足を動かす度に、ジャリッと音が鳴る。
主要な施設周りのように、コンクリートで舗装された道とは違う感覚を感じながら、アグネスタキオンはとあるグラウンドに向かっていた。
木々が立ち並ぶ道を抜けると、開けた場所に出た。
そこには、いささか整備がされていないグラウンドがあり、そこを一人のウマ娘が走っていた。
「おーい!」
「……? タキオンさん、こんにちは」
走っていたウマ娘――クラウディはタキオンの声に気付くと、足を止めてペコリと挨拶する。
「待たせてすまないね」
「いえ、大丈夫です。それじゃあ、お願いします」
クラウディはベンチに座ると、靴と靴下を脱ぐ。
さらにジャージのズボンの裾を引き上げて、しなやかな健脚を晒す。
見せびらかされる素足を、タキオンはジーッと見つめる。
その視線に込められているのは、果てしない興味のみ。
「……ふむ。どこか痛いところがあったりしないかね?」
「いえ、特にはないです」
その他にも軽く質問を投げかけた後、タキオンは差し出されたクラウディの右足に触れる。
「ふむふむ」
「ッ……!」
最初は爪先、次は足の甲、土踏まず、踵、くるぶし、足首、ふくらはぎ、そして太ももへと登って行く。
ペタペタと無遠慮に触られていくクラウディは、右手を口に当てて声を出さないように我慢する。
「足を動かさないでくれ。測れないだろう」
「ご、ごふぇんなひゃ……ッッ!!」
しかし、声を我慢する分、口で我慢した衝撃で身体がピクリとかすかに跳ねる。
それをタキオンに注意されながら、クラウディは羞恥に身を焦がす。
そうして耐えること数分、クラウディはクタクタになりながら、ベンチに寝そべっていた。
タキオンはクラウディの足を触って気づいたことを、持ってきていたタブレットに打ち込んでいる。
「中々興味深いデータだ。私の実験の役に、ぜひ立ってくれるだろう」
「……本当、ですか?」
「どういう意味だ?」
満足げなタキオンに、クラウディが恐る恐る尋ねる。
不安そうに揺れる彼女の瞳に、タキオンは疑問を感じた。
「その、タキオンさんに協力して貰っても、全然速くならないし、未だに勝てていませんし……。本当に、タキオンさんの役に立ってるのかなって思って」
俯きながらポツポツと語るクラウディに、タキオンは思案する。
そもそも、彼女は大きく
タキオンにとって、これはただの取引に過ぎない。
クラウディには、彼女が願ったように速くなれるよう、タキオンの研究の成果を彼女に施している。
その代わり、その研究の成果を彼女で試す。
彼女に書かせた同意書にも、その旨は記載されている。
ここを適当にすると、後が面倒だからだ。
もっと言えば、タキオンにとってはデータの採取が目的なのであって、クラウディが勝とうが負けようがどうでもいいのだ。
しかし、この時のタキオンは偶々、偶然、クラウディの言葉に釣られて手元のタブレットに視線を落とした。
「(未だに勝てていない? 妙だな。彼女から得たデータでは、
しかしタキオンはその疑問をすぐに頭から消し、作った笑顔でクラウディに話す。
「まだ私の肉体改造が馴染んでいないのかもしれないね。それじゃ、私は研究の続きがあるから、お暇させてもらおう」
「あ、ありがとうございました」
「何か違和感を感じたら、すぐに私に言いに来ると良い」
タキオンはグラウンドから出ていくと、ある程度の所で振り返る。
視線の先では、クラウディがトレーニングを再開していた。
「簡単に壊れてくれるなよ。モルモット2号くん……?」
浮かべた本物の笑みには、隠しようのない狂気が浮かんでいた。
◇◇◇
その日、私はいつものように研究室で研究に励んでいた。
「ほう、ほうほうほう! もう少しだ。もう少しで……!」
ウマ娘の可能性の先を見るという目的のため、日々モルモットくんを使って研究を続けていた。
そして今日、そのためのピースとなる研究がまとまろうとしていた。
だが、そんな時に限って邪魔は入るものだ。
――コンコン
「……一体誰だ?」
今日はトレーニングは休みで、モルモットくんは「今日は休ませて!」と言っていたから、モルモットくんは違う。
何で今くるんだと、若干の怒りが湧き上がり、そのまま無視してやろうかと思った。
だが、さっきまで張りつめていた集中の糸がノックの音で切れてしまい、なんだか萎えてしまった私は、扉の向こう側にいるであろう相手に声を掛ける。
「鍵は開いている! 用があるなら入ってくると良い!」
私の声に応じて入って来たのは、一人のウマ娘だった。
小さい体に白い髪が目を引くウマ娘は、メジロクラウディと名乗ると、私にとって驚くことを言い出した。
「あなたは、ウマ娘について研究していると聞きました。そして、そのサンプルを探していることも。私がそのサンプルになります。だから、私を速くしてください」
そう言って彼女は頭を下げた。
さて、何故そのことを知っているのかな?
他のウマ娘に話したこともないし、私の独り言を誰かに聞かれたか?
まあそこはどうでもいい。
クラウディの提案を、私は意外に感じたさ。
なんせ私の噂なんて良いものではないから、ほとんどの者は怯えて近づいてこない。
ましてや、自分を実験材料に使えなんて正気の沙汰ではない。
しかしメジロクラウディか。
聞いたことのない名前だし、私の研究に縋ってまで速くなりたいと言うことは無名のウマ娘か。
まぁ、私からしたら好都合だ。
「ふむ。なら、君の申し出を歓迎させてもらおう」
「っ! 本当ですか!」
「ああ、ああ。本当だとも。末永く、よろしく頼むよ?」
その日から、私と彼女の取引が始まった。
私は研究の成果を使い、彼女に肉体改造を施す。(もちろん合法)
彼女はそのデータを私に提供する。
その中でクラウディについて幾らか知った。
一つ、彼女はそれなりにお人好しだということ。
私に恩義でも感じているのか、実験の役に立てているか度々聞いてくる。
二つ、彼女からは珍しいデータが取れる。
というのも、どうも彼女から得られるデータと、実際の彼女にズレが出ている気がする。要注意だ。
三つ、彼女はかなりのスタミナを持っている。
まぁ彼女の走りが遅いから発揮されていないようだが、何かのきっかけさえあればたちまち化ける……可能性はあるだろうね。
彼女についてはこれくらいか。
引き続き研究を続けようと思う。
◇◇◇
研究室に戻ったタキオンは、紅茶を淹れ椅子に座る。
何故か分からないが、無性に糖分を補給したくなり砂糖を大量にぶち込む。
不意に思い出したのは、不安に揺れていたクラウディの瞳。
そして、疑問に感じたデータと現実のおかしなズレ。
「……いやいや、気にしても仕方ないだろう」
彼女が活躍できないのは、おそらく才能の有無によるものだろう。
才能というのは生まれつきの問題だ。
足が脆い自分だからこそ、それが痛いほど理解できる。
それに、彼女が勝てなくとも、タキオンには関係ないわけで……。
「…………」
気づけば、タキオンは机に向かっていた。
ケーブルでタブレットをパソコンに繋ぎ、クラウディから取ったデータを移していく。
「……これは決して、彼女のためではない。そうだ、彼女が勝利できないということは、私の研究の成果が間違っていることになってしまうからだ。それに彼女のデータを調べれば、私の研究に役立つからであって、別にモルモット二号くんのためではないのだよ」
誰に聞かせるでもないタキオンの呟きは、やがてパソコンのキーボードを叩く音に消えて行った。
アグネスタキオン
マッドなようでマイルドなサイエンティスト。
雲ちゃんのことはモルモット二号としか思っていなかったが、雲ちゃんが不思議と懐いたので絆された。
ヤンデレにならないか心配。
マージでタキオン尊い。いやマジで。
雲ちゃん視点の時の地の文はどっちがいい?
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ライスシャワー回の時みたいなやつ
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トウカイテイオー回の時みたいなやつ