何度目かのため息が、口をついて出る。

 

自分の惨めさに嫌気がさしていると、グラスが目の前に置かれた。

 

「……頼んでないんだけど」

「私からのサービスです」

 

そういえば、マスターは前に沖野さんとおハナさんにした話を聞いてるんだっけか。

 

「……ありがと」

 

マスターの気遣いが、カクテルと一緒に心にしみていった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ここ最近、どうにもトレーニングに身が入りません。ジャパンカップに向けてのトレーニングも、早い段階で切り上げられてしまいました。

 

私――ミホノブルボン――は、空を見上げながらその原因を探していました。

 

いえ、原因はすでに特定済みなのです。

 

「あれは、何だったのでしょうか……」

 

ただ純粋な疑問が、私の口をついて出た。

 

先日の菊花賞。私はメジロクラウディに差をつけられて負け、そしてライスシャワーにも差されて負けました。

 

メジロクラウディに負けたのは、彼女が勝っていたから。

 

ライスシャワーに負けたのも、当然なのでしょう。彼女に宣戦布告をしていたにも関わらず、彼女の存在を差されるまで気づかなかったのだから。

 

ですが、一つだけ納得できないことがあった。

 

 

3着でゴールした後のこと――

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

肺がいたい。息が苦しい。皐月賞でも日本ダービーでも、ここまで息が乱れることはなかった。

 

それに何より

 

「(楽しかったと感じている。ステータス『満足』を確認。すみません、マスター。私はマスターの期待に応えられませんでした。ですが、私は満ち足りています。彼女たちの走りに……)」

 

マスターの方を向くと、少なからずマスターが驚いていた。おそらく、私が笑みを浮かべているからでしょう。自分がそこまで笑うタイプではないというのは自覚しています。ですが今は本当に、笑みが堪えきれないのです。

 

この後はウイニングライブもある。この昂ぶりを、ライブで届けられたら、どれだけ素敵なことなのだろう。

 

そう思って、一旦控室に戻ろうと地下バ道に向かった時、それが聞こえてきました。

 

 

『ブールーボン! ブールーボン! ブールーボン!』

 

 

観客席から聞こえてきた、観客たちの私を呼ぶ声。

 

「かっこよかったぞ。ブルボーン!」

「すごかったー!」

 

エラーの発生を確認。原因は不明。

 

「残念だったなー!」

「惜しかったけどな!」

 

エラーの発生を確認。対処法は不明。

 

「……なんでこういう時に勝つのかなー」

「空気読めって感じだよな」

 

エラー、エラー、エラー、エラー、エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー――――

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、私はウイニングライブのステージに立っていました。

 

左を見ればクラウディさんとライスさんがいました。しかしウイニングライブだというのに、二人の顔に笑顔はなく、それどころかライスさんはどこか怯えているように見える。

 

ここで初めて、私は観客席の異様な光景に気付いた。

 

観客席のペンライトの光は、一色に染まっていた。そして、私に向かって飛んでくる慰めの言葉。

 

そこにクラウディさんを讃える言葉がなければ、ライスさんの勝利を惜しむ言葉もない。それどころか、小声ながらクラウディさんに対する罵倒まで聞こえた。ウマ娘の私たちに、聞こえないと思っているのだろうか。

 

何故か敗者の私の健闘だけが讃えられ、勝者のはずのクラウディさんが貶され、私と同じく敗者であるライスさんに声はかけられない。

 

 

この歪な光景に、私は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

結局あの後、レース直後の昂ぶりも消えたままライブを終え、報道陣の取材でどう受け答えしたかすらも憶えていない。

 

それからというもの、私の中には何かしこりの様なものがあるのを確認している。

 

 

「……このままにしておくのも、トレーニングに不安が生じます。どうすれば……ッ」

 

踏み出した右足が、微かに痛みを発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




観客がブルボンコールをした理由としては
・クールなブルボンが感情をむき出しにして走った。
・終盤の加速でブルボンが逆転する可能性があったこと。
・世間ではブルボンが主役のように扱われていたこと。
・レース後のブルボンが満足したような表情、滅多に浮かべない笑顔を浮かべたこと。
・偉業が阻止され、絶好の悪役がいたこと。

これらが主な理由になります。

アニメ7話のライスの独白。見返してみると雰囲気がヤバくて、声優ってすごいな……って思ったりする。
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