「ぅ、ふぅぅ~~。きもち~」
「ふふっ。メジロ家の療養所の温泉は、お気に召したようですわね?」
湯気が立ち込める中、ボク――トウカイテイオー――はマックイーンと温泉に入っていた。
「テイオーさん。怪我の方は、どうですか?」
「天皇賞の時よりは平気だよ。まあ、そのおかげでトレーナーからリーダーなんて言われたけど」
今年の有マ記念で故障したボクは、再び長期休養に入ることになった。
だけど11着の結果になった有マ記念で、ボクはまだ自分が終わっていないことを、『悔しい』って思えることをしった。
……のは良かったんだけど。
その際、何故かトレーナーからスピカのリーダーを任せられた。ワケワカンナイヨー
こうしてマックイーンを訪ねて来たのも、リーダーの仕事として言われたことだ。ボクとしてもマックイーンの様子は知りたかったし、別の用事もあったから丁度良かった。
「マックイーンの怪我の方はどうなの?」
「問題ありません。もうすぐ復帰になるでしょう」
「そっか……」
温泉のお湯が流れる音だけが、ボクたちの間に響く。
分からなかった。僕が訪ねた時も、マックイーンはトレーニングを重ねていた。目標だった春の天皇賞の2連覇を成し遂げたのに。
どうしてそこまでがんばれるんだろう?
「マックイーンはさ、どうして頑張れるの? 天皇賞も勝って、目標も達成して、どうして……」
「終わっていませんもの」
「どういうこと?」
「天皇賞はあくまでもメジロ家としての悲願。私としては、勝ちたい相手に勝てていませんわ」
そう話すマックイーンの視線は、ボクに向けられていた。それがどういう意味を持つのか、すぐに察した。
温泉からあがったボクたちは、外を歩いていた。
「でも、ボクはマックイーンに……」
「ええ。私が勝ちましたわね。ですが、芝3,200。私の得意な距離だけで勝敗をつけても、フェアではありませんわ」
「ボクの得意な距離……」
「その距離で勝負しなければ、意味がありません。そして、メジロ家のウマ娘として、叩き潰して差し上げますわ
「マックイーン……」
「だから、それまでは私が、あなたの目標になって差し上げます。あなたが走る理由に」
マックイーンが、ボクの走る理由。
星が輝く夜空を背にしてそう語るマックイーンの目は、ギラギラとした輝きを灯していた。
どんな勝負でも負けることはない。だから早くここまで上がってこい。その上で叩き潰す。
そう目が語っていた。
「ふ~ん。まあ? マックイーンがそう言うなら、僕だって走ってあげないこともないよ? 負けちゃって泣いても知らないよ~?」
「望むところですわ。返り討ちにして差し上げますわ!」
「ボク……負けないからね」
「ええ。私も」
こんなこと、恥ずかしくて言えないけど。
ありがと、マックイーン。
「それでさ、マックイーン」
「なんですの?」
「その、クラウディのことなんだけど……」
怪我の容態とはまた別の用事。クラウディのことだ。
「菊花賞のこと、ですか」
「マックイーンなら、何か聞いてない? あれ以来、クラウディと会うことがなくて……」
腹立たしいことに、クラウディが勝利したはずの菊花賞は、世間から認められなかった。
3冠を確実視されていたミホノブルボンに勝ったことは、すごいことなのに……。
クラウディと話をしようと思って探してはいたけど、本来ただで広いトレセン学園で特定の誰かを見つけようとするのは、かなり至難の業だ。
「ほら、クラウディもメジロ家でしょ? だから、どうするつもりなのかなぁって」
「……メジロ家は」
「マックイーン?」
「メジロ家は、今のところ動く様子を見せません」
「…………は?」
マックイーンの言葉が、理解できなかった。
だって、今のクラウディを取り巻く環境は知っているはずなのに、メジロ家が何も動かない。それが意味するところは、ボクでも分かった。
「なんで……なんで!」
「私だって分かっています! ですが、今のクラウディを擁護すれば、帰ってくるのは3冠を見たかった世間からのバッシング。メジロ家と言えど、それを相手にするのを渋る者もいます」
「でもメジロ家のウマ娘でしょ!?」
「無論、私もこのまま指を咥えて見ているつもりはありません。家ほど大したことはできませんが、幾らか手は打ってあります。ですがしばらくは、クラウディにとって厳しい時期になるでしょう」
「……どうして、クラウディが責められなきゃいけないの?」
クラウディだって、頑張ったんだ。勝てば3冠だからって、他のウマ娘が勝っちゃいけないなんて、酷すぎるよ。
「何とも言えませんわね。あなただって、骨折がなければ菊花賞に出ていたでしょう? それでもし他のウマ娘に負ければ、きっと同じことになっていたでしょう」
「でも~」
「それから……」
「それから?」
「私たちが、クラウディの勝利を祝福し、支えること。これがきっと大切なことですわ」
「ボクたちが……」
そっか、そうだよね……うん。
ボクの目標はクラウディの目標であることだ。そしてクラウディの目標も、ボクの背中を追いかけること。
クラウディがどれだけきつくても諦めないのは、すでに知ってる。
だからよくよく考えたら、そこまで心配することにはなってないと思う。
でも、ここでクラウディに手を差し伸べれば……ボクのことを少しはもっと見てくれるようになるかな?
ボクだってクラウディに救われたんだから、ボクが救ったっていいはずだ。
そうと決まれば、明日から大変だ。
「そういえばテイオーさん」
「うぃひひ……ん? なに、マックイーン」
「怪我の様子を見てもらいましょうか」
「へ?」
気づけば、右手がマックイーンに掴まれていた。
「あら、忘れたんですの? うちの医者の腕を」
「ま、まさか……」
「主治医です」
「イヤァァァァアアアアアア!?」
待って!? せめて、せめてクラウディを……アッ。
◇◇◇
メジロ家本邸。メジロ家当主の書斎に、一人の老母が佇んでいた。
部屋の広さとは反して、どこか寂し気なその部屋には、たくさんの写真立てが立てられている。
「…………」
部屋の主は何も語らない。
『なぜ、メジロ家は何も動かないのですか!』
『あの子だって、メジロ家のウマ娘です!』
『……ッ。もう構いません!』
思い出されるのは、療養所にいるはずの孫娘との会話。
もっとも、そんな楽しいものではなかったのだが。
「…………」
机に置いてある写真立てを手に取る。その写真には、幼き日のマックイーン、ドーベル、ライアン……そしてクラウディが映っていた。
「…………」
写真立てを机に戻す。
老母は何も語らなかった。
◇◇◇
病院独特の匂いが、鼻をツンと突き抜ける。
目当ての部屋に到着し、ドアを軽くノックする。
『どうぞ』
「失礼します」
一言断ってから、病室に入る。
個室のその部屋には、一人のウマ娘が入院していた。
「こんにちは……ブルボンさん」