「こんにちは……ブルボンさん」
「クラウディさん。一体何のご用でしょうか」
「入院したと聞いたので、お見舞いに」
そう言いながら、クラウディさんは持っていたバスケットかごを、近くの台に置く。
ちらりと見えた中には、果物やニンジンが入っていた。
「これ、お見舞いの品です。何か食べますか?」
「……では、みかんを」
「少し椅子を借りますね」
近くの椅子を引き寄せて座ったクラウディさんは、かごから取り出したみかんを剥き始める。
そこまでしてもらうつもりはなかったのですが……あ、スジは取ってもらえると。
「怪我の具合は、大丈夫ですか?」
「……ええ。ただの検査入院ですので、そこまで大したことではありません」
「それなら良かったです」
微笑んだままみかんを剥くクラウディさんに、私は思わず問いかける。
「なぜ、あなたは私のお見舞いに来たのですか?」
「知らない仲、というわけでもないですし。菊花賞の事とか」
「それなら尚更理解不能です。あの菊花賞で、あなたは勝利を否定されました。他でもない、私のせいで。憎くはないのですか?」
「ブルボンさんは何も悪くありませんよ。それに――」
みかんを剥く手は止めず、クラウディさんは顔を上げる。
その顔には、
「――誰にも気にされないよりは、まだマシではないですか?」
私は、何も言うことは出来ませんでした。
少し調べるだけでも、彼女についての賛否両論はいくらでも見つかる。
中にはひどい言葉もあって、なんだか
なのに、目の前の彼女は何ら気にすることなく、まだマシだと言う。
「菊花賞でのことを気にして? ……ああ。もしかして、その雑誌の事ですか?」
「ッ!」
バレている。
クラウディさんが病室に入って来たとき、咄嗟に隠した雑誌。ちょうど開いていたそのページに掛かれていた見出しが、『蜃気楼が隠した偉業!』というものだった。
内容も、クラウディさんの勝利を称えるというよりも、私が勝利していたらというような、なんともあやふやな記事だった。
「それに、憎くないのかと聞くのは、むしろ私の方です。無敗の3冠を阻止しちゃいましたから。ブルボンさんに何か言われても、我慢するつもりで来たんですよ?」
「そんな事はありません! あの菊花賞であなたと走れて、私は楽しかった! 負けたことだって納得できました。ライスに関しても同じです。負けたことに悔しさを憶えこそすれど、憎むなんてことはありません!」
初めてレースで前を行かれたのだ。
元々ステイヤーとしての才能も、適性距離も違った私がクラシック3冠で勝つには、才能の不足を補って余りあるほど努力するしかなかったし、そのための逃げ戦法だった。
それが、菊花賞で彼女に前を取られてしまった。そんな彼女を追いかけるのは、どこか新鮮な気持ちだったと思います。
ハッキリ言えば、こんなベッドの上にいるよりも、思いっきり走りたい気分です。
それを教えてくれたのは、他でもないクラウディさんなのです。
ステータス『探究心』と判定。もっと知りたい。あなたと、クラウディと走って、この気持ちを感じたい。
ライスに対してだって同じ。最後の最後に、彼女は勝負を諦めていなかった。
私を追い抜いたライスの目は、遥か遠くにいるクラウディの背中を見つめていた。諦めた私と違って、彼女は諦めていなかったのだ。
「ブルボンさんにそう言ってもらえるなんて、とても嬉しいです。ブルボンさんは、私の憧れの一人ですから。ただ速く、前を走るための走り方は真似できないですから」
「真似……?」
「みかん、剥けましたよ」
クラウディからみかんを手渡される。スジが丁寧に取られた実が、開かれた皮に包まれている。
それはとても、綺麗でした。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
みかんを見つめていると、クラウディが扉に手を掛け部屋を出ようとしていた。
まだ、言えてないことがあります。私は咄嗟に彼女を呼び止めました。
「待ってください!」
「……? ブルボンさん?」
「私は、諦めたつもりはありません。いつか必ず、あなたにリベンジします。ライスにも菊花賞の時のような、不甲斐ない戦いはしません。だから」
「はい。私も、負けませんから」
「望むところです、クラウディ」
「……それでは、失礼します」
呼び捨てで読ばれたことに少しだけ驚きながら、彼女は部屋を出て行った。
◇◇◇
担当している他のウマ娘たちのトレーニングを見終え、俺――黒沼――はブルボンが入院している病室に向かっていた。
最初に異変に気付いたのはブルボンだった。
足が微かに痛むと自己報告を受け、菊花賞直後ということもあり、念のために病院で検査したところ、ただの捻挫というわけではなさそうなため、一応検査入院することになった。
しかし、医師の見解でもそれほど酷くないだろうというので良かった。
おそらく菊花賞の走りが原因だろうとは思ったが、それについては既に散々叱った。
あのメジロクラウディというウマ娘に、ブルボンは負けた。正確には、メジロクラウディとそのトレーナーに、俺たちが負けたと言うべきか。
菊花賞の大舞台で、今まで見せてこなかった逃げをしてくることを俺は予測できなかった。逃げ以外の作戦で走っているとはいえ、さすがにいきなり菊花賞で逃げをしてくるとは思わなかった。
それだけではない。あの走りはただの大逃げに見えて、その実細かな工夫が凝らされていた。
走る位置、速さを上げるタイミング等々、あれはメジロクラウディが自分で考えたものではないだろう。逃げの指示含めて、担当のトレーナーが考えたものだろう。
ブルボンだけでなく、あの時菊花賞に出ていた全てのウマ娘への対策を織り込んだ作戦。考えた奴はかなりのベテラン、もしくは才能を持っている。
それが気になり、菊花賞後に軽く調べたところ、メジロクラウディのトレーナーの名は雨乃智雲莉。
知った時は「なるほど」と唸ってしまった。特に話したことはないが、
とはいえ、それを言い訳にするつもりはない。幸いなことに、ブルボンも気持ちを整理し、ジャパンカップに向けて調整していた。
その矢先の怪我だった。酷くないとはいえ、ジャパンカップは厳しいだろう。
そんなことを考えていると、ブルボンの病室に到着した。
中に入ろうと扉に手を掛けた時、中から話し声が聞こえた。
『私は、――たつもりは――せん。いつ――――――ジします。ライスにも――――――、不甲斐な―――――せん。だか――――』
『はい。――も、負け――――から』
『――――ところ――、クラウディ』
聞こえてきた会話が、ブルボンと件のメジロクラウディのものであることは分かった。
しかし、何故彼女が……?
『……それでは、失礼します』
どうやらメジロクラウディが退室するようだ。
さすがに、ここで出会うには気まずいので、少し離れる。
メジロクラウディが退出したのを見届け、再び部屋の前に立ってノックする。
『どうぞ』
「邪魔するぞ」
ドアを開けた先にはベッドの上に座るブルボンがおり、その手にはみかんがあった。近くの台には、果物やニンジンが入ったかごが置かれている。
「それはどうした?」
「先ほど、クラウディがお見舞いに来てくださいました。その時に、見舞いの品だと」
「……そうか」
ブルボンは手に持っているみかんを一口食べる。
「…………甘いです」
「そうか」
「マスター」
「なんだ?」
「私、走りたいです。今度は、クラウディにもライスにも負けないように」
「……ふっ。ならば怪我を治すぞ。その後に、厳しく扱いてやる。覚悟しておけ」
「マスターからのオーダーを受諾。お任せください、マスター」
ブルボンの顔は、菊花賞の時のように笑っていた。
アニメでスピカに拉致されたライスちゃんが、グルグル巻きのまま帰るところを、ルドルフが発見して困惑してるシーンが好き。あそこでルドルフを持ってきたのは天才過ぎる。
感想でメジロ家やURAに対してヘイトが強くなってしまったので、一応補足を。
アニメを見ていると、菊花賞でブルボンを下したライスは、街中を歩いていても変装とか何もしてないので、おそらく実害はないんじゃないかと推測。精々がネットで陰口を囁かれるくらいかなぁと。
それに現実でも、スポーツ選手とかが何かしら言われても、スポンサーとかが表だって必死になって擁護することって、あんまり見かけないじゃないですか。家族はなおさら。(よく知っている訳ではないので、違ったらすいません)
URAからしても、『特定のウマ娘への誹謗中傷はやめてください』ぐらいは言っても、それ以上の事は難しいはず。それをすれば公平性が崩れるし、なまじメジロ家なだけに、色々と言われそうではある。
メジロ家も同様な理由で、動くことを渋りそうな幹部的な人は居るだろうし。
なにより、毎年スター性のあるウマ娘は出るだろうし、言っちゃなんだけど世間からすればただの娯楽なので、もっと煌びやかな方に目は向く。一人の少女を叩くよりも、もっと別の輝かしいことに目を向けたいと、世間の大半は思うだろうし。
一応付け加えておきますが、アニメのライスにトレセン学園のトレーナーが罵倒するような描写は無かった気がします。なので、トレセン学園のトレーナーたちは、世間とは違い、『メジロクラウディが勝ったのか、意外だな』くらいにしか思っていないと言うことにします。
ガバガバ理論ですが、許して♡